真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『水上体育祭4』

 開始の合図がかかると同時に、数名の生徒が一斉に動き出す。

 その中でも一番早かったのが百代だ。楽しみで仕方ないのか、子供のようなはしゃぎっぷりだった。

 

「よしっつねちゃん! 遊びましょ♪」

 

 挨拶代わりに、早速義経のお腹に貼られた印へ右の突きを一つ。

 

「モモ先輩……ッ!」

 

 義経はそれをはたき落とすが、即座に飛んでくる右のそれとは違う重い左の一撃。彼女はきっちりとガードを固めるも、殺しきれない威力によって、弁慶の近くまで弾き飛ばされた。

 

「……主でも、モモ先輩の相手はキツそうだ――」

 

 そう言いつつ、弁慶は2人の戦いに割って入ろうと体を向けるが――。

 

「弁慶。お嬢様の仇はとらせて頂くといったはずです! 人の心配をしてる暇などないと心得なさい!」

 

 マルギッテが一気に距離を詰め、背後から弁慶の右肩にある印目掛けて蹴りを放つ。

 弁慶はそれをしゃんがんで回避し、お返しとばかりに左足を振りぬいた。その蹴りは空をきったが、端から当てる気がなかったのか、落ち着いた様子で義経を一瞥し、一旦距離をとったマルギッテへと目線を移す。その間に、彼女は百代から逃げることなく、一直線に走り出していた。

 

「マルギッテかぁ。あわよくば、風間のほうにでも行ってくれるかと期待したんだけどね」

 

「転入時の勝負の借りも返しておきたい。私と戦いなさい!」

 

「私も簡単にやられるわけにはいかないから……」

 

 弁慶は待ちの姿勢を保ち、マルギッテを正面から見据えた。

 その他にも翔一と英雄、小雪と虎子が戦いを始めていた。そして、その戦いが始まってから、動き出す残りの参加者たち。

 燕は舞台の中央に移動しながら、百代と義経の戦いを視界に納め、もう一人手持ち無沙汰な生徒へ声をかける。その目つきは幾分か鋭くなっていた。

 

「……んー由紀江ちゃん、暇そうだね。私も手が空いてるから、相手してくれないかな?」

 

「松永先輩……わ、私でよろしければ、ぜひともお願いします」

 

 2人は構えをとり、そのままにらみ合いを続ける。しかし、よく見ると微妙に相手に合わせて距離を詰めたり、離れたりを繰り返していた。

 緊張感が高まる中、ふいに燕が口を開く。

 

「さすがに簡単には攻め込めないなぁ。刀がなくても踏み込むと切られそうな感覚がするよ」

 

「きょ、恐縮です……」

 

 由紀江も言葉は返すものの、付け入る隙を見つけ出せずにいた。

 一方、凛は早々に動き出した英雄の後ろ姿を見ながら、わざとらしく小杉に対して背中を向けていた。彼女が意外にもすぐ飛び出さなかったため、不審に思ったのだ。

 ――――大和に仕掛けるかとも思ったが……やっぱ俺か?少し場を引っ掻き回したいし、簡単に釣れるといいんだけどな。

 そして思惑通り、小杉は釣れる。それはもう見事にあっさりと。猛ダッシュからの飛び蹴りが凛の腰目掛けて飛んでくる。当たれば、間違いなく海へ落とせる威力がそれにはあった。

 

「決闘の借りを今ここで! (一番目立っていた夏目先輩を沈め、その勢いのまま栄光への道をひた走る!)」

 

 あくまで当たれば――である。

 

「武蔵……誰にぶつかるかわからんが、よろしく頼む」

 

 凛は小杉に向き直り、正面から彼女の蹴りを迎え入れるように両手を広げた。

 

「へ?」

 

 小杉から漏れる間抜けな声。

 凛はその蹴りを右にずれてかわし、同時に彼女の足首を両手で掴むと自身の体を思い切りひねって、右足を軸にその場で大きく一回転した。当然、彼に捕まっている彼女も回る――彼女の目に映るのは雲のない真っ青な空。

 回る世界の中で、小杉は一つ悟る。この人物に手を出してはダメだ。百代とは違うが、それでも仄かに同じ人種の匂いがする。あぁ空が綺麗――。

 そして訪れる解放のとき。

 

「きゃああああぁー」

 

 響き渡る非常に女の子らしい悲鳴。

 小杉の頭をよぎる大遠投で消えたバレーボール。

 そして、一仕事終えたと言わんばかりに、息を深く吐く凛。 

 放たれた武蔵小杉という名の人間ロケットは、投げた本人にもどこへ飛んでいくのか分からなかった。

 

 

 ◇

 

 

 小杉がロケットとなる前、岳人も動き始めていた。即座に中央へと移動すると、他の相手など気遣う様子もなく、ただ2人の先輩――清楚と弓子だけを凝視する。鼻息が荒くなり、またもや目が血走っていた。

 その岳人の頭の中では悪魔と天使が壮絶なる闘いを繰り広げていた。上腕二頭筋を強調する天使が声高に主張する。

 

「先生が言ってたろ? おいたはダメだって。それにこれは全国に放送されるんだよ。全国のお姉様が見てるんだ! ここでいいとこ見せといて……ぐへへ」

 

 それはどう見ても岳人が小さくなり、白い布を肩から巻き、頭には光の輪を、背中には羽を付け、ラッパを持っている姿だった。声もしっかり幼くなっている。しかし、笑い方が下卑ていた。

 そこに悪魔が登場。紺色にカラーリングされた体に、バイキ○マンのような触覚が生え、三叉のフォークを持っている。悪魔は天使に対抗してか、そのフォークを2つに折り曲げた。

 

「お前はバカか! 水着の姉ちゃんが目の前に2人いるんだぞ! こんなチャンス滅多にねぇ! 本能の赴くまま突っ込んだらいいんだよ! ぐへへ。あとは能登なれ大和なれだ」

 

「本能のまま!? ……ところであとは能登なれ大和なれってどういう意味だ?」

 

 天使の質問に、悪魔は尋常ない汗を額に浮かべる。

 

「えっ? そりゃあれだよ! …………あ、アレだ。小さいことは気にせず、あとは大和にまかせる……みたいな?」

 

「なるほどな! 確かに大和なら、なんとかしてくれそうだな。なんてったって軍師だしな」

 

 そこで天使はポージングを変えた。悪魔もそれにならう。

 

「よーし、それじゃあ邪魔が入る前に決行だ! 向かうは葉桜先輩だろ……仕方ないなぁって許してくれる! ついでにおでこを人差し指で押してくれるはず。いけぇー岳人! ここで一発見せたr――」

 

 そこに耳をつんざく悲鳴が聞こえてくる。

 

「きゃああああぁー」

 

 岳人が最後に見た光景――それは水平に飛んできた何かだった。それはわき腹を抉り、直後彼は意識を失った。その後、海面を漂う彼は、すぐさま川神院の修行僧によって救助され事なきを得る。

 

『ここで最初の脱落者! 島津岳人が海へ沈んだー! さすがに人が飛んでくることは予想できなかったか!?』

 

 小杉は叫んでいた割に、すぐに立ち直り状況を確認する。

 

「なんとか止まったみたいね。夏目先輩からも距離をとれたし、私の運も捨てたもんじゃないわ」

 

 目まぐるしく変わる場面に、清楚と弓子は戦いを忘れ、顔を見合わせる。

 

「なんか……大変なところにきちゃったね」

 

「それには同意するで候(でもなんか悪寒が止まった)」

 

 そんな2人に、小杉は躊躇なく飛び掛る。彼女に落ち着くという考えはないらしい。

 

「プレーミアム――」

 

 

 □

 

 

 小杉の悲鳴が切欠となって、戦いが動き始めた。

 距離をとった義経は、その声にかすかに気をとられる。その隙を百代が見逃さずはずもなく、苛烈に攻め立てていた。刀がない状態では、どうしても素手を得手とする百代に分がある。さらに、印の位置が背中にある彼女は、大胆に攻めることができた。

 絶え間ない攻勢に体勢を崩された義経は、意表をつく足払いを避けるとともに距離をとろうと後ろへ跳ぶが、フェイクのそれは振りぬかれることなく途中で止められ、時を置かずして詰め寄られる。

 読まれていた。義経の表情が悔しさにゆがむ。

 

「他の子に気を向けるなんて、お姉さん妬いちゃうな~」

 

 百代の鞭のようにしなる右足が、義経を襲う。今だ地に足がついていない彼女は、その威力に踏ん張る術はなく、ガードを固めるしかなかった。くると分かっていても、勝負を決めに来たその一撃の衝撃は大きく、両腕が痺れてしまう。気づいたときには舞台となる足場はなくなっていた。

 

「今度は万全の状態で勝負だ」

 

 百代は義経に一声かけると、そのまま背を向け次の獲物を求めて歩き出す。

 

『粘る義経だったが、ここでだつらぁぁく! 強い強いぞ武神! この勢いのまま、優勝をかっさらうのか!?』

 

 義経が飛ぶのを横目に捉えた弁慶は、息を吐いて目の前の相手に集中する。マルギッテは彼女の一撃の威力を知ってか、真正面から受けることはせず、力を逃がしながら隙をぬって、印を狙う堅実な戦いに徹していた。

 思わず弁慶が口走る。

 

「やりづらいなぁ――」

 

「それは結構。獲物がないので、お互い全力とはいかないのが残念ですが……」

 

 マルギッテはそこで言葉を切り、弁慶との距離を縮め――。

 

「それでもこの勝負いただきます!」

 

 右のハイを繰り出した――。

 一方、数度の攻防を繰り返した燕と由紀江は、またもや膠着状態に陥っていた。

 悲鳴をあげながら飛ぶ小杉を目撃した由紀江は、その飛ぶ先を心配しチラリと確認してしまい、そこを燕につかれることになったのだ。しかし、決定打となる一撃は入らなかった。

 

「ありゃりゃ。せっかくのチャンスだったのに……」

 

 刀がない状態なのは残念だけど――もっと情報が欲しい。燕は笑顔を崩さず、由紀江をまっすぐに見つめる。

 そこに飛び込んでくる一人の乱入者。まず燕の側面から接近し、彼女に右の突きを浴びせ、それを弾かれるやいなや、次は硬直する由紀江に――彼女の左太ももの印へ右足を蹴りいれた。それがかわされたと分かると、そのまま一旦2人から距離をとる。

 由紀江が口を開いた。

 

「も、モモ先輩……」

 

「まゆまゆ、油断はよくないぞー。2人で戦ってるんじゃないんだからな」

 

 百代がニヤリと笑う。

 そこで燕はある異変――由紀江の気が若干ではあるが、確かに緩んでいることに気がついた。

 

「モモちゃん、こっち来たんだ」

 

「まぁな。マルギッテと弁慶の方でもよかったんだが、神様がこっち行けって」

 

 百代の発言に由紀江は首を傾げる。

 

「神様……ですか?」

 

「そう! 神様!」

 

 そう言って、百代は人差し指を燕と由紀江の間で行ったり来たりさせる。

 その行為に、燕がわざとらしくため息をついた。そこに――。

 

『ここで一気に2人脱落だぁ! 予選でも見せた流れるような動きで、夏目凛が風間翔一、九鬼英雄の両名の印に触れた! 突如の乱入に対処できなかったか!? まだまだ余裕のあるこの男! 次なる……』

 

 それを遮るように、水しぶきがあがる。

 

『あーっとまたもや脱落者! 海に落ちたのは武蔵小杉ー! どうやら葉桜清楚の張り手……いや掌底か? まぁそんな感じなもんに弾かれたようだ! 人数はどんどん減っていく! ……ん? 3カメさーん、榊原小雪と南条虎子をズームお願いします。……こちらは直江大和が小雪と連携か!? 小雪の攻めに苦戦する隙をついて直江大和が会長を撃破したぁー!』

 

 実況に耳に傾けていた百代が感心する。

 

「ほーやるじゃないか大和。今のところ、凛が一番倒してるのか……」

 

「別にそういう競技じゃないから、対抗しなくていいんじゃない? それにモモちゃんこそ!」

 

 燕は足に力をこめ、真正面から突っ込んでいく――と見せかけて、距離を半分詰めたところで、また離れていく。瞬時に身構えた百代だが、彼女が離れていくと、口を尖らせた。

 

「なんだよう。やるんじゃないのかよう」

 

「あははは。ごめんごめん。油断してないかなぁと思ったけど、由紀江ちゃんもいるから背後が怖くなって」

 

 やっぱり反応が遅くなっている。百代を警戒しているのか、それとも別に理由があるのか。燕は彼女に軽口を叩きながら、この三つ巴から離脱を図るか、攻略するかを考えていた。この均衡が崩れるには、もう少し時間がかかりそうだった。

 そんな三つ巴から離れた位置にいる凛は、英雄と翔一を落とし、次はどこへ行こうか迷っていた。

 ――――弁慶とマルギッテを強襲か。あるいは大和と小雪。もう一つは地獄の三つ巴へ突っ込む……いやさすがにこれはない。誰かが削られたあとでいい。

 そこで新たな動きがあった。大和と小雪が、小杉を落としタイマンになった清楚と弓子へ殴りこみをかけたのだ。

 もう誰の目から見ても、小雪は大和とつながっていることがわかった。そして、何で買収されているのかも明白だった。

 片方はあっけなく勝負がついた。元々、清楚に追い込まれていた弓子は、背後からの襲撃になす術がなく、小雪の蹴りを食らって海へ落ちていったのだ。そこからは2対1の状況で、誰もが彼女の二の舞になるだろうと予想していた。

 しかし、清楚はここから脅威的な粘りをみせることになる。

 大和たちが動き出した時点で、凛は方針を決めた。右足で舞台を強く踏み込み、一直線に相手へ向かっていく。

 ――――最悪片方を片付けて、勢いのままもう一人も倒す。

 意気込んで、さらに加速する凛だったが、ここで予想外のことが起こる。

 

「マルギッテ。勝負のところ悪いんだけど、凛が突っ込んできてる」

 

 凛と目が合った弁慶が、あろうことか彼の接近をマルギッテへ伝えたのだ。

 それを聞いたマルギッテは、弁慶との距離を保ちながら、凛を視界にいれるため移動し始める。

 それに合わせるかのように、弁慶も動き始め、凛を前後からはさもうとしているようだった。彼はそうなる前に足を止める。彼の印は右のわき腹にあり、背後からやられる可能性があったためだ。

 弁慶とマルギッテの距離は開き、凛を頂点とした二等辺三角形の位置取りだった。

 マルギッテは凛が止まったのを確認すると、弁慶へ声をかける。

 

「なぜ私に知らせたのですか? そのままなら、一人脱落させられたかもしれないのに」

 

「いやー私一人で凛の相手はさすがに荷が重いから、クラスメートのよしみで手を貸してもらいたいと思ってね。私に背を預けろとは言わないから、前後から挟む感じで、ね」

 

「なるほど……確かに夏目凛の実力は侮れません。…………いいでしょう。ただし、協力するのは倒すまでの間だけです」

 

「了解。……凛、そうゆうことだからよろしくね」

 

「覚悟しなさい夏目凛」

 

 2人は凛を前後から挟むと、構えをとった。彼は彼女らの交互に見ると顔をほころばせる。

 

「なるほど。まさか共闘するとは思わなかったな。……でもまぁやることは変わらない」

 

 次の瞬間、マルギッテは右へステップを踏み、そこから間合いを一気に詰める。それに反応した凛は、足先がそちらへ向く。同時に弁慶は呼応して右にずれ、彼の死角へ入りこんだ。そこからさらに加速し、蹴りを放とうと右足を地面から離した――そのとき。

 

「弁慶離れなさい!」

 

 マルギッテの声が響く。咄嗟に身を引く弁慶。直後、なびく彼女の髪を凛の右手が撫でた。

凛の追撃を防ぐため、マルギッテは無防備の背に躊躇なく蹴りを放つ。

 しかし、それは凛が横へ大きく跳んだことでかわされた。彼はそのまま背後を海にして、2人へと顔を向ける。すると円形の舞台のため、左右に目一杯開かれても、ギリギリ視界に納めることができた。

 

「おお。これならいけそうだ」

 

 嬉しそうに構えをとる凛に、弁慶は少しうろたえる。

 

「普通あんなピッタリのタイミングで、ピンポイントに肩の印狙えないよね。背中に目でもついてるの?」

 

 マルギッテが眼帯をはずしながら答える。

 

「普段なら、そんなことありえないと言うところですが……今回ばかりは同意したい気分です」

 

 2人は息を整えると、すでに構えをとった凛へと歩み寄る。

 実力者が残る中、戦いは後半へと向かう。

 

 残りの参加者【百代、燕、由紀江、凛、弁慶、マルギッテ、大和、小雪、清楚、】

 


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