東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第11話 自由の闘士

 

 

 ほんの少し前まで熱に狂った観客で埋め尽くされた闘技場も今は閑散として静寂に包まれていた。

 観客席は人一人見当たらず、辛うじてアレーナにヤト達が腰を下ろして奴隷救出に向かった≪タルタス自由同盟≫を待っていた。

 捕虜にしたコルセアは最低限両腕の止血をしてから手足を縛って頭に麻袋を被せて自由を奪ってある。

 ヤト達の傍ではクシナに懐いた岩竜が寝転がっている。彼は自由を与えられたが、どこにも行かずに今もクシナの傍にいた。同じ竜でも上位に位置する彼女に傅く事に喜びを感じているらしい。実害は無いので言う事を聞いている間は好きにさせるつもりだった。

 しばらく待っていると、顔の上半分を隠した相変わらず胡散臭い男タナトスが数百にも及ぶ屈強な亜人の集団を引き連れてアレーナに姿を見せた。カイルも元気だ。

 

「そちらの首尾は上々だった。おかげでこっちの仕事も楽をさせてもらったよ」

 

「クシナ姐さん、後ろにいるごっついのは?」

 

「儂に懐いた。名はまだない」

 

 カイルは口笛を吹いて賞賛を示す。≪自由同盟≫の連中と解放奴隷達はクシナと岩竜を交互に見て、畏怖とも恐怖ともつかない感情を持った。

 ヤトはタナトスに縛ったコルセアを引き渡して今後の予定を聞く。

 

「このトロフィーを高く掲げて、こいつの屋敷まで堂々と凱旋パレードをする。領主一族が黙って屋敷を明け渡せばそれで良し。断ったらもう一戦だな」

 

「家が欲しいというわけではないですね。財貨か何か特別な物が屋敷にあるんですか?」

 

「書類だよ。こいつらの一族は代々ここいら一帯の領主で他の貴族の家とも繋がりが深いし王家とも顔が利く。色々と人に知られちゃ拙い書類束の一つや二つ隠してるはずだ」

 

 なるほど、この仮面の胡散臭い男は相応に頭が冴えてる。情報は使いようによっては剣や金貨より遥かに強い武器という事を分かっているらしい。

 ヤトが納得したところで一団はコルセアを棒に縛り付けて高く掲げて街に行進を始めた。もちろんペットになった岩竜も大人しく付いて来た。

 街は大混乱に陥った。ただでさえ誕生式典が竜によってご破算になって騒ぎになっていたところに、武装した剣闘奴隷の大軍が堂々と行進している。さらに最後尾にはドラゴンが空に火を吐きながらのしのし歩いているのだから住民は物陰に隠れて嵐が過ぎ去るのをやり過ごす他なかった。

 対して剣闘奴隷の多くは自らを家畜のように貶めて流血に酔う街の者を心底憎んでいた。今すぐにでも手当たり次第に殺して家々を焼き払ってやりたかったが、それは恩人から止められている。何よりおいたをしたら後ろにいる恐い竜が何をするか分からないと脅されれば大人しくするしかない。

 時たま武装した兵士が一団を遠巻きに見ていたが手を出してくる様子は無かった。まともな頭があれば負けると分かってわざわざ手を出す事は無い。

 程なく一団は街の外れにある領主の屋敷前に着き、タナトスが一歩前に出た。

 

「トロヤの領主一族諸君、私は≪タルタス自由同盟≫の指導者タナトスだ。私から君達に一つの提案をしよう。今すぐ街から出て行きたまえ」

 

 高圧的で傲慢な要求に屋敷から怒号が響き、暫くして数名の武装した貴族の男達が出てきた。出てきた男達の中の身なりの良い若い男がタナトスに剣を向けて尊大に言い放つ。

 

「私は領主コルセアの嫡子ブリガントだ。貴様たちに命ずる!今すぐ父を解放して自害せよ!!さすれば犯した罪は命に免じて赦してやろう」

 

 どうやら状況を全く理解していないようだ。その上、今も自らが上位者であり、下々の者は無条件に己の命令を聞くと信じて疑わない。まだ父親のコルセアの方が人心を理解している。

 ヤトはこんな阿呆に関わっていても時間の無駄だと思って、無言でブリガントに肉薄して翠刀で右手を肘から切り落とした。剣が手から離れて地に転がる。

 ブリガントは自分の腕が落ちたのを呆けたように見つめる。数秒後に痛みに気付き、切断面を抑えて転げ回る。

 

「次、斬られたい人」

 

 血を吸い妖艶に光を放つ翠の刃を見た他の男達は武器を捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、屋敷の方では慌ただしく住民が動く音が外にまで届いた。

 タナトスはさらに剣奴の獣人数十名に、屋敷の壁を武器で叩くように指示した。おそらく時間を与えず人を追い出しにかかったようだ。下手に時間を与えて色々と持ち出されてしまうのを嫌いつつ、殺しを禁じたのも破れかぶれになって屋敷に火を付けられないよう加減したのだろう。

 狙いは的中、恐怖に駆られた屋敷の住民は手持ちの財産だけを持って着の身着のまま裏門から大挙して逃げて行き、屋敷は無人になった。

 

「よーし今から家探しするから盗賊技能を修めた者や字が読める者は来てくれ。残りは外で警戒に当たってくれ」

 

 タナトスの言われるままにゾロゾロと該当者が名乗り出て屋敷の中に入っていく。カイルと彼の道具のロスタは言われた通り付いて行ったが、ヤトは面倒だったので外に居た。そこでふとあのネズミ男の姿を見かけた。

 後で聞いた話だが、剣奴解放の折にたまたま医務室に居たネズミ男を見つけた≪同盟≫の一員が処遇を決めかねた所、自ら組織に売り込んで志願したらしい。一応教養があり、この街とコルセアに近い立場だった事から何かに使えると思ってタナトスが許可したそうだ。

 ああいう小心者は立場が悪くなれば容易く裏切りに走るだろうが、わざわざ言う必要も無かったので放っておいた。

 手持無沙汰になったヤトは庭の隅で岩竜とダラダラしていたクシナのもとに行く。

 

「この子の名前は思いつきましたか?」

 

「うん、黒くて小さいからクロチビだ」

 

「そうですか。良かったですねクロチビ」

 

 こういうのは当人が納得しているかどうかなので、クシナのネーミングセンスに一切触れずに肯定した。幸いにも岩竜改めクロチビは名を嫌がっていないのだから外野がとやかく言う事は無い。

 

 

 数時間後、家探しを終えて山のような書類束を抱えてタナトス達が屋敷から出てきた。この様子ではそれなりに成果はあったようだ。

 

「みんな待たせたな。欲しい物は手に入ったから、これから腹一杯飯を食おう!寝床も狭いが屋根付きだ!」

 

 タナトスの宣言と同時に食料を満載した荷車が姿を見せた。一団は誇らしげに≪タルタス自由同盟≫の名を連呼して喝采を上げた。

 彼等は自由に飯を食い、誰にも虐げられることなく夜を過ごし、多少狭いながらも屋根のある屋敷の中で眠りに就いた。

 もう彼等は奴隷ではない。誉ある≪タルタス自由同盟≫の自由闘士だった。

 

 


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