私の小説レベルを上げてください。   作:小説レベル1

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猫にも劣る僕の感情。

 三時限目の授業も終わり、次の授業の用意をしようとした時その無機質な白い箱は突如として現れた。

 それが正に転移してきたかのように空虚から現れたのであれば一種の幻覚として片付けても良いが、それは質量をもって先程までの授業の用意を押し退けて此方へと前進してくる。

 何より、その箱に添えられた陶器然とした手がこの事象を人為的なものだと証明している。

 

「今度は何? 榎本さん」

 

 箱に向かって、そう問い掛ける。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!」

 

 彼女はまるでイリュージョンマジックのアシスタントのように大袈裟に両手を広げて僕の死角である甲板の向かい下から勢いよく立ち上がった。

 

「ふっふっふ、よくぞ私だと見破った! 勇者陽介よ!」

 

 そうのたまいながら厨二病風に左手で顔を覆っている、濡れ羽色のショートヘアが似合う彼女は榎本……名前は一回聞いたことがあるが忘れてしまった。

 

「見破るも何も……こんなことを仕掛けてくるのは榎本さんくらいだからね。それよりも、これは何?」

「え? う~んと、まぁ一先ず一回開けてみてよ!」

 

 彼女は顔を覆っている手はそのままに、余っていた右手で先程置いてきた白い箱を更に僕に押し寄せ、開けるように勧めてくる。

 僕の質問は? と疑問を呈したいところではあるが……彼女のことだ、呈したところで何も意味を成さずに無理矢理自分の意見を押し通すだろう。

 ならば、何も考えずにただ指示に従えば良い。

 そう考え、嬉々として目を輝かしている彼女から箱へと視線を移す。

 箱は綺麗な立方体で、身と蓋の高さが等しく開けにくい蓋身式。

 ただ幸いにも箱は小さかったため、身と蓋の間に左手を滑り込まして身を固定。

 そして、右手で垂直に蓋を引き上げた。

 刹那、パァンという耳がキーンとするような破裂音と共に油虫や蛙といった下手物と称される物が勢いよく飛び出してきた。

 火薬やゴムの溶けたような異臭、近くに居たクラスメイト達の吃驚の声……それらを意に介さず、口惜しさを僅かに含ませた笑顔で彼女は言う、

 

「やっぱり驚いてくれなかったか~」と。

 僕も「そうだね」と飛び散ったものを箱に拾い集めながら返す。

 

 これは感情表現が乏しいだけの僕……田中陽介と、僕から様々な感情を引き出そうとしてくれる彼女との一年前からの日常だ。

 

 ……

 ……

 

「陽介くんってプリン好きだったよね?」

「……好きだけど、藪から棒にどうしたの? というか、そこ僕の席だから退いて」

 

 朝八時の教室。

 普段であれば僕が教室に一番乗りだが、時々こうやって彼女の方が早く着いていることがある……何時もは遅刻寸前の彼女がだ。

 今日はその日だったようで、教室のドアを開けたとき、僕の机には頬杖をついて座っている彼女が映った。

 机の上の大部分は彼女の体が占めてしまっているため、荷物を一旦机横のフックに掛けてから彼女に返答をした。

 

「ふっふ~ん、私にそんな口を利いても良いのかな? 陽介くん」

 

 彼女は芝居がかった口調で満足そうに口端に笑みを浮かべると、僕の使ったフックの逆に掛けてある彼女の荷物から小包を取り出した。

 その小包には洒落たロゴで『プリン工房』と書いている。

 成る程、彼女はそのプリンを交渉材料に僕に何かをさせたいのだろう。

 

「何が望みなの?」

 

 そう尋ねると、彼女は僕に小包を押し付けてきた。

 

「それ、美味しかったから陽介くんにも食べてほしいな~って思って。生ものだから早く食べてね!」

 

 そう言うと彼女は自分の荷物を持って自分の席である一つ前の席に移った。

 そして、席に座った僕に対面するように自分の席を半回転させる。

 僕の食べている姿を見たいのだろう。

 

「……ありがとう、持ってきてくれて」

 

 彼女は時折こうやって、僕に食べ物を与えては観察をする。

 流石にもう慣れたため、その視線は無視をして小包や派手な装飾が施された箱を開ける。

 其処にはプッチンをするタイプの物とは明らかに一線を画すプリンがあった。

 

「頂きます」

「おあがり~」

 

 プリンを少し口に運ぶ。

 凄く牛乳の風味が強いのに、口当たりに抵抗感がない。

 よく分からないけど、恐らくとても高いという下世話な予想はできる。

 

「美味しいね」

「でしょ! 持ってきてよかった~!」

 

 端的に感想を述べると、彼女は手を打って喜んでくれる。

 ……やっぱり、分からない。

 

「榎本さん」

「ん? どうしたの?」

「榎本さんは僕なんかと居て楽しいの?」

 

 彼女はどうして僕と一緒に居るのだろうか? 

 これは、僕が何回も彼女に尋ねている疑問……彼女の望む感情を出してあげられない、僕だからこその疑問だ。

 そして、彼女は何時も決まった答えを言う。

 

「陽介くんだから楽しいよ」

「……そっか」

 

 恥ずかしそうに頬を掻きながらはにかむ彼女から意識を外すようにプリンを多めに掬って口に運ぶ。

 ……さっきより甘く感じたのは、量が多かったからだろう。

 

「明日はもっと凄い物を持ってくるね!」

「……楽しみにしてるよ」

 

「本当に楽しみにしてくれてる~?」って君は言うけど、楽しみだ。

 本当に、毎日が。

 

 ……

 ……

 

「今日こそ打ち倒させて貰うぞ! 魔王陽介!」

「たったの二日で闇堕ちしちゃったんだ。それで、今日は何を持ってきたの?」

 

 僕の仰天的な転職に突っ込みを入れつつ、何時もより自信ありげな彼女に持ってきたものを尋ねる。

 何気無く彼女が二日連続で僕より早く学校に着くのは今日が初めてで、本当に自信があるのだろう。

 

「今回は本当に自信アリだからね! なんせ陽介くんが泣いちゃっても良いようにこんな朝早くに来たんだから!」

「う……んと? ありがとうなのかな、これ?」

 

 少し的はずれにも感じる心遣いに疑問を含ませた感謝を送りつつ荷物を漁っている彼女を待つ。

 

「あったあった! 陽介くん、これ読んでみてよ!」

 

 彼女は三十秒ほど待つと、彼女は一冊の絵本を荷物から取り出した。

 それを受け取って、タイトルを見る。

 

「『100万回生きたねこ』?」

「そう! 名作だから知ってるかな~って思ってたけど、その感じだと知らなそうだね!」

 

 彼女は嬉しそうに手を合わせる。

『100万回生きたねこ』……表紙からは内容の想像はあまりできない。

 できても、表紙の猫が主人公で百万回生きるんだろうなという陳腐な物だけだ。

 彼女の自信アリの名作。

 姿勢を改めて正し、その一頁目を開いた。

 

 ……

 ……

 

 物語を読み終えて、本を閉じる。

「どうだった?」と彼女が聞いてくるから、端的に「凄かった」と伝えた。

 すると、彼女は意外そうな声色で「陽介くんなら、何時もの顔で『感動した』って、言うと思ったんだけどな。何処が凄かった?」と言う。

 確かに感動はした……唯それ以上に、

 

「この猫は人間ぽくなったんだなって……そこが面白かった」

「人間ぽく?」

「そう。百万回自分の死を悼む人の姿を見てもその行為の意図を理解できず自分のために生きた猫が初めて死を看取る側となった時、涙を流す。感情によって涙を流す……偏見かもしれないけど、この行為事態が僕には人間ぽく映って……凄いなって」

 

 だって僕にはできないから……その言葉は飲み込んだ。

 彼女は「そういう考え方もあるんだ……まぁ、面白かったなら良かった! ついでだしその本あげるよ!」と僕が渡そうとした本を押し返しながら笑顔で言う。

 しかし、その笑顔を何処か残念そうだった。

 

「……僕、ホラーは得意ではないかな」

「……え?」

 

 気がつけば、僕は今まで明かしたことの無い小さな秘密を明かした。

 苦手なものを教えてしまえば、次の日から毎日それを持ってくるかもしれない……そういった考えから今まで教えてこなかったけど、別に教えても良いかなってそう思えた。

 

「じゃ、じゃあ! 明日飛びっきりの怖いやつ持ってくるから! 楽しみにしててね!」

「楽しみ……にはできないかな?」

 

 彼女は身の乗り出して、眼にはやる気を満ち溢れさせている。

 やっちゃったかな? なんて思わない。

 明日はどんなものを持ってきてくれるのかな? 

 まだ教室に他の人が来ない位早いのに、もう楽しみだ……少し怖いけどね。

 

 ……

 ……

 

 次の日も、その次の日もと三ヶ月間、「陽介くん!」って色々なものを持ってきてくれた。

 僕が自分の弱味を明かすようになってから、僕自身も少しずつ感情を表に出せるようになったと思う。

 ただ、そんな一年以上続いた日常は音も立てること無く突然終わった。

 彼女が学校に来なくなったからだ。

 理由は彼女の口からではなく、担任の先生がクラスの全員に向けた連絡で知った。

「彼女は肝細胞癌に罹患し、入院した」と。

 僕は、それに対して何も行動を起こさなかった。

 ……最初は心配になり彼女に連絡を取ろうとしたが、連絡先の一覧を見てから彼女と連絡先を交換していなかったことに気付いた。

 よくよく考えてみれば、僕と彼女はその程度の関係なのかもしれない。

 僕は彼女としか交友が無いけど、彼女には沢山の友達がいる。

 僕が変に関係を特別視してしまっていただけだ。

 まあ彼女のことだ、暫くすれば何時もみたいに元気に教室にやって来るだろう。

 そう考えながら、ここ2ヶ月間内容なんて一切読んでいない格好だけの文庫本の頁を捲る。

 

「ねぇ、君が『陽介くん』?」

 

 彼女の声でない、僕を呼ぶ声が聞こえた。

 顔を上げると、顔は見たことがある人が立っている。

 確か、彼女の友人……親友とも呼べるような立ち位置の人だ。

 

「どうしたの?」

 

 そんな人がどうして僕に話しかけてきたのだろうか? 

 言わば友人の友人なだけの僕に。

 

「総合病院303号室に今すぐ行って」

「えっ?」

 

 そう言って、僕に有無を言わさぬように去ってしまった。

 総合病院、彼女の事だろう。

 僕は親友さんの態度に嫌な予感を抱きつつも、荷物を急いで纏めて総合病院に走った。

 

 ……

 ……

 

 ……僕が甘かった。

 303号室、『榎本詩織』と書いてある病室に入り彼女の姿を久しぶりに見て、僕は呆然とした。

 僕は一瞬、彼女を彼女だと認識できなかった。

 

「久しぶり……陽介くん」

「うん、久しぶり」

 

 彼女の陶器然としていた皮膚や様々な感情を表していた眼は黄染されていた。

 僕はできるだけ何時もの様に返す。

 

「私ね、もうすぐ死んじゃうんだ」

「……え?」

 

 笑顔で言う彼女の言葉を、理解できなかった。

 

「私既に肝臓の機能が低下しちゃってたから手術も受けれなかったし、延命治療もお父さんが病院の人と相談して受けてないからむしろ頑張って生きた方だけどね」

 

「まあ延命って副作用凄いらしいから、人間らしいまま死ねるって言うのは多分良いことだよね!」と彼女は笑う。

「そう、なのかな?」

「そういうことにしようよ!」

「……そうだね、うん。きっとそうだ」

 

 理解はできていないけど、無理矢理に納得した。

 

「それで、何で僕を呼んだの?」

 

 これ以上さっきの話題を続けても、理解が深まる事は無い。

 少し強引だろうけど、話を切り替えた。

 

「えっとね……陽介くんにお願いがあるの」

 

 彼女が真面目な顔になる。

 今まで見たことがない、彼女らしくない顔だ。

 もうすぐ死んでしまうと言うのだから当然だろう、「何?」とだけ返す。

 彼女のためとなるのであれば、無理難題であったとしても叶えて見せよう。

 心の中で決心を固めつつ、彼女の言葉を待つ。

 

「陽介くんに、笑って……欲しいなって。まだ陽介くんの笑顔と泣いたところは見たことがないからさ」

 

「意地悪なお願いでしょ?」と彼女は笑うが、その笑顔に元気はない。

 笑う……笑う、か。

 どうすれば良いだろうか、笑ってと言われても笑う手段が見当たらない。

 楽しかったことでも思い浮かべてみようと記憶を漁る。

 

『陽介くん、今からタネと仕掛けだらけのマジックをするから見てて!』

『前置きでそれをいっちゃ駄目だよ……』

 

 これは彼女が初めて僕を驚かせようとしたとき、

 

『陽介くん、何も言わずにこのソースを舐めて!』

『流石に何かに混ぜたりしよう?』

 

 これは彼女が初めて激辛を持ってきたとき、

 

『陽介くん、今から君に爆笑必死の一発ギャグやりまーす!』

『ハードル上がってるよ?』

 

 これも、

 

『陽介くん! あそこにUFOが!』

 

 これも、

 

『陽介くんは私と居て楽しい?』

『私? 私はスッゴク楽しいよ!』

『陽介くん!』

 

 ……思い返して、思い返して改めて分かった。

 僕は彼女と居て、本当に楽しかったんだと。

 

「ふふっ……」

「えっ?」

 

 理解したとき、空気が漏れた。

 

「今笑った? 今笑ったよね!」

 

 彼女はさっきまでの気だるさは何処へ、驚きをもって僕に尋ねてくる。

 笑った? ……彼女が言うのなら、きっと笑えていたのだろう。

「くぅ~、私が引き出せなかった笑顔をいとも簡単に……どうやったの?」と彼女は悔しそうに細くなった腕でポスポスと布団を叩く。

 だから、彼女にこう言った。

 

「榎本さんのお陰だよ」と。

 彼女が言ってくれた、僕の笑顔をキープしながら。

 彼女はさっきよりも驚いた顔を浮かべて、「ありがとう」と言った。

 ……僕の方こそだよ。

 この日は七時間授業終わりからの訪問だったから、もう退出時間になっていた。

 

「そろそろ帰るよ」

「うん、またね!」

 

 互いに挨拶を交わして、病室を出た。

 ……家に帰ったら、笑顔の練習をしようかな? 

 

 ……

 ……

 

「皆のクラスメイトである、榎本詩織さんだが……今朝死亡が確認されたそうだ」

 

 担任の先生は、無感情に事実だけを述べた。

 クラス中が騒ぎ始め、泣く人や慰める人、まだ理解ができずに困惑してる人と……感情は様々だった。

 僕は……どういった感情を浮かべたのだろうか? 

 気が付けば家に着いていた。

 日が沈んでいる事から、早退などはしてないことは分かる。

 彼女が死んだ……彼女が死んだ? 

 昨日あんなに元気だったのに? 

 疑問ばかりがループする……でも、ただそれだけ。

 苦しさが胸を締め付ける、頭は回らなくなる……でも、これが何を表すのかが分からない。

 何も考えたくない……。

 

 そんな時、不意に本棚に入っている一冊の本が目に入った。

『100万回生きたねこ』……彼女がくれた本だ。

 なぜ今目に入ってしまったのだろうか……今は何もかも考えたくないと言うのに。

 本から視線を外して、ベッドに倒れこむ。

 

 ……

 

 気が付けば、僕は本を手に取っていた。

 改めて頁を一枚、また一枚と捲っていく。

 物語を読み終わったとき……僕は気付いた。

 

 ああ、僕は彼女が死んで……悲しいんだ、と。

 頬を何かが伝った。

 それは、目から溢れ落ちていた……涙だった。

 そうだ、悲しいんだから……涙が出るんだ。

 さっきの物語でもそうだったじゃないか……僕はあの猫よりも感情に疎いじゃないか。

 

 ……そういえば、彼女は僕の泣いたところを見たことがないと言っていたな。

 なら、我慢なんてしなくて良いよね。

 

 僕は泣いた。

 

 猫に劣る僕の感情が少しでも彼女に届くようにと、溢れ出てくる感情を抑することなく垂れ流し続けた。

 

 ……

 ……

 

 ……良い風だ。

 十月だというのに寒さを微塵も乗せること無く、暖かさを乗せて歩いている僕を後押ししてくれる。

 暫くそのまま歩いて、ようやく見えた。

 

『榎本家之墓』

 

 ……彼女が埋葬されているお墓だ。

 墓誌にも彼女の名前、『榎本詩織』と刻まれている。

 

「ごめんね、お盆とか月命日みたいな日じゃない日に来ちゃって。今からお参りするよ」

 

 彼女に断りを入れてから、軽い雑草抜きや落葉拾いを始める。

 

「そういえば、お参りするために榎本さんの家族の方に連絡したら驚かれたよ。『君が陽介くんだったのか』……て、それこそ君が好きだった映画みたいに」

 

 綺麗になったお墓に、ゆっくりと話しかける。

 そこで思い出すのは、一つの言葉だった。

 

「『陽介くんは私と居て楽しい?』って、榎本さんは言ってたよね? あの時はちゃんと答えを言えてなかったからさ……しっかり面と向かって言おうって思ってさ」

 

「榎本さん、僕は君と居て……本当に楽しかったよ」

 

 恐らく僕は笑顔だっただろう。

 彼女が引き出してくれた……最高の感情だ。

 

 また、強く風が吹いた。

 それは先程よりも暖かく、さっぱりとしている……彼女のように心地のよい風だった。




初めまして、小説レベル1です。
この度友人の薦めより小説を書き始めました。
これからも思い付いた内容をひたすらに書いていこうと考えているので、是非とも感想などよろしくお願いします!
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