真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『100のち美少女』

 凛は2度目となる川神院の門をしばし見上げる。前回は夜の門を見たが、朝の光を浴びる門は細部まで見ることができ、長い年月雨風を受けたそれは年季が入っており、夜とはまた違う雰囲気があった。そこに、深みのある声がかかる。

 

「よう来たの凛」

 

 声の正体は門の近くまで来た鉄心だった。凛が門をくぐると、奥の方から修行僧たちが基礎訓練を始めているのか、気合の入った掛け声が聞こえてくる。

 

「おはようございます。もしかして遅れてしまったでしょうか?」

 

 凛は時間通りに来たはずだが、訓練が始まっているのを知り少し焦る。そんな彼の態度に、鉄心は好々爺といった笑みを浮かべ答えた。

 

「いや大丈夫じゃよ。修行僧の体をあっためるためにやっとるんじゃから」

 

「それは安心しました。今日はよろしくお願いします」

 

 凛自身、鉄心と1対1で話すのは2回目だが、その姿はご老体ながら気が満ち溢れており、それでいて凪いだ大海を前にしたように感じていた。ヒュームはその気を隠そうともしないため正反対であったが、2人がともに武の頂きにいることを再認識させられていた。

 

「よろしくの。百代の相手ができるのは、こちらとしても嬉しいことじゃ。準備ができたら声を掛けるといいぞい。まずは修行僧の組み手からじゃからな」

 

「はい。川神院のレベルの高さはよく聞いているので、楽しみです」

 

 修練場に着いた凛の目に飛び込んできたのは、僧達の一糸乱れずの動きだった。鉄心はそんな彼らを見守りながら口を開く。

 

「ほっほ。修行僧たちは、凛がルーに直々に組み手を申し込んだことをよく思ってないからの。おぬしの力を見せてやるがよいぞい」

 

「わかりました」

 

 鉄心が去った後、凛のもとに川神姉妹がやってきた。百代は胴着を着用し、一子はジャージにスパッツと動きやすい服装をしている。彼は制服しか見たことがなかったので、その姿が新鮮に思えた。

 

「おっやっと来たか」

 

「おはよう凛」

 

「おはよう。モモ先輩、ワンコ」

 

「調子のほうは良さそうだな」

 

「がっつりやれるように、しっかり寝てきましたから」

 

 百代の発言に、凛はグッと力瘤をつくって元気をアピールした。それに対して、一子がコロコロと笑いながらエールを送る。

 

「いつも通りの凛だわ。組み手頑張ってね」

 

「ありがとう。そろそろお願いに行くよ」

 

 凛はルーにも朝の挨拶を交わした後、鉄心に準備が整ったことを告げる。100人相手に組み手をする経験などなかった彼は、内心かなりワクワクしていた。その高ぶりを落ちかつかせるように深呼吸する。選ばれた僧たちは、すでに彼を中心として円状に取り囲んでおり、ピリピリとした空気を漂わせていた。しかし、ヒュームとの稽古を繰り返してきた彼にとって、それは程よい緊張感をもたらす心地よいものであった。

 ルーの掛け声が、静かな川神院にこだまする。それを合図に3人の僧が、それぞれ3方向から凛に詰め寄った。彼の100人組み手が始まる。

 

「ハァッ!」

 

 凛は相手の攻撃をいなし、そのまま一歩踏み込むと同時に右肘を鳩尾に叩き込み、浮き上がった体を掴み、一本背負いのようにして放り投げた。すると、投げた直後の背後から1人、模造刀で上段から切りかかってくる。彼はそれに対し、くるりと反転し向かい合うと、一歩下がりながら後方に体をそらし鼻先を通る刃を見送る。そして、相手が切り返してくる前に、重心を戻して隙のある胴へ左足を蹴りいれた。彼の足先が柔らかい部分をしっかりと捉え、僧はうめき声をその場に残し、吹き飛んでいく。間髪を容れず、斜め左右後方から彼に向かってくる2人の僧。胴へ真っ直ぐ突き出される2本の棒を風に揺れる葉のようにフワリと跳んでかわすとともに、さらにバク宙の要領で彼らの頭上に移動し、体をひねって、それを目一杯開いた両足の遠心力に利用する。回転を加えた力で片方は足の甲を顎へ、もう片方は踵を後頭部へと入れ蹴り飛ばした。

 ――――今ので50ほどいったかな?

 依然、凛を中心に、それぞれの武器を構えた修行僧が囲っている。彼は泰然とした構えで待ち構えた。そしてまた1人、彼の射程圏内に足を踏み入れた者を迎え撃つため、足に力を込める。

 凛が100人組み手をしている間、百代と一子はそれを見守っていた。

 

「おお、おもしろいように吹き飛ばしていくなぁ」

 

「本当に凛すごいわね。お姉様」

 

 一子は目を輝かせながら、百代に同意を求める。考えていることが全部表情に出てしまうのは、彼女の特徴でもあり、皆から愛されているところでもあった。

 

「そうだな」

 

 凛のくすんだ銀髪が風で楽しそうに揺れる。そして、流れるように修行僧を倒していく姿は、とても綺麗であった。もっとも百代の感想には、自分には敵わないが、と最後に付け加える。

 

「うわっあれはききそう」

 

 一子が顔をしかめる。その視線の先には、下がろうとした相手の足を踏み、動きを止めさせ、硬直した一瞬に顎を下から掌底で打ち抜く凛の姿。さらに、彼の攻撃は止まらず、頭を跳ね上げた相手のがら空きになった腹へ、回し蹴りをねじ込んだ。くの字に折れ曲がった僧の体が、石畳の上を滑っていった。彼も並の鍛錬をしてないとは言え、彼女は少し心配になる。

 

「どうじゃモモ? 端から見て凛の動きは」

 

 鉄心とルーが2人の隣にやってきて、百代に問いかける。

 

「なんで、あんなに流れるように動けるのか気になるな」

 

「それは打撃を受けるタイミングが重要だネ。受け止めるのではなく、受け流す。そうすることで、相手のバランスを崩せル、それが自分のチャンスにもなル。力で押し負ける相手でも、流せば自分に響いてこなイ。一子ならー――」

 

 一子はふんふんとルーの言葉に耳を傾けていた。百代も凛の動きをしっかりと目で追いながら、彼のレクチャーを聴く。

 

「百代も分かっていると思うけど、パワーでいうなら凛のほうが少し上回っていル。これを機にその辺も勉強していくのがいいネ」

 

 百代はルーの言葉に頷きを返す。初めての組み手で受けた、腕を痺れさせた最初の一撃。あれは想像以上に重く、彼女の印象に深く残っていた。というよりもあの組み手自体、彼女の記憶に鮮明に刻まれていた。なにしろ、自分と対等に渡り合える相手が現れた瞬間だったからだ。彼女は今でも、その一挙手一投足を思い出すことができる。そこに凛の声が聞こえてきた。

 

「ふぅ…………ありがとうございました」

 

 凛は、全員が立ち上がっていないことを確認して構えをとく。死屍累々といった感じの修行僧の中心で、汗を流しながら彼は立っていたが、その姿は100人を相手にしたとは思えないほど落ち着いていた。百代は、その様子に自分の体がうずくのを感じる。そんな彼に、鉄心とルーから声がかけられる。

 

「ふむ、なにか夏目の技を放ってくるかとも思ったが、真正面からの肉弾戦できよったな」

 

「動きの一つ一つが磨き上げられてて、見ていて気持ちがよかったネ。総代、これで私との組み手をしても問題ないのでハ?」

 

「うむ、そうじゃの。凛、ルーとは明日組み手をやってもらう。今日は……」

 

「私だ! 私!」

 

 鉄心たちの会話を遮る形で、百代が声を張り上げた。まるで子供のようなはしゃぎようである。とにかく、彼女はこの機会を月曜日にルーの話を聞いたときから、楽しみにしていたのだ。組み手が行われる前日など、なかなか寝付けなかったのだから、どれほどこのときを待ち望んでいたかが伺えるというものだろう。そこにピシャリと厳しい言葉が飛んでくる。

 

「こらモモ! まだわしがしゃべっておるじゃろ! おまえはもう少し落ち着かんか!!」

 

「あぁわかったから、説教だけは勘弁してくれ。せっかくの気分が台無しになる」

 

 ゲンナリする百代に、鉄心は気にすることなく説教を始める。説教というものは、始まると今は関係のないことまでつながっていったりするもので、それが終わるまでは少し時間がいりそうだった。その間に、一子は用意していた飲み物を凛に渡す。

 

「お疲れ様。本当にルー師範代が言ってた通り、流れるような動きだったわ。私も負けてられないわね」

 

「ありがとう。ワンコ」

 

 キラキラした目の一子を見ていると、凛は一つの衝動にかられる。気づいたときには、その行動をとっていた。

 なでなで。

 一子の茶髪が揺れる。

 

「わぁ褒められたわ」

 

 撫でられ慣れていると言えばいいのか、一子は嬉しそうにそれを受け入れる。凛はさすがにまずいと思ったが、案外すんなり受け入れられてほっとしていた。それでも、突然やってしまったことに彼は謝罪し、先ほどの組み手のことを彼女と話して時間を潰す。

そこに、鉄心からようやく解放された百代がやってきた。

 

「よーし、凛早速やるぞー。次は私が可愛がってやろう♪」

 

 そう言うと、百代は嬉々として構えをとった。そんな様子を見ていた凛は、彼女と一子を比べて一つの結論に至る。

 ――――ワンコが犬なら、モモ先輩はサーベルタイ……

 

「おい、今変なこと考えなかったろうな」

 

 凛の失礼な考えを察知したのか、ズイッと彼の目を覗き込む百代。彼は素早く距離をとった。もちろんフォローもしっかりと入れる。

 

「まさか。モモ先輩直々のご指名とは光栄だなと」

 

「…………まぁそういうことにしておいてやろう。わかっているなら、しっかりエスコートしてほしいな。しっかりできれば、私の中の凛評価はグンとアップだ」

 

「それは上がりきるとどうなるんです?」

 

「それは上がりきってからのお楽しみだ。いろんな特典がついてくるぞ」

 

 百代はそう言いながら、意味ありげにゆっくりとウィンクをした。彼女の特典について、凛は目をつむり顎に手を当て、しばし考え込む。そして、イメージができたのか目をカッと開いた

 

「っしゃあ!」

 

「きゃっ。びっくりしたわ」

 

 凛の気合の入った声に驚く一子。

 

「……こほん、失礼。やりましょう」

 

 凛は謝罪をしてから、構えをとり集中力を高めていった。煩悩を頭の片隅へとおいやりながら、どんどん集中していく。彼自身、これほどスムーズに行えるのかと少し驚くほどだった。そんな彼の様子がおもしろかったのか、百代はクスクスと笑う。

 

「ふふ、凛も男の子だな」

 

「モモ先輩は美少女ですね」

 

「うん、知ってる」

 

 凛の発言に即座に反応する百代。褒められて悪い気のする者はいない。そこにルーから声がかかる。

 

「夏目はまだそんなに時間経ってないけど、大丈夫なのカ?」

 

「大丈夫です。武神のお誘いでもありますし」

 

「確かに……大丈夫そうだネ。気のせいか、さっきよりも元気に……」

 

 凛の闘気が充実しているのに疑問を抱くルーだったが、その言葉を遮るように彼が催促する。

 

「ルー先生、合図をお願いします」

 

「うん? そうかイ。では、百代もいいかイ?」

 

「いつでも!」

 

 いつかのように、ルーをはさんで対峙する2人。その瞬間、穏やかな雰囲気は鳴りをひそめ、その代わりに静けさと緊張が場を支配する。しかし、それとは反対に2人は微笑んでいた。

 2人の準備が整ったのを確認したルーが、開始の合図をおくる。

 

「それでは……始めッ!」

 

「まずは挨拶代わりだ」

 

「望むところです!」

 

 百代と凛は真正面から打ち合うために接近し、学園での続きをこの場で再現することになった。しかし、今度は時間に制限などなく、心行くまで拳を交えることができる。百代はここから始まる楽しい時間に思いを馳せ、凛も似たり寄ったりの思いを抱えてぶつかりあった。


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