真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
「犬笛は吹いたのは大和か?」
甲高い音が工場内に響き、凛が気を探ると、よく知る気配が2つほぼ同じ位置にいることがわかった。そして、その場には知らない気配が2つ――天神館の生徒のようだ。
「残る主力は、その場に居合わせている2人か」
援護に駆けつける最中、凛はテレビで聞いたことのある声の絶叫と羽黒と思われる嬉しそうな声が耳に入るが、無視して先を急ぐのだった。彼女なら大丈夫――なんとなくそう思えたのだ。
「光・龍・覚・醒!」
凛は2人の近くまで来たところで、気合の入った掛け声とともに気が爆発的に噴出するのを感じる。そして、ひらけた場所に出たところで、その目に飛び込んできたものに驚き、思わず叫んだ。
「おいおいスーパーサ○ヤ人がいる!」
そこには、金色の気を身に纏った男がいた。あまりにも膨大なそれは、彼の毛髪をも金に染め上げている。彼の名は石田三郎といい、2年の天神館をまとめる総大将であった。智勇を兼ね備えた人物なのだが、高すぎるプライドが彼の評価を下げる原因となっており、現在も大将の自分に素人一人が相手ということが我慢ならないようで、冷静さを失い、怒りを爆発させていた。
「凛!」
「大和。なんでおまえがサイ○人と戦いを!? スカウターはないが無謀だ!」
「テンション上がってるのか知らんが、今ここではおまえが来てくれたことに感謝する。こいつが総大将だ」
「なるほど。さすが大将だけあって、粋な演出だな」
凛は、そう言いながら大和と石田の間に割ってはいった。これが火に油を注ぐことになる。
石田は凛の姿を確認するやいなや、さらに激高する。刀を持つ彼の手は、怒りのせいか震えていた。
「ド素人の次は、一般生徒ではないか! どこまで俺をコケにしてくれるのだ貴様ら!」
「一般生徒かどうかは、自分で確かめてみたらどうだ? ワンコはなかなか善戦しているな」
3人から少し離れた場所では、一子と中年の男が薙刀と槍を交え戦っていた。彼は島右近。老け顔色黒、180cmの大柄な体格で凛たちの同期に見えないが、歴とした高校2年生であり、真面目で忠義に厚い石田の右腕なる人物だ。
「さらに増援!? 御大将をお守りしたいが」
「余所見をしてる暇はないわよ! おじさん! ハァッ!」
「くっ! 手強い! あとそれがし……」
一子の戦いぶりを確認した凛は、すぐさま戦闘態勢に入る。ちなみに凛たちに、島の後に続く言葉は聞き取れなかった。その間に、石田は少し落ち着きを取り戻したのか、冷静な口調で2人に語りかける。
「俺の出世街道に小石が紛れ込んだのなら、それを蹴り飛ばせばよいだけのこと。一つが二つになったところで覚醒した今の俺に勝てるのは、川神百代くらいのものよ! 光栄に思え! お前を東で最初の俺の刀の錆としてくれる!」
「ちょっと台詞がかっこいい。……ん?」
「冗談言ってる場合かって、どうしたんだ?」
「いやなんかかなり強い奴が、この場に乱入してきそうだ。上から来てる」
石田が刀をスラリと構え踏み出そうとするも、凛の意識は依然石田の後ろ――太いパイプの上方にあった。彼はそれを隙ととったのか、加速するために一歩目を強く踏み込む。それゆえ、後方への対応が遅れることになる。
突如、乱入してきた黒髪ポニーテールの女の子が腰の刀を抜き、一直線に石田に斬りかかる。
「……! 何奴!?」
「源義経。推参! ハァァーーーッ」
石田がそれに気づき振り向いたときには、彼を狙った刃が胴に入る間際だった。勝負は一瞬でついた。
速い――。
そこにいた3人は、同じことを思う。かなり強烈な一撃だったのか、膝をついた石田は意識を失う寸前だった。
「ぐはっ。その名……貴様も俺や島と同じように……武士の血を引くものか?」
「違う。義経は武士道プランから生まれた者。血を受け継ぐものにあらず、そのものだ」
義経と名乗る女の子は刀を鞘に納めながら、はっきりと答える。その姿はとても凛々しいものだった。
「……それにしても理不尽なまでの強さ……惚れ、る」
「カカ○ットーーー!」
石田はそこで気を失った。その横でなぜか叫ぶ凛。大和はそんな彼にチョップをかまし、義経に話しかける。
「テンション上がってるのはわかったから、凛は少し黙っててくれる? それより、助かったよ」
「義経は同じ学び舎で学ぶ友として、お前たちに助太刀した」
学校が同じといわれても、大和は義経の顔に見覚えがなく首をひねる。きっちりと川神の制服を着こなす彼女は、かなりの美少女だった。忘れるはずがない。彼は心の中で断言する。
「それにしては……初めて見る顔ような」
「無理もない。義経は今日から2-Sに編入された」
「Sクラスか……」
Sクラスとなると、さらに戦力が増強されることになる。今回は共闘が成立したが、次はどうなるかわからない。大和にとって、凛が強いと言った相手がSクラスに入るのは勘弁してほしかった。彼の思いを知らぬまま、義経は続ける。
「そうだ。Sクラスは実力最優先の選抜クラスだそうだな。……少し緊張してるが、弁慶が義経はやれば出来る子、というので頑張ろうかと」
「その力量ならSでも十分やれるよ。学力も必要だけど」
大和がだんまりだったので、凛が彼の思考を遮るように肩を叩き、会話に混ざった。しかし、2人揃ったところで、突然義経のお説教が始まる。
「大将を潰すためとはいえ、作戦を出す立場の2人では無謀すぎる」
「一気に片をつけるチャンスだと思ったんだけど、助けられちゃ世話ないな。改めてありがとう」
「ごめんなさい」
「気持ちはわかる。義経も時々やるからな」
礼を言う大和と勢いで謝ってしまった凛に対して、義経は慰めるため、彼らの肩をポンポンと叩いた。
凛は、今更自分でも倒せたと言いだすこともできなかったので話題を変える。
「ワンコはどうなった!?」
「川神流水穿ちーーっ!」
凛の言葉に、3人が視線を移すと、ちょうど一子の薙刀が島に会心の一撃を与えたところだった。
「ぐっ! 僅かな隙をついての一撃……、あと……それが、し…………同い年」
そのまま島は崩れ落ちていった。最後に力を振り絞り、伝えたい言葉を言うことができた彼は、穏やかな顔で気を失っている。
「綺麗に決まったな。副将を討ち取ったなんて大金星だ。ワンコ」
大和が一子を撫でながら褒めた。それに義経が続く。
「見事な薙刀さばき、義経は感心した」
「あははは、どうもどうも」
「これぐらい感心した」
義経は両腕を大きく開いて、大きさで示そうとした。一子はそれを興味深そうに見つめ、ほうほうと頷いている。2人のポニーテールが風になびく。その光景は、子犬2匹が見詰め合っているように見えた。
「なんか……この空間和むな」
「たしかに」
ほんわかする凛と大和だったが、一子の声で我に返る。
「ところで……どなた?」
「おっとそうだ、それはあとにして。敵将は全て倒したんだ。勝ち鬨をあげよう」
大和の言葉に、その場にいる凛と義経が一子を見た。彼女は、自分が勝ち鬨をあげられると思っていなかったのか、人差し指で自らを指し示しながら問いかける。
「わ、私が勝ち鬨?」
「その権利がある。義経が保証する」
「高らかにあげてやれワンコ」
凛が一子の背中を押す。彼女はそれに笑顔で頷くと、息を大きく吸い込んだ。
「それじゃあ少し照れるけど……敵将! 全て討ち取ったわー!」
それに続いて、凛が腹から声を出す。
「勝ち鬨をあげろー!」
「「エイエイオー!エイエイオー!!」」
一子の勝ち鬨に、そこかしこから川神の生徒の声が加わり、やがて大きな歓声となって工場内に響き渡った。凛がほっとする大和へ話しかける。
「無事勝利で飾れてよかったな」
「義経にはおまえのこと誤解されたままだけどな。いいのか凛?」
「別にいいよ。あとから言い出しても強がりみたいに聞こえただろうし、なにより義経は真面目そうだからな。後の反応が楽しみだ」
「全く……」
歓声の中、凛と大和の会話はかき消されていった。
そして、交流戦が終わったあとは、気を失っている生徒達を運んだり、海に浮かんでいた生徒を引き上げたりとやるべきことがあった。そこでは、クリスの統率がよく目立ち、戦場の様子と合わせて、凛は素直にその能力を賞賛する。
「戦後処理も無事終わったし、クリスの統率は見事だった」
「敵将首はあげられなかったけどな」
クリスが少し照れくさそうに答えるのは、あれだけ息巻いていたせいもあったからだろう。
「立派なところは、しっかり見させてもらったよ」
そうこうしてると、英雄が皆の集まる場所に現れた。義経も彼の傍に移動しており、大和が代表して疑問に思っていることを尋ねる。
「フハハハ皆のもの、大儀であった」
「英雄、この子はなんなんだ?」
「武士道プランの申し子か。予定より早く投入されたな」
「武士道プラン?」
「明日の朝テレビを見よ。それが一番手っ取り早いわ」
そんな2人の傍で、義経と冬馬が話していた。
「義経は武士だ。戦と聞けば黙ってはいられない」
「貴方が義経のクローン? ……まさか女性だとは」
「義経は義経だ。性別は気にするな」
「ええ、わたしもどちらでも構いません」
「葵の言ってることって違う意味だろ?」
相変わらずの穏やかな笑顔の冬馬に、凛がツッコミを加える。すると今度は「やきもちですか?」と尋ねてくるので、彼はさらにツッコミをいれた。
「これからよろしく頼む」
義経はみんなに丁寧に挨拶すると、その場からいなくなった。そして、1分程経ってから帰ってきた。眉をハの字にして、明らかに困っている。
「大変なことに気がついてしまった」
「どうした?」
そんな義経に英雄が訳を尋ね、彼女は素直に説明し始める。
「ヘリから投下されたのだが……帰り道がわからない」
どうやら帰りの地図を渡されるはずだったのだが、必要ないと強がってしまったらしい。しょんぼりする義経を見ながら、凛と準は言葉を交わす。
「やっぱり和むな。ちょっと時間が経ったのは、どうにかしようとしたんだろうな」
「おいおい! もうあれも女として終わってるだろ。成長しすぎだ」
「準はロリッ子と戯れていなさい。ていうか、あの戦場での叫び声はなんだったんだ?」
凛の質問に、準は顔を思い切りゆがめる。余程、ショックなことが起きたようだった。
「ああ、あれか。忘れてくれ。俺は思い出したくないんだ」
「そうか。まぁ無理にとは言わん。なんか義経が反省のポーズをとってる。初めてあのポーズで反省してる人見た気がする」
激しい東西交流戦は、こうして川神学園の勝利で幕を閉じた。
そして、場所は変わって川神駅。天神館の生徒を見送るため、川神学園の生徒も一緒についてきていた。石田が凛と大和に声を掛ける。
「東には完敗だった。我らはこれからもう一度腕を鍛えなおす」
「まさか……サイ○人2になるつもりか!? あれ? あれってどうやったらなれたっけ?」
「凛ももういいから!」
戦いが終わればみな高校生、ワイワイと騒いでいた。そこに、凛が今まで見かけなかった人物を見つける。
「俺も……ごほっごほ」
「よっしー無理したらダメだろ?」
間近で見ても男女の判別がつかない尼子が、マスクをつけパソコンを開いている病弱な男子――大村ヨシツグ。西方十勇士の一人。西では有名なオタクで、情報通――の背中をさする。そこに、話しかけようとした凛だったが、彼らはそのまま先に休憩所に向かっていってしまった。
他にも、銅像を見つめてそれを持って帰ろうとするロングヘアーのイケメン――毛利元親。十勇士の中でもトップクラスの頭脳と天下五弓の一人と称される弓の腕前をもつ。美しいもの大好きのナルシスト――がいたり、半裸の男――長宗我部宗男。十勇士最強の攻撃力を誇るといわれるレスラー。モヒカンに岳人並の筋肉をもつ――と鉢屋がここにいない十勇士のメンバーを探したり、宇喜田が川神学園の生徒に、博多ツアーの案内役を有料で買って出たり、残りの時間を思い思いに過ごしていた。
その中でも、とりわけ元気そうな生徒がいた。戦闘が終わった後だというのに、その肌は妙にツヤツヤしており、本人もご機嫌である。それを不思議に思い、質問する千花。
「なんかやけに羽黒血色よくない?」
「まぁ吸い尽くしたからね。エッセンシャルオイルを」
その質問にも、2割増の輝きを放つ白い歯を見せながら羽黒が答える。このとき、TV局で収録していた竜造寺隆正――人気ユニットであるエグゾイルのメンバーで、十勇士の広告塔的存在のイケメン――は、謎の悪寒にさらされ、スタッフに心配されていた。
そして凛たちは、石田たちと別れたあと、最後の一人となった大友とお別れをしていた。
「それではさらばだ。板東武者たちよ」
一言挨拶すると大友はチラリと大和を見た。それに気づいた彼が別れの言葉を口にする。しかし、その目線に気づいた者があと2人いた。
「ばいばい」
「ああ……あとで連絡する」
親しげに別れる2人。凛はそれをニヤニヤしながら見つめ、京は静かに闘志を燃やしていた。そして大友が去ったあと、すぐに大和にちょっかいをかける。
「なかなかハードな3日間だったな。それはそうと、大和く~ん。最後の意味深なお別れはなんだ?」
「そうだ大和ッ! 私というものがありながら」
「京はとりあえず落ち着けッ! 人脈構成の一環だよ。西のほうには、まだ知り合いが少ないからな」
大和は京のタックルを華麗に避けると、素早く凛の背後に回り、彼女に対する防波堤に利用する。彼女が右に動けば彼も右へ回り、右右左右左左と見せかけ右とフェイントをいれても変わらなかった。
その状態のまま、凛が後ろを振り返りながら口を開く。
「なるほど。大和もすごいな。西なら俺も多少は協力できるぞ」
「ありがとう凛。頼むよ」
「大和がまた人知れずフラグをたてている気がする。せっかく姉離れに少し進展あったのに。……でもめげない!」
こうして日曜の夜は過ぎていき、明日の朝は九鬼の発表が世界を賑わすことになる。