台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
「主上」
声をかけられて、陽子は凝視していた自分の指先から視線を上げた。
卓越しに佇む半身は、常にもまして白い貌で主を見返す。
その紫の目が揺れているのを見て取って、薄く苦笑した。
「景麒」
「わかっております」
かすかに首を垂れた麒麟は、やや憔悴した風情。それは陽子のせいではないが、王として陽子が為さねばならぬもののためではある。
「わたしとて、此度のことは主上の御判断が正しいと思います。彼等がなしたことを考えれば、断罪は当然のこと。ですが……」
「わかっている、気にしないでいい」
麒麟は仁獣という。
つきつめれば、慈愛と憐憫を垂れる、ただそれだけの存在。
相手が誰であれ、どれほどの悪行をかさねたものであれ、裁かれると知って見過ごすことは出来ない。
それは彼等の本性なのだ。
だから、陽子も景麒を咎めはしない。
「今日はもう仁重殿にさがるといい」
「主上」
「無理はするな、景麒。……だがわかってくれ。王とは、業を負うものなんだ」
血の一滴も流れない玉座はありえない。
王道とは、所詮血塗られた悪路でしかあらぬ。
絢爛たる居城や御物に溺れ、甚大な権を玩ぶ者は王ではない。
幾百万の民から滴る有形無形の血を両手に受けて、その熱さに懊悩し涙する者でなくては、玉座には有れないのだから。
真摯な翠の瞳に、景麒がごく淡く笑んだ。
「心得ております、主上」
ゆっくりと下げられた金の髪に、陽子も静かに瞑目する。
罪人を裁くことは、容易ではない。
人が人を裁く以上、その重みに無感動ではいられない。
それをすべて呑んだうえで出た答えならば、痛みごと受け入れるのが国を統べる者の役目。
互いにそれを知っている。
叩扉の音と共に、冢宰を拝する男が入室を告げた。
「主上、よろしゅうございますか」
浩瀚の控えめな促しに、景麒が軽く頷いた。
「お言葉に甘えて、わたしは下がらせていただきます。どうぞおいでくださいませ」
「うん。では」
首肯して、陽子は立ちあがった。暫し視線を合わせた景麒が、もう一度深く頭を下げる。
託されたものをしっかりと頷くことで受けとめて、毅然と前を向いて足を踏み出した。
---刑場へと。
すべてのものから目を逸らさずに。
すべての命を忘れないように。
迷いながら。
悩みながら。
そうやって、自分たちは生きていく。
生きていかなければならない。
たとえそれがどれほどの
まことの答えがいずくにあるかは、やがて天が、民が教えてくれようから。
初稿・2005.03.25
「風の万里~」後。
内容的にあまり長くしたくなかったので、超短編になりました。
結局、あの人たちはどうなったのやら・