台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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ドラマCD特典小説「漂舶」後。


||57|| 許されるのは給食年齢までだろう。 (雁主従)

 

 気持ちが悪いほど満面の笑みをたたえた朱衡の顔を正視するのは、さしもの尚隆にもかなりの苦行だった。

「おかえりなさいませ、主上」

 王の心中を完全無視して丁寧に叩頭し、しばし王宮を留守にした玉体にかわりないことを長々と言(ことほ)ぐ。

 言葉はないながら朱衡の背後に同じく伏した帷湍と成笙も、意図的に表情を消してさっきから苦言のひとつもない。

 口数の少ない成笙はともかく、常に沸騰した鍋のようだと六太が揶揄する帷湍にこのような態度を取られた日には、気持ちが悪いですむわけがない。

 先方にはなにひとつ落ち度はなく、こちらの罪悪感は凌雲山をしのぐほど。

 尻のすわりが悪いとはこのことだろう。

 お疲れでしょうから、と促されたからとて、とうてい私室には引っ込めない。

 自分の斜め後ろに立つ少年をうかがえば、前に組んだ指がそわそわと落ち着きなく組み替えられ、紫の目がひっきりなしに三人の顔を見比べている。

 逃げたいのは山々だが、報復が恐ろしくてそれもできない、とその顔に書いてあるのを見て、尚隆は腹をくくった。

「……その、だが」

 叱咤にも厭味にも、慣れすぎるほど慣れている。ついでにいうなら、そのどれもがたいしてこたえたことはない。

 いいたい奴には言わせておけ、という自身の気性のせいもあろうが、これだけ長年言われ続けていればいい加減聞き飽きて耳も素通しになろうというものだ。

 だが、いやだからこそ、こういう真新しい手段をとる側近の才覚には呆れつつも称賛したくなる。

 今は春官長を拝する有能な男は、あいかわらずとってつけたような外交用の笑顔と丁寧な所作で顔を上げた。

「なんでございましょうか」

「……まずはその薄気味の悪い態度をやめろ」

「これは異なことを仰せでございます。臣どもは、このたび主上並びに宰輔が王宮を離れ下界に安息をお求めになったのは、ひとえに臣どもの不徳のなせるがゆえと思い、御宸襟を……」

「だぁから、それやめろっつってんの! どうせ文句言うんならいつもみたいに怒りゃいいだろ! いいたいことがあるならさっさと言えって!」

 滔々と続く長広舌を遮った六太に、むろん朱衡が動じるはずもない。改めて六太に向かい平伏する。

「恐れながら、かような臣どもの非礼が宰輔のお心に……」

「や・め・ろ!」

 地団太踏んで怒鳴る麒麟を、尚隆が制した。

「わかった、今回の嫌がらせの趣旨はわかった。だから普通に話してくれ。さもないと朱衡の分だけで夜が明ける。それでは朝議に差し支えるだろうが」

 ほう、と声を上げたのは意外にも成笙である。

「朝議に出る気がおありで?」

 彼にしては芝居っ気のあるにこやかな顔には、案の定隠しきれない怒気がたちのぼっている。帷湍は最初から話をする気がないようで、わずかに頭を上げて一同の様子を伺っているだけである。血の気の多い彼は喋らないのが一番ということか。

 三人三様の顔を見回して、尚隆は溜息をついた。言いたくはなかったが、これ以上猿芝居に付き合っていたのでは本当に夜が明ける。

 この状況で彼らが朝議を休ませてくれる可能性など皆無だから、さっさと話してしまったほうがまだましだ。

「今回のことについては詫びる。どうしても行きたいところがあったからな、六太に手伝わせて仕組んだのだ」

 尚隆の言葉に、ようやくいつもの顔に戻った朱衡が軽く首をかしげた。

「それほどお望みなら、一言仰ってくださればようございましたのに。子供のような悪知恵を働かせてまでわざわざ抜け出された理由を伺っても?」

 失礼な比喩に口を尖らせつつも文句を言えず、ちらりと六太が盗み見る。それを横目に映して、むすりと呟いた。

「……霄山へ、行ってきた」

 霄山、と返した朱衡は、それで一応納得したらしい。

 わかりましたと頷いて、またわざとらしい笑顔を浮かべた。

「それにしても、同じに脱走するにしても手段というものがございましょう。なぜあのように大騒ぎをなさる必要がおありだったのでしょうね。それも、前もって宰輔と喧嘩の真似事までなさって」

 う、とつまったのは、視線を向けられた六太である。

「おかげで、正寝どころか内宮にまで莫迦騒ぎが知れてしまったのですよ。雁はまだ立ち直ったばかり。人心も官も、ようやく落着いたところではありませんか。それを、こともあろうに王と宰輔が物が壊れるような大喧嘩をして、あげくに出奔だなどと、外聞が悪いですむような話ですか!」

 そろそろいつもの調子に戻ってきた春官長の横から、白い目が主二人をねめつけた。

「奏のことでさんざんしぼられて、少しは懲りたかと思ったのだが、あまり意味がなかったか」

 普段は寡黙なこの夏官長にいったん火がつくと、実は帷湍よりたちがわるいことは、その騒動の時にいやというほど思い知った。それをまがりなりにも覚えているだけに、尚隆と六太の頬はいやがおうにも引きつる。

「もう一度、調教をしなおしたほうがよいかも知れんな」

「調教って……いや、あれはもうカンベンしてください!」

 反駁しかけた六太が、危険に気づいて慌ててそれを回避する。

 それをみやって、朱衡が軽く笑った。

「まあ今回は国内でしたし、下ではさいわい騒動もありませんでしたから、大目に見ましょう。ですが、次にやったときは、このようには参りませんので。それだけは肝に銘じていただきましょうかね」

「わかった、わかりました!」

 下では、を強調した朱衡に、尚隆と六太の声が重なった。

「では、明日の朝議に備えてお休みください。それと、今回のことで主上の失道を危ぶむ声もあるようですので、しばらくは仲のよいところをみせていただきましょう。そうですね、お二人で園林などをお散歩になるなどして、人前ではつね に笑顔を絶やさずに、雑言のやり取りもおやめください」

 げ、と呻いたのは六太。額を押さえたのは尚隆。

「何が悲しくて、こいつと仲良く笑顔で散歩しなけりゃならねーんだよ!」

「可憐な乙女との逢引なら、頼まれんでもやるのだが……」

「自業自得、と書き取りをしていただいてもよろしいのですが」

「…………」

 冷厳な声に、二人はそろってがっくりとうなだれた。

 

 

初稿・2005.04.17

 




「東の海神 西の滄海」ドラマCD付録の「漂舶」後。
読んでない方にもわかるような書き方をしたつもりですが、わからなかったらごめんなさい……。
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