真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『大和への依頼。凛への頼み』

「うぅようやく終わったわ。今日も辛い戦いだった」

 

 そう言いながら、一子はぐでーと机に突っ伏した。屍と化した彼女の隣に来たクリスが、そのまま一つ前の空いている席に座る。

 

「犬は授業が終わる度に、その言葉を言ってるな」

 

「ワンコにとって授業は天敵なんだよね」

 

 帰り仕度を整えた京が、一子の頭を優しく撫でる。それに対して、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。

 凛は、一子の後ろの席にいる大和へ話しかける。

 

「最後の授業が綾小路先生のっては、確かにきついものがある」

 

「大半の生徒は眠気と戦ってただろうな」

 

 クラスメイトも白粉を塗りたくったセンター分けの教師――綾小路麻呂。不死川家同様、名家の一つで、昔の公家を気取った口調の日本史担当。授業の内容の9割が平安時代というはた迷惑な人物――の授業を乗り越え、ほっと一息ついていた。

 凛が、京と話していたクリスに声をかける。

 

「クリスは綾小路先生の授業でもしっかりしてるよな」

 

「まぁ私にとってみれば、この程度朝飯前だ。それに私は日本大好き。平安も大好き。アイラブジャパン」

 

 そう言って握りこぶしを作るクリス。

 

「なぜ英語で言う」

 

 大和がそれに即座に突っ込む。そんな和やかな空気の2-Fだったが、勢いよく扉を開けた1年生の登場で、それまでの空気が吹き飛んでいった。

 その1年生――紋白は一直線に凛と大和のもとへ歩いてくる。その後ろには当然ヒュームの姿があった。何人かの生徒は、彼の姿を見て無意識に一歩後ずさる。

 

「フハハ我、降臨であるぞ」

 

 凛が紋白に気づいて、手をあげる。

 

「おっ紋白。どうしたんだ? 2-Fの教室に来るなんて」

 

「うむ、ちょっと直江に用があってな。凛も一緒に来てくれないか?」

 

「構わないぞ。大和は今時間大丈夫か?」

 

 凛は大和の方に向き直るが、彼は黙ったまま紋白をじーっと観察していた。

 それに気づいた凛が紋白にお願いする。

 

「紋白。大和が紋白の魅力に翻弄されている。魅了を解除することはできないのか?」

 

「こればかりは仕方がないものよ。直江、じっくり見るがよいぞ」

 

 紋白はそう言って、腰に手をあてながら仁王立ちした。

 

「なっ!? そんなんじゃない。話があるんだったな。大丈夫だ」

 

 大和はそれを慌てて否定して、席から飛び上がる。その様子に凛は肩を震わせていたが、紋白は首をかしげていた。そのまま、彼らは彼女とともに教室をあとにする。4人――正確に言うとヒュームがいなくなると、張り詰めていた空気がゆっくりと緩んでいった。

 4人は階段を上まで上って、やがて屋上にでる。誰もいないと思われたが、そこには清楚の姿があり、彼女は鼻歌を歌いながら花壇に水をやっていた。彼らが来たことに気づいた彼女が挨拶してくる。

 

「こんにちは。凛ちゃん、紋ちゃん、直江君、ヒュームさん」

 

 それに対して、それぞれが挨拶を返し、凛がさらに言葉を続ける。

 

「清楚先輩、水遣りなんてしてたんですね」

 

「うん。朝メインで花によっては放課後もね」

 

 清楚は質問に答えながら、ジョウロで次の花に水をやる。水に濡れた色とりどりの花が、夕日でキラキラと光っていた。大和が、凛に続いて彼女に問いかける。

 

「そういえば、先輩の髪飾りってなんの花なんですか?」

 

「ヒナゲシだよ。ほら、ここでも咲いてるの」

 

 清楚の指差す先には、オレンジ色の花が綺麗に咲いている。そこを見ながら、大和は「なるほど……」と言って、一人考えこんでいた。

 そして、一度花壇全体を見渡した清楚は、「よし」と呟くと、凛たちに別れの挨拶をしてその場を去っていった。屋上から姿を消す前に、再度こちらに手を振る彼女に、男2人も手を振り返しながら感想をもらす。

 

「清楚だな。そして名前で呼ばれるお前が羨ましい」

 

「ああ、清楚だ。それに関しては俺の努力が実ったのだ。大和も呼んでくれと頼んでみたらどうだ?」

 

 清楚がいなくなったことで、凛と大和は緩んだ気を引き締め、紋白へと向き直る。

 

「凛にはヒュームから少し話があるらしいのだ」

 

「ヒュームさんから? なんでしょう?」

 

「少しこちらへ来い」

 

 ヒュームはそう言うと、グラウンドが見える端へと移動し、凛もそれについていく。

 

「それでどうされたんですか?」

 

「紋様は、これからこの川神学園で人材勧誘をなさる。それに伴い、校外にも足を運ぶ機会もあるだろう。だが帝様の護衛との調整で、俺が紋様の護衛につけないときが出てくる。そこで……」

 

「俺に傍にいてほしいと?」

 

「そうだ。紋様はおまえのことを気に入っているからな。九鬼からも護衛はつくが、俺からすればみな赤子よ。念には念をいれておきたい」

 

 ヒュームは、熱心に大和へと語りかける紋白を見つめる。凛もそちらを一目見て頬をゆるめた。

 

「クラウディオさんもお忙しいのですか?」

 

「忙しくない日があると思うか?」

 

「そうですね。しかし、九鬼の護衛の方が変なミスをされるとも思い難いですけど」

 

「ミスが起きてからでは遅いのだ。それに出かけるなら、紋様の気分転換にもちょうどいい。おまえの話が、紋様の口からどれほど出てきているか知っているか?」

 

 そう言いながら、ヒュームはわずかに口を吊り上げる。

 

「いえ言わなくて結構です。紋白とどこか行くのも楽しそうですし、引き受けましょう。ヒュームさんが直々に頼まれるなんて初めてですから、弟子として少し嬉しいですね」

 

「調子に乗っておまえがミスをすればわかっているな?」

 

 戒めのためか、ヒュームから凛に向けて闘気が叩きつけられた。それに、彼は真剣な表情で答える。

 

「わかっています。それに、そんなつまらないことで紋白に何かあれば、俺が自分を許しません」

 

「おまえはただ傍にいればいい。それ以外は自由にしていろ。護衛代はきちんと払ってやる」

 

「お金なんかいりません……なんて言いません。ありがたくいただきます」

 

 凛はヒュームに軽く頭を下げた。それにヒュームはひとつ頷くと、そのままグラウンドで決闘を行っている一組を見やり、そこから凛、大和と紋白へと視線を移していく。

 

「この学園は赤子に活気があっていい。俺が堅すぎるのかもしれんな」

 

「? ……みんな元気いっぱいですからね」

 

 話し終えたヒュームは黙って先に紋白の元へと向かい、凛もそれに続く。

 そして、2人は紋白と大和が握手をしているところで戻ってきた。その途中、彼女に迫っていたハチ2匹をそれぞれ1匹ずつ音もなく葬り、凛は彼らの会話に参加し、ヒュームは彼女の後ろにつく。

 

「紋白の方は何かいい結果になったみたいだな」

 

「凛のほうも話は済んだのか? ちょうど我の方も人材勧誘の契約が完了したところだ」

 

 紋白が胸を張る隣で、大和が自信ありげに頷く。

 

「人材紹介なら俺の力を生かせるからな」

 

「それはよかった。人材勧誘か……なかなかおもしろそうだから、俺も付いて行っていいか? 人を見る目も養っておきたいしな」

 

「おお、凛は確か精進の途中だったな。我は構わないが、直江のほうはどうだ?」

 

 凛の発言に、少し嬉しそうにする紋白は大和の方に顔を向ける。

 

「俺も構わないよ。紋様と2人きりなのは魅力的だけど、緊張もしそうだからな」

 

「なら決まりだな。どんな人材が紹介されるのか楽しみだな紋白」

 

「うむ。学園の人材を九鬼が丸ごと抱え込んでくれるわ! ……日も落ちてきた。そろそろ帰ろうか」

 

 出口を目指し歩き出した紋白に、大和が問いかける。

 

「紋様は平日帰ったら、何をしているの?」

 

「フハハ。一通りこなすためには色々と努力せねばな。ではさらばだ。凛、直江」

 

 振り向いた紋白は大和の質問にもあっけらかんと答え、トコトコと歩いていった。彼女の背中に凛が一言声をかける。

 

「気をつけて帰るんだぞ。途中で転ぶな」

 

「我をなんだと思っておるのだ凛! 自分の心配をしておけい」

 

 紋白は凛の軽口に笑顔で返すと、そのまま屋上から姿を消した。それを見届けたあと、大和が彼をまじまじと見つめる。

 

「凛って何気にすごいな。紋様にもあの護衛がいる前で、軽口たたけるんだから」

 

「俺のことを見直した? と言っても調子乗りすぎると、きっと九鬼家に伝わるオシオキされると思う」

 

「九鬼家にはそんなものまであるのか!?」

 

 大和がギョッとして、凛の次の言葉を待った。

 

「いや知らんけど」

 

「冗談か! 何があってもおかしくないから、普通に信じたわ」

 

「さぁさぁ俺らも帰ろう。大和も俺も忙しくなりそうだし」

 

 凛は大和の肩を一つ叩いて、先に歩き出した。それに遅れないよう、彼も小走りで隣に並ぶ。

 

「そういえば、凛のほうは何の話だったんだ?」

 

「大した話ではないよ。ヒュームさんは俺の幼い頃からの知り合いなんだ」

 

「えっ! だから、あの人を前にしても緊張しなかったのか。……いや俺なら知り合いでも緊張しそうだ」

 

 大和はヒュームとサシで会話をする場面を思い浮かべ、それを打ち消すかのように首を横にふった。その隣で凛が笑い出す。

 

「威圧感があるからなぁヒュームさんは。大和は結構ヒュームさんに評価されてるみたいだぞ」

 

「でも歓迎会のとき、そこそこマシな赤子って言われたぞ」

 

「それはヒュームさんなりの褒め言葉だよ。マシなって言ってるだろ?」

 

「あれで褒められてるのか。全然わからんかった」

 

「だろうな。でもヒュームさんは辛口だから、誇ってもいいと思うぞ」

 

 凛はそう言って大和の背中を叩いた。彼らが教室に戻ると、待っていてくれたファミリーと一緒に下校する。帰りの話題はもちろん紋白に呼び出された件だった。

 そして日付が変われば、また授業があるわけで――。

 

「――――であるな。とはいえ、みなも同じ内容では飽きるであろ? 涙を飲んで、平安末期も触れてやるゆえ感謝せよ」

 

 今もまた、麻呂の授業で歴史という名の平安専門の勉強だった。彼の口から発せられる単語によって、睡魔との闘いを強いられる一子。それを目ざとく見つけた彼からの質問が飛び、大和が手助けして切り抜けるという一幕もあった。

 そして昼休み。凛は、食堂で大和と翔一、義経、弁慶とともにお昼をとっていた。彼らは、食堂で鉢合わせるとよく相席で食べており、今回もそうなったのだった。

 義経は、焼きそばを前に手を合わせて箸をとる。香ばしい香りが5人の鼻をくすぐった。

 

「今日は焼きそばを頼んでみたぞ。おいしそうだな」

 

 義経の真正面に座った凛が相槌をうつ。

 

「焼きそばってシンプルなのに美味いよな。それに、ソースの匂いがまた食欲をそそる」

 

「だな。というか凛は丼物とラーメン。相変わらず食欲すごいな」

 

 その隣でつき見ウドンを食べる大和は、凛の食事のボリュームに驚いていた。

 そして、いざ焼きそばに箸を入れようとした義経だが、後ろに人の気配を感じ振り向く。

 そこには、カップ納豆を手にした笑顔の納豆小町。燕は義経が食べようとすると、どこからともなく現れては、納豆を無料でかけていくという行為をすでに何度も行っており、彼女の中での要注意人物になっていた。

 

「やほ。やきそばにも納豆はあいますよん」

 

「燕姉、何してんの?」

 

 凛も答えは分かりきっていたが、一応質問する。

 

「納豆の宣伝だよ。凛ちゃんもいかが?」

 

「俺の今食べてるものは絶対合わないから遠慮する。かけてもいいけど、口に合わなかったら燕姉に責任もって全部食べてもらうから。逃がさないからね」

 

「凛ちゃんは厳しいなー。ということで、義経ちゃんはいかが?」

 

 凛の鋭い目つきに、燕は標的を元に戻す。義経は警戒レベルをマックスに引き上げ、焼きそばを手で守っていた。

 

「そ、それは美味しそうだが……遠慮しておく」

 

「そっか。じゃあ無理強いはしないよ。また今度食べてね。まぁその今度は意外と早く訪れるけど……」

 

「あ、ありがとう」

 

 義経は、燕があっさりと身を引いたことにひっかかりを覚えながらも、笑顔でお礼を言った。そして、同時に警戒レベルも下げる。

 しかし、凛と弁慶は見逃さなかった。燕が義経の微笑んだ隙をついて、手にもったカップ納豆の蓋を外し、かき混ぜ、無防備になった焼きそばにかけられる瞬間を。その速度は、この2人をもってしても声をかける暇さえ与えなかった。

 弁慶が、安堵している義経に現実を教える。

 

「かけられてる。義経もうかけられてるよ」

 

 大和と翔一もその一言で、それに気づいたようだった。凛は、自分の食事を進めながら感心する。

 

「なんていう早業。一体どれほどの鍛錬を積めば、あの領域に達せられるのだ。俺でも目で追うのがやっとだった」

 

「義経の焼きそばが納豆やきそばに。……あっでも美味しい。まろやかな味になってる」

 

 しかし、義経は納豆やきそばを案外気に入ったようだった。その様子を盗み見ていた燕は、納豆調教が確実に進んでいることに一人ほくそ笑んでいた。

 翔一がカツ丼を食べながら、そんな義経に話しかける。

 

「その組み合わせ美味いっていうよな。よかったじゃん」

 

「納豆もいろんな物に合うんだな。世の中、奥が深い」

 

「納豆で世の中を知る、か……ピロリン義経は知力が1上がった」

 

 凛がそれに茶々をいれた。それを気にすることなく、義経が大和に話をふる。

 

「そういえば直江君たちは、今日紋白とおもしろいことをするそうだな」

 

「あれ? なんで義経が人材紹介のこと知ってるんだ?」

 

「人材紹介だったのか。紋白が何やらご機嫌だったから、理由を尋ねたんだが『直江らとちょっとな』とはぐらかされたんだ。だから本人たちに直接あたってみた」

 

「っく。謀られた!」

 

「ピロリン義経は謀略が3上がった」

 

 大和と義経の会話に、凛がまた茶々を入れた。そこでようやく彼女の突っ込みが入る。

 

「凛! なんで知力より謀略の方が数値高いんだ!?」

 

「いや、義経の謀略の数値はまだ5だから。ちなみに一般高校生の平均で100」

 

「そんな!? 義経はクローンでみんなの手本となるべき存在なのに。どうしよう弁慶」

 

「全く我が主を謀るとは、凛……もっとやったげて」

 

 弁慶は口を開いたと思ったら凛を煽る。その手には川神水。義経は彼女の言葉を聞いて安心するも、後半の部分が気になったらしい。

 

「嘘なのか? よかった。それより弁慶、もっとやれとはどういうことだ!?」

 

 凛が真剣な表情でその問いに答える。

 

「義経、弁慶はこう言いたいんだ。さらなる試練を乗り越え、大きくなれとな」

 

「弁慶……」

 

 義経は凛の言葉を噛み締め、感動していた。

 可愛い。凛と弁慶は、そんな義経を見て同じことを思う。彼らは互いに目が合うと、何を考えているかわかったようで、穏やかな笑みを浮かべ頷きあった。

 昼休みは終わり、放課後は大和の人材紹介が始まる。

 


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