台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
「しかし、よくもまあお互いここまでやりおおせたものだ」
酒盃を片手に、桓魋が悪戯げな顔で肩をすくめた。
「捕まりもせず、諦めもせず、か?」
差し向かいに座った虎嘯が、笑いながらその杯に酒を注ぎ足す。
「ああ。虎嘯も同意見か?」
「いや、夕暉だ。怪我人を見舞ってるときにそう言ってた。ああいうのがなあ、さらっとでるってのは羨ましい。俺なんぞよくやった、しか言えねえ」
いかにも朴訥とした彼らしい物言いに、桓魋が笑う。
「そういうのが効く場合もあるだろう」
「まあ、あらくれもんに小難しい言葉はいらねえからな。だが、それなりのあたまかずをまとめるとなると、夕暉ぐらい口や頭が回らんことには始まらん」
はっはと笑って手を振る虎嘯に、ゆるりとかぶりを振る。
「なに、頭領ってのは押しだしが利くほうがいい。策を練るのは参謀の役目だからな」
事実、と窓をすかして街並みを眺める。
家々の窓にはいくつも明かりが点り、路地のそこここから楽しそうな歌声さえ漏れてくる。
ほんの数日前には考えられなかった光景だ。
「これだけのことを成し遂げたんだ、たいしたものだ」
しみじみとつぶやけば、叛徒の頭は柄じゃないと肩をすくめた。
「おだてるなよ。そっちの援軍がなけりゃあ、今頃そろって磔刑だ」
「なあに、二人そろってお互いの褒め合い?」
軽やかな声とともに、卓の上に温かい料理の載った皿がいくつも置かれた。
「はい、お届け物よ」
「こりゃあ豪勢だな」
ちょっとした酒宴なみの品数に桓魋が大仰な顔をしてみせると、紺青の髪を揺らして少女が笑った。
「お祝いってことで、ここの食料庫からだいぶ拝借したんですって。戦の間はろくに食べられなかったから、そのぶん今夜はご馳走だそうよ。ということで、わたしたちもご相伴に預かるわね」
ちゃっかりと皿と箸を用意しているあたり、抜け目がない。卓は広く、同席している者もいなかったから、男二人は苦笑して頷いた。
祥瓊のあとから同じように箸や茶道具を盆に載せてきた陽子と鈴がその隣に陣取った。
「なんだ、虎嘯たち二人だけか?」
「もっといるかと思ったから、お皿多めに持ってきちゃった」
「他の連中はまだ下で騒いでるさ」
虎嘯が指差したさきには、中院で篝火を囲み騒ぐ同志たちの姿がある。
「部屋の中より外のほうが気が晴れるんでしょう。もう、空を気にすることもない」
桓魋が笑い、陽子たちも笑った。
料理に箸をつけながら、祥瓊が陽子をつつく。
「そうだ。この人たちったら、自分のことを棚にあげてお互いを褒めあってたのよ」
「へえ」
「まあ、おくゆかしいこと」
少女三人に笑い含みの視線を投げられて、二人ともどこか憮然とした顔を見合わせた。
「本当のことだと思うんですがね?」
「なにも俺一人でやったわけじゃねえ。仲間がいて、思いもよらんところから援軍が来てくれたから、最後には全部がうまくいったってことだ」
「それをいうなら、俺だって柴望様の指示で動いてたんですからな。俺だっていわば兵隊というわけで」
あくまでも自分は脇役だと主張する男たちに、陽子が首をかしげる。
「それだって、実働部隊は桓魋だし、最初に動いたのは虎嘯だろう。充分たいしたものだと思うけど」
「そうよねえ」
「りっぱな英雄よね」
祥瓊と鈴の同調に、そろって顔をしかめた二人である。
「よせやい」
「褒めるなら傷病者や先陣で戦ったやつにしてやってください」
ともに戦い、男顔負けの度胸で戦場を駆けた少女たちに褒められても、賞賛された気はしない。
酒盃を抱えてじりじりと逃げる男たちに、三人の娘たちは顔を見合わせて吹き出した。
楽しそうに他愛もないお喋りに興じるその姿を見て、桓魋が恨めしそうに酒を舐めた。
「たいしたものだってのなら、むこうのほうがうわてだと思うんだがなあ……」
「……まあな」
---我は芳国は先の峯王が公主、祥瓊と申す。
---采王御自らの御達しあって慶国は景王をお訪ねしました。
少女二人の名乗りを思い出すと、今でも背筋が粟立つ。
なにより、金の鬣をした優美な獣から降り立つ、緋色の髪。
あの瞬間を忘れることは、終生ないだろう。
まるで男のようななりをした少女。
若い娘のくせに異様に腕が立つとは思ったが、よもや王とは想像もしなかった。
いや、誰がそんな荒唐無稽を思いつくだろう。
「小説にでもなったら、さぞやいい話に仕立ててくれるだろうなあ」
「朱旌の連中なら、見てきたように語ってくれるだろうさ」
「そりゃあ楽しみだ」
視線を交した男たちは、諦めと苦笑のないまざった顔で笑いあった。
初稿・2005.04.10
「風万~」乱直後。
フツーに書いてて気づきました。
桓魋敬語でなきゃおかしいじゃんか!