東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第3話 慈悲の刃

 

 

 ――――――時を戻す。

 人食いの幻獣マンティコアと共に飼主の貴族令嬢を血の海に沈めた四人。その一行に令嬢の使用人の一人が、この世の終わりが訪れたような絶望的な恨み言をぶつける。

 

「あんたらはなんて事をしてくれたんだ!この方は街の領主のご令嬢なんだぞ!!」

 

「だからどうしたんです。まさかそのまま餌になれとでも?」

 

「うっ、そ、それは――――」

 

 使用人は言葉に詰まる。まさか見ず知らずの者に生きたまま餌になれなどとは言えない。言えないが、それでも何か言わなければ立場が無い。

 しかし相手の都合など全く考えないヤトはさらに彼等を追い詰める。

 

「それで、あなた方は仕える者として仇討ちをしないんですか?」

 

 ヤトが首無し死体となったピアスを指差して問いかけるが、使用人はおろか護衛すら後ずさって戦う意思を見せなかった。

 この時点でヤトとカイルはこの国の貴族と平民の関係をおおよそ理解した。レオニス王から渡された資料の通り、貴族は魔法による武力と恐怖で民草を従えているだけで尊敬や忠誠は向けられていない。

 ただし彼等がこのまますごすごと帰った所で待っているのは令嬢を死なせた咎による処刑だろう。さらに累は家族にも及ぶ。

 無関係のヤト達はそうなっても困りはしないが、さりとて放置するのは少しばかり気が引っかかる。せめて死体ぐらいは自分達で家族に引き渡すべきだと思った。

 なのでピアスの死体をヤトが、ティコの死体をクシナが掴み、使用人達に屋敷まで案内するよう頼んだ。

 彼等は互いに見合ったが、断ったら何をされるか分からない恐怖と、このまま帰っても殺される未来しかない恐怖から、言われるままに四人を仕事場の屋敷へと案内した。

 

 領主の屋敷は広場から離れた、この辺りで二番目に高い丘に建てられていた。ここは起伏の多い土地の中でほぼ平らの広い場所だったので居を構えたのだろう。

 屋敷は二階建て、離れの別館が二つ、物御台は建てられているが見張りの兵は居ない。老朽化が目立つことから昔は使われていたが、現在は使っていないと思われる。その証拠に屋敷は堀も無ければ外壁も持っていない。領主の住居であって戦に使われる砦ではないという事か。

 最初に悲鳴を上げたのは外を掃除していた使用人の老女だった。彼女はヤトが引き摺っている首無し死体に驚き、さらにその死体が着ていた服がピアスの物だと気づいて、そのまま気を失った。

 悲鳴によって使用人や兵士がゾロゾロと集まり、そして同じように叫び、青褪め、その場に竦む。

 さらに屋敷の中からも使用人と明らかに異なる雰囲気を纏う数名が出てきた。彼等はピアスと同じような装いをしており、親族なのか顔立ちが似ていた。

 ヤトとクシナはその中の若い男女の足元に首無し死体を投げ寄越す。

 

「これは……………ピアス?うそっ!うそよ!!」

 

「ば、ばかなっ!?なぜだ!?なぜ我が妹ピアスがっ!」

 

 女の方は首無しの死体を抱きかかえて泣き崩る。兄を名乗る男の方は狼狽え腰を抜かすが、すぐさまヤトとクシナを睨みつけた。

 

「……なぜだ?」

 

「僕達を殺そうとしたので返り討ちにしただけですよ」

 

 その言葉一つで男はヤトを殺すと決めた。彼は座ったまま右手を天に掲げる。

 掌からは小さな火が生まれたかと思うと、グルグルと回転し始めて子供ほどもある巨大な火球へと成長する。

 何を燃やすかは明白だ。男は兄として愛する妹の仇敵を討つ。

 しかし相手がそれを黙って赦す筈が無かった。

 ヤトは火球が放たれる前に男の真後ろに回り込んで翠剣で頭から腰までを両断した。

 火球はしばらく中空に残り続けたが、やがて霧散して消え失せた。

 隣に居た女が男の血で濡れて、半狂乱になって手から水を生み出して四方八方に高速で射出した。

 ヤトは水を躱したが、クシナは運悪く一つに当たってしまい後ろに弾き飛ばされる。

 乱立する水の柱をかいくぐり、翠剣の柄を女の顔面に叩き込むも、情けない音を鳴らすだけでかすり傷すら与えられない。

 

「この駄剣はほんとうに―――」

 

 思い通りに動かない道具に辟易しながら改めて柄を握ったまま拳打で女の顔面を粉砕した。これなら剣が触れていないので女でも殺せるようだ。

 殴り殺した感触を確かめる間もなく、その場から違和感を感じて反射的に飛び退く。

 ヤトが元居た場所から石杭が無数にそそり立ち、串刺しにしようとしていた。屋敷の方にはまだ何人もの貴族がいる。おそらくはその中の一人の魔法だ。

 さらに追撃として小型の竜巻が発生して草と土煙を巻き上げるが、被害はそれだけでヤトは無傷だ。内心連携が甘いと思った。

 今の連撃は互いの呼吸が合っておらず、最初の杭を避ける想定もしていない。推測するに相手は実戦経験が乏しいか一度も無いのだろう。

 せっかくの良い道具も相手が下手くそでは何の価値も無い。まったく、これでは宝の持ち腐れとはこの事だ。

 この時点でヤトはこの場に居る魔法使いへの関心をほぼ失っていた。

 

「みんな、僕だけ働かせずに手伝ってくださいよ」

 

「アニキが先走ってるだけでしょ。まあ手伝うけどさ」

 

 やる気の無いカイルだったが全く働かないわけにはいかず、その場に座り込んで草花を撫でる。

 すると彼を起点に赤や黄色の花粉が舞い上がり周囲を覆い尽くした。

 それらを吸った者の幾人かがその場に倒れ込み、静かな寝息を立て始めた。

 

「花の精に眠りの花粉を撒いてもらったんだ」

 

 カイルは自慢げに語る。確かにこれは便利だ。

 ただ、よく見ると寝ているのは使用人や兵士ばかりで貴族は誰も眠っていない。ついでに言えばヤトやクシナも眠っていなかった。

 

「魔法使いには効かないみたいですが、余計な邪魔が入らないのは良い事です」

 

「残りは後三人だから、ちゃっちゃと片付けようか」

 

 カイルがロスタに視線を向ける。彼女は主人の意を汲んで背中の二又槍を手に取った。

 ゆらりと近づくメイドに残った三人の年配貴族は恐怖以上に怒りと憎悪がこみ上げる。メイドなど貴族にとっては道具に過ぎない。そんな道具に槍を持たせて選ばれし民である自分達を襲わせようなどと笑止千万。

 老人貴族が幾つもの光る珠を投げつける。しかし目標には当たらずあらぬ方向に過ぎて行き、地に触れた球は爆発して大きな穴を空けてカイルを驚かせた。

 これにロスタは警戒を強めて一気に間合いを詰める。

 貴族との距離がかなり詰まった所で地面から無数に生え続ける石杭に阻まれたが、二又槍を変形回転させて壁になった杭の塊を抉りながら蹂躙して突っ込む。

 目前にまで迫る死の具現に婦人貴族の顔は恐怖で凝り固まったが、それでも必死で死神に抗おうと手から風の刃を放った。

 不可視の刃は確かにロスタを切り裂いたが相手が悪かった。生身の肉なら容易に切断しただろうが、刃は殺戮人形の服と肌を僅かに切り裂いたのみ。

 

「お覚悟を」

 

 短い別れの言葉を告げて死神の刃は振るわれ、婦人の首は宙を舞った。

 中年貴族は妻である婦人の首に手を伸ばすが届くはずも無く手は空を切り、無防備な胴を刃が通り過ぎて二つになった。

 唯一残った老人は力無く手を降ろして抵抗を止めた。

 

「…………殺せ。息子夫婦と孫を失った身で生きていたくない」

 

 ロスタは老人の言う通りにはせず、主人の顔色を窺う。そのカイルもヤトの顔を見る。

 

「死にたいのなら素直に死なせてあげるのも慈悲の一つです」

 

 ゴーレムのロスタに慈悲はよく分からなかったが、それでも殺しの許可は出た。

 彼女は流れるような澱みの無い動きで諦観に浸る老人の首を刎ねた。

 これでこの地に抵抗する者は居なくなったわけだが、今回はあくまで自衛のための戦いであって四人の目的は殺戮ではない。

 ただ、やってしまった以上は何かしら利を得なければ無駄な行動だ。

 そこでヤトは寝ている使用人の中から比較的身なりの良い中年男を叩き起こして四人で囲む。

 

「ひっ!!やめてくれ!命だけは―――」

 

「なら屋敷にある一番詳細な地図を持ってきてください。貴方の命の代わりです」

 

 男――屋敷の執事はヤトの言われるままに屋敷に走って行き、しばらくすると丸めた紙を持って戻って来た。

 彼は紙を四人の前で広げて地図であることを示した。

 

「はぁはぁ………これが屋敷にある最も詳細な地図です!」

 

 執事の持つ地図にざっと目を通す。確かにタルタス国内の地形が克明に描かれており、多くの都市の名が記されている。必死な顔を見てこれが嘘を言っているようには見えない。

 地図を奪いカイルに渡す。とりあえず収穫を得た事もあり、もうここには用は無かった。後の始末はこの屋敷の者に押し付けて四人は去った。

 

 残された男は主人一家の死体を前に途方に暮れたが、まずやるべき事を成さねばならなかった。

 それは屋敷から価値のある物を出来るだけ持ち出して秘密の場所に隠す事だった。その後、何食わぬ顔で屋敷に火を放って、あたかもヤト達が屋敷を荒らして焼いたように見せかけた。

 執事にとって主人一族は己の生活を保障する庇護者と同時に恐怖と憎悪の象徴だった。それが失われた今、遠慮する理由は無い。価値のある物を退職金として貰っても文句を言うまい。

 それにトロトロしていると他の使用人が起きて争奪戦になる。明日には下の街の連中も聞きつけてアリのように群がるだろうし、これ幸いと屋敷を焼いて今までの報復に走る。結局は同じ運命だ。それなら出来るだけ利のある選択を選びたかった。

 

 その日の夜、街では領主一族が全滅したのを喜び、夜通し宴が催された。如何に領主が怨まれていた事が分かる。

 そして殺害者であるヤト達を圧政からの解放者として褒め称える歌や話が長く語り継がれるようになるがそれは別の話である。

 

 


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