台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊・陽子◆ちょっとシリアス。ややカップリング風味?




||15|| 眠れぬ夜は傍に居て。 (雨の音は、辛い記憶を呼び覚ます)

 雨粒の混じる強い風が、玻璃(はり)を叩いていた。

 春先からのこの季節、草木のために天は暖かい雨を降らせるが、それは古い景色をも連れてくる。

 あの、間断なく続く絹糸のような雨の記憶を。

 

 

 さっきから、寝返りをうっている気配がする。

 うつらうつらしながらそれに気がついて、青年は淡い眠りのなか首を傾げた。

 視界は(とばり)の遮る薄闇。

 雁の街はどこも賑やかに栄え、たとえ場末の舎館(やど)でも(しんだい)がないということはない。このあたりの程度としては安いところを選んだが、それは二人が貧乏性というだけでなく、厩が必要ないからだ。

 舎館が小さければ房室(へや)も小さく、まあいまさら気兼ねするような仲でもないしと、結果として臥室(しんしつ)のない房室を選んだわけである。……少しは気にするべきなのかもしれないが。

 短いながらも休暇中、他国は無理でも雁のなかを見て廻りたいと思っていたところへ、同じように出歩きの虫が騒いでいたらしい陽子から声がかかった。

「浩瀚と景麒と遠甫の許可は取ったから」

 満面の笑顔に、これじゃ誰が王様かわからねえなと茶化すと、自分でもそう思うと翠の瞳が笑った。 

 自主的な旅だから騎獣はなく徒歩か馳車。おかげで厩の心配は要らないが、時折陽子に従う使令に騎乗する羽目になったりもする。

 街の大小を問わず思いついたさきで止まったり、有名な景勝地を散策したりと、期間が限られているとはいえ、思いがけず関弓を目指したあの日々の続きのようで、わけもなく楽しい旅になっている。

 薄い帳の向こうで、また微かな衣擦れがする。

 眠れないのかと思って、どうも変だと身を起こした。

「陽子、眠れねえのか?」

 帳を上げて声をかけると、合い向かいの牀からすまなそうな顔が覗いた。

「……ごめん楽俊、起こしちゃった?」

「いんや、そういうわけじゃねえけど。どうした?」

 ん、と口篭もった顔は眠気の欠片もなくて、やはり寝つけなかったらしいことが伺える。

 玻璃を叩く、不規則な音。

 日暮れから降り出した雨は夜半に至って雨足が増している。眠る前、彼女が物憂げに窓の外を見ていたのを思い出した。

「雨の音でも気になるか?」

 何気なく言った言葉に、少女の顔が曇る。

「陽子」

「あ、いや、なんでもない。ただほら、雲海の上には、雨って降らないから」

 慌てて浮かべた作り笑いはすぐに力をなくし、困ったような顔に戻った。

「雨の音なんて、しばらく聞いてなかったから。つい、思い出しちゃって」

 力のない声に、ああと楽俊も思いだした。

 ちょうど今頃の季節。

 こんなに強くはなかったけれど、やはり雨のなかだった。降りしきる雨に打たれて倒れ伏す彼女を拾ったのは。

 もうずいぶん前のような気がする。

 あのときからすべては動き始めて、それは思いがけない道に繋がっていた。

 でも彼女にとっては、けして楽な道ではなくて。

 そこに至るまでも、それからも。彼女が一人負い続けているものがあることを、知らない彼ではない。

「雨、だったよね。楽俊に拾われて、なんとか助かった。なのに私は全然楽俊を信用しないで。あんなによくしてもらったのに、感謝もしないで、挙句に、見捨てて逃げ出して」

「陽子」

 低い声に、唇を噛んで俯いていた少女がぴくりと肩を揺らした。

「手、かしてみな」

 静かに言われて、臥牀(ねどこ)から降りた陽子がおずおずと楽俊の脇に膝をつく。

 差し出された細い手を、両手で包み込んだ。

 人の姿をしているときは、自分のほうが大きい掌。

 こんな小さな手でささえなければならないものが、彼女にはある。

「なあ、おいら、生きてるだろ?」

「うん……」

「おいらは、陽子が妖魔に追われていることも、海客として手配されてることも、最初から知ってた。承知の上で、陽子と行くって決めたんだ。だから、あれは陽子のせいじゃねえ」

「でも」

「途中で妖魔に襲われることくらい、考えなかったわけじゃねえさ。衛士に知られたらまずいってこともわかってた。あれは、ちょっと運が悪かっただけだ。それに、おいらものろまだったしなぁ」

「だけど」

「いいんだよ。だから、そんなに気に病むな」

 ややあって、うん、と頷いた(まなじり)から、ぽたりと雫が落ちた。

「ありがとう、楽俊……」

「礼を言われるようなことじゃねえぞ?」

「でも、ありがとう」

 繰り返す声を聞きながら、艶やかな緋色の髪を撫でる。

「こっち、くるか?」

 え、と瞬いた瞳が、意味を飲み込んでちょっと上目遣いになった。

「…・・・いいの?」

「眠れねえんだろ? 枕のかわりくらいやってもいいぞ」

 衾褥(ふとん)を上げて空いた場所をほらと叩くと、ソレデハ、とかもそもそ言いながらもぐりこんでくる。その細い背中を、衾褥ごとそっと抱きこんだ。

 肩口に頬を寄せた少女が、青年の背中に腕をまわしてくすくすと笑う。

「頭良くなりそうな枕だね」

「そんなわけあるか」

 軽口に軽口で応えて二人で忍び笑った。

「あー、景麒に知れたら大目玉貰いそう」

「そりゃおいらのほうだろ」

「それはさせないから」

「……職権乱用になるんじゃねえのか?」

 口数が多いのは照れているからで、まあ、そんなことはお互いわかっている。

「陽子」

「なに?」

 もうちょっと肩の力抜けよとか、無理するなとか。言いたいことはたくさんあるけれど、どれも本当に言いたいこととは多分違って、ただまわした腕に少しだけ力をこめた。

「ちゃんと寝ろよ。もう悪い夢なんか見ねえから」

「うん……」

 背中にまわった手が、きゅうとすがる。

 雨は、まだしばらく続きそうだった。

 

 

初稿・2005.01.18





くっはー!恥ッズかしッ!!(シリアス丸崩れ・)

「ありえないわ!」なんてダブルボイスで言わないでくださいませね・笑
こんなことあるわけないじゃ~んとかいいながら、けっこー書きたかった話です。
ええ、最初にネタができたものの一つですヨ。
いーんだ、二次創作なんだから!

どうでもいいことですが、私の好きな小説家は何故かみんな恋愛モノが苦手です。
そんで、読み手としては歯痒い思いをさせられるわけだネ・某剣聖口調(わかる人おらんだろ)
でもこの程度を書いてて自分で笑うほど照れるあたり、拙者も恋愛モノは激下手です。
いやー、こっぱずかしくてあかんわ!・脱兎


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