ひとまずの危機は去ったが、土地被害は少なくない。霊廟は全壊して瓦礫の山。周囲の土地は神話の戦いで散々に荒らされて農地として使えない。
不幸中の幸いはすぐ近くの都には何の被害も無く、人死にも出なかった事だ。
一行は集まり、まずは互いの無事を確認する。それが終わるとヤトとカイルは適当な石材に腰かける。クシナは竜のまま、ロスタは立ったまま側に控えた。
「それで助力はありがたいですが、約束の二ヵ月にはまだ半月はあるのに、なぜもうここに居るんですか?」
「修行自体は思ったより早く終わってさ。一ヵ月も暇になるから一足先に村を出たんだ。アニキ達の事だからどうせ剣探しが早く終わっても、二ヵ月いっぱいまで都に居るつもりだったでしょ?」
そう言われると事実なのでヤトは否と言えない。尤も予定していた嫁とのゆったりした時間は殆ど過ごせなかったのだが。
そしてカイルの修業の成果は十二分に見せてもらった。巨人に草や樹木を絡ませて動きを封じる様は圧巻だった。
「村の人は良い人ばかりで過ごしやすいけど、あの村は刺激が足りないから長居はちょっとね」
「それに村の少女達に追いかけられるのが嫌になったのも村を早々に出ていく理由でしたね」
ロスタの言にカイルは目を剥いて沈黙を強要したが、彼女は以前見た片手を頭に当てて舌を出す『てへぺろ』のポーズで誤魔化した。
彼女の言う通り、主人のカイルは村の少女達に言い寄られていた。さらにその少女達に気のある少年達から嫉妬の念を受けて居辛くなったので、修業が終わったと同時に村を出る羽目になった。
弁明しておくとカイルはそこまで女たらしではない。精々が同年代の子に人間の街の事を面白く話してあげていた程度だ。それだけなら単に村の人気者程度で済んでいたが、ちょっと色気を出して可愛い女の子達に親切にしていたら、勝手にカイルの取り合いになって喧嘩に発展して、おまけに男も巻き込んで収集が付かなくなったわけだ。
さすがにその程度で刃傷沙汰まで至らないが、居心地の悪さから早々にヤト達との合流を選んで十日前に村を発った。
ここまでがロスタの口で語られた。
「そうでしたか。で、東にあるという貴方の故郷の情報はどうなりました?」
「そっちは村を出る前に道標を貰ったから大丈夫。――――これをね」
カイルが背嚢から出したのは一本の枝葉。木も葉もつい先ほどまで木に繋がっていたように瑞々しく生命力に溢れていた。それを無造作に天に放り投げて地に転がす。
……もしやその枝の指す方角に向かえと言うのだろうか?ヤトは占いの道具でも渡された方がまだマシだと思った。
「疑ってる目をしてるけど、これ意外と信憑性があるんだよ」
カイルの話では、この枝は村の族長のダズオールとカイルの祖父エアレンドが互いの故郷の聖樹の枝を交換した物らしい。そして枝はどのように転がしても必ず葉の付いた部分が自分の本体の場所を指すという。
実際に何度も力の具合を変えたり投げ方を変えても、必ず枝は同じ東を指し続ける。確かにこれならいずれは目的の場所に辿り着くだろう。カイルの祖父や家族が移住していなければと但し書きが付くが。
「というわけで僕の方は大体片付いたけど、アニキ達はどうしたのさ?というかこの巨人何なの?クシナ姉さんが取っ組み合いしてたのを遠目で見て急いで来たけど」
頭と手足をもがれて巨大なゴミと化したゴーレムを蹴飛ばす。急いできたのはロスタにお姫様抱っこで運ばせた事だろう。
ヤトは二人に、都に来てから今までの事をある程度端折って話す。
そして最後の霊廟破壊には聞いているだけのカイルも背中にびっしょりと冷や汗をかく。下手をすれば王家の墓を完膚なきまでに壊した罪人の仲間と思われて、最悪打ち首になる可能性だって想像してしまう。
今すぐにでもクシナに乗って逃げようと提案するが、実行する前に騎士を連れたルードヴィッヒが一行の近くまで来てしまった。
「危機は去ったと見て良いのか?」
「ええ、大丈夫だと思います」
それを聞いたルードヴィッヒは安堵するが、同時に巨人の残骸と散らばった棺の破片を見て落ち込む。この中には彼の妻や両親の物が混じっているのだから当然だ。
しかし王たるもの、いつまでも死者にかまけて俯いてはいられないと己を奮起して持ち直した。
そしてヤトのそばにいた竜の姿のクシナに目を向ける。
「この竜はまさかクシナ……か?」
「うむ、よく分かったな。これが儂の本来の姿だ」
ヤトの接し方を見て雰囲気で何となく察しても、いざ事実を突きつけられると衝撃は大きかった。
それでも王としてやるべき事をなさねばならず、ルードヴィッヒはカイル達の事も聞き、短い思考の後で四人に命じた。
「気を悪くするかもしれんが、お前達はすぐにここを離れて国を出ろ。残っていれば相当に面倒な事になる」
ルードヴィッヒの命令に、四人はまあ当然だろうと理解を示した。誰も知らなかったとはいえ王家の『選定の剣』を抜き巨人を復活させ、霊廟を完全破壊して王を危険にさらした。これだけでも大罪人として処刑に値する。
問題は罪を素直に受け入れるほどヤト達が潔くも善良でもなく、全力で抵抗すれば巨人の代わりにこの王都ぐらいは瓦礫の山にしかねない事だ。
真っ向から戦えばおそらく国が崩壊する。さりとて無罪放免で放置したらそれこそ王の権威が失墜するが、今逃げてくれば供の騎士達だけでは王を危険晒す行為は出来なかったと名分も立つ。
息子の面倒を見てくれて、魔人から多くの者の命を救ってくれたヤト達を着の身着のまま追い立てるような真似をするのは心苦しいが、王にもどうにもならない事だってある。
一方のヤトはさして気にしない。どうせこれから東に旅に出る予定だ。着替えや外套は城に置きっぱなしだが、それは別の街で買い直せばいい。金貨は置いたままだが、小切手の束は懐にある。
「構いませんよ、路銀や剣は手元にありますから旅には支障はないですし。クシナさんとカイルも良いですか?」
「ヤトが良いなら儂も良いぞ」
「僕も来たばかりだから構わないよ」
仲間の承諾も得られた。ならすぐにでもこの国を出て行く。
カイルとロスタがクシナの背に乗る間、ヤトは離れた場所に刺してあった黒鋼の剣を抜いてルードヴィッヒに差し出した。
「良い剣でした」
「当然だ。家が代々伝えてきた剣だぞ」
それだけ言葉を交わすとヤトは躊躇わずに背を向けた。
そのまま旦那を背中に乗せて、いざ飛び立つ時、ふとクシナがルードヴィッヒに顔を向けて何か考えた後に口を開く。
「汝の息子に言っておけ。いつまでも母親の傍に居たら強いオスになれんとな。儂は弱弱しい男が嫌いだ」
「ああ、必ず伝えよう。それからこれを持っていけ。息子の面倒を見てくれたせめてもの礼だ」
そう言って纏っていた赤いマントを投げ渡した。クシナに着る服が無いのを察したのだろう。
そして今度こそクシナは翼を羽ばたかせて空へ上がり、あっという間に東の彼方に遠ざかった。
ルードヴィッヒはまるで嵐のようにやって来て去って行く自由な姿を見届け、帰りを待つ家族のいる自らの家へと帰って行った。
空の上でヤトはカイルに聞き忘れた事を尋ねる。鞘から抜いた翠の剣の事だ。
「なぜナウアさんは僕に剣を作ってくれたんですか?」
「見た方が早いから試しに姉さんを斬ってみなよ」
こんな場所でクシナを斬ったら全員地上に真っ逆さまだ。なのにカイルは平然と危険行為を勧める。
不審に思いながらもヤトはクシナの背を斬り付けた。
しかし剣は『ペチッ』などと情けない音を立てて竜の鱗を撫でるだけだった。
呆気に取られたが、気を取り直して今度は突き刺そうとするも、やはり剣はクシナを全く傷つけられなかった。気功を纏わせても変わらない。
ヤトは剣を眺めて首を捻るしかない。アジーダの身体はクシナの皮膚と同等かそれ以上の硬度を持っていた。その彼を切り刻めたのに、今は全くのなまくらになっていた。
兄貴分の困惑する顔が面白かったカイルは笑いながら答えを教えてくれた。
「その剣に女を斬れない呪を掛けたんだって。妻殺しをさせたくないエルフの気遣いだよ」
ヤトは剣を作ってくれた感謝の気持ちと同じぐらい腹が立った。なんだそのふざけた呪いは。道具でしかない剣が斬る対象を選ぶな。何を斬るかは己で決める―――その確固たる意思を嘲笑うかのような剣に疎ましさを感じた。
剣をこのまま空から捨ててしまいたい気分になったが手が離してくれない。この翠刀は世辞抜きで素晴らしく、だからこそあまりに惜しい。
「――――まったく、エンシェントエルフは性格が悪い」
「アニキも大概だと思うけどね。嫌なら僕がどこかの街で売り払うけど」
「あげませんよ。当面別の剣が手に入るまではこのなまくらを使います」
不承不承ながら翡翠の剣を佩剣として認め、乱暴に腰の鞘に納めた。
第三章 了