台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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進路について。


||61|| 構って、構って、構い倒してやる。(楽陽)

 

 

 楽俊が呼び出しの指定を受けたのは、ちょうど卒業試験の終わった次の日の夕刻だった。

「どうせ当日は疲れて動けねーだろうし、丸一日寝倒してこいよ。試験終了祝いの飯でも用意しとくからさ。あ、べつに普段着でいーぞ。内輪の宴会だから」

 金の髪を隠した使者は、書籍に埋もれた堂室の主に言うだけ言うと、窓から頭を引っ込めてさっさと帰って行ってしまった。

 試験前の忙しさを考慮してくれたのかもしれないし、伝言が終わったらまっすぐ戻れと釘をさされていたのかもしれない。多分、その両方だろうと思うが。

 親切心か単に遊ぶ理由が欲しかったのかよくわからないが、そんな人々にもとうに慣れていたから、返事も受け取らずに帰ってしまったことを笑うだけにとどめた。

 お祝いと言ってくれるのは本当だろう。

 この四年、多少振りまわされもしたが、規格外の貴人たちはなにくれとなく自分の面倒を見てくれた。そのことについての礼も改めて言いたいし、呼び出すからには先方にも話があるのだろう。

 しかし、軽く内輪の宴会、と招かれる場所が玄英宮とは。

 至高の存在である王の寝所を街の食庁扱いするのは、十二国広しといえど雁の主従だけにちがいない。いや、隣にもうひとつないではないが、あちらは生真面目を通り越した半身が目を光らせているから、ここほど思い切ったことはできなそうだ。

 浮かぶ顔それぞれの表情を思い出しながら、楽俊はくすりと笑って筆を持ちなおした。

 

 

 当日、言われたとおり本当に一日を寝るためだけに使って、目を覚ましたときには陽はすでにおおきく傾いていた。

 寝過ごしていないことに安堵しながら、手早く身支度を整える。堂室の扉を開けたところで、おなじく試験後の寝呆け眼をこする鳴賢と鉢合わせした。

「なんだ、文張でかけるのか? 明けて一日でよく動けるよな。玄章なんか蹴っ飛ばしても起きなかったぞ」

 本当に蹴られたのだろう気の毒な同輩に同情しながら、その言いぐさに笑ってしまう。

「まあちょっとな。おいらに用だったのか?」

「ん、たいしたことじゃないけどさ。曉遠が、あとでみんなで飲もうって連絡よこしたんだ。試験終了と卒業祝いかねてって」

「もう卒業祝いしちまうのか。曉遠らしいな」

 一昨年、先に卒業した友人は、いま夏官を拝命している。官吏になっても学友と顔を合わせることを楽しみにしているようだが、試験の結果も出ないうちから卒業祝いとは気が早い。大欠伸を押さえながら、鳴賢がまったくだと頷いた。

 また寝るという鳴賢に見送られて、寮を出る。こんな気兼ねのない生活ももうじき終わると思うと、感慨深いものがあった。

 雁の中心、関弓を擁する凌雲山。ここで暮らした四年間は、長くもあり瞬く間であったような気もする。そのなかで出会った多くの人や、たくさんの出来事は、どれも大事な思い出だった。

「よう、楽俊」

 なんとなく思い返しながら歩く雑踏のなか、軽快な声をかけられて振りかえると、団子の串を持った子供が駈け寄ってきた。

「会えてよかった。迎えに来たぜ」

 いつものように頭に布を巻きつけて、紫の目が笑う。宰輔御自らの出迎えに、楽俊は頭を下げた。

「わざわざですか? すみません」

「なに、オレがいたほうが、門なりを通るのにも面倒がなくていいだろうと思ったからさ」

 待っている間に露店でも寄ったのか、団子のほかにもいくつか包みを下げている。視線を受けて、延麒はぺろりと舌を出した。

「土産。糖蜜菓子だろ、飴玉に、干し棗と金柑の砂糖漬け」

「甘いのばっかりですね」

「甘くないのもあるぞ。はねこがしとか」

 それにしても菓子ばかりぶらさげて、延麒は御満悦のようだった。麒麟はなまぐさを厭うから、自然食べられるものも限られるとはいえ、みなりともども完全な子供である。

「上じゃあこういうのつくってくんねーんだもん。おいしいんだぜ」

 子供が握れるような小銭で買えるのだからさしていいものではないが、差し出された糖蜜菓子をつまみながら歩くのは、なんといわず楽しい。

 買い食いの醍醐味ってやつだな、と延麒が笑うから、つられて楽俊も笑った。

「尚隆はこういうのきらいなんだけどな。あまったるいだけでどこがうまいのかわからんとさ」

「でしょうね」

 酒豪の延王が甘味に舌鼓を打っているところは、いまひとつ想像できない。

 延麒のおかげでなんなくあがった玄英宮では、辛党の王がちょうど執務を終えたところのようだった。

 くつろいだ恰好でよくきたと笑ってから、傍らの案内役に目をやって眉をしかめる。

「なんだ、またそんなに買いこんできたのか。まるで祭りの子供だな」

「うっせーな。くやしかったらおまえも子供に戻ってみろ」

 相変わらずのやり取りに、軽やかな笑い声がかぶさった。

「陽子」

「お久しぶり、楽俊。卒業試験お疲れさま」

 鮮やかな緋色の髪が、衝立のかげから顔を出す。翠の瞳が悪戯に成功した子供のように嬉しそうだった。

「驚いた?」

「……驚いた」

 他に言いようがなくてただ頷くと、隣国の女王は得意そうな、すこしくすぐったそうな顔で微笑む。

「こちらで試験のお疲れ様会をやるって六太君に聞いたから、頼んで混ぜてもらったんだ」

「だって、楽俊をダシに宴会やるってのに、陽子外すわけにいかねーだろ」

 視線を向けられて胸を張った延麒の言いぐさに、思わず半眼になった楽俊である。

「おいらはダシなんですか?」

「あー、えー……コトバのアヤです」

 失言に気づいて顔を引きつらせる宰輔に楽俊と陽子が吹き出し、延王が意地悪く笑った。

「六太。いつまでも入り口で止まっているな。見世物としては面白いが、肝心の宴会が始まらんではないか」

「誰が見世物だ!」

「ほう、違うのか? 俺はまたてっきり朱旌の技でも覚えてきたのかと思ったがな」

 口々に軽口を叩きながら、一同が酒肴の載せられた卓についた。

 考えてみれば、この顔ぶれで会うのはずいぶん久しぶりになる。場所がこの玄英宮でとなると、もしかすると陽子が慶の王位につくまえ以来かもしれない。

 延王は豪快に、楽俊は付き合う程度に酒を交わし、飲めない延麒と陽子はそれぞれに箸を動かしながら、他愛ない話が弾む。

 料理が半分も片付いた頃、ふと延王が杯を置いた。

「で。そろそろ聞かせてもらおうか」

 いっかな酔ったふうのない口調に、隣で陽子が箸を置く。楽俊も自然背筋が伸びた。

 なにを、とは、今更誰も聞かない。それでも、尚隆、と横から声がかかったが、それには楽俊が首を振った。

「そのお話も、しなければと思っていましたから」

「ほう、すると腹は決まったか」

 かすかに眇めた目は、まっすぐに楽俊を見る。それを正面から受けて、楽俊は自分が少しも緊張していないことに気がついた。

 昔からそうだった。逡巡することはあっても、一度こうと決めたあとはひどく落ちついている。

 どうやら、自分は思っていたよりもずぶといのかもしれない。

 統治五百年を数える王を前にして、平伏もしないのだから。

「大学を卒業したら、慶に行きたいと思っています」

 隣で、かすかに息を飲む気配がしたが、さすがにそちらを向く余裕はない。

 延王が、表情を変えぬまま腕を組んだ。

「雁でも巧でもなく、慶か」

「はい」

「景王にはいささか失礼になるが、慶はいまだ国も官も落ちつかぬ。環境で言うなら雁のほうがいいと思うが、それでもか」

「はい」

 明確に頷くと、にやりと笑う。

「---朱衡が嘆くな。ひさかたぶりの逸材だと手くずねひいて待っているようなのだが」

「冗談じゃねえ、朱衡になんか渡したら楽俊が気の毒だ」

 息を詰めていたのか、溜息をつきながら延麒が顔をしかめる。麒麟の慈悲に、延王が鷹揚に笑った。

「在学中首席を通した秀才を諦めるのは正直痛いが、本人のたっての希望ならしかたない。それに、慶も優秀な人材は欲しいだろう」

 三様の視線を受けた陽子が、僅かうろたえたようにみじろぎした。

「それは、慶には信頼に足る官はまだ少ないですし、とてもありがたいことです」

 一応そこまではしかつめらしく言ったものの、やや不安そうな翠の瞳が楽俊を見上げた。

「でも……本当にいいの?」

 その子供のような仕草に、笑みがこぼれた。

 まったく、一国の王だと言うのにこういうところはちっともらしくならない。

「いいんだ。おいらが自分で決めたことだからな。けど、それには登用試験もあるし、戸籍の移動とかも必要なんだけども」

 他国への就職には、煩雑な書類手続きが必要になる。それが存外面倒なのだが、陽子は首を振った。

「試験は、多分要らないと思う」

 は、と首を傾げる楽俊に苦笑する。 

「じつは、浩瀚からなにがなんでも楽俊を慶に引っ張ってきなさい、って厳命を受けてきたんだ。雁にお祝いに行きたいって言ったら、それが交換条件だって」

「交換条件って……」

 たしかに慶の冢宰は有能だと聞いているが、王に厳命とはどういうことだ。

「だろうと思った。あれほどの男が、みすみす楽俊を雁に渡したりするわけがない。朱衡もそのへんに気をもんでいたが、案の定というやつだな」

 すでにいつもの調子にもどった延王が、にやにやと酒盃を傾けている。

「わたしは、楽俊が決めることだから強制はできないって言ったんだけど、説得して駄目ならどんな手段を使っても篭絡してこいって」

 上目遣いでぼそぼそ言う陽子に延麒と楽俊は突っ伏し、延王が腹を抱えて笑った。

「篭絡はいいな。官を得るに景王が釣り餌というわけだ。なかなかどうして、慶の者もあなどれん」

 遠慮なしにさんざん笑われて、さすがに顔が上げられない。

「浩瀚様は、ほんとにそんなこと仰ったのか?」

「ほんとだってば!」

「いや、陽子が嘘つくとはおもってねえけどもな……」

 いったいなにが待ちうけているやら、なんとなく慶に行くのが怖いような気がする楽俊だった。

 すっかり興が乗ったらしい延王のせいで宴会はやみくもに長引き、気がついたときは夜も更けたという頃をずいぶん通り越していた。

 堂室に転がる酒瓶のほとんどを空けたはずの延王はさして酔ったふうもみせず、榻にすがって寝こける延麒を仁重殿へ連れて行く。それを笑いながら見送って、陽子が楽俊を露台に連れ出した。

 雲海にはりだした露台は冷涼な風が抜けて、まとわりつく酒香を洗い流してくれる。

「綺麗だね」

 欄干から身を乗り出すように雲海を覗きこむ陽子に、落ちるなよと声をかけて、その物珍しげな様子に笑った。

「こういう景色、陽子はいつも見てるだろ?」

「忙しくてそんなに余裕ないもの。それに、尭天はまだこんなに明るくないし」

 光を躍らせてゆらめく雲海は、関弓の街並みを色とりどりの宝玉に変えている。

 その景色から目を離した陽子が、こちらを向いた。

「楽俊、本当に慶でいいの?」

 向けられた瞳は、どこまでもまっすぐに自分を見る。傲慢でも狡猾でもない、素直な瞳。

「街ひとつ取っても、雁と慶ではこんなにちがう。官の調整だってまだ不充分だし、半獣や、育ちへの差別は根強く残ってる。けして居易い場所じゃないかもしれない。それでも?」

 彼女はなにも隠さない。良くも悪くも言いつくろったりしない。そのいさぎよさが心地よかった。

「陽子は、おいらが慶に行くのは反対か?」

「そんなことない!」

 冗談めかして聞いた言葉に、長い緋色の髪が勢いよく左右にはねた。

「嬉しいよ。わたしは楽俊に慶に来てほしかったし、楽俊がそう望んでくれるのは、すごく嬉しい」

 だけど、と翠の瞳が曇る。

「慶は、まだぜんぜん弱い。延王の台詞じゃないけど、楽俊くらい優秀なら、雁に勤めるほうがずっといいんじゃないかって思ってしまう」

 不甲斐なさげに唇を結ぶ陽子の肩を、楽俊は軽く叩いた。

「言ったろう。おいらが考えて、おいらが決めたんだ。大学を出たばっかりでなんの役に立つのかわからねえけど、慶で、陽子を手伝いたいと思った。それじゃ駄目か?」

 紅い髪がふるふると振られる。

「お母さんには、話したの?」

「いんや。でも、母ちゃんにはとっくにわかってたみてえだなあ」

 母親とのやりとりを思い出して苦笑う。

「先のことで考えてるって言ったら、馬鹿だなあっていわれちまった。親に構うことなんてねえから、好きにやれって」

 まったく、と欄干によりかかる。

「よくよく親に世話をかける息子だな、おいらは」

 黙って聞いている陽子に笑うと、ふんわりとした笑顔がかえってきた。

「楽俊のこと、信頼してくれてるんだね」

「だといいなあ」

「あとで、お母さんにもお礼言いに行きたいな」

 いっそ無邪気な言葉に声を立てて笑った。

 王が臣下の母親に礼を言いに行くなど、普通では考えられないことだ。

「別に礼なんていいと思うけどな。きっと、好きなだけこき使ってくれって言われるぞ」

「ええ、そうかな?」

「たぶんな」

 この年になってやっと一人立ちできるとはいえ、してもらったことの百分の一も恩を返せないままだ。

 親不孝だと自分でも思うけれど、自分の力で先へ進んで行くことが、その姿を見せられることが恩返しだと思うことにする。

「ね。ひとつだけ、お願いしてもいい?」

「いいけど、なんだ?」

 おずおずと聞かれて、楽俊は首を傾げた。

「金波宮に来てもね、わたしを主上とは呼ばないで欲しいんだ」

「陽子」

 いいさした先を、陽子が制した。

「すごいわがままだってことはわかってる。公の場所や、他の官がいるところではしかたないかもしれない。でもそれ以外では、今までみたいに陽子って呼んでくれないかな」

 尻つぼみになっていく声と一緒に、戸惑ったような顔が下を向いてしまう。

「楽俊に、主上、って呼ばれるのは、どうしてもイヤなんだ」

 ぽつんと呟いた声に、楽俊は少し笑って紅い髪を撫でた。

「そりゃあ、すごいわがままだなあ」

「……駄目?」

「駄目じゃねえけど」

 言って、見上げる叱られた子供のような顔を覗きこむ。

「それってけっこう不敬だぞ。景台輔に叱られやしねえか?」

「鈴や祥瓊も名前で呼んでるし、大丈夫だと思うけど・・・」

「あ、そうか」

 しばし目があって、二人して吹き出した。

「そんなに深刻になることなかったなあ」

「前例がいるんだもんね」

 ひとしきり笑って、陽子が溜息をついた。

「駄目だなあ、わたし」

 欄干に肘をついて肩をすくめる。

「どうしよう。楽俊が来てくれたら、すごく甘えちゃうかもしれない」

「ええ?」

「楽俊て、すぐわたしのわがまま聞いてくれちゃうんだもん」

「そうか? 駄目なときは駄目って言ってると思うけどな」

 首を傾げる楽俊に、まあね、と陽子が笑う。

「どんなに関弓に残ってって言っても、絶対に嫌だって聞いてくれなかったもんね」

「……古い話を持ち出すなあ」

 思い出すとどうにもこそばゆいことだけれど、あのときは自分なりに懸命だったのだと思う。

 あれから四年以上。

 もうそんなに、というべきか、それともようやく、なのか。

 なにを思い出したのか、陽子がへんに笑う口元を押さえた。

「浩瀚がね。人を使うには飴と鞭と申しますって」

 怜悧な官僚らしい物言いに頷くと、笑みがさらに深くなった。

「主上のまわりにはすでに鞭役は充分揃っておりますから、そろそろ飴役も必要ですねって言うんだよ」

 いくつかまたたいて、話の前後を組みたてる。

 自分を慶に連れて来いと言ったのも、たしか彼のはず。

「もしかして。おいら、陽子の甘やかし担当なのか?」

「浩瀚はそのつもりみたい」

 くすくす笑う陽子に、楽俊はやれやれと頭をかいた。

「こりゃあ、とんでもねえ大役を仰せつかったかもしれねえなあ」

「そのへんの苦情は、浩瀚に言ってくれるとありがたいんだけど」

「言えるわけねえって。それに、おいらじゃ飴役にはならねえかもしれねえぞ? 鳴賢なんか説教魔って言うし」

「説教魔って……大丈夫、楽俊は悪いところは指摘するけど、頑張ればちゃんと誉めてくれるし、できないことはわかってくれるもの」

「陽子は、おいらを過大評価してそうな気もするけどな……」

 自信をもって任されて、その寄せられる信頼に改めて気づく。

「じゃあまあ、適度に甘やかすとするか」

「よろしくおねがいします」

 丁寧に頭を下げて、陽子が嬉しそうに笑った。

 その笑顔を消さないこと。

 預けられた信頼を裏切らないことが、今の自分にできる唯一にしてもっとも大切なことなのかもしれない。

 先の遠さ、負うべき重みは重々承知しているけれど、真実守るべきものひとつを忘れないことこそが、なにより大事なのだと胸に刻んだ。

 

 

初稿・2005.04.22

 

 




いいだけ長くなってしまった・

どーでもいい描写にべらぼーな時間と行数がかかってます。
肝心な所はそれ以上です。
へたくそー・・・(倒

大学って允許が足りないと卒業できないのは知ってますが、卒業試験もあるのかな(こっちの大学や短大は単位のほかにも卒論があるから)
いやー・あれは大変だった。
論文提出後、校内の各階で休憩所の長椅子にまるで魚河岸のマグロのように転がっていた人々を思い出すと、今でも笑えます。>自分もそのなかに入ってたくせに・
だって、二日徹夜したんでもう眠いどころじゃなかったんですよ。
て、思い出バナシかい!
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