真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『水上体育祭1』

 天気は雲ひとつない快晴。気温は26度。心配されていた雨も金曜の午後にはあがり、海ではしゃぐには申し分ないものとなった。浜辺には、集合の合図がかかるまでの間、それぞれ水着に着替えた生徒たちが騒いでいる。そう、今日は学園の一大行事のひとつ。

 

「「水・上・体・育・祭!!」」

 

 岳人と準が声を揃えて、力の限り叫んだ。その声も青空が吸い込んでいったように思える。

 そこから、「うおぉ」とさらにテンションあげる岳人と「紋様―」と恥ずかしげもなく叫ぶ準に、凛が声をかける。

 

「いやわかったから、そろそろ静かにしろ」

 

 女生徒からの視線が痛く、誰も止めようとしなかったので、仕方なく近くにいた凛が止めに入ったのだった。準が叫ぶのを止めて彼を見る。

 

「むっ……いやすまん。紋様の水着姿をこの目で拝めると思うとな。こう、欲望を抑えきることができなかった」

 

「せめて言葉をオブラートに包んでくれ。欲望とかやめろ」

 

「純粋な気持ちなんだ。何を隠す必要がある? ただ紋様の水着姿をじっくりながぁぁ!?」

 

 準は全てを言い切る前に、あずみに沈められた。そんな彼女もしっかり学校指定の水着を着用している。そして、彼女は横たわった彼を袋に詰め込んでいった。

 

「うちのロリコンが迷惑かけたな。これはこっちで引き取るから戻っていいぞ」

 

「あ、はい。ありがとうございます。それと一つだけ……可燃物と書かれた袋に入れるのは、勘弁してあげてください」

 

 凛は去り際にそう言うも、あずみはニヤリと笑うだけで、それをひきずってS組に戻っていった。顔だけを覗かせた白目の準は、ホラー映画を見ているような恐怖を感じさせる。それを見た女生徒だけでなく、男子生徒も悲鳴をあげていた。

 ――――S組には冬馬も小雪もいるから大丈夫だよな。……大丈夫だよな?

 あずみの後ろ姿とそれを見送り、凛はF組の集まっているところに向かう。騒いでいた岳人はどうやらそちらで静かになったようだ。それを不思議に思っていた彼だったが、戻ってみて納得した。

 

「ほーら大和。お姉ちゃんの水着姿だぞー。よーく見ておけ」

 

 大和の目の前で、百代が腰に手をあてポーズをとっており、鼻の下を伸ばした岳人はそれを一生懸命見ていたというわけだ。しかし、それは彼だけではなく、学園の男たちの大半が水着姿の女子を見るのに忙しいそうだった。卓也ですら、チラチラとその姿を目に収めているのだから、女子以外が彼を責めることはできない。

 そして、百代は凛の姿を見つけて近寄ってくる。

 

「どうだ凛。私の水着姿は?」

 

 百代のスタイルは、学園でもトップクラスいや1番と言っても過言ではない。彼女もそれがわかっているのか、凛の目の前で少し悩ましげなポーズをとり、反応を楽しんでいるようだった。

 

「いやモモ先輩、そういうポーズはマジでやめて。素晴らしいからこそ、男子には危険だから」

 

 凛にいつものからかう様子はなく、割と本気で言っていた。それを鋭く見抜いた百代は遠慮なく彼に抱きつく。その顔は満面の笑顔だった。

 

「どうしたんだよー。凛らしくないじゃないか。もしかして私の水着姿にクラッときちゃったかニャン?」

 

「もしかしてなくてもそうだから! ちょ、嬉しいけどダメだ! モモ先輩離れて! じゃないと弁当あげない!」

 

「ふふん。仕方ないな。このくらいで勘弁しといてやるか」

 

 凛の反応に十分満足いったのか、百代は彼を解放し言葉を続ける。彼はそれに本気で安心したようで、少し距離をとって大きく息を吐いた。

 

「それよりちゃんと弁当作ってきてくれたんだな」

 

「俺が嘘つくとでも? モモ先輩こそ、おにぎりちゃんと作ってきてくれましか?」

 

「私も料理をしようと思えばできるんだ。まかせろ」

 

 豊満な胸を張りながら、百代がドヤ顔をする。彼らが言った弁当とおにぎりとは、週の初日に起きた「忌まわしきブラックホール事件」の和解でだされた条件だった。弁当を作るだけで、吸い込まれることから逃れられるのなら安いものだと、凛は彼女の出した条件をのんだのである。しかし、自分だけ作るのも微妙に思った彼は、せめておにぎりは――と彼女に頼んで今に至る。

 

「さぁて、私も綺麗なねーちゃんたちをじっくり視姦するか」

 

「モモ先輩もせめて言葉を何かに包みなさい」

 

「ん? なんか言ったか? ほら凛も行くぞ!」

 

「いや気にしないで。それよりお供します!」

 

 百代が嬉しそうに歩き出し、その後を遅れずついていく凛だった。

 まずは2-Fのファミリーたちのところへ戻る。

 

「うん満足だ。バラエティ豊かで申し分ない」

 

「だからってファミリーの女子全員に抱擁する必要あったのか?」

 

 続いて、2-Sの集まる場所へ。金色の褌一丁の英雄や、迷彩柄のビキニを身に付けたマルギッテなど他のクラスとは一線を画すSクラス。しかし、百代の狙う獲物は別にいた。

 

「弁慶はさすが私に張り合うだけはあるな。義経ちゃんも何気にスタイルいいんだよなー」

 

 百代にも負けないプロポーションをもつ弁慶は、当然男子の注目の的となっていた。本人はあまり気にしていないのか、相変わらず川神水を飲んでいる。その隣で注意する義経も、義経と胸元に書かれた水着を着ていた。

 凛がそれを見てポツリと呟く。

 

「げんじの水着って防御力とか耐久度が高い、優れた防具みたいだな」

 

「どれくらいの性能か試してみるか?」

 

「やめなさい」

 

 見るだけでは我慢できなくなったのか、百代が2人に接触しようとするのを凛が何とか制止する。

 次に3-Fのところへ。

 

「燕はこの距離でも普通に気づくな。まぁいいか。同じクラスだからあとで存分に見てやる」

 

 弓子と会話していた燕は、百代と凛に気づいて手を振ってきた。彼女もこうなることがわかっていたのか、潔く身をひく。

 その隣では、凛が手を合わせて拝んでいた。

 

「これは俺も予想できた。そして、お姉様方ありがとうございます」

 

「何に対してのお礼だ?」

 

「今日まで育ってくれたこと」

 

 もう残り時間がわずかになり、最後となる3-S。このクラスで狙う人など一人しかいない。

 百代は素早く目を左右に走らせる。そして、遂に目標を発見するのだが、それは期待を裏切る格好をしていた。

 

「なぁんだよー。清楚ちゃん水着じゃないのかよー。どういうことなんだよー?」

 

 その場で地団駄を踏む百代。その衝撃は隣にいる凛の足にも響いているくらいだから、余程悔しかったのだろう。その彼から情報がもたらされる。

 

「大和情報によると、現在も成長中でサイズが合わなかったらしい。追加情報として、九鬼家が今代わりを用意しているから、すぐにでも拝めると思うよ」

 

「それが本当ならけしからん! けしからんぞ清楚ちゃん! 私もそれに貢献してくる!」

 

「だからやめなさい。男子たちを鼻血の海に沈めるつもりですか? そろそろ集合時間だし」

 

 凛はぐずる百代をなんとか宥めて、集合場所となっている地点に連れて行く。

 すでに多くの生徒が集合しており、先頭では各クラスの委員長が整列するよう叫んでいたりする。ふと2-Fの先頭に目を向けると、真与の横で準が声を張り上げていた。その姿を見て、少し安心する凛であった。

 そして、遂に水上体育祭が始まる。即席で作られた壇上の上には、鉄心が立っており、朝礼のときと同じように生徒をぐるりと見渡す。その表情はいつもより明るく見える。

 

「――――と、あんまり長々と話しても退屈じゃろう。それでは……水上体育祭の開催を宣言するぞい。存分に競い合うがよい」

 

 鉄心の声に、皆が歓声をあげて答える。特に男子の声はかなり熱が入っており、歓声はほとんど雄たけびに様変わりしていた。

 

「まずは浮島戦か……」

 

 凛が見つめる先には、プカプカと浮かぶ円形の発砲スチロール。制限時間内にどれだけの人数をのせておけるかを競うために用意されたそれは、全てに色がつけられており、その周りには女子たちが集まっていた。そして、合図とともに海上がキャーキャーと賑やかになる。そのなんとも華やかな光景に男子生徒は釘付けだった。

 凛も御多分に洩れず、その様子をぼーっと見ていた。そこに岳人が声をかけてくる。しかし、その目は彼を視界にいれることなく、海上へと向けられていた。しかも若干血走っている。

 

「学長も男心をわかってるよなぁ。俺様のテンションは最初からクライマックスだぜ! 水に濡れる女たち……川神学園の生徒でよかった」

 

「気持ちはわかる。女神たちが戯れるって感じだな」

 

 凛の言葉に相槌をうったのは、いつの間にか隣に来ていた大和だった。

 

「なんで水に濡れただけで、色っぽく見えるんだろうな。あっワンコ堪え切れずに落ちた……と思ったら、水面から飛び上がって羽黒の上に乗った! 曲芸か!」

 

 そこに、卓也と翔一も加わってくる。

 

「クリスも対抗心燃やしてるね。さすが川神学園……ただでは終わらない」

 

「俺もあれやりたいぞー! なんで男の方にはこの競技がないんだ?」

 

「キャップ……男たちがあんなことやったら、どうなるかわかってないな。悲惨すぎる。誰が得するんだ」

 

 大和が翔一の疑問に答え、想像してしまったのか顔をしかめた。

 凛がその横で思ったことを口にする。

 

「腐女子じゃないか? もしくは男が好きな男子……あっでもこの場合競技にでてるから――」

 

「誰も答えを求めてねぇ! 俺様まで想像しちまったじゃねぇか! うげぇ」

 

 それを聞いた岳人が鬼の形相で凛にツッコミをいれる。しかし、次の瞬間にはもうそのことを忘れたようだった。

 

「おい! Sクラス見てみろ! 弁慶とマルギッテさんがあんなに密着して……ハァハァ」

 

「ありがとうございます」

 

 凛は再度その光景に手を合わせていた。拝み終わった彼が、ふいに周りを見渡して、この光景に一番騒ぎそうな男がいないことに気づく。

 

「なぁ、ヨンパチはどうしたんだ? カメラ取り上げられたから、てっきりこの光景を網膜に焼き付けるためガン見すると思ってたけど、この場にいないな」

 

 大和が海を指差しながら答える。

 

「アイツなら海中だ。なんでも最初からカメラを水中に忍ばせていたらしい。今はシャッター切るのに忙しいんじゃないか? ボンベとかも用意したって意気揚々と潜っていったよ」

 

「アイツの熱意は凄いな。水中カメラやボンベとか高かったろうに」

 

 大和と凛が会話しているうちに、浮島戦は終わった。結果はFクラスが20人中19人を乗せるという記録をたたき出し、他クラスを圧倒した。

 それを見ていたある生徒は言った。

 

「どこかで見たことあったと思ったら、先月見たシルク○ソレイユの公演だ。あれほど洗練されてるわけじゃないけど、それでも見応え十分だった。感動した!」

 

 その後3年生の部も行われたが、2年生の記録が抜かれることはなかった。さらに成長している分、ガクトの興奮度合いが凄かったとだけ記しておく。

 続いての競技は大遠投。ルールは簡単――バレーボールをより遠くに飛ばしたものの勝ちだ。女子の部から始まり、こちらは弁慶がボールを空の彼方へ投げ飛ばし、測定不能という結果で優勝。そのパワーに男子たちが肝をつぶしていた。

 そして、男子の部へ移る。現在のトップはAクラスの星という生徒だった。体に装着していたギプスをはずすと、気合の入った掛け声とともにボールを投げ、それは沖に浮かんでいたブイを大きく超えていった。

 

「ワンコそして羽黒の仇は俺がとる。川神は女子だけじゃないってところを見せないとな」

 

 凛はボールを受け取って、肩を軽く回した。そこに黄色い声援がとんでくる。彼は少しテレながらもその声援に手をあげて応えるが、それが余計に声援に力をいれさせてしまう。その中には、男の声で「早く投げろ!」「投げる瞬間にこけろ!」「おまえごと爆発しろ!」など野次もまじっていた。その声が聞こえたのか、彼が苦笑をもらす。

 

「それじゃあいきます」

 

 凛が一言発すると、声援も一気に静かになった。最初はゆっくりと一歩二歩と進み、徐々にスピードをあげていく。そしてトップスピードになったところで、左足を強く踏み込み、息を吐くとともに右腕を振り抜いた。

 ボールの行方を見ていた生徒の中には、目の前の光景に見覚えがあった。海面と水平に進むそれは、切り裂くような波紋を作りながらスピードを落とすことなく、まるで海の果てにある何かに吸い寄せられるかのようにして、最終的には水平線に消えていった。

 

「おいおい。弁慶に続いて……これ回収なんかできないぞ」

 

 巨人の呆れた声が静かな砂浜に響いた。その直後、また歓声があがる。

 翔一が隣で呆然とする大和へ話しかけた。

 

「昔やった熱血くにえさんを思い出したぞ。大和覚えてないか? ドッジボールでいろんな必殺技があったやつ」

 

「思い出した。キャップの言いたいこともわかる。ボールが楕円形に見えてたしな。世界1周するシュートとか……まさかな……」

 

「まぁあの低さなら建物に当たるだろうから、1周することはないだろ」

 

「そう言うこと言いたいんじゃないけどな」

 

 翔一と大和の見守る先には、笑顔のワンコとハイタッチをかわす凛の姿があった。その後、羽黒からは熱烈なキスをされそうになり、全力で断るところも目撃される。


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