台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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『黄昏~』の後的時間軸。
初心を忘れないように。



||43|| 怠惰に委ねた決心の甘さ。(陽子)

 

 

 赤い嘴を閉じた鳥の前で、陽子は目頭を押さえた。

 そうしていてもこらえられなくて、熱い雫が指先を伝って落ちる。

「ごめ……」

 零れた言葉は、込み上げる感情に押し流されてしまう。

 

 謝罪と、感謝と。不安も苦悩も、怒りさえ。

 

 翼に乗せられて届いた懐かしい声に、様々な思いが入り乱れて溢れそうになる。

 元気か、といつもの調子で始めた彼は、事件のことはなにも言わなかった。

 きっと誰かから聞いているだろうに、陽子をたしなめることも責めることもせず、いつものように朗らかな声で、陽子が彼に送った言葉への返事と、他愛ない近況だけを語った。

 ただ、最後。

 いつもならば、軽くじゃあなと言う彼が、僅かに間を置いた。

---無理、するなよ?

 どこか切なそうな静かな声は、陽子のことだけを想って紡がれて。

 なにも聞かず、なにも言わないけれど、その言葉に彼の気持ちがすべて詰まっていることに、いやでも気づく。

「ごめん、なさい……」

 甘えている。

 こんなにも彼に甘えていることを、今更ながら思い知らされる。

 しっかりしろと叱りもせず、無責任に慰めもしない。

 この壁は誰でもない陽子自身が越えなければならないとわかっているから、王である陽子に対して、あのひとはなにも語らない。

 ただ、一人の友として陽子を気遣ってくれる優しさが、胸に痛いほど嬉しかった。

 情けなくて、申し訳なくて、嬉しくて。

 ありがとう、という言葉は、声にならない。

 

 なにを、してるんだ。

 わたしは、なにをしてる。

 

 王であること、国を支えつづけることが容易ではないなんて、最初からわかっていたはずだ。

 数百年もの王朝を築く者の傍らで、たった数年を乗りきれない脆弱な王もいる。

 他国からの干渉がないこの世界で、それでも王が倒れるのは国内のひずみが理由に他ならない。

 数十年必死になっても実りない国政に飽く者、逆臣に討たれる者、奸臣に踊らされる者。

 玉座にある限り永劫湧き出すであろう難事の、そのすべてを乗り越え有り続けられる者だけが、為政者たりえるのだ。

 いつのまにか、油断していた。

 支えてくれる人が増え、一人懊悩することがなくなって、玉座というものの持つ禍々しいまでの毒を忘れていた。

 陽子自身ではない。

 王である陽子に対して向けられた、あれは刃。

---所詮女王だ。

 吐き捨てられた言葉。

---予王ほどの暗愚でないことは認めよう。

 それは称賛ではなく、侮蔑の感情。

 ああ、と涙に濡れた頬で嘆息する。

 あれほど苦悩して尻込みしながらも、課せられたものならばとついた今の座ではないのか。

 己に向けられたいわれない害意の源を知り、玉座の持つ狂気に慄きながら、それでもやってみろと励まされて頷いたのは、誰あろう陽子であるはず。

「わたしは、往生際が悪いから」

 維竜への進軍の途中、延王にそう言ったのは自分。

 生きることを諦めない。

 それは今の陽子にとって、国を治めることを諦めないのと同じ意味。

 良くも悪くも、それが王という者のさだめだから。

 王である己を忘れてはならない。

 自分は、陽子という一人の人間であると同時に、景王赤子でもある。

 でもきっと、ただの陽子であることもなくしてはいけないのだ。

 そうでなければ、民の希望も苦しみも、分かりはしない。

 だから、彼は「王であれ」とは言わない。

 王様の仕事は、と、まるで役所の官位ででもあるような気安い口調で陽子を励ます。

 その気遣いを無にするようなことを、自分はしでかすところだった。

 おまえにならできると、おまえのつくる国を見てみたいと言ってくれた、その言葉に恥じないようにといいきかせていたはずなのに。

 王であることに慣れてしまわないように。

 いつでも、はじめて玉座についたあのときの緊張感を、失わないでいよう。

 ようやく止まった涙の名残をごしごしと袖で拭って、陽子は手を差し出した。

 その手首に、小首を傾げておとなしく主を見守っていた鳥が、止まり木にしていた書籍の端から飛び移る。

 きゅるる、と鳴くそのつぶらな瞳に微笑む。

 また不意に涙が零れそうになって、紡ごうとした言葉を慌てて飲みこんだ。

 

 

初稿・2005.02.17




原作の隙間を縫うようなハナシばかり
好んで書く習性ガ・
いいのか悪いのか・・・。

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