真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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本作品は、「真剣で私に恋しなさい!S」を基準にしているので、キャラの性格が丸くなっていたり、時間があまり経過していないのに親密になっていたりします。ご注意下さい。


『思い出』

 これは夢だ。彼女は土手からの光景を見てそう思う。その下の川原には、10歳前後の少年と少女がいた。2人は向かい合って言葉を交わしているが、彼女にはよく聞き取れない。少年の方は、だいぶ息があがっているようだ。それと対照的に、少女はさほど呼吸に乱れがない。

 

「――――じゃなく…………。俺は――――!! ――――ッ!」

 

 少年は、少女に真正面から向かっていった。少女は、その言葉に笑みを浮かべ、少年を迎え撃つため拳を握り締める。少年の拳は、少女に読まれているのか、容易く避けられた。少女の素早い反撃を、少年はなんとかさばくもバランスを崩し、さらなる追撃にさらされる。

 その様子を見守っていた彼女だが、一度瞬きをすると違う場面に切り替わる。

 少年は地面に背を預けて、空を見上げていた。体全体に酸素を行きわたらせようと、荒い息遣いを繰り返す。少女は額に汗を浮かべてはいるが、満足そうな笑顔でそんな少年をずっと見下ろしている。勝敗は決していた。

 

「明日!! 明日こそ勝つ!! 逃げずに必ず来い!! 絶対だぞ」

 

 ようやく動けるようになったばかりの体を無理やりに起こし、少年は語気を強める。少女が頷くのを確認した少年は、さも何もなかったような様子で走りだし、やがて少女の前からいなくなった。

 彼女――百代はそこで夢から目を覚ます。いつもより早く目が覚めたようだ。部屋には、うっすらと太陽の光が障子を通して、柔らかく差し込んできている。時計を一瞥し、まだ平気だと判断した彼女は、夢の余韻に浸る。

 百代はそのまま寝返りを打ちながら、心地よいまどろみの中をさまよう。ふわふわと定まらない思考の中、懐かしさを頼りに、過去の思い出を辿っていく。約束をして、帰って、修行して、祖父に叱られて、ご飯を食べて、寝て――。

 そして、少しずつ思い出していく。約束の日は、天気が大荒れだった。朝から雷と雨が激しく、祖父からは掃除を頼まれて、天気がよくなったら行くこと決めた百代は、文句を言いながら掃除をした。結局、天気は1日中悪いままだった。

 次の日に行って謝ればいいだろう、アイツだってこの天気で外にでているはずがない。百代はそう考え、次の日同じ時間にいつもの場所を訪れる。このとき、彼はもう来ていると信じて疑わなかった。なぜなら、いつも先にその場所におり、仁王立ちで遅いと怒っていたからだ。

 

 その次の日も。

 

 その次の日もそのまた次の日も――。

 

 もしかしたら行き違いになっているのかもしれない。百代はそう思って、いつもより長くそこに留まったこともあった。しかし、1週間通い続けても、彼は顔を出さなかった。

 もう来ないのかな。その考えに至ったとき、百代は初めてこの時間が好きだったと気がついた。同年代で彼女に敵う相手はいなかった。組み手をやると、最初は意気込んでいても、二度目はなかった。でも彼は違った。何度も立ち向かってきたのだ。言葉よりも――拳で語り合っていた。事実そうだった。2人はまだ幼い少年少女だったにも関らず。

 私らしい。回想の中の自分を思って、百代は布団の中で少し笑い、さらに思い出に身を委ねる。

向かってくる度に、日が経つ度に、彼は百代との距離を詰めてきた。反応が昨日より早くなり、突きが、蹴りが、繰り出される度に鋭くなっていく。幾度も拳を交える中で、彼女は目の前にいる相手が、自分と同じ才能の塊だと認識する。

 もしかしたら、彼は自分を負かす存在なのかもしれない。戦いの最中、百代の中にそんな思いがふと湧き出てくる。一度考え出すと止まらなくなり、今日が無理でも明日ならば、明日が無理でも明後日ならば、そんな考えがより彼女をワクワクさせた。

 

 

 自分を一人きりにしないかもしれない。ようやくできた――。

 

 

 そんな矢先に起きた出来事だった。百代はいつもどおりに振舞っていたつもりのようだったが、実際は川神院の修行僧にも心配されるほど気落ちしていた。川原の出来事を秘密にしていた彼女は、このことを誰にも話さなかった。2人だけの秘密――彼女にとって秘密を共有できたのも少し嬉しかったのかもしれない。

 それからも百代は何度かその場所に足を運び、そこで風間ファミリーに出会い、舎弟と妹と仲間ができ、賑やかで楽しい毎日が始まる。そんな彩り豊かな毎日に、少しずつ彼との思い出も色を失っていった。

 お互い名前も知らず、知っているのは互いの戦闘スタイルだけ。あと百代の覚えていることと言えば、怒った顔と約束を取り付けたあとの嬉しそうな笑顔とくすんだ銀色の髪のみだった。

 

「あーあ、こんなことになるなら、無理やりにでも名前聞きだしとくんだったな。そうすれば、簡単に探し出すことができたのに」

 

 百代は、いつも通り強引にでも吐かせておけよと過去の自分を恨めしく思う。この2人は不思議な関係だった。なにがキッカケで戦い始めたのか、なんで名前を知らないのか、忘れた頃にこのように夢にあがってくるのだが、彼女の見る場面はいつも変わらない。怒った顔や笑顔っていっても、もう顔もボンヤリとしてしまっている。彼女がそんなことを考えていると、廊下の方から妹の声が聞こえてくる。どうやら考え事をしていると、かなり時間が経ってしまったようだ。その当時より長くなった黒髪を櫛で梳き、学園に向かう身支度を整え、彼女は妹と一緒に家をでて、仲間との合流地点を目指す。

 

 

 ◇

 

 

 学園へ向かう途中にあるその場所は昔と変わることなく、変わったものと言えば、そこから見える街の風景と成長した百代自身と仲間がいること。夢のせいか、少し思考が止まっていた彼女に、隣を歩いていた舎弟――と言ってもただの弟となっている直江大和が気遣ってくる。

 

「―――さん? どうかしたの、姉さん」

 

「……いやなんでもない」

 

「姉さんって、本当に時たまそうやって物思いにふけってるときあるよね」

 

「そんなことないだろ? 気のせいだ」

 

「いやいや何年、あなたの弟やってると思ってるのさ」

 

 百代はニヤリと笑い、大和を背中から抱きしめる。

 

「えーっと、大和が重度の中二病を患ってたときからだからなぁ……んーそれともお姉ちゃんがかまってくれないから、寂しかったのかな?」

 

「人の黒歴史を朝から暴露するのは、勘弁してください。普通に小学生のときからでいいだろ。って、べったりくっつくな、歩きづらい」

 

 その言葉に、一緒に登校していた仲間の一人が反応する。大和の隣を歩いていた蒼い髪の少女――椎名京が、両手を頬に当てながら口火をきる。

 

「大丈夫、そんな大和も私は受け入れてる。……だから付き合って」

 

「ありがとう。そして、お友達で」

 

 言葉からも分かるとおり、京は大和が大好きであり、隙あらば告白を敢行する。某海賊王漫画の剣士の如く、押して押して押しまくるのだった。そして、この会話はいつものお約束となっている。

 そこへ別の仲間が会話に入り込んでくる。短髪にガタイの良い体、マッスルガイを自称する島津岳人と伸びた前髪で片目が隠れ、色白の物静かそうな少年――師岡卓也だ。2人で仲良く読んでいたジャソプは閉じられている。

 

「懐かしいな。誰かが俺を見ている気がする」

 

「ニヒルな笑みを浮かべながら、よく言ってたよね大和は」

 

 人の弱点をしっかりついてくる2人。そんな2人にため息をつきながら、大和は言葉を返す。

 

「ガクトにモロ、こうゆうときだけ話に入ってこなくていいから」

 

 モロと言うのは、卓也のあだ名である。そこに一番先頭を歩いていた手にダンベルを持った活発そうな茶髪の女の子――川神一子が寄ってきた。仲間内ではマスコット的な存在で、ワンコという愛称で呼ばれ可愛がられている。彼女は百代の妹でもある。

 

「大和もそう考えると、成長したわよねー」

 

「ていっ!」

 

  その発言に、大和が一子に問答無用のデコピン。彼は、彼女に対して飴と鞭をしっかり使い分けており、事実、調教はかなり進んでいた。その様子を見てきた仲間たちは、彼をトップブリーダーと呼ぶ。

 

「ふぎゃ。なんで私だけデコピンするのよー」

 

 涙目になりながら、大和に訴えかける一子を百代がよしよしと慰める。すると、彼女はすぐに笑顔になり、元気を取り戻した。

 大和もすぐに鞭のあとの飴を用意する。

 

「誰がご主人様なのか、しっかり体に教え込んでおかないと……っとこの話題はだめだ。京ルートに一直線になりそうだ。ワンコ、ほれお菓子でも食べて、機嫌を直してくれ」

 

「これくれるの? ありがとう。ぐまぐま」

 

 一子はお菓子でさらに上機嫌になり、今も夢中になっている。大和はそんな彼女を見てニヤリと悪そうな笑顔を浮かべていた。

 そこに、京が彼の腕をとりながら、会話に混ざってくる。

 

「ワンコには飴と鞭。そして、私の出番を事前に潰してくるそんな大和も好き」

 

 そんな賑わいの中に、さらに二人の少女が加わる。

 

「大和は中二病を患っていたのか。というか、中二病とはなんだ?」

 

 ドイツ出身で、日本大好きの金髪の少女――クリスティアーネ・フリードリヒの問いかけに、その隣を歩いていた長い黒髪を2つに結った少女――黛由紀江が答える。彼女の腕の中には、刀が大事そうに抱えられていた。

 

「小学生から中学生がかかる病ですね。自意識過剰になったりして……」

 

 あとを引き継ぐ松風――黒い馬のストラップ。

 

「本人は平然と言っているけど、周りからしてみるとどう反応していいのかわからないイタイ発言をしてしまったりする。自分にしか見えない敵と交戦していたりする。こうゆうのが、主な症状だ。覚えときな、クリ吉」

 

「こら、松風。本人の前でそんな言い方をしてはいけません」

 

「大和坊、気にすることはないぜ。人は誰しも黒歴史の一つや二つはあるものさ」

 

 由紀江は、その松風と会話――腹話術を使っての一人芝居を始める。松風は、ご丁寧にも彼女の手のひらの上にデンと置かれていた。

 大和がツッコミを入れる。

 

「まゆっちの友達が、今まで一人もいなかったこととか?」

 

「はぅ」

 

「こら大和坊。まゆっちは今カンケーないだろ。責めるならこの俺様にしやがれ! 売られた喧嘩は、全て高く買ってやる。俺の鍛え上げられた後ろ足が火を噴くぜ!」

 

 そんな2人+1匹?のやりとりをしている一方、他の連中はもう次の話題で盛り上がっていた。岳人が卓也にここにいない仲間の居場所を尋ねる。

 

「そう言えば、キャップはどうしたんだ?」

 

「さぁ週末に、西のほうにチャリで出かけてくるって行ったまんま。そのうち帰ってくるでしょ」

 

 卓也の言葉に、一子が嬉しそうにクリスへと話しかける。

 

「今度は何のお土産がもらえるのかしら。楽しみね、クリ」

 

「お前はすぐに食べ物に持っていくのだな、犬。だがまぁ、確かに少し楽しみだ」

 

「クリスもなんだかんだで帰りを待っているんだね。よしよし」

 

「むっ、なぜ私の頭をなでるんだ京」

 

 そんな噂話に引き寄せられてなのか、赤いバンダナを巻いた男が風のごとく、仲間たちの目の前に現れる。彼は風間翔一。この仲間――風間ファミリーと呼ばれるグループのリーダーをしている男である。通称キャップ。

 

「おーっす。みんなただいま。なんとか学校に間に合って、一安心だぜ」

 

 大和が翔一に声を掛ける。

 

「キャップ、おかえり。今度はどこに行ってたの?」

 

「ちょっと名古屋あたりまでぶらっとな。それと名古屋の名物もちゃんと買ってきてあるからな。放課後にでも、基地でみんなで食おうぜ」

 

「わぁーーーありがとう、キャップ。とっても楽しみだわ。ねぇお姉さま」

 

 百代は、体全体で喜びを表す一子に相槌を打ちながら、今日も賑やかに登校していく。そして彼女は一度だけ、あの場所に目をやってすぐに皆のところに意識をもどした。橋を渡ると、学園はもう目前だ。

 

 

 ◇

 

 

「俺の名前はイアン・ルツコイ。川神の武神、おまえに決闘を申し込む!! 北海の巨人と怖れられる俺のパワーを存分に味あわせてやるわ」

 

 多馬大橋――通称へんたい橋。なぜか変な人が多く出現することから、地元の人間にはそう呼ばれ始めた。その橋にさしかかると、いつものごとく百代への挑戦者とやらが道をふさぎ、人だかりができている。決闘という言葉で、彼女はまた今朝の夢を思い出す。

 今どこにいるのか。強くなっているのか。また会えるのか。夢を見た後は、いろいろ考えてしまう百代。しかし、彼女は頭を振って気持ちを切り替える。目の前の挑戦者が待っているのだ。彼女の目つきが鋭くなっていく。

 

「通行人の邪魔だぁぁー」

 

 百代はとりあえず、目の前の2メートルはある障害物をどこに飛ばすかを考える。北海と言ってるからとりあえず北か、などと適当なことを思いながら、空の彼方へと殴り飛ばした。

 賑やかに、しかしどこか物足りない日々が続いていく。百代をワクワクさせる相手がいない。最後にもう一度だけ、思い出の場所がある方向を見つめる。

 

「なぁ……私が未だに昔を思い出して、お前を待っているなんて知ったら、お前は驚くか?」

 

 百代は、誰にも聞こえない声でつぶやくと、学園を目指して仲間と共に歩き出す。

 


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