台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊×陽子

何も言いません。
楽陽です。楽陽のつもりなんです……


||20|| 触ったら10万取るから。 (楽陽?)

 

 凱之は虚空に二つの黒点を見とめて破顔した。

 長い尾をした二頭の騶虞の背には、計三人の人影がある。

 みるみるうちに距離を詰めた騎獣は、広い門前にすうと音もなく降り立った。

「よう凱之、また世話になるな」

 日を受けて鮮やかに煌く金の髪に、凱之は笑って膝をついた。

「おいでなさいませ。延王、延台輔」

 叩頭する凱之に気さくに応える延主従の後ろの影に頭をあげ、拱手する。

「楽俊殿も」

「殿はやめてくださいって」

 苦笑した青年が、同じように礼を返した。それに笑顔を返し、改めて一行に頭を下げる。

「主上よりご案内を仰せつかっております。どうぞこちらへ」

 

 

「延王、延台輔、楽俊殿。ようこそお越しくださいました」

 正寝手前で待っていた浩瀚が、ゆったりと拱手する。

「お招き恐悦に存ずる、というべきかな。曲水の宴とは雅なことだ」

 雅事の苦手な延王に揶揄するような顔を向けられて、慶の冢宰が苦笑した。

「まあ、曲水と言うのは名目でして。主上と近い者たちのささやかな宴会でございますが、延王延台輔にはお気に召すのではないかと主上が」

 延麒六太が快活に笑う。

「なるほどな。発起人は陽子なのか?」

「いえ、祥瓊でございますよ。たまには気晴らしもと申しまして、太師に伺いを立てて準備をしたようです」

「さすがだな」

 公主であった少女らしい配慮に、六太が肩をすくめた。笑った浩瀚が、ついと右手を差し出す。

「ではこちらへどうぞ。玻璃宮にて準備が整っておりますので」

 鷹揚に頷いた延主従に従おうとした楽俊を、浩瀚はああと押しとどめた。

「楽俊殿、申し訳ありませんが、主上をお迎えに行っていただけませんか」

 え、と楽俊が首を傾げる横で、ふと延の主従が目を交しあった。楽俊に見つからないよう含み笑いして、するりと先へ足を向ける。

 それを目の端に映し、浩瀚はにこやかに青年に頭を下げた。

「賓客を使うようで申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします」

 言うだけ言って、あとはまかせたと延主従を案内するため行ってしまった冢宰に、青年はあっけにとられたように瞬いた。

 

 

 珍しく控えのない扉をこつこつと叩くと、ややあって紺青の髪が覗いた。

「あら、いらっしゃい」

 見知った顔がにこりと笑う。今夜の宴のためか、常より少し華やかな裳裾がしゃらりと衣擦れを立てた。

「なんか、浩瀚様に言われてきたんだけど……」

 珍しく歯切れの悪い青年に、祥瓊がこだわりなく頷く。

「ああ、ちょうど支度が済んだところなの、よろしくね」

 はきはきと言って、堂室を振り返った。

「陽子、お迎えの方がいらしたわ。じゃ、私は先に行ってるから」

「祥瓊?」

 怪訝そうな声を背に、祥瓊は楽俊にもじゃあねと声をかけ、本当に堂室を出てしまう。

 それを見送って、楽俊はええとと困惑したまま扉を押した。

「---陽子?」

 そっと覗き込んだ先で、緋色の髪が振り向いた。

「楽俊」

 薄い化粧を施した貌のなかで、明るい翠の瞳が驚いたように見開かれる。

 榻に腰掛けた姿に、進みかけた足が思わず止まった。

 艶やかな緋の髪は両耳の上から少しをまとめて小さく結い、碧玉と銀の花弁の繊細な花簪をひとつ差してある。残りはゆるく波打たせてふわりと背に流してあるのが、大仰な装飾を嫌う彼女らしい。

 いつもは頑なに朝服や袍で過ごしているのを、細かな刺繍の背子(うわがけ)と落ち着いた緑青(ろくしょう)色の襦に、やはり銀糸の刺繍が入った深い臙脂の長裙。この季節だから風除けにか、淡い紗の霞披(ひれ)をやんわりとかけている。

 けして派手ではないが、女性らしい(あで)やかな装いだった。

 立ち尽くしたままの楽俊に、陽子が遠慮がちに小首をかしげた。その拍子に、簪が細波(さざなみ)のような音を立る。

「あの、変、かな」

 囁くような声に、ややぎこちなく首を振る。

「そうじゃねえよ。あんまり綺麗過ぎて、なんて言っていいかわかんねえだけだ」

「……そんなこと、ないよ」

 王であるくせにいっかな世辞に慣れない少女が、淡く頬を染めて目をそらした。

 その仕草に、笑みが零れる。

「あるって。陽子は、自分の容姿にはてんで無頓着だからな」

 長い裾は動きづらいとか、簪は落とすから嫌だとか。

 およそ少女らしくないことを言って着飾りたがらないが、元々美しい顔立ちをしているのだ。だからちょっと手を加えただけでこんなにも綺麗になる。

「まあ、いつもこんな綺麗にしてたら、他の連中は仕事が手につかねえかもしれねえけど」

「そこまで言ったら冗談にもならないよ」

 榻に歩み寄った青年に、陽子が拗ねたような目を向けた。

「冗談なんて、言った覚えはねえぞ」

 低い榻に片膝をつき顔を寄せると、やや長くなった灰茶の髪に結んだ翡翠色の細紐が、するりと肩から流れ落ちる。

 少しの間見つめあい、やがてどちらからともなく目を伏せた。

 

「……なんか、とんでもねえことした気分だな」

 こつんと額をあわせて呟くと、少女がちらりと笑う。

「私が許すから平気」

「そりゃ心強いや」

 笑い返して、楽俊は手を差し出した。

「遅くなると迎えに来た意味がなくなっちまうからな、そろそろ行くか?」

 青年の手のひらに繊手を重ねた陽子が、え、と聞き返す。

「私を迎えに来てくれたの?」

「浩瀚様から頼まれたんだ。祥瓊も知ってるみたいだったけど、陽子は聞かされてなかったのか?」

 不思議そうな顔をされて、陽子は首を振った。

「私、なんにも知らないよ?」

「てことは」

 二人同時に思い当たって、笑うより呆れて天を仰いだ。

「つまり、最初っからそのつもりだったんだろうな」

「祥瓊もグルってことだよね」

 どうも熱心にこの格好を勧めると思った、と溜息をついて、陽子が立ち上がる。裳裾の立てる衣擦れが、奇妙に(なまめ)かしい。

 着慣れないせいか挙措まで淑やかな少女に苦笑した。その気配に、陽子が見上げる。

「なに?」

「いや、おいらは思ってたより器量が狭いんだな、と思っただけだ」

 首を傾げられ、楽俊はちょっと眉をしかめた。

「綺麗に飾ってる陽子を、他の人に見せたくねえって思っちまった。これって、相当不遜だろ」

 瞠った翠の瞳が甘く細められ、紅唇が笑みを刷いた。

「私には楽俊だけだよ?」

 言葉を失った楽俊に、陽子は薄く頬を染めながらも重々しく宣誓する。

「私には、楽俊だけ。もし触ろうなんて奴がいたら、罰金とります」

「……王様に何かしでかしたら、罰金じゃすまねえだろ」

「ええ? 罰金は基本でしょ」

 一国の王であるのに、感覚は庶民のままの女王に、楽俊は笑うしかない。

 その口元に指を伸ばして、陽子が意味ありげな微笑を浮かべた。

「だけど、こんなのつけてたら、売約済みの広告ぶら下げてるようなものだよね」

 唇をかすめた指先に、鮮やかな紅がのる。

 あ、と慌てて口元に手をやって、青年は赤面した。

 

 

初稿・2005.1.23

 

 




【曲水の宴・きょくすいのえん】
日本だと陰暦三月三日に行われる歌の会。
大仰でない宴会の名目が欲しかっただけ・汗
ザラメ噛みながら書いてる気分でした>大の辛党
そして構成が悪い!! ごめんなさい、精進します・
当時、サイトのアンケートでリクエストいただいた「おめかし陽子」です。
100のお題のなかには「楽陽」とかしか決まってないのも多少ありまして(汗)ツボな
ネタ振りをしていただいたのでこれ幸いとばかりお題ネタに持ってきてしまいました・
(櫨家兄妹バナシもそうですね)
とにかく着物の言葉がわからなくて全然進まないという泣くに泣けない状況だったり。
手元に古代中国の資料がないんだということに、いまさら気づいても後の祭り。
そんなわけで、服の描写に二日かかってます・大馬鹿
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