台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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雁国玄英宮にて、同窓会?


||64|| 基本は三倍返し…お判り?(大学連再会)

 

 午時(ひるどき)をだいぶ過ぎた食庁(しょくどう)は、やや閑散としている。

 官位の低い若輩は自然上位に譲るよう動くのが常識だから、いまこのあたりで食事をとっている者はだいたいが職歴の浅い『若手』ばかりである。

 そのなかに混じった灰青の髪の若者は、湯気の立つ茶碗をかかえて満足の息をついた。

 春官の職は不思議と他より温和な部署であるが、着任してまだ三月と経っていない若造には、それなりに気疲れも多い。

 温かい食事と一服の茶が、半日分の御褒美というところだ。

「よう、玄章」

 軽快な声をかけられて、振りかえった玄章はやあと軽く手をあげた。 

「鳴賢。曉遠も一緒なんだ?」

「そこでばったりな」

 同じく新任の鳴賢と顔を合わせることはわりあい多いが、在任三年近い曉遠がこの時間に食事とは珍しい。

「久しぶりだね。今日は遅いじゃないか」

「まあちょっとな」

 官服を咎められない程度に着崩した友人は、眉をしかめながら椅子に腰を下ろした。

「呼び出しがきた」

 きょとんとまたたいた玄章は、同じ表情の鳴賢と顔を見合わせ、同時に曉遠に向き直る。

「おまえ、なにやらかしたんだ?!」

 みごとに声をそろえた二人を、剣呑に光る金の目がねめつけた。

「おまえら……さも俺の素行が悪いと言わんばかりだな?」

「悪いだろ」

「曉遠だもんね」

 即答する二人に、臙脂の髪の青年がいかにも意地が悪そうに口の端を上げる。

「じゃあおまえらも同罪だな」

「ええ?!」

「俺たちも呼び出されたって言うのかよ!」

 箸を取り落とした鳴賢に、曉遠が右手の三指を立てた。

「俺と、鳴賢と、玄章。今夜、三人揃って参上せよとの秋官長様からのお達しだそうだ」

「し、秋官長・・・」

 雲上も遥か彼方、それも管轄違いの秋官長からの呼びだてと聞いて、二人の顔に冷や汗がたれる。

 現在、この雁の秋官を束ねるのは、五百年の治世を敷く名君を在位当初から補佐する、延王の懐刀とも言うべき人物である。その敏腕なことは雁のみならずすでに十二国中に広まっており、当然玄章たちも大学前からその名を知っている。

 めでたく大学を卒業後、この玄英宮に出仕してまだ半年足らず。秋官長じきじきに呼び出されねばならぬほどの失策はしていないはずなのだが。

 飯も食後の茶も視野の外に放り出して青くなった友人二人に、曉遠がおとなげなくべえと舌を出す。

「叱責じゃないそうだがな」

「先に言えっ!」

 本気で動揺した反動で怒り心頭の鳴賢が、憎たらしい笑い方をする顔に箸をはたきつけた。

 

 

 夕刻、さすがにみなりを改めた曉遠を先頭に、緊張で右手と右足が一緒に動き出しそうな一行を、にこやかな秋官長が迎えた。

「忙しいところ、わざわざ呼び出してすみませんね。是非三人にお会いしたいということなので、無理を頼みました」

 数百年の隔てがあるはずの新任の官にも、この秋官長は丁寧な言葉を使う。それに恐縮して礼を取りながら、「お会いしたい」とはどういうことだろうと三人の眉が寄った。

「見えましたよ」

 軽い調子で堂の奥へ向けられた声に、衝立のむこうで誰かが立ちあがる気配がする。

「ひさしぶりだな」

 秋官長の横に出てきた、困ったような嬉しいような顔に、三つの口がかくんと開いた。

「ぶ、んちょぉ?!」

 異口同音に名前を呼ばれた青年は、迫力に押されたかややたじろいだ。

「え、会いたいって、だっておまえ慶で……だって秋官長が……えぇ?!」

 早くも混乱のきわみらしい鳴賢に、玄章が慌てて肘を入れる。

「鳴賢!」

「いや、朱衡様にお願いしたのはおいらじゃねえんだ。おいらは、言ってみれば紹介役ってのかな」

 他国の秋官長を(あざな)で呼ぶ旧友に目を剥く三人の前に、目の醒めるような赤毛があらわれた。

「お呼びだてして申し訳ありませんでした。お三方には、是非一度、直接お会いしたかったものですから」

 官服のような袍を着てはいるが、見目のいい少女。その鮮やかな緋色の髪と翠の目に、覚えがある。

「君は、文張に会いに来てた……」

 またたく鳴賢に、少女がぴょこんと頭を下げた。

「鳴賢さんですね。その節は、本当にお世話になりました」

 飾らない挙措と、はきとした口調が小気味いい。だが、他国の秋官長に頼みごとをできるからには、生半可な立場の者ではあるまい。

 うろたえて彼女の傍らに立つ友人に問い質そうとしたとき、背後の扉が勢いよく開かれた。

「朱衡、陽子と楽俊来たかぁ?」

 この場にいるはずのない子供の声に飛びあがって振りかえると、そこには紫の目をきょとんと開いた少年が立っていた。

 これまた見覚えのあるその顔は、しかし見まごうことなき金の髪に縁取られていて。

「宰輔?!」

 硬直する三人のうしろで、友人の呻きと秋官長の溜息、そして少女の押し殺したような忍び笑いが聞こえた。

「……台輔、せっかく拙めの書いた筋書きを、よくもぶちこわしにしてくださいましたね?」

 にこやかななかに青筋を立てた秋官長に、雁国の麒麟が、げえっと品のない声を上げた。

「え、オレ、もしかしてすっげえまずい所に来た?!」

「いままさに、ご紹介しようかと思ったところでした」

「一番いいところをさらったかもね」

 秋官長が顔をしかめ、笑いをこらえながら少女が頷く。

 それを、三人は唖然と眺めた。

 至高の存在である宰輔に、敬語を使わないで話ができるということは。

 そしてその髪、年の頃。

「まさ、か」

 ぎこちなく視線を向けられた楽俊が、片手で覆っていた顔をそろと上げる。

「……たぶん、その推測は当たってると思うぞ」

 その様子にくすりと笑った少女が、あらためて三人に向き直った。

「名前も名乗らず申し訳ない。景王赤子、中嶋陽子と申します。楽俊のお友達に会ってみたくて御無理をお願いしたんですが、驚かせてすみませんでした」

 再びてらいなく頭を下げられて、鳴賢たちは声がでなかった。

 目の前にいるのは隣国の王なのだから当然平伏しなければならないのだが、想像もしなかった事態にそんな最低限のことすらも思い出せない。

「陽子……」

 あまりに直截な自己紹介に、楽俊から溜息混じりの声がかかったが、景王である少女はいっかな構わないようだった。

「だって、ほかに名乗りようなんてないでしょう?」

「それにしたって、もうちょっと言いようってもんがなあ……」

 まだ呆然と突っ立ったままの友人たちをちらりと見やって、楽俊は再度溜息をついた。

「……おいら絶対、あとで怒られるんだろうな」

 諦めの入った呟きに喉の奥で笑いながら、延麒が鳴賢の腕を叩いた。

「鳴賢と曉遠、それに玄章だったよな。立ち話もなんだからさ、とりあえず座ろうぜ」

 声をかけられて我に返った三人が慌てて膝をつくより早く、金の髪をした子供がぴしりと指をつきつける。

「それと、今は平伏はナシな。陽子は楽俊の友達に会いに来ただけだから」

「延台輔……」

 途方にくれた玄章に、一国の宰輔がにかっと笑った。

「いーんだって。陽子だってやだろ?」

「それはもう、初勅で廃止したくらいだから」

 意を得たりとばかりににっこりと笑った景王は隣でもはや諦め顔になっている楽俊を促がした。

「楽俊だって、みんなに会うの久しぶりでしょう? ゆっくり話せた方がいいよね」

「陽子?」

 なにかを含んだ声音にはたと気づいたとき、卓のまわりにいたのは大学の同窓生ばかりが四人。

「わたしはまたあとでお話させてもらうから。みなさんごゆっくり」

「ちょ、待てって、ずるいぞ陽子!」

「お説教はあとでねっ」

「頑張れよー楽俊!」

「楽俊殿、ごゆっくりどうぞ」

 慌てる楽俊の手をすり抜けて騒々しく三人が出ていった堂で、最初に立ち直ったのは曉遠だった。

「---文張」

 ぎくりと首を竦めた楽俊に、いっそ清々しいほどの笑顔を向ける。

「大学で百年にひとりの逸材とも呼ばれたおまえだ。俺たちが何を言いたいか、わかってるよなあ?」

 じり、と歩み寄った曉遠に、にこにこと人好きのする顔で玄章も続いた。

「さあて、覚悟はできてるかな?」

「洗いざらい喋ってもらうからな!」

 怒気もあらわな鳴賢が詰め寄ると、楽俊は絶望的な表情で天井を仰いだ。

 

 そのあとの室内の騒動を、走廊で景王以下三人が笑い転げながら聞いていたとかいないとか。

 

 

初稿・2005.04.29

 




三人分だから仕返しは三倍・笑
続きはもうちょっと先のお題で。

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