真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『水上体育祭3』

 十分な昼休憩をはさんで、午後の部。最初の競技は船渡りアスレチックだった。沖合いでは、用意された船がまた一艘並べられていく。まだ、昼の空気が抜けていないのか、生徒たちは少しのんびりしながら、競技への参加者に声援を送っていた。

 凛も彼らと同じように、知り合いの参加者へエールを送り、その中に義経の姿を見つける。

 

「義経なら、八艘跳びの再現でもしてくれそうだな」

 

「ありえるな。あっ! まゆっちもでるみたいだぞ。頑張れー!」

 

 大和の応援に気づいた由紀江は、ぺこりと一礼を返してきた。

 そこに、2人の後ろから義経への応援がとぶ。ただし、その声は前にいる彼らにしか聞こえない音量だった。

 

「主のいいトコ見てみたい~♪」

 

 すかさず、凛が振り向く。

 

「弁慶……酔ってんのか?」

 

「失敬な! 今日は一滴も川神水を飲んでいない。この後の競技が終わったら飲める!」

 

 キリッとした表情を作る弁慶。

 

「今日はっていうか、体育祭始まってからだろ? 開始直前まで飲んでるの見たぞ」

 

 その言葉を聞いて、弁慶が自身の体をギュッと抱きしめた。それによって、彼女の肢体がより強調され、男2人は目のやり場に困る。

 

「まさか……凛のぞk」

 

「公衆の面前で飲んでたのに、なんでそれが覗き……いやあれは覗きになるのか?」

 

 弁慶のノリに大和ものってくる。

 

「凛のぞきは――」

 

「あーもう! 覗き覗き言うな!」

 

「凛のエッチ」

 

 そう言いつつ弁慶は、凛の隣に腰を下ろした。

 凛はため息を一つついて話題を変える。

 

「それはもういい。というか、Sクラスのとこにいなくていいのか?」

 

「クラスの雰囲気見たでしょ? どこで応援しようが、別に文句言われないって。井上もどっか消えてたし」

 

 大和が凛の背中越しに、弁慶へ問いかける。

 

「午前は内部で競って、午後から仕掛けてくるのかと思ってたけど、そうでもないのか?」

 

「それなりにやるって感じみたいだよ。私としては、のんびりできるから嬉しいけど」

 

 凛は準備が整った海面を見たまま、話にまじる。

 

「そういやクリスは、張り合いがないって嘆いてたな」

 

「その代わり、次の競技は私もまぁまぁ頑張るつもり……」

 

 そこで、弁慶は口に手をあて小さく欠伸をした。その様子を見た大和が苦笑をもらす。

 

「それでもまぁまぁか。でも全力でないだけ、ありがたい」

 

 それを聞いた弁慶が、凛の肩に片腕を置いて、大和へ詰め寄る。

 

「大和も次でるんだ?」

 

「ついでに凛もね」

 

「……負けられない戦いがそこにはある」

 

 相変わらず前を見たまま、ジョン・カ○ラの声真似をする凛。というよりも、肩に腕を置かれた状態で動けないでいた。

 

「……20点」

 

 凛の背中にゆっくりと20と書く弁慶。

 

「右に同じく」

 

 それに続いて、同じ数字を書き込む大和。2人の行為に、凛は体を揺すって対抗する。

 

「こそばゆいからやめろ! というか、そんなに似てなかった!? あとそろそろ義経の番だから、弁慶はしっかり応援しろ」

 

「は~い」

 

 弁慶は、なんとも気の抜ける返事をしながら海を見た。

 その後始まった船渡りアスレチックは、本家の意地か、義経が見事な跳躍を見せ、観客をあっと言わせる。それに続く形で、由紀江が高い身体能力を見せつけ、知らず自身の評価をあげる結果となった。

 そして、今回のメインとなる水上格闘戦へとうつる。参加者となる顔ぶれが集まる中、鉄心が壇上へ上った。

 

「さぁて、これよりメインの一つである水上格闘戦を始めるぞい。事前に告知しておったとおり、ここで一つルール追加じゃ――」

 

 そう告げる鉄心の前にブルーとピンクの箱が用意される。ブルーは男子用、ピンクは女子用だった。

 追加ルールの内容――まず箱の中にはそれぞれ、体の一部を表した漢字の紙が入っており、これを全員に引いてもらう。そして、その漢字の表す部分に手のひらサイズのシール(九鬼家で開発)を貼る。このシールは、伸縮自在で激しい動きをとっても剥がれないもので、表面は人肌が触れると、変色するようになっている。よって、これに触れられ変色すれば脱落ということである。部分タッチの鬼ごっごに近いものだった。

 

「――加えて言っておくが、あんまりはしゃぎすぎて、おいたをせんようにのぅ。審判にはワシら川神院、さらに九鬼の従者にも手伝ってもらう。偶然を装って……などとも考えるでないぞ。そんな羨ま、もとい、けしからんことをするような子には川神院と九鬼家から、“すぺしゃる”なお仕置きを加えちゃうぞい」

 

 笑みを絶やさない鉄心ではあったが、その笑みに男子たちは言い表せない寒気を感じる。それは凛の隣にいたやる気満々の岳人も例外ではなく――。

 

「ガクト。そういうことだがら、気をつけるんだぞ」

 

「ばッ!? んなことやるわきゃねぇだろ! 俺様最初から、これっぽっちも考えたことなかったわ。全く学長も心配しすぎだぜ」

 

「そうか……ならとりあえず、その溢れそうな涙をしまえ」

 

 かくして、水上格闘戦は幕を開ける。

 

 

 ◇

 

 

「よっしゃーーお前ら! ここからはLOVE川神のパーソナリティ……井上準が仕切らせてもらう! 予選では不運にもモモ先輩とのグループに分けられちまったが、今はもうそんなことどうだっていい! いや、むしろ感謝する! そして、お隣の席についておられるのは……荒野に咲く穢れなき一輪の花、地上に舞い降りた女神――そう! 我らが紋様ァァ!」

 

「フハハハ。よろしく頼む」

 

 準の叫び声は、マイクを通して砂浜――下手すると街の方まで届くのではないかと言うほどの音量だった。そのあとに、何とも心地よい声が皆の耳をくすぐる。

 テントの張られた実況席では、いくつかのモニターが置かれ、砂浜にはどこぞのスタジアムにあるようなサイズのそれが舞台となる海上を映していた。

 

「続いて……3年生枠から京極先輩に来ていただきました。よろしくお願いします」

 

 先ほどのテンションとは打って変わって、準は礼儀正しく挨拶を交わす。

 

「うむ。こういうことにはあまり慣れていないが、よろしく頼む」

 

「と、まぁ少し異色の組み合わせにて、実況を進めていきます。とりあえず、決勝の準備が整うまでは、予選のハイライトをご覧下さい」

 

 モニターに映った姿に、紋白が口を開く。

 

「……最初は、川神百代か。まさに豪快という言葉がピッタリよな」

 

「予選時のモモ先輩は、右肩に印をつけていたんですが、まさに圧倒的。男子生徒はしぶきをあげながら海へ沈み、女子生徒は壊れ物を扱うかのようなタッチで脱落させていきました。……あれ? なんか男子の扱いひどくね?」

 

 百代の蹴りを食らい、まるで水切りの石のように海面を跳ねる男子生徒たち。彦一が賛辞を送る。

 

「それでも、武神相手に怖れず攻めの姿勢を貫いた生徒たちばかり……さすがだな」

 

「かく言う俺も若干、首の筋がイカレている気がしないでもないですが、続いていきましょう。お次の登場は、今年転入してきたニューフェイスの一人……すでに数多くのファンがついている男の敵――その名は夏目凛!」

 

 ドアップで映される凛の横顔に、女子の黄色い歓声と男子のブーイングがそこかしこで上がった。 準が言葉を続ける。

 

「そしてなんの因果か、予選の相手は全員男! 男たちのモチベーションの高さは凄かった! コイツだけは倒す、そういう意志というか執念のようなものを感じましたが、いかがでしょう紋様?」

 

「うむ。合図と同時に雄たけびを上げながら、玉砕覚悟で向かっていく様は見ものであった」

 

「しかし凛は強かった。流れるように、人と人の間をすり抜けていったかと思うと、全員の印にはくっきりと残った手形! 全員が舞台に残っていながら、凛以外は脱落という初っ端から見せ場を作る憎い男。エレガンテ・クワットロのお一人、京極先輩の後釜に座るのはこの男と言われています……京極先輩、一言いただけますか?」

 

「これからも何かとおもしろいことを起こしてくれ。楽しみにしている」

 

「まさかのエール! さぁさぁそう言っている間に、場面は変わり……続いては、こちらもニューフェイス! 皆も一度は薦められたのではないでしょうか? そう! 納豆小町こと松永燕!」

 

 そこには、カメラ目線でカップ納豆を持つ燕の姿があった。紋白がうなる。

 

「瞬時にカメラを察知して、ポーズを決めるあたり手馴れているというかなんと言うか……。しかし、戦いの方はきっちりとこなしていったな。近づいてきた者は一撃で仕留め、危険な場面は一度もなかった」

 

「終始笑顔を崩さなかった納豆小町。そして最後はやっぱり納豆の宣伝! ……とここで決勝の準備が整ったようなので、残念ですが、続きはLove川神のHPにて配信予定ですので、そちらをご覧下さい。特別ゲストも多数出演しているので、競技の裏側も聞けるかもしれませんよ」

 

「他の競技もそちらで配信される予定らしいので、そちらも見るのだぞ」

 

 紋白の一言で実況は一旦切られた。

 

 

 □

 

 

 砂浜の一箇所には、決勝での配置と印貼り付けのくじ引きが行われていた。その周りには、ファイナリストへ声をかける生徒たちの集団ができている。

 ガヤガヤと賑やかな中心で、凛は前にいた大和の肩を叩く。

 

「大和おめでとう。何とか日記は披露されずにすんだな」

 

「正直相手に恵まれた。姉さんとか凛がいれば、即アウトの可能性が高かったからな」

 

「どうだか。でも、実力者がバラバラになった代わりに、決勝は気の抜けないおもしろいメンバーが残ったよな」

 

 凛は辺りを見渡し、笑みを深くした。

 全員がくじを引き終わり、用意された小船で舞台となる海上を目指す。そのまま一気に、舞台にあがることはせず、どうやら、準の紹介とともにあがることになっているらしい。配置も重要になるこの決勝。名が呼ばれるまでは、自分の位置を知ることはできない。

 全員が自分の名を呼ばれるときを待つ――と言っても重苦しい雰囲気などなく、それぞれが談笑していたり、和やかな様子であった。そこに準の声が木霊する。

 

『んじゃあまぁ、早速1人目の紹介だ! お嬢様に近づくゴミはどんな奴でも狩り尽す! ドイツが誇る猟犬! 2-S! マルギッテ・エーベルバッハァァ!』

 

「お嬢様の仇とらせていただきます」

 

 そのまま指定の位置へと真っ直ぐ向かうマルギッテ。

 

『2人目ェ! その名に恥じぬパワーで勝ち上がった……これが終われば川神水が待っている! 禁断症状は大丈夫か!? 2-S! 武蔵坊弁慶!』

 

「ぬるーっと頑張りますか」

 

 その一言を表すかのように、気負う様子もなく歩いていく弁慶。

 

『どんどんいくぞー! 3人目! 身軽な体で勝利を掴み取るのか!? S組の良心となりつつある優等生! 2-S! 源義経ぇ!』

 

「自分ならできると弁慶が言ってくれた。頑張るぞ!」

 

 舞台に上がる前に、ぺこりとお辞儀をする義経。

 

『さぁてここで大本命のご登場! やはり圧倒的な強さを見せ付けるのか!? もはや言葉は不要! 3-F! 川神百代!』

 

「義経ちゃんが隣か……楽しませてもらうぞ」

 

 小船から大ジャンプで自分の位置へとついた百代。反動で小船が大きく揺れる。

 

『その武神の隣を引いてしまったのは……なんと1年生! しかし! 決勝を掴み取った実力は本物だ! 台風の目となるのか!? 1-C! 黛由紀江!』

 

「あわわ……少し緊張してまいりました」

 

「大丈夫。おらがついてる! ここからまゆっち無双の始まりはじまり☆」

 

 松風と会話を交わしながら、舞台を進む由紀江。その松風が、戦闘中どこにしまわれるのか――誰も知らない。

 

『納豆―納豆はいかがねー。もはや食堂ではお馴染みとなっている! その納豆のように粘り強い戦いを見せてくれるのか!? 3-F! 松永燕!』

 

「納豆は地球が生んだ神秘の食べ物。カップセットはお安くなってるよん。よろしく!」

 

 カメラ目線でウィンクを飛ばし、颯爽と歩いていく燕。

 

『続いても3年生! 正直意外だった奴も多いだろう! 立てば芍薬座れば牡丹……歩く姿は百合の花! 大和撫子を地でいくその正体は謎! 戦う文学少女……3-S! 葉桜清楚―!』

 

「よろしくお願いします」

 

 波で不安定の舞台でも、姿勢を崩さない清楚。3-Sの陣地では、彼女の応援団が声を張り上げていた。

 

『ここでようやく男の登場だぁ! むさ苦しい男の集まった予選を勝ち上がった先は天国なのか!? すでに雄たけびをあげる筋肉マン! 2-F! 島津岳人!』

 

「うおおおお! 俺様はこの場に立つために生まれてきた! 1分でも長くこの場に留まる!」

 

 指定位置に立ち、胸の厚みを強調するサイドチェストのポージングをとる岳人。

 

『遠距離だけではない! 体術だってお手の物! 部長としては簡単に負けられない!? 3-F! 矢場弓子!』

 

「煽るのはよしてほしいで候(うー。あの場の雰囲気で約束OKしたけど、冷静に考えると……。百代と燕には近づかないでおこう)」

 

 静かに合図を待つ弓子。

 

『へいへいへーい。生徒のナンバー1を決める戦いに、私がでないわけにはいかないでしょう! 川神学園を束ねる生徒の長! 変幻自在の攻撃で相手を翻弄! 今日もテンション高いぞ3-F! 南条・M・虎子!』

 

「HAHAHA☆ アイムナンバー1!」

 

 皆の声援に応え、片手を振りながら進む虎子。

 

『ここで1人……電波系少女投入! 言葉遣いに惑わされるな! 類まれなる脚力から繰り出される一撃は必殺! 2-S! 榊原小雪!』

 

「わっほーい。これで頑張れば、ましゅまろいっぱいもらえるんだー」

 

 スキップしながら、自分の位置へとつく小雪。持ち場で決めたバック宙は、まるで重力などないかのようだった。

 

『その隣は島津に続く男2人目……まさかまさかの個人戦に出場! 派手さはなくとも、気づけば決勝! 予選で見せた回避はこの舞台でも通用するのか!? 2-F! 直江大和!』

 

「あとは俺の左隣が誰なのか……」

 

 まだ空いている自分の左を気にする大和。

 

『続いては1年生2人目! 先輩相手でも容赦はしない! ここから始まる下克上!? 紋様に勇姿を見せつけろ! 1-S! 武蔵小杉!』

 

「ここで目立てば、私の名が全国に知れ渡るはず!」

 

 両手でガッツポーズをつくる小杉。

 

『残りもあと数名! おーっと俺が名を呼ぶ前に、生徒から色んな感情ごちゃ混ぜの歓声があがっている! 紹介するから少し落ち着けぃ! カメラさん、フライングは勘弁してください! ……ということで2-F! 夏目凛!』

 

「なんか俺だけ適当じゃないか?」

 

 文句を垂れながらも、体を伸ばして準備を整える凛。

 

『はーい続いては……その名を知らない者はいない! 果ては世界の支配者か!? もはやパーソナルカラーとなっている金を身に付け舞台に立つ! 仁王立ちが最も似合う男! 2-S! 九鬼英雄―!』

 

「フハハハ! 九鬼英雄降臨!」

 

 九鬼と達筆で書かれた褌が風でたなびく。仁王立ちで開始を待つ英雄。

 

『ようやく最後の一人! やはりこの男何かを持っているのか!? 予選では誰一人捕らえることができなかった風! この戦いをも引っ掻き回す存在となるか! 2-F! 風間翔一!』

 

「おおー! なんだよなんだよ。メチャクチャワクワクするなー!」

 

 満面の笑みを浮かべ、空いたスペースに走っていく翔一。

 舞台は出場者が全員揃い、それぞれが顔と印の位置を確認していく。不敵に笑う者もいれば、無垢な笑顔の者もおり、かたい表情を作る者もいれば、いつもと変わらないリラックスしている者もいる――。

 砂浜からは割れんばかりの歓声。その声は、舞台に立つ者たちのテンションをいやが上にもあげていく。

 

『はいはい。出場者も観客も少し落ち着こうぜ。黙ってたってすぐに開始の合図が鳴るんだよ。というか、紋様の開始の合図が聞こえないだろーが!! おまえら静まれ! 黙らっしゃい! 騒ぐ暇があったら録音の準備だ! 俺はできてる! こら! 物を投げてくるな! カツラを投げてきた奴は誰だ!? あとで海の家の裏に来い! ……ふぅ。では紋様よろしくお願いします』

 

『皆威勢が良いな。まぁ我が長々と言う必要もあるまい。……熱い戦いを期待しているぞ、おまえたち! では、いざ尋常に…………はじめぃ!』

 

 海上に、紋白の声が響き渡った。

 


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