東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第6話 死の指導者

 

 

 二日間の空の旅は快適そのものだった。この国は山地ゆえに平らな道が少なく、ほぼ曲がりくねった山道を通らねば遠方には行けない。だから同じ国でも移動は容易ではないが、逆に言えば外部からの侵略に強く国防は比較的楽だった。

 例外はヤト達のような空からの侵入者だろう。本来は商人などが数か所だけある山の谷間に設けた国境の関所を通って出入りするが、彼等はタルタスに入国する時も関所を無視して空からこの国に来た。でなければ簡単には通れなかっただろう。クシナ様々である。

 今はヤニスのくれた地図に載っている反乱者の本拠地の傍まで来ていた。ここからはクシナの正体を隠すために山に下りて後は歩きだ。

 山道から離れて鬱蒼とした森に入れば、後は森の民のカイルの独壇場だ。彼は人の痕跡が残った箇所を見つけ出して、確実に歩みを進めていく。

 

「なあ、ちゃんと分かってて進んでるのか?」

 

 クシナが何気なく口にした言葉をカイルは笑って肯定した。森の民からすればここはわざわざ道案内してくれるようなものらしい。苔を崩した足跡や折れた枝、木の幹には矢が突き刺さった跡。

 横を指差した先にはよく見れば幾つもの罠が隠されている。正しい道から外れたらあの罠が闖入者を手厚く歓迎してくれるというわけだ。

 ある程度森の知識のあるヤトも同じ事は出来るが、今はカイルの方が断然早く人為的痕跡を見つけられる。神代のエルフの村で修業した甲斐は確かにあった。

 一行は森の専門家の先導で途中食事の休憩を挟みつつどんどん奥へと進み、一時間後にカイルの制止で足を止めた。彼の耳が小刻みに動き、僅かな音すら逃がさない。

 

「……前に二人、後ろに一人。全員弓を持ってる」

 

「わざわざ出迎えに来てくれたわけですか。なら返礼をしましょうか」

 

 ヤトは足元の小石を三つ拾って木々に隠れている者に向かって投げた。一つは木に当たった音がして、さらに一つは柔らかい物に当たった後に痛みを訴える声がした。後ろに投げた最後の一つは何も音がしなかったが代わりに矢が飛んで来た。それはロスタが新たに手に入れた光刃で切り払った。

 

「フォトンエッジだとっ!?くそがっ、とうとう貴族がここまで来たってのかよ!!」

 

 どうやらあの柄はフォトンエッジという名らしい。そして明らかに友好的な雰囲気ではなくなってしまった。

 こうなっては道案内などしてくれそうもないので、ヤトは相手からの攻撃を受ける前に動いて三人の内の石の当たった未熟な一人を捕まえた。頭を掴まれて暴れているのはまだ幼い狼人の少年だった。

 

「残りの二人も出てきてください。断ったら頭が無くなりますよ」

 

 勿論誰の頭が無くなるか言われずとも分かる。仕方なく少年の仲間の二人は姿を現した。どちらも男だが一人は人族、もう一人は獅子の獣人だった。彼等は少年と同様に弓を持ち、森に溶け込めるよう服の至る所に枝葉を付けて擬態した格好をしていた。狩人ないし野伏に分類される出で立ちだ。

 言われた通り姿を見せてくれたので狼人少年を捕まえている理由が無くなり、ヤトは彼の頭を放した。

 少年は恨めしそうに睨みつけながら仲間と合流したが、獅子人から頭を小突かれていた。

 ヤト達と対峙した三人は油断せずに警戒していた。特にロスタを最も警戒、もしくは憎しみを宿した瞳で射抜く。

 

「それであなた方は≪タルタス自由同盟≫の者ですか?」

 

「知ってて聞いているなら白々しいぞ。愚王の狗共が降伏勧告にでも来やがったのか。あぁ!?」

 

「いえいえ、ただの届け物ですよ。ブレスの街のヤニスという方から手紙を預かっています」

 

「なにぃ?そんな出まかせ信じられるかっ!!」

 

 男はヤトの言葉を碌に分析せずに否定した。仕方が無いので懐から預かっていた手紙を取り出し、短剣を刺して男達の傍の幹に投げた。

 狼人少年がそれを取って、封蝋の印を見てヤトの言葉が正しい事を仲間に伝えると、ようやく敵意が弱まった。

 しかし獅子人だけは完全に警戒を緩めず、フォトンエッジを使うロスタの出自を問う。

 カイルがロスタは古代のドワーフ謹製のゴーレムと告げるが、彼は信じない。

 これでは押し問答にしかならないので、ロスタ自身が獅子人に近づいて自らの肌を触れさせた。

 獅子人は警戒して恐る恐る彼女の手に触れた。肌の質感が明らかに人の物ではない事、虹色に妖しく輝くロスタの瞳を覗き込み、ようやく人造物だと納得した。

 

「分かった、一応お前達の言う事は信じよう。だが、ここを知られては只では帰せないから一緒に砦まで来てもらうぞ」

 

 獅子人の提案は想定していたのでヤト達から拒否の声は無かった。

 野伏三人の先導で一行は森を進み続け、木々の深緑の帳に隠れた石造りの砦が視界に入る。

 砦の外壁は大部分が蔦と雑草で覆われて、物見塔は半ばから崩れて正門も取り払われている。壁の一部は倒壊して砦としての機能を失っていた。

 門の代わりに数名が歩哨として立っていた。彼等は見慣れないヤト達を警戒したが、野伏の三人から事情を聞いて一先ず安心した。

 その間、ヤトとカイルは砦を細部まで観察していた。石造りの砦は所々崩れているが造りそのものは繊細にして重厚、隙間無く積み上げられた石材は紙も入らないほどに精密だ。崩れた部分は経年劣化による崩壊ではなく、外部からの激しい攻撃の爪痕のように思える。

 カイルはふと砦の造形にドワーフの古代都市の面影を見た。おそらくここは古いドワーフの手による砦だったのだろう。

 

「おい何してる?さっさと中に行くぞ」

 

 カイルは観察し過ぎて獅子人からせっつかれて、慌てて砦に入った。

 中は意外にも手入れが行き届いており、壊れている部分はあってもゴミや瓦礫の類は見当たらない。すれ違う人はやけに亜人が多く、半分以上は獣人だった。残りは人間、ドワーフ、ミニマム族。エルフは一人も見なかった。

 長い廊下を抜けて四人が連れてこられたのは会議室と思わしき大広間だった。部屋はそこかしこに書棚が設えてあり、幾つもの小さな机、中央には二十人程度が使える大きな円卓が置かれていた。上には乱雑に積まれた地図や空のインク壺が転がっている。

 部屋で作業している者達は一様に余所者のヤト達を警戒した視線を向けているが、一人だけ異なる反応を示すものが居た。

 

「どうした同志ネメア、斥候で迷い人でも見つけたか?」

 

「いや首領、こいつらがこの手紙を届けに来たんだ」

 

 ネメアと呼ばれた獅子人からヤニスの手紙を受け取った男は、封蝋を見てヤト達に椅子を勧めた。彼は顔の上半分を黒い頭巾で覆っていて唇から下までしか肌を晒していなかったが、かろうじて肌の皺で青年なのが分かる。

 男が手紙を読んでいる間、四人は黙って待っている。手紙を読み終わると男はまずヤト達に礼を言った。

 

「ブレスの同志を助けてくれて感謝する。それで、どういう見返りが欲しい?」

 

「特にありませんね。元から成り行きでブレスの街の代官と戦っただけですから。強いて言えばこの国の情報でしょうか」

 

「情報?お前達のような他国人が何を知りたいんだ?」

 

「まず貴方の名前ですね。僕はヤトと言います」

 

「おっと済まないな。俺はタナトスで通ってる。一応≪タルタス自由同盟≫の指導者だ」

 

 ヤトに言われて覆面男のタナトスは苦笑しながら名乗った。他の三人も名乗り、客人として茶が振舞われた。

 タナトスは四人がこの国に来て行く先々で貴族やその私兵から手厚い歓迎を受けたのを聞いて申し訳なさと憤りを口にした。同時にそのような世情や身分差別を覆すために自分達が活動していることを熱っぽく語った。

 彼等≪タルタス自由同盟≫は皆、この国の魔法至上主義の被害者か、その身内で、誰もが横暴極まりない魔法使いと謂れの無い差別を憎んでいた。

 この国では魔法を使える者は良い暮らしが出来るが、そうでなければ死ぬまで虐げられる。特に亜人種の扱いは劣悪で、良くて奴隷として擦り切れるまで使われて死ぬ。悪ければ暇潰しに拷問を受けて、死んだ後は獣の餌だ。他にも見目麗しい者やエルフは男女問わず王侯貴族に捕らえられて一生慰み者。中には他国から売られた者も数多くいるらしい。

 

「俺達はそんな腐った国を変えたくて集まった集団。誰もが不当な暴力に怯えず穏やかに過ごせる日々が欲しいんだよ!」

 

 タナトスの言葉に会議室の面々は沸き立ち、しきりに指導者タナトスの名を讃えた。さらに彼は決して仲間を見捨てないと告げた上で、ブレスの街に援軍を送るように部下に指示を出した。

 ヤトは彼の主張に心を動かされなかったが、高い煽動力には一定の関心を持った。

 

「放っておいて悪かった。で、他に知りたい事はあるか?」

 

「では魔導騎士について教えてください」

 

「センチュリオンのか。手紙には引退した元騎士を倒したと書いてあったが、お前が一人でか?」

 

 ヤトはタナトスの問いに頷く。すると部屋の面々は驚きと称賛の声で埋まった。

 魔導騎士は彼等のような王家に異を唱える者にとって死の体現者として恐れらていた。これまで何人もの同志が無惨に殺され、解放運動を頓挫させてきた猟犬達とタナトスは罵る。

 そこはどうでも良かったので適当に聞き流し、騎士の数や武装について分かっている事を話してもらった。

 

「騎士は定員制で常に五十名を維持している。多くは王都で王族の警護をしているが、何割かは実戦経験を積むために北のダルキア地方に赴任する。武器は騎士の好みで剣、槍、斧、鉤爪、大鎌、色々あるがどれもフォトンエッジという特殊な光刃を形成する」

 

「騎士にしか使えないって聞いたけどうちのロスタは使えるよ」

 

「それは俺にも分からんが、魔法の使える貴族なら一応刃を出すことぐらいは出来るぞ。あと、騎士は理力という特異な魔法を操るな」

 

「ドウという引退した騎士が使ってた力ですね。先読みと手を触れずに物を動かす能力なのは分かります」

 

「大体その認識で構わない。先読み以外にも他者の心を読んだり操ったりもする。師匠に言わせれば実例なんて無いらしいが、極まった使い手は死者の蘇生すら可能だとか、死してもなお現世に留まるとか眉唾物の伝承もあるそうだ」

 

 タナトスはそんなありもしない伝説を笑うが、裏を返せばこの国ではそんな話が生まれるぐらい魔導騎士の強さが畏怖の対象として認識されているのだろう。

 

「ではこの中に魔導騎士と戦って勝った者ないし、生き残った方はいますか?」

 

 ヤトの問いに誰もが目を伏せて名乗りを上げなかった。よくもこんな体たらくで国を打倒し、体制を変えられると大きな口を叩けるものだ。

 それでも≪自由同盟≫の者達は志と信念があれば、いつかは自分達の思い描く理想の未来が訪れると信じて疑わない。何ともおめでたい考えで生きている。まるで質の悪い酔っ払いではないか。いや、そう信じていなければ辛い今を生きていけないのだろう。一行には理解しがたい連中だった。

 

「では国の暴力装置たる騎士を倒さず国を変える手段を何か思いつきましたか?」

 

「残念ながら一つも無い。せめて纏まった数の兵が俺達にいれば出来る事もあるんだが」

 

 タナトスの悔しそうな声を聴いたヤトとカイルは、この男だけはまだ現実を見ていると気付いた。さすが組織の指導者。口では手下を煽っておいて、自分だけは努めて冷静であろうとしている。

 ならばその兵士を増やす手段は何かあるのか問うと、彼はヤト達を見て少し躊躇った後に口を開いた。

 

「この砦の北に大きな都市がある。そこには数万を超える観客が入る闘技場があり、日夜見るに堪えない凄惨な見世物が繰り広げられている」

 

「闘技場……剣闘か何かですか?」

 

「そんな行儀の良い物じゃない。あれは自分じゃない弱者が凌辱されるのを見てクソみたいな安心感を得たい畜生共の狂った宴さ」

 

 誰かが唾を吐き捨てながら呟く。その言葉で一体何が行われているのかおおよそ察せられた。

 ヴァイオラ大陸では剣闘士による闘技はそれなりに盛んだった。どの国でも公的には奴隷は禁止だったので、実情はともかく名目上は全員が職業剣闘士として扱われて命懸けの戦いを観客に見せて人気と大金を得ていた。

 他にも闘技場では罪人の公開処刑や国事的祭典が開かれる事もあるが、どうやらこの国で行われている催しはそうした物よりずっと醜悪で下卑た見世物なのだろう。

 

「その狂った宴のために何百何千もの奴隷が使い潰されているが、そいつらを俺達の仲間に引き入れる。そしてその事実を国中に喧伝して一つの大きなうねりを作り出す」

 

「悪い発想ではないですね」

 

 元よりこの国の魔法至上主義には多くの民が不満を持っている。そんな中で公然と反乱を起こせば反体制運動は全土に波及するだろう。水面に小さな石を放り込めば波紋が広がり、やがて何人もの後続が次々石を投げれば大きな波になる可能性も無いとは言えまい。少なくとも小さな街の秘書官を殺すよりは大きな話題になって人々の耳に届くだろう。

 そして考えていても実行に移せなかった理由は言わずとも分かる。そんな大勢を助けるには従わせている兵を倒す必要があるが≪タルタス自由同盟≫にはその暴力装置が圧倒的に足りない。

 仮に休暇か何かで騎士が一人でも街に居たら、その時点で思惑は簡単に崩れ去る。だからタナトスはこれまで実行に移さなかった。

 そう、今までは―――

 

「まさかその足りない戦力を僕達で補いたいと言いませんよね?」

 

「そのまさかと言ったら?」

 

「僕達があなた達と共に戦う理由はありませんが」

 

「だろうな。俺もこの国の事はこの国の者が正していくべきだと思っている。しかし俺達だけではどうにもならないのも確かなんだ。俺達の手下になれなんて言わない。対等な関係のまま見返りも出来る限り用意する。どうか手を貸してくれ」

 

「空手形で契約しようなんて詐欺じゃん。でアニキはどうするのさ、まだ魔導騎士と戦いたい?」

 

「引退した年寄りであれだけ強いですから、現役ならもっと強いはず。それがまだ五十人……いいですねぇ」

 

 カイルは兄貴分の答えは分かり切っていたが形式上返事を聞いておいた。予想通りの返事に呆れるも、自身とてまだこの国に長居するつもりなので不満は無い。精々こいつらから毟れるだけ毟る交渉を自分が担当するだけだ。

 それからカイルはタナトスに契約内容を確認して四人全員を用心棒として扱うように契約を交わした。特に契約では命令拒否権と発言権を念入りに承諾させた。これは組織の連中が思い違いをして便利使いしないように釘を刺す意味合いがあった。報酬は貨幣払いではなく貴族への優先的略奪権とした。どうせこの連中は金が無いのだから、あるところから奪う方が実入りが良い。

 問題はここで文句を言う輩が何人かいた事だ。その連中の主張は騎士を倒したヤトや斥候のカイルはともかく、単なる連れのクシナやロスタが同じ扱いを受けるのがおかしいというわけだ。

 建前上は一理ある。二人とも外見はただのひ弱な女だ。雑用に回すなら分かるが、一端に戦えるとは思えない。

 だから見せた方が速いと思ったヤトはクシナに力を見せてやるように勧めた。ただし、小指一本で小突く手加減でだ。

 彼女は旦那の言う通り、文句を言った連中を全員小指で小突いて吹っ飛ばした。大の男が面白いように吹っ飛んで壁にぶち当たる様は冗談のような光景だったが、それを茶化す者は一人も出ない。

 

「何か異議のある方は?」

 

 ヤトの言葉に全員が引き攣った笑みを浮かべて首を横に振った。

 四人は正式に≪タルタス自由同盟≫の用心棒として雇われることになった。

 

 


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