真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『凛とメイドの休日』

 人が2人通れるほどの細道に入ってからは、右に左にと何か目印でもあるのか、李は立ち止まることなく歩いていく。それに、ただついていく凛とステイシー。そして、何度目かの細道を曲がった先に、その店はあった。夕暮れだったため、黄楼閣と書かれた看板がネオンによってすでに輝いており、その両サイドには赤い提灯が縦に連なって吊り下げられ、建物は白い壁に緑の屋根、窓枠などには赤と金をあしらった豪奢なものだった。

 

「こんなところにお店があったんですね。これは一人では見つけられなかったかも……」

 

 細く薄暗い場所を通ったあとに、姿を現す異国の情緒を漂わせる建物に、凛は目を奪われた。少しぼーっとしている彼に、李が嬉しそうに口を開く。

 

「初めて行く人には難しいかもしれませんね。しかし、それでも探す価値があると私は思っています」

 

 ステイシーが2人の前方に進み出て振り返る。

 

「そんなことよりさっさと入ろうぜ。中でも話はできるだろ?」

 

「そうですね。では参りましょう」

 

 そう言って、李は丸くかたどられた入り口を抜け、その先にあった扉を開く。そして、次に目に入ってくる内装も外観に負けない迫力があった。それはまるで、映画の舞台に迷い込んだかと思わせるほどで、太目の柱に支えられた天井は高く、仕切りひとつとっても精巧なデザインがなされた空間は、訪れた者に一時の贅沢を与えてくれるのだった。

 店内は、既に客も入っており、少し賑やかになっていた。李とステイシーは、やってきた店員と少し会話をすると凛の元へと戻ってくる。その間、雰囲気を楽しんでいた彼は、戻ってきた2人に感想を述べる。

 

「中は意外に広さがあるんですね。それにデザインも凝ってて綺麗だ」

 

「驚きましたか? しかし、私達はここでは食事をとりません。2階に向かいますから、ついてきてください。きっと気に入ってもらえると思います」

 

「ようやく飯だな。今日は飲むぜ」

 

 凛たちは、店内を突っ切ってその奥にあったエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの扉が開くと、真っ直ぐ伸びる1本の通路があり、その左右に個室へと続く扉がある。2階は通路だけでも十分な広さが確保されており、扉と扉の間にはライトアップされた花が生けられていた。また防音もしっかりされているのか、通路には彼らの足音しか聞こえない。

 案内されるがまま、通路の一番奥の個室へと入る。

 

「えっと……個室とかいいんですか?」

 

 戸惑う凛を置いて、ステイシーがさっさと席につく。

 

「気にすんな。この店は李の知り合いの店なんだ。んで、アタシらが来たときはいつもここで食わせてもらってるんだよ」

 

「ステイシーの言ったとおりです。気にしなくてもいいですよ」

 

「なんか紋白のときといい今日といい、俺は運がいいな」

 

 テンションをあげる凛は、改めて個室を見渡す。外観とは違い、落ち着いた雰囲気の色あいでまとめられた部屋は、天井から吊られる円柱型の照明で室内を照らされ、中央に足元まであるクロスのひかれた丸いテーブルに3脚のイス、左に床から天井までの窓があり、その隣――入ってすぐ左に2人掛けのソファがある。部屋の奥にはシンプルな額縁も飾ってあった。

 3人は注文を一通りすませると、話題はそれぞれの川神に至った経緯のことになる。

 

「元・暗殺者に元・傭兵ですか。だから実力もあるんですね、納得です」

 

「凛は驚いたりしないのか? この店入ったときの方が驚いてたぞ」

 

「俺の祖母の家にも似た人たちはいますから。それより、ステイシーさんの従者入りの話のほうがおもしろいです。からかいにいって、強制的に入れられたって」

 

 凛はこらきれずに吹き出した。ステイシーは、そのときのことを思い出して、ため息をつく。

 

「あずみのメイド姿をからかった瞬間、ヒュームが飛んできたからな。一撃くらったときは、マジで死んだと思ったな。その後、自分の上司がそのヒュームと知ったときのアタシの気持ち、凛ならわかるだろ?」

 

「ははは。まぁわからなくはないです。子供頃はそれこそ逃げ回ったりしたこともありましたから。でも、10秒もしないうちに吊るされていました。今思えば懐かしい」

 

 その言葉を聞いて、李が笑っている凛に顔を向ける。

 

「少し意外ですね。今の凛を見ていると逃げたりするイメージが湧きません」

 

「これでも子供のときは、ヤンチャに過ごしてきましたから。李さんは、クラウディオさんに捕まったことが切欠だったんですよね。そう考えると、運命はわからないものですね」

 

「はい。むしろクラウ様ひいては九鬼家の方々には感謝しています。闇しか知らなかった私に、新しい世界を見せてくださいました。そのおかげで、ステイシーや凛にも会えましたし」

 

 李は恥ずかしがる様子もなく、穏やかな顔で言葉を口にするも、それを聞いていた方は恥ずかしかったらしい。

 

「恥ずかしいこと言ってんじゃねぇ」

 

「李さん、ステイシーさんが照れてますよ」

 

「うるせぇぞ凛! アタシがその綺麗な顔を整形してやってもいいんだぞ?」

 

 少し顔を赤くしながら、握りこぶしを作り凛を脅すステイシー。彼はそれに反応して、顔を両手で覆った。

 

「やめて! 俺の顔が見れなくなったら、何人の女の子が泣くと思ってるんですか?」

 

「凛は自分の顔に相当自信があるんですね。確かに自信を持ってもいいと思います」

 

 李はツッコむでもなく、うんうんと頷いた。

 

「あの……李さん、これ冗談ですよ? 本気でとられると俺も困ります」

 

「あっはっはっは。おまえはもう李の中でナルシスト決定だな」

 

 ステイシーが、そんな2人のやり取りを見て笑う。話し込んでいると時間もあっという間に過ぎ、料理が次々に運び込まれてくる。前菜三種盛りから始まって、ショウロンポウ、フカヒレスープ、伊勢えびとアスパラの炒め物等等。

 そんな料理の数々を目の前にして、凛が気まずそうに話し出す。

 

「えーと、注文のときはスルーしてしまったんですけど、情けないことに割り勘で払える額を超えてます」

 

 それに、ステイシーが李にワインを注ぎながら答える。

 

「ん? ああ、ここはアタシらの奢りだ。李と一緒に行くことが決まったときから、それなりの額は用意してあったからな。同じ師匠をもつ身だ。ここはお姉さん達からの歓迎ってとこだな」

 

「そうです。凛は気にせず食べてください。私は中華を愛する者の一人として、凛を歓迎します」

 

「そっちで歓迎するのか? 李」

 

 そして、食事は和やかに進んでいった――2人がワイン2本、紹興酒1本を空けるときまでの間であったが。

 目が据わっているステイシーが、凛に話しかける。

 

「それでだなぁー凛! ヒュームのジジイはことあるごとに串刺しにする串刺しにするって、アタシは焼き鳥の肉じゃねえんだぞ!!」

 

「そうですね。そして、その話4度目です。さすがに飲みすぎじゃないですか? ステイシーさん」

 

 キッと凛を睨むステイシー。

 

「おいおいおいおい、年下のくせにアタシに説教か! おまえもヒュームのじじいと同じで串刺しにしたいのか! 全く師匠が師匠なら弟子も弟子だな!」

 

「凛も過激なのですね」

 

 ステイシーがギャーギャーと騒ぐ横で、李は顔を赤くしながら、追加注文した紹興酒をちびちびと飲んでいた。しかし、その飲むペースが一向に崩れない。そんな彼女の様子に、凛は少し焦りながら問いかける。

 

「えーと李さんはさすがに大丈夫ですよね?」

 

「私はいつもだいじょぶれす」

 

「? 言葉が少し怪しい気がする」

 

「凛は……………………?」

 

 何を言おうか忘れた李は首を傾げ、凛を見つめたまま目をパチパチさせた。そして長い沈黙のあと、思い出して一言。

 

「……凛は平気そうですね」

 

「うーん、李さんもだいぶきてそうだなー」

 

「うっ……」

 

 そこで急にテーブルに倒れ伏す李。彼女の持っていた空のお猪口が、テーブルを転がっていく。突然の出来事に、凛は立ち上がって彼女に近づいた。

 

「えっちょ、ちょっと李さん! 李さん!? ステイシーさん! 李さんが!」

 

「あはははは、凛それは李の持ちネタの死んだフリだ。もういいぞーっていうまでピクリとも動かないから、よく観察してみろ。別にマジで気分が悪そうでもないだろ?」

 

 ステイシーは、ケタケタと笑いながら説明する。凛はその言葉に従って、冷静に李を観察する。顔は赤みを帯びたままで、開かれた瞳は閉じる気配がない。

 

「……瞬き一つしないんですね。あーびっくりした。ホント焦った」

 

「あははは、もういいぞー李」

 

 ステイシーの言葉で、李はまるでスイッチが入ったかのように体を起こした。

 

「どうですか?」

 

「すっごいわかりやすいドヤ顔ですね。本当にびっくりしました。ステイシーさんに言われなければ、真っ先に病院に連れて行きましたよ」

 

 凛は、そう言いながら椅子に深く座り、どっかりと体重をあずけた。そんな彼に満足したのか、李は胸を張り言葉を続ける。

 

「えへん」

 

「その反応は可愛いですね」

 

「おい凛! アタシはどうなんだ? まさか李だけ可愛いとか言わないだろうな?」

 

 凛の一言にステイシーが身を乗り出してきた。彼はそれにすぐさま対応する。

 

「ステイシーさんも可愛いですよ」

 

「なんか投げやりだな。……よし、行動で示してみろ!」

 

「そうです凛」

 

「2人とも酔いまわってるなー。俺はなんでこんなに意識がはっきりしてるんだ!」

 

 凛は、急かす2人を見ながら、川神水(ノンアルコールだが、場で酔える水)を飲んでいるにも関らず、今日に限って酔わないことを悔やんだ。

 

「りーん! あたしらの準備は万全だぞー! 男だろー!」

 

「……」

 

 名前を連呼し騒ぐステイシーとただただ見つめてくる李に、凛もついに覚悟を決める。これは中途半端な行動はできないと思ったのだ。酒もそろそろやめさせるため、一旦2人をソファに座らせる。

 ――――ええい!もうなるようになれ!

 そして、凛は2人の頬にキスをする。それに一瞬きょとんとする彼女らだったが、状況が飲み込めると満足したのか、あるいは納得したのか大人しくなった。

 

「今お冷頼みますから、2人はそのまま動かないように!」

 

 そう言って2人を見る凛だったが、彼女らはもう夢の中に旅立っていた。その様子を見てため息をひとつするが、その後自分の行動を振り返り、羞恥から身悶える。どうやら彼もそれなりに酔って、テンションがあがっていたようだった。

 

「俺何やってんだ。……まぁ2人も覚えてないだろ、たぶん。それにしても、従者の仕事も大変なんだな。少し休ませてから帰るか」

 

 ステイシーは姿勢を崩して、ソファの肘掛に自分の腕を枕にして寝ており、李はいつの間にか、そんな彼女の体にもたれかかり眠っていた。

 凛は、李の知り合いというオーナーに、現場を見せながら事情を説明する。すると、ここに来ると毎回どちらかがこうなることも多いらしく、オーナーは苦笑混じりに許可をだしてくれたのだった。

 その後椅子に座り、ぼーっとしていると凛にも睡魔が襲ってきた。まだ起きそうにない2人を一瞥し、ゆっくりと目を閉じる。

 

「――――。――――」

 

 どれくらい時間が経ったのか、間近で聞こえる人の声と気配に、凛の意識は急速に覚醒していく。そして、彼が目を開くとステイシーと李が目の前にいた。

 

「なにしてるんですか? お二方は」

 

「いやー別にー。なぁ李?」

 

「そうです。凛が気持ち良さそうに寝ていたのを観察していただけです」

 

 2人は手を後ろに回して、目線を凛からはずす。しかし彼はしっかりと見ていた。

 

「では、お二方が手にもっている物はなんですか? 俺の記憶が正しければ、それはマジックというものですよね」

 

「しかも油性だぜ!」

 

「……私のは水性です」

 

 ステイシーは凛に言い当てられ、観念したのか堂々とマジックを突き出し、李はおずおずと両手で差し出してきた。彼は2人のマジックを取り上げ、彼女らを目の前に並ばせる。

 

「落書きするつもりだったんですね?」

 

「違う」

 

「違います」

 

 2人は即答した。再び凛が問いかける。

 

「じゃあ何するつもりだったんですか?」

 

「マジックでマジックの練習です。ふふっ」

 

 李の一言に完全に黙り込む凛とステイシー。

 李が2人の反応を見逃さないよう見つめる中、凛はステイシーにのみ尋問する。

 

「何をするつもりだったんですか、ステイシーさん?」

 

「うーーー落書きしようとしました! これでいいんだろ凛!」

 

「……」

 

 ステイシーは、その問いに対して逆ギレする。隣の李は、笑ってくれる気配すらなかったことに凹んでいた。

 

「うわっ逆ギレした。寝顔は可愛いのに、獰猛だ!」

 

 ステイシーは、やりとりを楽しんでいるようで、キレたと思ったらすぐ笑顔になる。

 

「血まみれステイシーの名は伊達じゃないぜ」

 

「その名の使い方はおかしいです。ステイシー」

 

 李も反応がないことに慣れているのか、凹んだ状態から復活していた。彼女は時計で時間を確認し言葉を続ける。

 

「そろそろ出ましょうか? 長い時間居座ってしまいました」

 

「そうだな。ほら行くぞ凛」

 

 李の言葉にステイシーは同意し、凛の背中を押して個室を出て行く。

 

「あれ? うやむやにされかかってる」

 

 そしてオーナーに見送られながら、3人は黄楼閣をあとにする。中華街に出てくると、休日ということもあってか、家族連れやカップル、テンションの高い酔っ払いなど、賑やかというより少し騒がしいほどだった。

 ステイシーが大きく伸びをして、深く息を吐く。

 

「あーいいストレス発散になったぜ」

 

「そうですね。明日からも頑張りましょう」

 

 2人の隣を歩く凛がぺこりと頭を下げる。

 

「とてもおいしい料理でした。本当にご馳走様でした。ステイシーさん、李さん」

 

「こっちもロックな時間が過ごせて楽しかったぜ」

 

「凛はもう大丈夫ですか? よければ、寮の近くまで送ることもできますが?」

 

 時折吹いてくる夜風に浴びながら、たわいない会話をしているとすぐに分かれ道にたどり着いた。ステイシーは、言いたいことを言ったためかスッキリした顔をしており、李も酔いは残ってないようでいつものクールさが戻っている。

 

「俺も一眠りしたからか、体は大丈夫です。俺の方こそお送りしなくて大丈夫ですか? 変質者がでるかも……」

 

「食後の運動として軽くひねってやるよ」

 

「一瞬で眠りに落ちていただきます」

 

「そうですよね。では、この辺で失礼します。今日は本当にありがとうございました」

 

 ステイシーは凛の肩を軽く叩く。

 

「んじゃあな。次はアタシのお気に入りの店に連れて行ってやるから、楽しみにしてろ」

 

「気をつけて帰ってください。さようなら」

 

 最後に李が丁寧に頭を下げ、2人は凛に背を向け帰っていった。

 寮への帰り道を1人歩いていた凛だったが、もうすぐ寮の前というところで、電話がかかってくる。ディスプレイには、登録したばかりのステイシー・コナーと表示されていた。

 

「もしもし」

 

『おー凛。寂しがってるんじゃないかと思って電話してみた』

 

「ステイシーさん、俺は小学生ですか」

 

『はははっ。李から一言伝えたいことがあるってさ……ほれ李』

 

「なんでしょうか?」

 

『コホン……人参なんてキャロット食べちゃえ』

 

 李の渾身の一発が放たれた。凛はいたって冷静に感想を述べる。

 

「まだまだ精進が必要ではないでしょうか?」

 

『……今日人参が出ていて思い浮かんだのですが。出直します』

 

 李は、笑いをとれなかったことに、少し声のトーンをおとす。その後、携帯からは一言も言葉が発せられない。たまらず、凛が声をあげる。

 

「…………えっまさか一言ってこれですか!?」

 

 凛の叫ぶ声は、夜の空へと吸い込まれていき、打って変わって、電話口からは陽気な笑い声が聞こえてくるのだった。こうして凛の休日は過ぎていく。

 


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