台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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陽子◆聲が伝えるものは。


||21|| 愛を謳え。 (鸞バナシ)

 

 筆を置いて、陽子は溜息をついた。

 慣れない毛筆は肩がこる。そのうえ一日中気を張っているから、なおのこと疲労が背にも首にものしかかった。

 広げられた紙面に黒々と綴られた文字に顔をしかめて、背もたれに頭をのせる。そのままの姿勢で、肺が空になるほどの息を吐いた。

 難しいこととは重々承知していたが、やはり考えるだけとやってみるとは違いすぎる。

「百聞は一見にしかずって、このことだよね……」

 遠く隔たってしまった故国の言葉を呟いてから、胸を覆う寂寥感に大きくかぶりを振った。

 嘆いている暇も懐かしんでいる暇も、自分にはないのだ。

 どんなに戻りたくても、もうあちらへ帰ることはできない。

 科せられた責務は果てがなく、逃げることは畢竟(ひっきょう)己の死と数百万の民の困苦、国の荒廃につながる。

 とんだ運命があったものだ、と思い、いやこれが天命なのだと思い返した。

 天があり天帝を頂点にいただくこの世界で、自分は神なのだと言う。だが陽子には、未だにそれが納得できていない。

 つい半年程前までは、一介の女子高性に過ぎなかった。

 優等生という看板の陰で人の顔色をうかがって、のらりくらりと生きてきた。

 このまま息苦しいながらも流されていけば、楽でいられると思っていた。

 だが金の髪をした青年が現れた時その日常は破られ、月影を潜り抜けて唐突に連れてこられた異界。

 死と紙一重の旅を続けた先に待ちうけていたのがこんな結末だったとは、あの瞬間まで思いもし

なかった。

 きゅるる、と高い声がして、陽子は視線をめぐらした。

 賢げな目をした鳥が、首を傾げて主を見ている。

 その可愛らしい仕草に、微笑が零れた。

 部屋の片隅に置かれた卓子(つくえ)の上、篭の扉を開けると、鳥は舞うように翼をはためかせて書卓に降りた。

 その鳥を鸞鳥、という。

 王だけが自由にでき、定めた相手の元へ声を運ぶ、不思議な鳥。

 美しい宝石のような姿。

 つややかな頭をそっと撫でると、赤い嘴が開いた。

「よう、ひさしぶり……ってのも、なんか変だな。元気にやってるか? 無理してねえといいけど、陽子は真面目だからな」

 小さな嘴の囀る朗らかな子供のような声に、鼻の奥がつんとなった。

 労う言葉、優しい声。

 近況を語る端々にもあたたかい思いやりが溢れていて、まるで彼が目の前にいるような錯覚さえ覚えてしまう。

 こんなふうに言葉を運ぶ鳥がいてよかった、と思う。

 手紙では伝えきれない想いでも、声ならば感情までが届く。

「駄目だな、私は」

 睫の端に滲んだものを指先ではじいて、語るのを終えた鳥に笑いかけた。きゅるる、と啼いた鳥に銀を一粒やって、嬉しそうについばむ姿を見守る。

 この返事を貰って、もう幾日だろう。

 今日こそは送らなければ、と思っても、彼の声を消すのが惜しくてためらってしまう。

「あんまり日を置いても、悪いよね」

 忙しいのかと気を使わせるのは---それはまあ、忙しいけれど---本意ではないし、陽子が送り出さないことには、次の返事も来ないわけで。

「……この声、とっておければいいのにな」

 むこうにはカセットテープもビデオもあったから録音など簡単で、こんなふうに惜しむことなどなかったけれど、でも今のほうがずっと言葉を大事に出来るのはどうしてなんだろう。

 つんと嘴の先をつつくと、もういちど同じ言葉を繰り返す。

 目を瞑り、名残惜しく聞きながら、その一言一言を忘れないよう胸に刻んだ。

 やがて嘴を噤んだ鳥に、お礼だよ、と言ってもう一粒銀を咥えさせ、差し出した手の上に止まらせる。

 伝えたいことはたくさんあって、でも伝えられないこともあるけれど。

 遠く関弓で学ぶ人を思い浮かべて、陽子は微笑んだ。

「お久しぶり、元気だろうか。私は元気です---」

 

 

 

 

初稿・2005.01.24




不遜にも『書簡』に続くイメージで・身のほど知らずが

あ、景麒の出番忘れた・笑
でもこのほうがまとまりそうなのでよしとします(景麒ファンの方ごめんなさい)
この鳥ってどれくらいの間隔で行き来してるんでしょうねー。
そんでもって、鸞の提案したの誰なんだろう。
個人的に景麒だといいな、と思ったんですが、延王が餌提供してるからには延主従も関わってそうですね。
どうやって楽俊の手元に届いたのかとか、なんで名前知らないんだろうとか。
疑問は尽きないんですが。手渡しなら鳥の名前くらい聞いてそう。


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