真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『凛と燕の休日』

 目的地へ向かうタクシーの中でも、2人の会話は続く。

 

「そういや、大和とも先週遊びに行ったんだって?」

 

「イエース。大扇島の案内をお願いしたんだよん。なんで知ってるの?」

 

「大和が、砂浜に築城された立派な城を携帯で見せてくれた」

 

「あれね。どうだった? 私的には、天守閣のディティールをもうちょいやっておきたかった、と後悔したんだけど」

 

「いやいや十分すぎるだろ? むしろ褒めてやりたいぐらいの出来映えだった」

 

「褒めてもいいのよ?」

 

 頭をズイと出してくる燕。凛はそれに手を伸ばそうとするが、途中で動きを止め、代わりに口を動かす。

 

「いや燕姉、人に頭触られるの嫌って言ってたでしょ?」

 

「あれ? 覚えてたんだ? 昔に言ったことなのに、覚えててくれるとは嬉しいね。やっぱり今日はちょっとテンションあがってるのかも。だから、こんなチャンス2度とないかもよ」

 

 そして再度、頭をズイと出してくる燕。それに、凛は抑揚のない声で褒めながら撫でてやる。

 

「わー嬉しいなー。よーしよし」

 

「言葉は棒読みなのに、撫でる手は優しい。むむむ」

 

 うなる燕から手を離して、凛は次の話題をふる。タクシーは4車線の道路から横道に入って、住宅街を通り始めた。そして、車の騒音はどんどん遠ざかり、徐行するタクシーの音のみになる。

 

「それと小町ブログのアクセスもグンと伸びてたな。俺も覗いたけど、そのときすでにコメントが4000くらい……とにかく、すごい数あってびっくりした」

 

「だよね。私もちょっと驚いたよ。もちろん嬉しかったけどね。……でも作ることで言えば、義経ちゃんたちの歓迎会のケーキでしょ」

 

 燕は自分の携帯をいじると、画像を表示させて凛に見せる。そこにはいつかの義経人形たちがいた。携帯を引っ込めた彼女は、言葉を続ける。

 

「凛ちゃんのお菓子作りこそ褒められるべきだね」

 

「褒めてもいいぞ」

 

 お返しと言わんばかりに、頭を差し出す凛。そして、燕の手がその頭へと伸びる。

 

「あの……燕姉? 今度はつむじをいじるのとか止めてもらえます?」

 

「凛ちゃんって、つむじ右巻きなんだね。知らなかった」

 

 言っても聞かない燕に、凛は頭を強引にあげる。あげる瞬間も、彼女は人差し指一本でそれを阻止しようと粘るが、不可能もいいところだった。要は、いつものじゃれあいである。その後10分ほど走ったタクシーが停車し、運転手が到着したことを知らせてきた。そして、2人はお金を払って、タクシーから降りる。

 門前からは、広場をはさんで目的の建物が見えた。壁は赤茶のタイル、屋根は薄緑色で日本ではあまり見ない急勾配もの、そして2本の煙突がついている。

 門を先に通り抜けた燕が、感想を口にする。

 

「西洋風の建物が可愛いね」

 

「静かな所でいい……って美術館はその横だな」

 

 2人が洋館に近づくと、案内図で洋館の横に建てられた長方形の建物が、今回の目的の品を展示してある場所と示されている。

 そこを目指す傍らには、梅雨の時期ということもあり、青や紫のアジサイが花を咲かせ、来訪者の目を楽しませた。そして洋館と美術館の周りは、建物を取り囲むようにしてイチョウの木や季節を過ぎた桜の木などが林立しており、その葉は青々と茂っている。それは、秋になると落葉で黄色い絨毯ができるだろうと容易に想像することができた。

 ついでに周りを少し散策した2人は、美術館の中へと入っていった。入場料を払い通路を進むと、静けさとともに数々の展示物が目に入ってくる。客層は凛たちよりも2回りあるいは、もう1回りほど歳を重ねた人が多いようだった。

 そして今回の目的である陶磁器を前に、燕がうっとりとした表情で見入る。

 

「見てよ凛ちゃん……破片から修復したとは思えない。質感とかも見事だわ。うーんいい!」

 

 その隣で、凛は展示物の周りをぐるりと1周し、ドヤ顔で燕に話しかける。

 

「これすごいな。始めからこれだったって言われても、俺は気づけない自信がある」

 

 それにジト目を送る燕。

 

「威張れることじゃないでしょ」

 

「すいません。――――」

 

 2人は小声で会話をしながら、国宝にあたる陶磁器や掛け軸、屏風なども見て回った。そして、しっかり堪能した2人は美術館をあとにする。

 

「いやーなかなか勉強になった」

 

「凛ちゃん本当に勉強になった?」

 

「な、なったよ……なんだその目は!?」

 

「いややっぱ、こればっかりはダメかなぁって」

 

 美術館をあとにした2人は、休憩をとるためにカフェでお茶をすることになった。静かな店内は、客もまばらで落ち着ける雰囲気があり、レトロなインテリアでまとめられている。温かみのある木のテーブルには、夜に灯すためのキャンドルと2人が頼んだアイスティー、チーズケーキとモンブラン。木枠で仕切られた窓からは、イチョウの木とアジサイを見ることができた。

 

「まぁそれは置いとこう。燕姉は学校にはもう慣れた?」

 

「逃げたな……まぁいいけど。川神学園はおもしろいよね。同期に気が合う友達ができたし、年下の後輩は可愛いし、弟もいるしね」

 

「モモ先輩とは、特に仲良くなったみたいだね。校内放送でも納豆宣伝してたくらいだし」

 

「あれは嬉しかったね。そのあと、たくさんの購買者が現れてくれたから」

 

 燕がニヤリとしながら、OKサインをひっくり返してお金を形作る。そんな彼女に凛はため息を一つ。

 

「別に悪いことしてるんじゃないから構わないけど、露骨にそういうとこ見せないでいいから。川神院の合同稽古とかはどうだった?」

 

「結構きつかったよー。ああ見えて、ルー師範代はかなりスパルタだったから。朝の稽古を終えてからの授業なんか、睡魔との激しい闘いだったね。まぁ私が勝ったけど」

 

 そう言うと、燕は自分の目の前にあるモンブランにフォークを突き刺した。納豆をかけなかったのは、すでに試したことがあったからである。そのときの実験体は、目の前の人物。

 

「ルー先生って見かけによらないんだよね。俺も結構しぼってもらったし」

 

「凛ちゃんは、2人と手合わせしたんだよね? ぜひ感想をきかせてほしいな」

 

 燕の質問に、凛はケーキを食べることをやめ、少し思い出しながら話し出す。

 

「モモ先輩は、やっぱ力技で圧倒するって感じだったな。バランスはいいのに――――」

 

 凛の頭の中には、百代の姿が現れ、最初の一撃から動きが再現される。彼は、彼女との対決で思ったことを燕に伝えることで、自分自身も彼女の戦い方を再確認することができた。

 燕は、それを笑顔のまま黙って聞いていた。時折、彼女の相槌が入るのを除けば、凛の声だけが室内に響く。彼も戦闘のことについて話すと、つい夢中になってしまうようだった。ふいに、古い置時計が音を鳴らしたことで、少し喋りすぎたと気づく。2人の飲み物も空になっていた。

 

「ごめん。なんか夢中になってた。改めて、人に話すと考えが整理できてよかった」

 

 そう言う凛の表情には、若干テレがあった。そんな彼に、燕は優しく微笑む。

 

「全然いいよん。感想を求めたのは私なんだし……そろそろ出る?」

 

 燕はバッグを持って立ち上がろうとするが、そこで凛が声をかける。その声には、いつもの明るい様子はなく、真剣さを感じさせた。

 

「燕姉、あんまり無茶しないようにね」

 

「無茶なんかしてないよ。そんな風に見えたかな? ……急にどうしたの?」

 

 燕は凛の言葉に座りなおして、首をかしげる。外は、いつのまにか雲が太陽を隠し、しとしとと雨が降り始めていた。

 

「いやすごく楽しそうにしてると思う。ただ、ちょっと昔のこと思い出したから。ほら、昔将来の夢を教えあったとき、松永の名を有名にすることが私の野心なんだって、俺に話してくれたことあったよね? そのときはお互い頑張ろうって笑ってたけど、あるときを境に、燕姉はあらゆる手段を尽くして、それを成し遂げようとするようになったでしょ。ピンと張り詰めた雰囲気漂わせて――」

 

 ――――今思えば、そのときがちょうど久信さんの別居騒動と重なりそうなんだけど。

 

「それで対外試合もドンドン組んで、その結果、西では公式戦無敗ってことで名を馳せるようになった。納豆小町としても有名になったしね。で次は、3年のこの時期に東の川神に転入……久信さんの仕事で一緒にってのは聞いたけど、ここには名を一気に世界まで広げるチャンスが眠ってる……」

 

「モモチャンのことかな?」

 

「うん。武神であるモモ先輩を倒すことができれば、今までとは比べ物にならない名声が手に入る。その代わり、モモ先輩を倒すのは一筋縄ではいかない。その実力は皆が知ってる通りだ」

 

「だから手段を選ばず、私がモモチャンを倒しにいくかもしれないと?」

 

 凛は燕の言葉に頷きで返し、さらに言葉を続ける。彼女は、新たに注いでもらったグラスをユラユラさせた。雨脚の強まった雨は、窓を軽く打ちつける。

 

「勝負の世界でなら、あんまりにも卑劣なものでなければ、多様な手段で勝ちを拾いにいくのは、一向に構わないと思う。サッカーとかでもさ、マリーシアって言って駆け引きをして試合を有利に運ぶテクニックがあるくらいだからね。俺も武闘家として、燕姉の勝つべくして勝つって姿勢は見習うものの一つだと思ってる」

 

 凛はそこで一呼吸置いた。

 

「でも、高1の終わりだったかな……偶然、燕姉の高校の人達が話しているのを聞いたんだ。松永燕は計算ずくで相手を倒す、腹黒い奴だってね。まぁ見方が変わればそんなものかと思いつつ、そいつらにムカッときて一言言ってやろうとしたとこで、友達に止められたんだけど。そのあと考えた。例えば……情報収集のために、対戦相手やそれに近しい他人を利用したりでもすれば、試合には勝てても、その利用された本人との間にシコリが残るし、最悪喧嘩別れもあるんだろうなと。燕姉は案外優しい人だから……」

 

「案外ってのは余計でしょ」

 

 立ち上がった燕が、凛の頭にチョップをいれる。彼はそれに苦笑して、一言謝罪をはさみ続ける。

 

「優しい人だから……その狭間で悩んだりするんじゃないかと思ったんだ。勝ちたい。でもそのためには、手段を選ばず勝てる状況を作る必要がある。もしこの状況に陥っても、燕姉は悩んだ末に、その手段しかなければ選ぶと思う。こうと決めたら、それを貫く人だから。それがモモ先輩にもあてはまるんじゃないか……まぁ全ては俺の憶測なんだよね。引越しだって偶然の可能性の方が高いし。でもいい機会だったから話しておきたいと思って」

 

「それは……もしその手段をとるなら、やめさせたかったから?」

 

 燕は真っ直ぐに凛を見た。その彼は首を横にふる。そして少し考えたあと、慎重に言葉を選んで喋りだした。

 

「さっきも言った通り、俺が言ったところで燕姉がやめるとは思ってない。ただ……うーん……やっぱ心配だったからかな? 楽しそうに学園生活を送ってるからこそ、それを失ってしまう可能性がある手段を燕姉がとったりしたらって考えるとね。楽しそうに笑ってるのが似合ってるから」

 

「凛ちゃんに口説かれてる?」

 

 可愛らしく小首をかしげる燕に、凛は一つ息を吐く。

 

「まぁとにかく、覚悟してるだろうからやってもいいけど、心配してる人もいるって話……かな。フォローできるならしたいし。あと! 突拍子もないことしないように。燕姉は今まで失敗らしい失敗したことないから、いつか調子のって、とんでもないことやるかもしれないし」

 

「私は調子にのったりしないよ。凛ちゃんじゃないんだから……」

 

「俺がお調子者なのは、いまは横に置いておこう……燕姉が思慮深いのは知ってる。でも、やっぱり成功が積み重ねられると、自信になってそれが過信に変わることもあるでしょ。俺にも言えるだろうけど。うーん……こればっかりは痛い目みないとわからないかなー」

 

「凛ちゃんは実際に体験したみたいな言い草だね」

 

 燕は興味があるのか、凛を見る目がキラリと光る。彼はこめかみの辺りを2,3度かき、少し口ごもった。

 

「昔に話したでしょ。俺が初めて負けたときのこと。あれ……詳しく話さなかったけど、……あーその、10連敗したんだよ」

 

「えっ凛ちゃんが10回も連続で負けたの!? ……初耳。……ははーん、だから詳しいこと話してくれなかったのね。男の子だから、プライドもあってそこまでは言えなかったわけだ」

 

 中学のときから凛を見てきた燕は、彼の負ける姿も想像するのが難しかった。さらに、1度ではなく10度に渡る戦いで負ける――彼が負けず嫌いなのは、彼女もよく知っていたため、そのときの悔しさは大変なものだったろうと考える。

 

「そのときはまさに天狗状態だったわけ。何しろ同期だけでなく、1回り年の離れた奴にも負けることはなかったから。調子に乗るなとよく言われたんだけど、全然わからなかった。それでそのときはきた」

 

 テーブルの上で組んでいた凛の手に、知らず力が入る。それに気づいた彼は、手の力を抜いて深呼吸をする。

 

「衝撃だったよ。背格好もほとんど同じ女の子に負かされたとき、俺はほとんど放心していたと思う。声をかけられるまで、自分がなんで倒れてるのか理解できなかったから。んで、毎日挑みに行ったんだけど、負けを重ねるだけになった」

 

「その女の子の才は、恐ろしい物があるね。今も武道を続けてるとしたら、どれだけ強くなってることやら……それで天狗の鼻は折れて、今の凛ちゃんがいるわけだ」

 

「俺の痛い目はプライドをへし折られることだったけど、燕姉の痛い目が同じとは限らないから、できれば心の片隅にでも置いといてもらえると嬉しいね。もちろん、俺もきをつける! なんか変なことも言っちゃったかもしれないけど、俺の言いたいことは以上! ……雨やんだみたいだし、帰ろうか」

 

 降っていた雨もいつの間にか上がり、雲の隙間から太陽の光がこぼれていた。会計をさっさとすませた凛は、先にカフェを出て行き、窓から見える風景が一枚の絵のように見えた燕が、少し遅れて追いかける。彼は入り口をでてすぐのところに立っていた。

 

「そうそう。話が少し戻るけど、もし燕姉がモモ先輩に挑むつもりなら、2敗目を食らわせるためになる。なぜなら、無敗にドロをつけるのは俺だから」

 

「凛ちゃんとモモちゃんの戦いは、きっとおもしろいものになるだろうね。でもモモちゃん相手なら、逆に1敗をもらわないように気をつけないと」

 

「モモ先輩、本当でたらめだからな。気をつけます」

 

 百代の凄さを知る2人は、そこで声を出して笑いあった。

 雨上がり特有の香りの中、2人はタクシーが拾える場所まで歩く。雨露に濡れた道路は、太陽の光でキラキラと光り、所々にできた水溜りは、空の青さを映し出していた。

 そして、タクシーを拾って乗り込むとき、燕は先に乗り込む凛の頭をさらりと撫でる。突然の行動に「なに?」と尋ねる彼に、彼女は笑顔のままとぼけるだけだった。

 


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