真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『いざ川神へ』

 茶室の中には、落ち着いた色合いの着物を着た老婆と私服を着た少年が向かい合って座っていた。

 コン。

 静寂の中、庭に備え付けられている鹿威しが、一定のリズムを保って甲高い音を響き渡らせる。何度目かの甲高い音が鳴ったあと、老婆がゆっくりと口を開いた。

 

「わざわざ夏目の名を継ぐことはなかったんだよ。変わった孫だ。アリスの奴も引きとめたんじゃないかい?」

 

 その問いかけに、目の前の少年は苦笑した。母譲りのくすんだ銀髪が少し揺れ、軽く青みがかった目が老婆に向けられる。

 

「おばあ様はそんなことしないよ。それは、銀子ばあちゃんもよく知っていると思うけど?」

 

「ふふっそうかもね」

 

 白髪をしっかり結い、身を整えている銀子は、少し前に会ったときのことを思い出し微笑んだ。少年が言葉を続ける。

 

「それに、夏目の家も日本も好きだからな。もちろんあっちの家が嫌なわけじゃない」

 

「わかっているよ。それに理由がそれだけじゃないのもわかってる」

 

「まぁね。西も強いやつが多いけど、東もすごいらしい。なんてったって武神がいる。瞬間回復とかいう反則みたいな技あるんだって」

 

 少しテンションが上がっているのか、少年は楽しそうに笑みを浮かべる。そんな孫を見て、銀子はため息をついた。祖母の様子に気がついたのか、彼がまた苦笑をもらす。

 

「血筋かねぇ、強い奴と闘いたがるのは。まぁ凛は、しっかり息子の血も引いてるから無茶はしないと思ってるけど……心配だねぇ」

 

「何もばあちゃんらの時代みたいに殺しあうわけじゃない。それに俺はもう負けない。そのために鍛錬も積み重ねてきたし、これからもそうする。夏目の名をさらに広げて、世に残したい」

 

「家名も大事だけどね。消えていくときは消えていくもんさ。気にしすぎる必要はないよ。あんたが継いでくれただけで、私にとっては十分だ。あとはまぁ、覚悟があんなら好きにしな」

 

 それでも、銀子は孫が夏目の名を継いでくれたことを嬉しく思っているのか、穏やかな笑みを浮かべ茶をすすった。それにつられてか、彼女の孫である少年――凛も点てられた茶を味わう。

 

「やっぱり、ばあちゃんの点てる茶はおいしい」

 

「おだてたって何もでてきやしないよ。次帰ってくるときは、がーるふれんどの一人や二人つくって帰ってくるんだね。そしたら、また茶を点ててやろう」

 

「ははっ。なら頑張らないとな」

 

 そして、2人はまた茶をすすった。茶室には、ゆったりとした心地よい雰囲気が流れている。茶器を何度目か傾けたところで、凛は茶を飲み干した。銀子もそれがわかったのか、彼が茶器を置き終わる前に話しかける。

 

「そろそろ時間だろ? いっといで。案内は白雪にまかせてある」

 

「はい。いってきます」

 

 きちんと礼を尽くして、凛はその茶室から退出していった。出て行ったことを確認した銀子は、座ったまま目の前の誰かに話すように言葉を発する。

 

「黒衣。何もないと思うが、川神に入るまで任せたよ。別に何も起こらないと思うけど、アリスも過保護だからね。なにもしないと知れたら厄介だ」

 

「…………」

 

「気張ってきな。凛」

 

 孫の名を呼び、最後の一口を飲み干した銀子もゆっくりと茶室から退出していった。茶室はまた静寂に包まれ、鹿威しだけが変わらず音を上げ続ける。

 

 

 ◇

 

 

「やっとここまで来たな」

 

 京都駅まで銀子の侍従の1人である白雪に送ってもらった凛は、新幹線の席に身をゆだねていた。別れる際には彼女からも激励され、新幹線の指定席までしっかりとっといてくれてるところをみるに、彼が大事され、愛されているのがわかる。

 

「懐かしい人たちにも会えるし、楽しみだな」

 

 凛は、手紙を一つ取り出して目を走らせる。手紙の文字は綺麗に整っていて、とても読みやすいものだった。

 

「これから川神がおもしろくなるから、おまえも来いか……相変わらずの上から目線。まぁ年齢からするとその通りなんだけど、どんな人であろうとその姿勢を崩さないんだから、驚きだな」

 

 幼い頃の思い出がふと甦る。武道の師との出会いは強烈だった。出会ってから自己紹介をすませ、実力を見ると言われ問答無用で実践へうつる。合図が聞こえた次の瞬間には、凛は吹き飛ばされていた。幸い、いつの間にか張られていた糸によって、ケガをすることはなく、土を払って起き上がる。彼はその男を見上げながら問いを投げかけ、それに笑いながら男が答える。その答えにやる気をだした彼は、生意気にも「教えてくれ」と頼む。

 凛は、それからあとの鍛錬を思い出し笑ってしまう。

 

「半分……いや6、7割方が打ちのめされてる思い出しかないな」

 

 そして、もう1枚の手紙へうつる。こちらも先ほどの手紙と変わらず読みやすく、違うとすれば内容がより丁寧に書かれており、凛のことを労ってくれている部分も見られた。

 

「あの人らしい」

 

 もう1人の凛の師からのものだ。彼の教える内容は、武道よりも礼儀作法が中心だった。そんな彼は、当然礼儀作法はお手の物、博識であり戦闘だってこなしてしまう人物であった。完璧超人とは、彼のことを指すと凛は今でも思っている。

 

「さて、まずはこいつらから片付けてやろう」

 

 凛は手紙を大事に仕舞い込むと、目の前にある弁当やお菓子に視線をうつす。川神まではまだまだ時間があったが、横の席に人が乗り込んでくるまでに食べてしまおうと、1つめの弁当に食べ始めるのだった。

 

 

 □

 

 

「えー次は川神―。川神―です。降りる際には、お荷物等のお忘れないようご注意願います。川神―――」

 

 乗り継ぎを経て、アナウンスがようやく川神への到着を知らせてくれる。

 駅に降り立ち、あくびと大きな伸びをする凛。彼も京都からだとさすがに少し疲れていた。川神駅はゴールデンウィークということもあって、大勢の人達でにぎわっている。また、彼は降り立った瞬間にやはり空気が西とは違うと感じていた。

 ――――強い人たちが、一つの場所に集まってるからか?

 凛はそんなことを思いながら、一旦周りをぐるりと見渡す。駅での人の数は、間違いなく西よりも多い。そんな人の流れを見ながら、彼は心が折れそうになった。

 

「というか、これだけ人多くて、俺は目的の人と無事に会うことができるのか」

 

 母の友人である咲曰く。

 

「私の息子って本当にすぐわかるから! 私に似て可愛い子だよ」

 

 凛はその言葉を思い出しながら、とにかく集合場所へ歩き出す。その前に黒衣にもお礼をするため、彼は後ろを向いて軽く一礼をする。すぐ後ろを歩いていた通行人には、何事かと驚かれていた。

 正直どうなるかと不安に思っていた凛だったが、結果から言うと、すぐに目的の人物に会えた。似ているというより、待ち合わせていた人――大和は、女装すると彼の母である咲に変身すると断言できるほど、一目でわかる容姿をしていた。

 

「人違いなら申し訳ありませんが、直江くんかな?」

 

 凛は、これからの学園生活で最も長い付き合いになる最初人物との接触をはかる。

 

 

 ◇

 

 

 そして、相手が目的の人物だと判明し、凛は胸をなでおろした。彼は表情を崩しながら、言葉を続ける。

 

「直江くんは、本当に咲さんに似ているな。おかげですぐに見つけることができた」

 

「大和でいいよ。これから学校でも寮でも一緒なんだから。堅苦しいのはなしで」

 

「それじゃ俺のことも凛で。大和が話しやすい人でよかったよ。景清さんみたいにオーラのある人だったら、少し萎縮してしまうとこだった」

 

「父さんのことも知ってるのか。優しい人なんだけどな」

 

「知ってるよ。咲さんとも仲のいいお似合いの夫婦だ」

 

「同年代そう言われると、なんだか恥ずかしいものがあるな」

 

 大和は、照れくさそうに笑いながら、片手で頭をかいた。凛はその様子が咲さんとそっくりだと笑う。それから、彼らは両親のことをキッカケに互いの自己紹介をしつつ、駅周辺を探索していった。

 まずは仲見世通りへと向かう。

 

「――――て感じだな。もう少し行くと、俺のクラスメイトの店がある。飴の小笠原っていうんだけど、九鬼揚羽さんが気に入ってる店なんだ。味もいいしね」

 

「ほうほう。その飴は興味があるな。少し買っていってもいいか?」

 

「構わないよ。どうせなら、クラスメイトも紹介しておく。知り合いは多いほうがいいだろ?」

 

「助かる」

 

 そうして、2人が飴の小笠原を視界に捕らえた瞬間だった。

 

「イケメン系はっけーーーーん。ゲットするか……しないでか! ポッコペーーーン」

 

 店員と話していたガン黒の女が声を張り上げ、猛ダッシュでこちらに一直線に走ってくる。店員は突然の出来事に驚いており、少し遅れて「止まれ」と叫ぶが、どうやら彼女には目の前の獲物しか目に入っていないようだった。この通りは名産品などを売っているため、普段は賑わっているのに、今このときだけは距離があっても、目当ての相手を見つけられるほど人が少なかった。

 大和の頭の中には、瞬時に三つの選択肢が現れていた。

 

 1番。せっかくの学校生活。これからというときに、ガン黒女もといクラスメイトである羽黒に凛を襲わせるわけにはいかない。自分が尊い犠牲になる。

 2番。いやこれほどのイケメン。背丈は180近くあり名前負けしない容姿で、今までにいい思いもたくさんしてきたはず。そう、キャッキャウフフと楽しんできたはずである。ここで一つ社会の厳しさというものを羽黒という存在によって知ってもらうべきだ。いやぜひそうなれ。

 3番。この距離ならまだ逃げられる。

 

 大和は迷わず選択する。むしろ3択であるが、実質はもう一つを選んでいたようなものだった。そして何より、猛牛のように突進をかましてくる羽黒の存在が、物凄いプレッシャーになっていた。

 

「2番だ!! 凛、君に決めた」

 

 大和は、ポケ○ンの主人公の名台詞を叫びながら、人柱として凛をそっと前へ押し出した。そして、そのあとはガッチリと押さえ込む。あとはタイミングの問題だった。

 

「おい、大和! なんか叫びながらこっちに来るぞ。お前の知り合いか? てか、押し出すな。悲惨なことになりそうだぞ……主に俺が。俺の頭の中に、このままでは大事な何かを失いそうだと警報を鳴らしてる!! 大和っ!」

 

 慌てる凛に対して、大和は優しく微笑みうなづき返した。羽黒は、ガン黒の肌とは対照的に白い健康的な歯をむき出しにしながら、もう距離を詰めてきている。その場にいる人達は、友人同士が戯れていると思っているのか、別段騒ぎ立てる様子もない。

 

「いーーーけーーーーめぇぇーーーーーん」

 

「ええい、こうなったら」

 

 凛は覚悟を決めたのか、羽黒が一気に距離を詰め来るの冷静に観察する。大和はその様子をうかがいながらも、ガッチリと押さえている。

 

「とぅっ!!」

 

「ほい!」

 

 羽黒が飛び掛るために跳躍した瞬間、凛は大和と自分の身をヒラリと置き換え、ガッチリと彼を掴まえる。彼は抜け出されたことよりも、自分が捕らえられたことに驚いていた。

 

「な! 姉さんに鍛えられ、逃げだけは自信があったのにって離せ凛。羽黒が! 止まれおおおあぁぁぁ!?」

 

「……こうして直江大和の学園生活は、終わりを告げるのだった。南無南無」

 

 羽黒に乗りかかられた大和を心なしか体をピクピクさせている。小さな声で「うぅ」と聞こえるので、死んではいないが、痛みにうめいているようだ。その痛みを与えた張本人は、腕まくりをしながら意気揚々といった感じで、上唇をペロリと舐める。

 

「さーて、久々に喰うとすっか……って直江系じゃねーかよ。イケメン系じゃねーじゃん。いやこれはこれでごちそうさまって感じ系だけど、やっぱイケメン系味わいたいから、観念しろやー」

 

 振り向くと同時に両手を振り上げ、こちらへの距離をジリジリと詰めてくる黒い獣もとい羽黒に、えもいわれぬ恐怖を感じた凛は咄嗟に構えをとる。

 

「いや少し待て。初対面でいきなりアグレッシブすぎるだろ」

 

 しかし、ここで救世主――先ほどの店員が現れた。遠目ではわかりにくかったが、同年代の女の子であり、服には飴の小笠原と書かれている。加えて、看板娘だと言われれば、納得できる容姿の持ち主であった。

 

「いや羽黒あんた彼氏いるんだから、自重しなさいよ。言いつけるわよ」

 

 店員が仁義なき戦いに終止符をうつ。それに、羽黒が口をとがらせながら答える。

 

「へっそんななのカンケーねぇって言いたいとこだが、仕方ねーな。私に惚れられても気持ちには応えられねーし。この場はチカリンに免じて納めてやるよ」

 

「濃い人だなー」

 

 大和が目を覚ますまで、凛は成り行きで彼女らと会話することになる。そして、クラスメイトというのは、この店員である小笠原千花とその友達の羽黒黒子であった。

 千花が積極的に話を進めていく。

 

「へぇー京都からこっちに来たんだ。で、なんでナオッチと一緒なの? 知り合い?」

 

「両親同士がね。それで、ついでに川神の案内まで引き受けてくれたんだ」

 

「直江系が見知らぬイケメン系と歩いてたから……じゅるり」

 

 凛は羽黒の態度に一歩身をひく。

 

「まぁ今後はお手柔らかにお願いします」

 

 そこに千花から注意が入る。

 

「同じクラスメイトになるかもしれないんだから、本当にやめなさいよ羽黒。で、夏目くんは、彼女とかいるの?」

 

「おおーチカリン! ナイス! それ聞いとかないと今後の動き系にも影響あるかんな。そんで夏目どうなんだ?」

 

 羽黒が、目をキラリと光らせた千花に対してサムズアップしながら、凛に先を喋るよう促す。彼女の口から、時折覗く白い歯もキラリと光る。

 

「彼女はいない。でも会いたい人はいる」

 

 その言葉に、千花が真っ先に食いつき、羽黒が続く。

 

「おお! 会いたい人? 女性?」

 

「どうなんだよ、コノヤロー! さっさと吐いちまえよ」

 

「それは秘密ってことで。まだ会えるとわかったわけじゃないんだ。この話はおしまい!そろそろ目を覚ましてるだろ、大和?」

 

 凛はベンチに寝転ばされた大和を見た。

 

「今、目を覚ましたばかりです。それより、羽黒突っ込んでくるなら、相手確認してからこい。こっちは一般人なんだぞ! 内臓吐き出るかと思ったわ!」

 

 起きたばかりとは思えないテンションで、体を起こした大和は羽黒に詰め寄る。しかし、彼女はどこ吹く風という感じで軽く受け流す。

 

「男なら女のボディプレスくらい軽く受け止めてもらわないと困るんですけど」

 

「おまえの彼氏に心底同情するぞ」

 

 その言葉を聞いた大和は、ここにはいない羽黒の彼氏に同情する。凛も言葉には出さずとも同じ気持ちのようで、うんうんと頷いていた。そんな2人の様子に、千花が話題を変えるため営業をかます。

 

「はいはい、その辺でいいでしょ。それでせっかく寄ってくれたんだし、買っていってくれるわよね?」

 

「この状況にお詫びをだしてほしいくらいだ。はぁ」

 

 大和がガックリと肩を落とす。落ち込む彼を慰め、凛が千花に話しかける。

 

「俺が買うよ。おいしいって評判らしいからね。見繕ってほしい」

 

「毎度あり。学校は休み明けに来るの?」

 

 客を一人ゲットできたことを喜んだ千花の声が一段高くなる。店頭に並んだ飴の中から、何種類かを手馴れた手つきで袋に入れていった。

 

「その予定。学校でも仲良くしてもらえたら嬉しいな。小笠原さん」

 

「アタイももちろん仲良くしてやんよ夏目。でも彼氏いるから、友達系までな」

 

 どこまでも上から目線の羽黒に、大和は呆れていた。

 

「羽黒、おまえあんな行動に出といて、よくそこまで強気でいけるな。ある意味尊敬する」

 

「羽黒さんもよろしく。それじゃまた学校で」

 

 飴の小笠原を離れ、次の場所へと向かう彼らは、通りをさらに進んでいく。通りはいつの間に人が増えたのか、観光客で賑わっており、気をつけないと人とぶつかりそうなほどだった。

 

「ふぅ。一時はどうなることかと思ったな」

 

「俺は、しっかりどうにかなったがな! まぁある意味、状況が収まったからよかったな。羽黒がおまえを襲ってたら、それこそこれからやばかったし。目の前で、数時間前に友になったばかりの奴がヤられるなんて……見たくない」

 

「いや、しっかり俺を生け贄として押し出していたやつのいう台詞じゃないな」

 

「あれは一瞬の気の迷いというやつだな。でも結果オーライ……っと、あそこにいるのは2-Sの奴だな。おーい」

 

 凛の追求をよそに、大和は前方を歩いていた3人組へと声をかけた。それに気づいた1人が振り返る。

 


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