台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊・鳴賢◆こんな日常があったらいいなあと。


||11|| その間違いすら間違ってる気がする。 (大学どたばた)

「鳴賢。その課題、いつからやってんだ?」

 溜息混じりにかけられた声に、青年はぴくりと眉を動かした。

「たぶん、お前が始める前から、だな」

 聞きようによっては冷静だといえるかもしれない声音は、だが俊英の同輩にはつうじなかったらしい。

 それはそれは深い吐息が、うしろのほうから聞こえた。

「だから、もっと身入れてやれっていっただろ」

 しごく真っ当な御意見に、煮詰まっていたアタマがとうとう爆発した。

「だあぁ! うっさい文張!」

 諸手をあげた拍子に書卓から紙が舞いあがり、いぐちぐに積み上げてあった書籍が音を立ててなだれ落ちた。

「あーあー……」

 散らかり放題の床に、灰茶の鼠が額を押さえた。

「鳴賢、お前もうちっと本を大事にしろよな」

 それを言われると痛い。

 親が子供を叱るような口調に、鳴賢はかくんと頭を下げた。

「ごもっとも」

 しゃがみこんで書籍を拾う友人は、とにかく物を大事にする。

 筆の一本、紙の一枚でも丁寧に扱うから、彼の部屋はいつ訪れても散らかっているということがない。

もっとも、鳴賢とは対極的な几帳面な性格が関与するところも大きいのだろうが。

いっしょになって本だの紙だのをまとめると、なんとか生活にさしさわりないくらいには片付いた。

「で、文張はもう提出終わったのか?」

「今朝にはな」

 端的にかえされて、鳴賢が頭をかきむしった。

「うそだろ?!だって、お前が取りかかったのって、たしか昨日じゃ……」

「おとといだ。いくらなんでも昨日からで終わるかい」

 文張こと楽俊は笑って首を振ったが、こちらは笑うどころではない。

「俺は、この課題を、五日かけてやってんだぞ」

「……それもどうかと思うけどな」

 お互いなんともいいがたい表情で沈黙する。

「だいたい、お前なんでそんなに法令に詳しいんだよ。図書府の関連書籍を丸暗記したって足りないぞ」

 憤然と詰め寄られて、楽俊の尻尾が垂れた。

「そりゃ大袈裟だ。おいらはたまたまこっち関係が得手なんだってだけだろうさ」

 右利きなことを責められても困るとでも言うような口ぶりに、鳴賢は溜息をついて牀榻に寝転がった。

 出された課題は、近隣三国の罰刑の比較に関する考察。

 法令、こと罰刑というのは官吏になるには避けて通れない知識なだけに誰もが必死になって取り組んでいるが、楽俊ほど水準の高い論文を、しかもこれほど早く書き上げられる者はいない。

「得手とかそういう問題じゃないぜ、実際」

 同じ法令でも地官に関わることのほうが得意な鳴賢には、刑罰の法令など難解このうえないと思えるのに、それをすらすらと読んでいく楽俊が憎い。

「どうせなら全部の国の刑罰を同じにすればいいんだよな。世の中間違ってるぜ」

「間違えてるのはお前だろうが」

 うだうだと衾褥のうえで転がる鳴賢の足を、灰茶の尻尾がぺちりと叩いた。

「文句言ってねえで、仕上げちまえよ。時間ねえんだろ?」

「ちぇ。済んだ奴はいいよなぁ」

 拗ねる同輩を、黒い目が横目でじとりと眺めた。

「期限が迫ってんのに、気分転換とか言って人の部屋を遊び歩ってる奴が悪い」

「…………」

 ぐうの音も出ない鳴賢を、ほれほれと小さな手が追い立てる。

「さっさと片付けちまいな。夜にはみんなで飲みに行くんだろ」

「……わかった」

 再度促され、鳴賢はのろのろと起き上がった。

 草稿はなんとかかたまった。あとは書き上げるだけだ。

 が、その書き上げるというのが、これまた難儀なことで。

「文張……」

 じわりと肩越しに振り返ると、けちのつけようのない笑顔が返ってきた。

「自力でやれよ?」

「……はい」

 この友人、けして甘やかしてはくれないのが玉に瑕で。

「早くしねえと、おいら先にいっちまうからな」

「この人でなし!」

 そろそろ傾きかけた午後の日が入る部屋に、鳴賢の怒声が響き渡った。

 

 




……難しいお題でござった。

こっち用に書き始めたものが他のお題に似合ってしまい、慌てて練りなおした一品です。
鳴賢の得意科目はでっち上げ。
楽俊と得手がかぶらない方が面白かったので、地官向きにしてみました。


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