東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

95 / 174
第7話 売られる

 

 

 方針の決まった≪タルタス自由同盟≫の動きは早かった。すぐさまブレスの街のヤニスに援軍を送り、自分達は新たな仲間を増やすために北の大都市トロヤを目指した。

 と言っても全ての者が一塊で行動すれば見つかってしまう。それが獣人ばかりとなれば猶更だ。だから個別に様々な身分に化けて向かっていた。

 ヤト達も彼等に倣い、他国人ではなくこの国の民に化ける必要があった。問題は身の変え方である。

 

「納得いかんな」

 

「そうですが必要な事ですから」

 

 クシナの不満気な呟きは他の三人とて同じだった。

 ヤト達は現在ボロ切れを着せられて、片手を縄で繋がれて一列に並んで歩かされている。当然武器は全て取り上げられている。

 四人が化ける事になったのは他国で仕入れた奴隷だった。他に四人の獣人が荷物持ちの奴隷として同行していた。彼等も自由同盟のメンバーだが、獣人が自由に動き回ると目立つので奴隷に化けていた。

 

「旦那の言う通りだぞ。お前達はこの国の者じゃないから簡単にボロが出る。そうなった時に言い訳が出来るように余所から捕まえた奴隷にしておくのが一番バレにくいんだ」

 

 奴隷商人に扮した馬上のタナトスがクシナを宥めた。彼の言い分は尤もだったが、それで全員が納得するなら世はもっと穏やかである。クシナが我慢した本当の理由はヤトが必要だと言って文句を言わないからだ。番が我慢をしているのに自分が我儘を言って困らせたくなかった。ロスタも同様の考えで従った。

 北の都市トロヤまで襤褸切れを纏って険しい山道を十日かけて歩くのは難儀な所業だが、全員が体力には不安を持っておらず寒さにも強かったためにどうにかなりそうだった。せめてもの待遇として毎度の食事は良い物を提供してもらったので、クシナも表立った不満を漏らす事は無かった。

 

 

 十日後。

 黙々と歩みを進めた一行は予定通り北の大都市トロヤに着いた。

 都市はこの国の例に漏れず高地に築かれた山の街だったが、山そのものを削って平らに均された人工的な平地に築かれおり、他国の街とあまり変わらない景観をしていた。 とはいえそれは建物に限り、道に目を向ければ公然と獣人や亜人が鞭を打たれ、首輪と鎖でつながれたまま乱暴に歩かされる光景がそこかしこで散見される。おまけに奴隷市も大々的に開かれており、商品となった奴隷を売り込む商人の威勢の良い声と客の値切る声が不協和音を作り出している。

 おまけに住民は闘技場の話で持ち切りで、どこの奴隷が勝つだの奴隷の死んだ数を当てて儲けただの、呑気な世間話に興じていた。

 ヤト達は外套を深々と被って顔を隠して奴隷市場を通り過ぎる。四人とも美形と言って差し支えない容姿をしているので、もし顔を見られて奴隷を買いに来た貴族などに目を付けられると面倒だ。念のために泥と煤を顔に塗りたくって汚く見せる小細工もしていた。

 しかし素通りというわけにもいかず、タナトスが知り合いの商人に声をかけられて応対する事もあった。幸い簡単な世間話と商談の誘い程度で済み、ヤト達は一山いくらの商品として大した興味を抱かれず見向きもされなかった。

 その後はさしたる邪魔もなく、一行は組織が運営する奴隷商会で腰を落ち着けた。

 現行の階級制度を否定する反乱組織が奴隷商を営むのは相当な矛盾を抱えているが、そんな狡猾な手を率先して執るが故にそれなりの成果を上げてきた一面もあるとタナトスは道中で話していた。

 それに奴隷商は貴族や金持ちの家に警戒されずに情報収集をするスパイを送り込める都合のいい立場だった。もちろん商品として売られる奴隷達は全員が志願者であり、彼等は全て覚悟して売られた。ヤトやカイルには今のタルタスがどれほど憎悪を積み上げているのかが垣間見えた。

 この国の負の面はさておき、一行は長旅の汚れを湯で落として綺麗な身なりに改めた。そして心ばかりのご馳走を用意してもらい、旅の疲れを癒した。

 久しぶりに美味い飯をたらふく食った一行は一息入れてから、タナトスの提案で今後について話し合う。

 

「前に言ったと思うが、今回の第一目的は闘技場で酷使されている戦闘奴隷を解放して組織に組み込むことだ」

 

「質問です。奴隷は何人で、どこで救出するつもりですか?」

 

「この街の戦闘奴隷は二百人前後いるが一つの集団ではなく、幾つかの奴隷団体が奴隷を所有している。個別に訓練施設を襲って確保していては効率が悪いから、闘技場で可能な限り集まった所を一気に奪い取る」

 

 ヤトの質問にタナトスは個別に置いたクルミを手で一か所に集めてから両手で出来るだけすくい上げた。確かに奪う対象がバラバラになっていては確保が難しい。なら一か所に集まった時に丸ごと手に入れた方が楽だ。問題はその手段と時期だろうが、それも当然考えてあると自信ありげに答えた。当然ヤト達にもそれぞれ役割があり、大雑把に個々の技能に応じた仕事が伝えられた。

 と言っても難しい仕事ではない。四人の内、盗賊技能持ちのカイルが奴隷解放に割り振られて、残りの三人は荒事担当で邪魔する相手を倒すだけだ。

 

「それで奴隷が一か所に集められる日はいつ頃なの?街の様子だと闘技場が盛況なのは分かるけど」

 

「三日後に領主コルセアの誕生日を祝って一大式典が開かれる。狙いはそこで催される祝いの大剣闘大会だ」

 

「あれ?じゃあ今やってるのは?」

 

「本番前の軽い予行演習を兼ねた拳闘の賭け試合だ。剣闘士は数が少ないから水増しだろう。この街の連中は他人を戦わせて流れる血に酔いしれているのさ」

 

 奴隷として一緒に来た獣人の一人が吐き捨てるように答えた。

 分からなくはない。彼のように無条件に虐げられる亜人種にとって、人の不幸に喝采を上げるような輩は貴族と同じぐらい憎悪する対象だった。

 その流血こそ領主が支配者として振舞う秘訣なのだろう。

 民衆は暴君に虐げられる自分達の日常的不満を別の弱者が息絶える様を見る事で誤魔化し安堵する。自分が上位者になったような気分になり、手の届かない場所から弱者を痛めつけるような気持ちになって己を慰撫していた。

 一方で領主もただ民を楽しませるために恵与行為をしているわけではない。闘技場で息絶える者の凄惨さを民に見せつける事で反乱機運を抑える抑止力とした。おまけに賭け試合の胴元は領主の息の掛かった賭博屋で、民から税以外で金を巻き上げる事にも余念が無い。実に効率的な統治術だ。

 貴族が魔法という武力で民を支配すれば不満は溜まり続ける。であれば溜まり続ける不満をいかに解消する、あるいは誤魔化すか。その一つの回答が闘技場で行われる血生臭い見世物なのだ。

 領主の目論見通り民は圧政への不満を忘れて血に酔い痴れて、あまつさえ領主コルセアを讃える始末。中々に人を操る術を知っているらしい。

 

「僕達のような余所者が入り込みやすい状況なのは分かりましたが、僕はともかくクシナさんやロスタが剣闘士になるのは難しいのでは?」

 

「そこは大丈夫だ。さっき言ったように剣闘以外に色々催し物もあるから綺麗どころの需要もある」

 

 ヤトはタナトスの言葉に何か含みを感じたが、クシナをどうにかできると思っていなかったのと、一応娼婦のような事はさせないと言質を取りつつ、どの道全てをぶち壊す予定なので納得しておいた。

 

「第一の目的は分かったな。で、第二目標はずばり領主のコルセアを人質にする」

 

「それは警備が厳重なのと、騒ぎを起こせばすぐに逃げてしまうのではないですか?」

 

 まともに考えれば式典が続けられなければ主催者は安全を考えて退避する。闘技場に留まる必要性は無い。

 しかしヤトの反論は隠れ家の主人の男が否定した。

 

「その可能性は高いが、コルセアは臆病だが何事にも格好を付けたがる見栄っ張りだから逃げるよりその場に留まるかもしれん。その時にあわよくばと言ったところだ。こちらは臨機応変に対応すればいい」

 

「分かりました。そちらはあなた方が判断してください」

 

 あれもこれも手に入れようと手を伸ばすよりダメならさっさと諦めて最優先の目標だけに集中する判断力があるなら言うべき事は無い。

 四人は作戦の概要をある程度理解した。ただカイルだけは救出担当で闘技場の構造と鍵の種類や牢の規模、それに退路の確認など、より詳細に知るべき情報は多いので組織の奴隷商から闘技場の見取り図や情報を貰った。

 

 そしてカイルを除いた三人は二日後、大会の前日に闘技場に売られた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。