台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
雨粒の混じる強い風が、
春先からのこの季節、草木のために天は暖かい雨を降らせるが、それは古い景色をも連れてくる。
あの、間断なく続く絹糸のような雨の記憶を。
さっきから、寝返りをうっている気配がする。
うつらうつらしながらそれに気がついて、青年は淡い眠りのなか首を傾げた。
視界は
雁の街はどこも賑やかに栄え、たとえ場末の
舎館が小さければ
短いながらも休暇中、他国は無理でも雁のなかを見て廻りたいと思っていたところへ、同じように出歩きの虫が騒いでいたらしい陽子から声がかかった。
「浩瀚と景麒と遠甫の許可は取ったから」
満面の笑顔に、これじゃ誰が王様かわからねえなと茶化すと、自分でもそう思うと翠の瞳が笑った。
自主的な旅だから騎獣はなく徒歩か馳車。おかげで厩の心配は要らないが、時折陽子に従う使令に騎乗する羽目になったりもする。
街の大小を問わず思いついたさきで止まったり、有名な景勝地を散策したりと、期間が限られているとはいえ、思いがけず関弓を目指したあの日々の続きのようで、わけもなく楽しい旅になっている。
薄い帳の向こうで、また微かな衣擦れがする。
眠れないのかと思って、どうも変だと身を起こした。
「陽子、眠れねえのか?」
帳を上げて声をかけると、合い向かいの牀からすまなそうな顔が覗いた。
「……ごめん楽俊、起こしちゃった?」
「いんや、そういうわけじゃねえけど。どうした?」
ん、と口篭もった顔は眠気の欠片もなくて、やはり寝つけなかったらしいことが伺える。
玻璃を叩く、不規則な音。
日暮れから降り出した雨は夜半に至って雨足が増している。眠る前、彼女が物憂げに窓の外を見ていたのを思い出した。
「雨の音でも気になるか?」
何気なく言った言葉に、少女の顔が曇る。
「陽子」
「あ、いや、なんでもない。ただほら、雲海の上には、雨って降らないから」
慌てて浮かべた作り笑いはすぐに力をなくし、困ったような顔に戻った。
「雨の音なんて、しばらく聞いてなかったから。つい、思い出しちゃって」
力のない声に、ああと楽俊も思いだした。
ちょうど今頃の季節。
こんなに強くはなかったけれど、やはり雨のなかだった。降りしきる雨に打たれて倒れ伏す彼女を拾ったのは。
もうずいぶん前のような気がする。
あのときからすべては動き始めて、それは思いがけない道に繋がっていた。
でも彼女にとっては、けして楽な道ではなくて。
そこに至るまでも、それからも。彼女が一人負い続けているものがあることを、知らない彼ではない。
「雨、だったよね。楽俊に拾われて、なんとか助かった。なのに私は全然楽俊を信用しないで。あんなによくしてもらったのに、感謝もしないで、挙句に、見捨てて逃げ出して」
「陽子」
低い声に、唇を噛んで俯いていた少女がぴくりと肩を揺らした。
「手、かしてみな」
静かに言われて、
差し出された細い手を、両手で包み込んだ。
人の姿をしているときは、自分のほうが大きい掌。
こんな小さな手でささえなければならないものが、彼女にはある。
「なあ、おいら、生きてるだろ?」
「うん……」
「おいらは、陽子が妖魔に追われていることも、海客として手配されてることも、最初から知ってた。承知の上で、陽子と行くって決めたんだ。だから、あれは陽子のせいじゃねえ」
「でも」
「途中で妖魔に襲われることくらい、考えなかったわけじゃねえさ。衛士に知られたらまずいってこともわかってた。あれは、ちょっと運が悪かっただけだ。それに、おいらものろまだったしなぁ」
「だけど」
「いいんだよ。だから、そんなに気に病むな」
ややあって、うん、と頷いた
「ありがとう、楽俊……」
「礼を言われるようなことじゃねえぞ?」
「でも、ありがとう」
繰り返す声を聞きながら、艶やかな緋色の髪を撫でる。
「こっち、くるか?」
え、と瞬いた瞳が、意味を飲み込んでちょっと上目遣いになった。
「…・・・いいの?」
「眠れねえんだろ? 枕のかわりくらいやってもいいぞ」
肩口に頬を寄せた少女が、青年の背中に腕をまわしてくすくすと笑う。
「頭良くなりそうな枕だね」
「そんなわけあるか」
軽口に軽口で応えて二人で忍び笑った。
「あー、景麒に知れたら大目玉貰いそう」
「そりゃおいらのほうだろ」
「それはさせないから」
「……職権乱用になるんじゃねえのか?」
口数が多いのは照れているからで、まあ、そんなことはお互いわかっている。
「陽子」
「なに?」
もうちょっと肩の力抜けよとか、無理するなとか。言いたいことはたくさんあるけれど、どれも本当に言いたいこととは多分違って、ただまわした腕に少しだけ力をこめた。
「ちゃんと寝ろよ。もう悪い夢なんか見ねえから」
「うん……」
背中にまわった手が、きゅうとすがる。
雨は、まだしばらく続きそうだった。
初稿・2005.01.18
くっはー!恥ッズかしッ!!(シリアス丸崩れ・)
「ありえないわ!」なんてダブルボイスで言わないでくださいませね・笑
こんなことあるわけないじゃ~んとかいいながら、けっこー書きたかった話です。
ええ、最初にネタができたものの一つですヨ。
いーんだ、二次創作なんだから!
どうでもいいことですが、私の好きな小説家は何故かみんな恋愛モノが苦手です。
そんで、読み手としては歯痒い思いをさせられるわけだネ・某剣聖口調(わかる人おらんだろ)
でもこの程度を書いてて自分で笑うほど照れるあたり、拙者も恋愛モノは激下手です。
いやー、こっぱずかしくてあかんわ!・脱兎