台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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月影後、即位前。
陽子サイドです。


||56|| 真っ直ぐ目を見て嘘を吐け。(陽子・楽俊)

 

「大丈夫だよ」

 振りかえると、どこか困ったような顔の青年がこちらを見ていた。

「もう、逃げない。わたしにどれだけのことができるかなんて全然わからないけど、やれるだけやってみる」

「陽子」

 気遣うように名を呼ばれるのが温かくて、すこしだけ切ない。

 それが不思議で、口元がほころんだ。

 

 夜の雲海を見下ろす、広い露台。

 思えば、この玄英宮のなかでここが一番おちつける場所だったかもしれない。

「楽俊や延王の助力があったから、景麒も助け出せたし、偽王軍もなんとかおさめることができた。あとは、わたしがやらなくちゃ」

「そうか」

 うん、と明確に頷くのには多少の努力が要るけれど、青年に安堵の表情が浮かんだのを見て、自分も安心する。

 彼には、そういう優しい顔が似合う。

「まあ、喋るのはいいとして文字は書くのも読むのも駄目だし、法律も常識も全部いちから勉強しないといけないから、目下はそっちのほうが大変かもしれないけど」

(まつりごと)は景台輔がおいでなさるし、専門の官がいるさ。わかんねえことは順繰りに覚えていけばいい。焦って一気にやろうとしても頭になんかはいらねえんだから」

「そうだね」

 欄干に背中を預けて、でもなあと空を仰いだ。

 自分の半身だという神獣の、端正な貌を思い出す。

 端正と言えば聞こえはいいが、あれは故国では仏頂面というんじゃないだろうか。

「あの景麒が、ゆっくり教えてなんかくれるかな。ものすごい鬼教師だったりして」

「なんだそりゃ」

「だって、わたしを迎えに来たときなんてひどかったんだよ。どこまでおろかな方か、とか言って」

「ええ?」

 困惑したふうな青年を見て、笑みがこぼれた。

 あの突然の登場と、それから始まったとんでもない騒動。

 あれが、すべてのはじまりだった。

 その重要なスタートからして、酷い扱いだったと思う。

「せめて一言、慶国の王として迎えにきました、とか、自分は慶国の麒麟です、とか言ってくれれば、そのあとの展開だって相当わかりやすかったと思うんだけど」

 腕組みをしてしみじみと思い返すと、同じように欄干に背をもたせかけた青年がちょっと首を傾げた。

「そりゃあおいらもそう思うが、景台輔は本当になんにも仰らなかったのか?」

「そうだよ。あなたは誰、って聞いて初めて名乗ったくらいだもの。それだって、私はケイキです、じゃあ、なんのことかさっぱり」

 見上げると、親切で頭のいい教え上手な青年は、がっくりと肩を落し額を押さえている。

 そりゃあそうだろう、と思う。

 なにしろ、彼はこちらのことなど右も左もわからない自分に、懇切丁寧に教えてくれた人物だ。逆を言えば、自分がどれだけこちらを知らなかったか、いやというほど知っている。

 物知りで気のいい彼のおかげでどれだけ助かったことかわからないが、そういう人からしてみれば、景麒の傍若無人さは想像もつかないかもしれない。

 まあ全部こまごまと教えていられるような状況でもなかったし、説明されても素直にこちらへ来たとは思えない。

 なにより、あの最悪の状態で放り出されたからこそ、彼に逢えたのかもしれないわけで。

「でも、おかげで楽俊に会えたんだから、そういう意味では感謝していいのかも」

「……そういう問題か?」

 そうだよ、と笑うと、彼はなんだか複雑そうな顔をした。

 そう、それは巡り合わせ、なのだと思う。

 異界で生まれた自分が、この世界で一つの国を治める王なのだという。

 自分以外に景王はいないという宿命めいたことの、実感はまだないけれど。

「あちらから来たばかりのわたしでは、たぶんいけなかったんだと思う。憎悪をぶつけられて、裏切られて、でもたくさんの人に助けられて。人の心や、さしのべられた手の温かさや、それを受け入れられない自分の弱さも醜さもひっくるめて、そういうのを知ること全部が必要だったんだ」

 悪しき海客と罵られ、利用され、同朋にさえ裏切られた。

 憎しみを、人を脅すことを覚えたのは、こちらに来てから。

 剣をふるい、むかいくる獣の肉を断つのは、自分の手。

 ながらえるために裏切り、人を殺そうとさえした。

 それも自分。

「……そうか」

 醜い自分を見てきたはずの青年は、だが穏やかな目で静かに頷いた。

 そのなかに、非難の色はかけらほどもない。

 苦境にある者を責めない強さは、彼自身の抱える痛みがあってこそなのかもしれないけれど。

 いつか彼のようになれたら、と思う。

「楽俊に会えたことは、そのなかでも一番大事なことだから、景麒にはちょっとだけ感謝、かな」

 茶化して言うと、青年は案の定眉をしかめた。

「こらこら、宰輔にそんなこと」

「いいの。景麒のせいで、わたしは散々な目に遭ったんだから」

 そう。それはもう、言葉ではいいあらわせないような苦難。

「陽子にかかったら、景台輔もかたなしだな」

 やれやれと笑った青年が、手を伸ばして紅い前髪をくしゃりと撫でてくれた。

 それがくすぐったくてちょっと笑い、いまは自分よりあたまひとつぶん以上背の高い姿を見上げる。

 危ないからとどれほど止めても、玄英宮に残ろうとしなかった。

 ならばと促され延麒に同行したときには、州候と対面に行くのだからと好まないはずの人型をとってまで尽力してくれた。

 どこまでも親身になって支えてくれた、優しい人。

 だからこそ、心配させたくない。

「わたし、頑張るから。きっと慶をたてなおしてみせる」

「陽子」

 心細くないと言ったら嘘になる。

 今までずっと傍で助けてくれた暖かい手が離れてしまうのは、寂しくて不安だけれど、自分には慶での、彼には雁での新しい生活がある。

 おまえのつくる国を見たいと言ってくれた彼が、胸を張って誇れるような王に、自分になるための、これは最初の一歩。

 精一杯の努力で、できるかぎりの笑顔をつくる。

「楽俊も遊びに来てね、慶に」

 そういうと、心配そうだった黒い目が子供のように笑った。

「ああ、きっとな」

 たとえ遠くても、二度と会えないわけじゃない。

 だから、ちゃんと顔を上げて、まっすぐ前を見て歩いていこう。

 そのためのちからは、もうもらっているのだから。

 

 

初稿・2005.04.14

 

 




「月影」後。

実は、台詞はまったくおなじで楽俊サイドを書いております。
同ネタを別のお題に使うというセコい手段なんですが、これはどうしても双方向で書いてみたかったので。
つーか、書き始めたのは楽俊サイドからなんです・笑


えー、「月影」下巻は色々ニヤリポイントがあるんですが、景麒救出の前にもひとつあって。
玄英宮に隠れているのは嫌だと「頑として」譲らなかった楽俊でしたよね。
でも、剣や弓は使えないし、馬も乗れないんじゃないっけか?
それで進軍に同行してどーするつもりだったんですか、お兄さん・笑 
陽子にだけ王という苦労背負わせてじゃあこれで、ということはできない御仁でしょうが、なんかウラを想像して変態笑いをしてしまうのは、この クサレ脳の楽陽馬鹿だけですか・自爆
ちなみに、州候説得のときは人型で行ったと信じてます。
偉そうな州候(それも慶のだ)が半獣の話に聞く耳持つとも思えないし、あんな会いかたをした延王はともかく、公式の使者として会うなら人型を取るでしょう。……とって欲しいなあ・笑

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