伝説の赤ん坊(アルコバレーノ)の1人で最強の術士と呼ばれたマーモンは目の前で起きている現象に騒然としていた。
味方であるベルフェゴールのナイフがターゲットである女学生鈴原るるの胸に突き刺さったまでは良かった。しかし、その直後術士であるはずのマーモンは自分自身の目を疑った。
「おいマーモン。あれはどういう事だ?」
「そんな事聞かれても僕にも分からないよ」
確実に殺したと思ったターゲットがゾンビの様に生き返ったのである。
驚きを隠せないマーモンとは対象に鈴原るるは不思議な体験をしていた。
先程まで全身が擦り傷だらけで痛くない場所を探す方が難しいくらい酷使されていた肉体。そこに1本のナイフが心臓に突き刺さった直後異変が起きた。
本来心臓を刺されればほとんどの生物は死ぬはずだが、鈴原るるは死ぬどころか全身から黄色いオーラの様な物を出しながら立ち上がったのである。
「なんだろこれ?凄く調子がいい」
自身が纏っている炎に驚きながらも、少しジャンプをして体調を把握する。その瞬間、目の前がパッと明るくなり先程まで見えていた景色が溶けるようにして変わっていく。
一頻り景色が変わると腕に抱えていたでびでび・でびるの死体が消える。
「気がついたかびだいせい?!」
「あれ?でび様?」
いきなりの出来事に困惑する鈴原るる。
それもそのはず、先程まで死体となって、冷たくなっていたはずのでびでび・でびるは大小様々な傷があるものの生きていたからである。
「そんな!?僕の幻術がこんな小娘に破られるなんて!」
「シシ。マーモンのやつ術士でも無いやつに幻術破られてやんの」
「ムッ。うるさいよ。こんなのたまたまさ!」
自然と語尾が強くなるマーモンは作り上げた様々な種類のサメで鈴原るるを襲う。しかし、鈴原るるの力を込めた拳を受けサメ達は霧散する。
「あれ?消えちゃった」
その光景に驚きながらもでびでび・でびるは口を開く。
「いつ間にお前は死ぬ気の炎を使えるようになったんだ!?」
自分の身に起きている状況を把握しきれていない鈴原るるは頭の上にハテナを浮かべる。
「でび様。死ぬ気の炎って何ですか?」
「今は説明している場合じゃないんだよ!この匣に死ぬ気の炎を注入すんだよ!」
でびでび・でびるはいつも通り舌足らずの口調で鈴原るるに1つの匣を渡す。匣には1箇所穴が空いておりそれ以外には黄色い装飾が施されていた。
「どうやって注入するんですか!?」
いきなりの指示と初めて聞く単語に混乱している鈴原るるは自身の周りから出ている炎を必死に入れようとする。
「違うんだよ!リング…指輪の炎を入れるんだよ!」
「そんな事言われても私指輪何てしてないですよ!」
「じゃぁ!何でお前死ぬ気の炎出してんの!?」
「そんなの知らないですよでび様!」
リング無しで死ぬ気の炎を出す為には他に出力する機械か武器が必要となる。XANXUSの様に己の力のみで出すことも可能ではあるが才能と努力は必須である。
そんな事を知るはずも無い鈴原るるは自分がどれほど凄いことをしているのか知る由もない。
「あっ!指輪って言えば!」
何かを思い出したのか鈴原るるは自分の服に着いていたチェーンを外す。
「でび様!これですか?」
チェーンを通されていたリングからチェーンを外し、でびでび・でびるに見せる。
「それだよそれ〜!早く指にはめて死ぬ気の炎を出すんだよ!」
鈴原るるは言われるがまま動くが、肝心の死ぬ気の炎が出ない。
「でび様!どうやって炎を灯すんですか?」
案外無意識で出来ていることを意識的に行うことは難しい。特にいきなり出来てしまった事は尚更である。
「シシ。死ぬ気の炎を灯すには覚悟が必要なんだよ。一般人の小娘には無理だよ!」
ベルフェゴールは複数のナイフを色んな方へ投げる。一見的外れな方向だが、ナイフは急激に方向転換し鈴原るるを襲う。
「びだいせい!」
でびでび・でびるは大きくなった体で鈴原るるを包み込むことで守る。しかし、爪ほど固くない毛では全てを防ぎ切る事は出来ずに血が垂れる。
「でび様。私には覚悟とかは分からないけど、この人達には負けたくない!」
その一言に反応したのか、あるいは自分の言葉で腹がくくれたのか、リングに黄色い炎が灯る。その炎は段々大きくなり、鈴原るるだけでなくでびでび・でびるまでも飲み込む。
「びだいせいは晴の守護者みたいだね〜」
晴の守護者とは何なのか?この触れても熱くなく傷を癒す炎は何なのか?聞きたいことは山々だが、そこはぐっと堪える。
「でび様。聞きたいこといっぱいあるけど、それはこの人たちを倒したら聞くね」
一切の迷いのない瞳にでびでび・でびるを写した後、手に持っている匣へ炎を注入する。
「これは…?」
匣の中から出てきたのは湾曲した刀身が特徴のグルカナイフ通称ククリナイフが左右に1本ずつの合計2本である。
「シシ。こいつらリング以外にもボックスも持ってるじゃん」
「でも晴の守護者の匣にしては珍しいね。これは高値で売れるかも」
「ならさっさと殺っちまお」
ベルフェゴールは新しく取り出したナイフを鈴原るる目掛けて投げるが全て打ち落とされる。
「シシ、やるじゃん」
それでも尚投げ続けるベルフェゴールは時にナイフの軌道を曲げるなどして鈴原るるに傷を付けるが、晴の活性の効果ですぐに治る。
「そろそろこっちから行こうかな!」
一通りナイフを弾いた所で鈴原るるは攻めに転じる。
「!?」
しかし、動き出した瞬間見えない刃によって体を切り刻まれる。
「びだいせい!」
「でび様来ちゃダメ!」
でびでび・でびるは咄嗟に駆け寄ろうとするが、鈴原るるの一言で立ち止まる。
「シシ。おっしー。もうちょっとで真っ二つだったのに」
そう言った直後、戦闘でボロボロになった城の天井から大きな木がでびでび・でびるの前に落ちてくる。
地面に接触した瞬間、ドスと確かな重さを感じさせる音が響く。
「流石にこの大きさは洒落にならね〜」
目の前の光景に肝を冷やしながら目の前の木から距離をとるが縦に落ちてきた木は二つに割れ、でびでび・でびると鈴原るるお互いの方へ倒れてくる。
「「!?」」
咄嗟の事だが予想出来ていた為 、鈴原るるは手に持ったククリナイフで切り刻みでびでび・でびるは余裕を持って避ける。
切り刻まれた木は小さくなり鈴原るるの周りへ落ち、回避された木は倒れた衝撃で土煙が上がる。
「でび様大丈夫ですか〜?」
土煙で姿が見えない相方へいつも通りの声で問いかける。
「こっちは大丈夫だ〜……びだいせい止まれ!何か変だ!」
土煙が落ち着き鈴原るるの方を目視したでびでび・でびるは何かに気付き鈴原るるを制止し、目の前にある木を少し触る。
「この感触……!?そいつナイフ以外も使ってるぞ!」
鈴原るるでびでび・でびるの制止が聞こえるよりも前に攻撃へ転じる為に1歩踏み出すが、2歩目が出ない。と言うよりも出せないと言うのが正解である。
「準備は整ったかいベル」
「シシ。完成〜」
「一体何が……!」
鈴原るるは次の1歩を踏み出そうと力を入れるが見えない力のせいで前に出ることが出来ない。それでも前に出ようとするが、力を入れれば入れるほど見えない何かが体にくい込み肌を裂く。
「やめろびだいせい!そいつはピアノ線の様な細い糸を使ってるんだ!力を入れすぎたら」
「え?」
でびでび・でびるの言葉が鈴原るるに届いた時には遅く、左肘から先が無くなる。
ボトッという左腕が地面に落ちる生々しい音と現実とは思えない大量に流れる血。
常人ならば直ぐに絶命するような状況にも関わらず、鈴原るるは獰猛な笑みを浮かべる。
「シシ。こいつバケモ…ンかよ!?」
少し距離を置いて状況を観察していたベルフェゴールへ血飛沫を上げながら切り落とした左腕が飛んでくる。
「おっと…!?」
その腕を難なく避け、改めて向き直すと目前に鈴原るるの拳が迫る。
予想以上に詰めのスピードが速く右ストレートの直撃を受ける。
「ベル!」
重い一撃に吹き飛ばされベルフェゴールは壁を破壊しながら城の外へ吹き飛ばされる。
「ムッ。こいつ腕が無くなってからの方が強い…」
相手の思わぬ覚醒に動揺したマーモンだが、直ぐに気持ちを切り替え新しい幻術を生み出す。
「ムッ。どういうことだ?」
赤ん坊になる前から最強の術師として名を馳せていたマーモンことバイパーは初めての経験をしていた。それは自身が生み出した幻覚が思い通りに動かないのである。術師同士の戦いならば支配権を奪われた可能性はあるが、でびでび・でびると鈴原るるは両方とも術士ではない。
「諦めろ〜あかんぼう」
「ムッ。どういうことかな」
「お前も気付いてるんだろ〜?術師が思い通りに術が使えない状況がどういう事なのか」
「何が言いたいんだい?」
「あかんぼう。お前はびだいせいに恐怖を感じているんだよ」
精神力がものを言う術師が技を使えないという事は心が折れている証拠である。
「そんなの!僕は認めない!」
もし、認めてしまえば術師としての死を認める事になる。そんな事を最強術士のマーモンは認めない。この状況で自身の精神状態を安定させるには相手をよりファンデにさせる。その為に全力攻撃と言わんばかりの怪物を召喚する。
「悪鬼羅刹!」
その言葉で一体の怪物が召喚される。でびでび・でびるの前に現れたのは2mを超える大きな体に赤い皮膚、獰猛な牙と額から生えた2本の角、そして手には棘のある棍棒。その見た目はまさに…
「鬼か…」
日本の伝承で最もメジャーな妖怪。そして戦闘力においても最強クラスの怪物。
「僕の中で最強のモンスターだよ。恐怖を感じな……え?」
いい切る前に召喚された鬼はでびでび・でびるの爪で呆気なく切り裂かれ霧散する。一体何が起きたのか理解できないマーモンは呆気に取られる。
「はぁ〜おまえ、本当の恐怖っていうのはな〜」
愛らしい姿に似つかわしくない威圧感を放ちながら振り返ったでびでび・でびるは言い放つ。
「はっぱのASMRの事を言うんだよ〜」
「何を言ってるか分からないけどこれは引いた方が良さそうだね」
「こんるる〜」
後ろから振り下ろされた2本のククリナイフが当たる瞬間、自身を爆発させる。
「やった!?」
「いや、逃げられたね〜」
「ですよね」
「っておまえ、何で左腕引っ付いてんの?」
「何でって?こう左腕をギュッとくっ付けたら治りました」
「やっぱりお前人間じゃないねぇ!」