台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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酒のみ尚隆&楽俊。
延王のセリフには全部裏があると思っています。


||38|| む、意外とガードが堅いな。(尚隆・楽俊)

 

 

 つきあえ、と言われて連れ出された場所は、奢り(ぬし)の身分からするとそれこそ天地ほども差がある食庁(しょくどう)だった。

「いつも、こんなところにいらしてるんですか?」

 呆れたような質問にも、男はいっこうに頓着なさげな顔で一番奥隅の席に陣取った。

「なに、お前たちと最初に会ったような店にも行っているぞ。ただ、店の格によって出てくる酒や料理がまったく違うからな。色々比べてみるのも面白い」

「はあ」

 曖昧な返事をしながら、楽俊も席につく。

 ものに構わない性格の彼だから、まあ本音でもあるのだろうが、仮にも一国の主がこんな小汚い店で安酒を呑んでいるなどとは、誰も思わないにちがいない。

 もっとも、日頃の態度に似合わず裏の多い男のこと、酒を楽しむついでに街の様子を見るのもその見聞の一環なのだろう。

 あとは、こちらに気をつかわせまいと安い店を選んだというところ。

 せわしげな店の者が威勢よく置いた杯を手に、向かいに座った男がにやりと笑った。

「途中で逃げるのは許さんからな」

「……逃げられませんよ」

 苦笑して、楽俊も杯を取る。

 前回同じように連れ出されたときは自分は鼠の姿で、ついでに彼の宰輔たる少年もいて、妙に道義心の強い店主から子供に酒を呑ませるとは何たる親だと叩き出される羽目になった。

 もともとたいして呑めもしないから、いっかな酔いそ うにない彼からこれさいわいと挨拶もそこそこに逃げ出したけれど、どうやら親扱いされた彼は二重に根に持ったらしい。

 夕方呼び出されたとき「今日こそちゃんと呑ませるから人の姿で来い」と念を押されてしまった。

 まるで水でも飲むように杯を干す男を、楽俊は恨めしげに眺める。

「そうはいっても、風漢様にあわせて呑めるほど、おいらは強くないですよ?」

「そんなものはわかっている」

 最後の抵抗をしゃあしゃあとあしらって、早くも次の酒を頼む。あれで酒の味がわかっているのかと、同じような呑みかたをする学友を思い出して、青年は溜息をついた。 

「で、どうだ。大学の方は」

「おかげさまで、大過なく」

 軽く頭を下げた楽俊に、風漢---尚隆が笑う。

「大過なくとは言ってくれる。さすが首席は違うな」

「そういう意味じゃねえんですけど」

 日常生活のことだと楽俊も苦笑した。そのようやく空になった杯に、向かいからさっさと酒が注がれる。

「何を言う。たいていの学生たちは口を開けばやれ允許が、やれ成績がと騒ぐそうだぞ。自分の努力が足りない奴ほど苦労話をしたがるそうだが、たしかにあの講義は俺になぞさっぱりわからん」

「まさか忍び込まれたんですか」

「まあ、ちょっとな」

 相変わらず破天荒な雁の王に、やれやれと額を押さえた。

「わからんと言ったって……風漢様のお役目は、講義の内容とは段が違うでしょう。覚える必要がないとはいわねえですけど」

 大学で習うのは官の仕事の基礎。

 たしかに役には立つかもしれないが、いかな老師たちでも王である尚隆がやらねばならないことは教えてくれない。

 理知的な顔を、尚隆が思いのほか鋭い目で見返した。

「……なるほど、陽子が信頼するわけだ」

 笑い含みに言われて、楽俊は首を傾げる。

「なんのことです?」

「わからんのならいい」

 くつくつと喉を鳴らしながら、まだ半分ほども残っている楽俊の杯に酒瓶を傾けた。

「だから、そんなに飲めませんて!」

「前回俺に責任を押し付けて逃げた罰だ」

「罰って言ったって、あれはおいらのせいじゃ……」

「ほう、俺が店主に怒られている間に遁走したのは誰だったか?」

 頃合よく運ばれた肴をつつきながら、軽口を交わす。

 周囲の卓も楽しそうな酔漢で騒がしくなり、あとは他愛ない話をしながらどんどん酒瓶が転がった。むろん大半は尚隆が空けたもので、楽俊の分などたかだか一本程度である。

 なにぶん尚隆の好む酒は強いからいいかげん度が過ぎて、卓に突いた肘で靄のかかったような額を支える。その肩から落ちた鮮やかな髪留めの紐に、尚隆が目を留めた。

「なんだ、趣味が良いな」

 え、と顔を上げた青年が、ついと紐を背に払った。無意識なのか、酔いのまわった顔はきょとんとしたままである。その紐だ、と指されてようやく頷いた。

「無精していたらずいぶん伸びちまったんで、くくってるんです。一つにまとめた方がいいって言われるんですが、どうもああいうのは似合わなくて」

「似合う似合わないと言っても、どのみち官吏になったら結わなくてはならんのだろう?」

「まあ、そうなんですけど」

 ちょっと顔を顰めた楽俊が、首筋あたりでひとつにまとめた髪を撫でる。

「雁の官吏はみな小奇麗にせねばならんのだぞ。なにしろ上が煩いからな」

「そりゃあ厳しいですね」

 上とやらよりも上のくせにいい加減な恰好をする王に、楽俊が吹き出した。

 実のところ、と尚隆が行儀悪く卓に頬杖をつく。

「お前は卒業後どうする気なのだ」

「前に陽子にも同じことを聞かれましたよ」

 笑いながら、楽俊が向かいの杯に酒を足した。それを、ちらりと尚隆が見る。

「ほう、陽子がか」

「まだ卒業の目処もたってねえのに、みなさんお気が早い」

 首を振る青年に、尚隆はにやりと笑った。

「有能な官吏の卵は取った者勝ちだからな、お前など引く手あまたになるだろうよ」

 そうでしょうかね、と軽くいなして、なにがおかしいのか楽俊がくすくすと笑う。

「御存知ですか? 雁の大学では、首席で入った者は卒業できねえって伝説があるんですよ」

「なんだそれは」

「だから、伝説なんです」

 眉を上げた尚隆も笑う。

「たいした伝説だな。それからいうとお前は卒業できないということになるわけか」

「らしいですね。ですから、先のことは目処がたってから考えますよ」

 腹黒め、と尚隆が口の中で呟いた。にこりと笑った楽俊が、ではと立ちあがる。

「おいらはこのへんで」

「なんだ、結局逃げるのか?」

 渋面になった男に苦笑う。

「明日も講義がありますからって、さっきも申し上げたじゃあねえですか。これ以上呑んだら帰れなくなっちまいます。おいらも卒業はしたいですからね」

 学業を持ち出されては、さすがの男も止められない。むう、と口の端を下げて青年を睨めつけた。

「またつきあえよ」

「今度は休みの日にしてくださいね」

 軽く頭を下げて立ち去る楽俊を手を上げて見送る尚隆の後ろから、小さな頭がひょこりと覗いた。

「かーんたんにはぐらかされて、あげくにあっさり逃げられてまあ」

「うるさいぞ」

 どこから見ていたとか、いつ来たとかは今更どうでもいい。

 不機嫌そうに杯を干して、尚隆は楽俊のかわりに相向かいに陣取った少年を睨んだ。

「吐かせるつもりなら力技でも使うが、そうもいくまい」

 むすっとしている男に、少年---六太が笑った。

「あれでけっこう、口が堅いからなぁ。楽俊の本音がみたけりゃ、鼠んときにしろよ。尻尾だの髭だのですぐわかるから」

 皿の上から慎重に食べられるものをより分けながら、箸を振る。

「それでは酒が呑めん」

「……酒呑むのが優先なのかよ?」

「お前相手では呑めんからな、楽俊につきあわせるしかあるまい」

 どことなくつまらなそうに酒を舐めながら、ふんと口を尖らせた。

「ま、奴の本音など、聞かんでもわかるがな」

「負け惜しみ」

「なんだと?」

 名高い雁の名君と慈悲深き宰輔は、その名声とは裏腹にはっしとにらみ合った。

 

 

初稿・2005.02.07

 




ざる(推定)尚隆とほろ酔い(推奨)楽俊。

高官でもないのに畏れ入らない稀有な青年を、延王が放っておく
わけないだろうと。よく遊びに行ってるみたいだし・笑
「酒が飲めるか」という『月影・下』のやりとりにもかかわらず
飲まなかった楽俊を潰してみたかったんですが、さすが楽俊。
潰れてくれませんでした・笑

「なんだ(陽子の色の紐とは)趣味が良いな」
「(おまえは慶に行きたいんだろうが)雁の官吏は~」
「そりゃあ厳しいですね(でも自分は慶に行くので関係ないですよ)」
……という、初期FSSのようなやりとり。

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