台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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景麒◆予王時代。



||29|| 気付いてる、痛いほどに。 (景麒)

 

 園林(ていえん)からの帰路、とおりかかった路亭(あずまや)のひとつで、景麒は足を止めた。

 

 細工は美しいがどこかうらぶれた風情の建物に腰を下ろして、深く溜息をつく。

 肩が重苦しくて、眩暈がした。

 両手で押さえた白皙の貌は常にまして血の気が薄く、蝋のように白い。

---台輔

「……大丈夫だ」

 地中からかけられた声に応え、ぼんやりとあたりを眺めた。

 よく手入れされた樹々、色鮮やかな花々。

 緑そよぐ園林は美しく、だがその決まりきった美しさゆえにか、ひどく拒絶されているような気がする。

 まるで、自分を拒む主のように。

 

 いや、と頑なに首を振る女の顔が浮かんで、苦い気分で眉を顰めた。

 

 間違いなくこの国の王であるのにその責務を果そうとしない主は、ただの娘であった頃に戻りたいと泣いた。

 (まつりごと)に見向きもせず、日がな一日(はた)を織り続ける背中は断固として景麒を寄せ付けない。

 それを忌々しいと思っている自分に気がついて、愕然とした。

 

 麒麟は王を選び、王に従う。

 

 天帝が十二の国を定め、王に玉座を与えてからの、それは(たが)えようのない決めごと。

 王を補佐し、民に慈悲を垂れるのが己の使命だというのに、無二の主を(いと)うとは。

 胸の内を、薄暗い靄が漂う。

 まとわりつくようなそれは、自覚すればいっそうに肩に重くのしかかる。

 大きくかぶりを振ると、薄い金色の鬣が頬に流れた。

 わかってはいるのだ。

 なにが足りず、なにをせねばならないのか。

 必要なことはわかってはいても、それをどうすればいいのかがわからないから、余計に身動きが取れなくなる。

 それでも。

---あの方が、あの方だけが、この慶国の王であるのだ。

 それだけは、忘れて欲しくないのに。

「台輔」

 いつのまにか路亭のはしに叩頭していた女官に呼ばれて、景麒は我に返った。

「なにか」

「青鳥が届いております。蓬山からとのことなのですが、如何致しましょうか」

「蓬山?」

 思いもかけない言葉に、紫の目を瞬かせる。

「わたしにか?」

「はい。碧霞玄君より、至急のしらせとのことで」

 久しく聞くことのなかった懐かしい名に、郷愁めいたものが胸中を走った。

「わかった。すぐに仁重殿へ戻る」

「かしこまりまして」

 王を選び国に下った麒麟は、蓬山と関わることはない。ましてあちらから知らせが届くことなど滅多にないだけに、なにやら胸騒ぎがした。

 しかしそれは、奇妙に心(はや)るもので。

 その違和感を訝しく思いながら、景麒は立ちあがった。

 

初稿・2005.01.28

 




泰麒帰還後ってとこですか。

このお題を見た瞬間、しまったー!と叫びました。
短編で書いた『灯火』こっちに持ってくれば良かった、と・笑
でもまあ、予想外のネタが浮かんだので、これはこれで。

ということで、本日は『灯火』との2本UPです←

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