真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『襲来』

「遂に……ついに乗り切ったぜぇーーー!」

 

 テスト最後の科目(歴史)をやり終えた岳人が、叫びながら席を立つ。そして、それは彼だけでなく、クラス全体が活気付き、テストからの解放を喜んでいた。

 

「夏が……暑い夏が俺様を待っている!!」

 

 わざわざ窓の外へと目を向け、太陽に目を細める岳人。そんな彼を放置し、ファミリーは一子を愛でながら、これからの予定を話していた。

 そして最後は、いつも通り翔一が総括。

 

「おーし! んじゃあ、これからモモ先輩とまゆっちも誘って、基地でお疲れさん会だ! 全員さっさと準備して、買出しへ向かうぞ!」

 

 大和が2人へとメールを送り、一行は門前へ移動する。その途中には、多くのグループができあがっていた。旅行の話、遊びの計画、部活動、バイト三昧などなど、それぞれが目前に迫る長期休暇のことで盛り上がっている。そんな彼らの顔は一様に明るい。

 門前で少し待っていると、由紀江と百代が2人で現れる。

 

「みなさん、お待たせしてしまってすいません」

 

 百代は大和と一子の頭を撫でる。

 

「待たせたな。で、これからどうするんだ?」

 

 その問いに、大和が軽く説明し、ファミリー全員で買出しへ。

 テスト最終日は午前で終わったため、太陽は真上、これからまだまだ暑くなりそうだった。買出しついでに、好みのアイスを買った彼らは、その甘さと冷たさを味わいながら、大橋を渡る。通行人はほとんどが川神学園の生徒たちだ。

 そんな中、凛は百代と最後尾を歩いていた。彼はカップアイスを、彼女は棒アイスを食べている。

 百代はアイスを一口かじると、隣を歩く凛へと話しかける。

 

「凛、体の方は大丈夫なのか?」

 

 百代はどうやら、基地での様子が少し気になっているようだった。それに気づいた凛は、明るく返す。

 

「大丈夫ですよ。そんなヤワでもないですし、楽しんでやってるくらいですから。でも……膝枕はまたやってもらいたいですね。最高でした」

 

 そう言って、凛は親指をグッとたて、アイスをすくう。しかし――。

 

「私のは安くないって言ってるだろ? あんまり調子にのるなッ!」

 

 そのアイスを百代が食べてしまう。

 

「あ……」

 

 凛と目線がぶつかった百代は、薄く笑う。まるで「隙があるから悪いんだ」とでも言いたげだった。しかし、彼は全く別のことに気をとられていた。

 ――――間接キス……て、くそ! 気にするな! こんなこと前も普通にしてただろ! いやしかし、前とは少し状況が違うわけで……冬馬め、余計なことを。えっと……今までだったら、俺は仕返しをしていたよな? だからモモ先輩のアイスを食べればいいんだよ。そう……サッと今までどおり、ごく自然に、さりげなく、かつ大胆に。

 凛はただじっとその様子を見ていた。百代はというと、ようやく自分のやっていることに気づき、一瞬硬直。しかし、何事もなかったかのように、木のスプーンから口を離した。

 つい、いつもの癖でやってしまった。百代は横目で凛を確認する。しかし、彼はその様子もほとんど気にしていない。

 ――――……いや待て。嫌がられたらどうする? 俺が食べようとしたら、絶対避けるだろ。それはアイスをただ食べさせたくないのか、それとも俺との接触を拒んでいるのか。でも、モモ先輩は俺のアイスを平然と食べるんだから、この場合は、ただ単にアイスを食べさせたくない、ということになるのではなかろうか? 前のガムのときも普通に受け取ってくれたわけだし……というか! 俺はなんて大胆なことをしてたんだ!? ガムを口に銜えて渡すって正気か!? イカれてる! むしろ凄い!! いやいや、今そのことは置いておこう。問題は……。

 そこで凛の思考は中断させられる。

 

「――ん。おい……凛? お、怒ったのか? お前がそこまでバニラが好きだったとは知らなかったんだ。代わりに私のを一口分けてやるから、なんとか言ってくれ」

 

 百代は、棒アイスを差し出した。味はもちろんピーチである。

 

「あ、いや……怒ったわけじゃないです。すいません。ちょっと考え事を……これ、もらっていいんですか?」

 

 凛は目の前に差し出されたアイスを指差す。百代はコクンと頷いた。

 ――――あ、可愛い……じゃない! おかしい。俺今までどうやって対応してきたんだ? しかも、モモ先輩になんか誤解されてる。とりあえず、アイスを頂こう。関接キスとか全然……全然気にしてない。なんかいろいろとおかしいぞ俺。

 凛は一口分だけ、アイスをかじった。それを見届けた百代は、少しホッとしたようだ。表情が柔らかくなる。彼は言葉を続けた。

 

「おいしい……というか、モモ先輩のアイス全然溶けてないですね。京のとか、かなり溶けてるのに」

 

 2人の視線の先には、百代と同じ棒アイス(バニラ)を食べている京。そのアイスは溶けて白い液体となり、彼女の手に少しかかっていた。彼女は舌をチロリとだして、それをゆっくりとなめとるという、何かを連想させるような過激なアプローチを大和に向けて仕掛けている。

 百代はそれを笑いながら見守り、凛の問いに答えた。

 

「気を使えば、こんなもの楽勝だぞ」

 

 そう言った直後、百代の手から冷気が溢れだす。それは手の先のアイスへと伝染していった。そして、溶けかけのアイスは瞬時に固まる。

 

「うお……凄い。モモ先輩疲れないんですか?」

 

「全然。これくらいなら、呼吸するのとほとんど変わらないしな……ッ!」

 

 そこで百代は再び硬直した。なぜなら、凛が突然手を握ってきた――というよりも、触ってきたからだ。彼はそれに気づかず、楽しそうに笑う。

 

「おお~ヒンヤリしてて気持ちいい。これってやっぱり、加減とかできるんですか? ……て、モモ先輩アイス!」

 

 凛は百代の手から落ちたアイスを何とかキャッチして、自分の行動に気がついた。

 ――――あ……普通に冷気とか扱うからテンションあがってしまった。今までが今までだったから、ふとしたときに平然と行動してしまう。距離感がうまく掴めない。戦闘なら楽勝なのに……。

 百代は「悪い」と一言口にして、それを受け取ると、一気に食べてしまう。そして、幸せそうに頬をゆるめた。それを見ていた凛の口から、自然と言葉がでてくる。

 

「よかったら、俺のアイスも食べますか? バニラですけど」

 

「いいのか? じゃあ…………食べさせてくれ」

 

 ――――この人、普通にこういうことできるんだよな。大和で慣れているせいか? でも、他の男とかにしてほしくない……と言えるのは彼氏の特権だろう。

 凛はアイスをすくうと、百代の口元へと持っていく。しかし、彼女がそれを食べようとした瞬間、それを引っこめて自分が食べた。単純な手にひっかかった彼女から鋭い視線が飛んでくる。彼女は一言も発さず、ただただじーっと彼を見つめた。

 凛はその様子に失笑しながら、もう一度アイスをすくって、百代の口元へもっていった。だが、先ほどの行動を警戒する彼女は、彼をチラチラと確認し、なかなか食べようとしない。

 

「大丈夫です。もうしませ――」

 

 そう言い掛けた瞬間、百代は食いついた。その彼女はなんだか満足そうである。加えて、凛を目の端に捉えると鼻で笑った。

 ――――ん? なんか勝手に勝負みたいになってる……。だが……その勝負高く買おう。

 再度、凛はアイスをすくい、百代の口元へと運ぶ。そして、口元5センチほどの所で静止させた。微妙な緊張感が2人の間に走る。

 その光景は、前を歩く大和らに見られていた。

 

「あの2人……最近やけに仲良いな。そう思わないか?」

 

 隣を歩く京も後ろを振り返る。そして、それを確認すると大和の腕を抱いた。

 

「前からあんな感じだったと思うけど。もしかしたら……私たちの仲の良さが伝染したんじゃないかな? 悪いことじゃない。これで大和は私にのみ愛を注ぎ込むことができる」

 

 京は抱いた腕にさらに力を込める。

 

「やまとぉ……私なんかクラクラしてきちゃった」

 

「それは熱中症かもしれないな。寮に戻るか?」

 

「むー。体を心配してくれるのは嬉しいけど、大和にクラクラきてるという乙女心もわかってほしい。…………それじゃあ、私たちも凛たちみたいに食べさせ合いっこしようか。この場合、体とアイスの2択があります」

 

「アイスで」

 

「その答えは承認されません。もう一度お答えください」

 

「アイスで」

 

「考える間すらないなんて……まぁいっか。今はアイスで我慢しておく。それにしても、後ろの2人は元気だよね。あの元気さが羨ましい」

 

「というか、凛の手を引く速さが尋常じゃない。食らいつく姉さんも姉さんだが――」

 

 まったりする2人の後ろは、勝負が白熱していた。

 百代が自分の上唇を指差しながら抗議の声をあげる。

 

「こら、凛! 今のどう考えても食べてたぞ。唇がアイスに当たってた!」

 

「でもアイスを口に含んでないんですから、俺の勝ちでしょ。スプーンも銜えられなかったし……はい、これで3勝したんで、俺の勝ち~」

 

 百代は凛からカップアイスを取り上げると、アイスをすくう。そして、それを彼の口元へズイッと差し出した。

 

「まだ終わってない。今度は私がすくう方だ」

 

 凛はやれやれと肩をすくめる。

 ――――意地になるモモ先輩も可愛い。

 

「力の差が理解できないようですね……仕方ない。付き合ってあげましょう」

 

「生意気な口をきくじゃないか。この勝負はどう考えても、腕を引くほうが有利だろ?」

 

「はいはい。俺の方はいつでもいいんで。かかってきてください、モモ先輩」

 

「なんか私が駄々をこねてるみたいじゃないか! こら凛――」

 

 2人の低レベルな戦いは、アイスがなくなるまで続いた。

 その後、基地に着いたメンバーは、テスト終了を祝う。そのときに、ナンパ計画を聞いた百代は密かに耳を澄ませ、逆に凛は、岳人のお願いがあったという部分を強調していた。そんな彼の行動に、ファミリーは一様に首をかしげるのだった。

 

 

 ◇

 

 

 土曜は午前から休憩をはさみつつ、夕方までみっちり鍛錬。それが終わった凛は、一人帰り道を歩いていた。そこへ見慣れぬ車が一台近寄ってくる。彼は特に気にすることもなかったが、それが少し前で停車したことに、違和感を感じ立ち止まった。

 運転席と助手席から降りてきたのは、私服に身を包んだ男女の一般人。しかし、凛はそれが誰なのか見当がついていた。体つきと何度か感じたことのある気配――狩猟部隊の軍人である。

 女性軍人――ストレートの栗色の髪を肩口で揃え、髪と同じ色の目。目元に泣き黒子がある――が先に口を開く。

 

「初めまして。自分はクリスお嬢様の護衛を任されているアンネ・ブルークマン曹長であります。隣はゲオルグ・ベーベル軍曹」

 

 190センチは超えている岩のような男が、敬礼を行う。

 ――――日本語上手いな。

 さらにアンネが続ける。

 

「あなたが夏目凛で間違いないですか?」

 

「……その前に、クリスの護衛だという証拠みたいものはありませんか? 会ったこともない方の言うことを、簡単に信じるわけにもいかないので」

 

「確かに。しかし、今持ち合わせている物で納得していただけるかどうか……軍曹!」

 

 呼びかけに応じたゲオルグは、トランクから一つのアタッシュケースを取り出し、それを広げた。

 ――――バッジじゃよくわからないしな。まぁ心配いらないと思うけど……これは俺が撮ったクリスの写真だな……こっちはアンネさんとクリスが一緒に写った誕生日のものか? んでこれは、ゲオルグさんが部隊に入ったときのものか? 結構幼い頃のクリスが一緒に……って写真ばっかりか!! これいつも持ち歩いているのか?

 凛がそれを確認していると、アンネが再び話し出す。

 

「直江大和に連絡をとってみてはいかがでしょう? そちらへは、フリードリヒ中将閣下自らいらっしゃっているので、信じていただけると思います」

 

 ――――先にそれを言って欲しかった。もしかして、写真見せたかった……とかじゃないよな?

 

「大和もですか……とりあえず電話してみます」

 

 凛はそう言うと、携帯を取り出した――。

 

 

 □

 

 

 そして場所は移って箱根の旅館。凛は無事大和と合流を果たすことができた。そこにいたのは、クリスの父であるフランクとマルギッテ。さらに、彼の護衛と思わしき人が10数人。

 日はすっかり暮れてしまい、空には星が輝いている。初対面の凛とフランクは軽い挨拶を交わし、4人はひとまず旅館の一室へ移動する。

 最初に、凛が旅館に備え付けられているお茶を入れ、皆へ配った。一息ついたところで、本題へ入る。その内容は実に親馬鹿らしいものだった――つまり、クリスは可愛いため、周りにいる男が恋をする可能性が高い。そして、その中でもファミリーとして普段から付き合いのある男は要注意。マルギッテに探らせた結果、恋仲になる危険があるのは凛と大和。ならば、彼らを調べ、さらにフランク自ら確かめるということだった。

 それを聞いた凛がフランクへ問いかける。

 

「えーっと……それで私達に何か問題があったんでしょうか?」

 

「少し気になることがあってね。……直江大和君の父親は今、ヨーロッパにいるね?」

 

 大和は少し背筋を伸ばした。

 

「はい」

 

「あの男の息子なら完璧さを装いながらも、娘をかどわかすことができるかもしれない。そして、夏目凛君……君を調べて、不覚にも私は驚いてしまったよ。君の祖母が、まさかあの有名な『魔女』だったとはね」

 

「私は祖母の仕事に関して詳しく知らされておりませんが、確かに向こうでは有名のようですね。その孫である私を疑うのも無理はないかもしれません」

 

 フランクは一度お茶をすすると、2人を交互に見る。

 

「そこで2人に問いたい。娘であるクリスを一体どう思っているのか。丸裸の本音を聞きたい。私は銃の手入れをしているから、思ったことを答えてくれたまえ」

 

 大和に緊張が走る。それでも、銃を見せられるのは2度目であり、横に凛がいるからかすぐに落ち着きを取り戻した。

 それを横目で確認した凛が先に答える。

 

「では私から答えましょう。その前に……銃の手入れをされるのは構いませんが、間違っても引き金に指をかけないで下さい。もしかしたら、銃口が折れ曲がって暴発したり、なぜか発射された銃弾が、跳弾してご自身に向かわれるかもしれません」

 

 凛は穏やかな笑みを浮かべた。それに噛み付いたのはマルギッテ。

 

「夏目凛。それは脅しですか?」

 

「脅されてるのはこちらの方だと思いますが……銃が出されていなければ、そんなことは起こらないでしょう?」

 

 フランクが笑いながら答える。

 

「心配いらないよ。手入れをしていると私自身が落ち着けるのでね。それで、答えを聞かせてくれないか?」

 

「……そうですか。まぁ、私にとってクリスは……友であり、可愛い妹のような存在でしょうか? 確かに魅力的な女性だとは思いますが、私には彼女よりも気になってる女性がいるので、恋に発展することはないです」

 

 ――――むしろ、そんな余裕がない。一人を相手するので精一杯です。

 その言葉に、フランクの眉がピクリと動く。

 

「……ほう。ちなみに、その女性が誰なのか教えてもらえないかね? 君が惹かれる女性というのも興味深い。加えて、クリス以上の存在を私はこの地球上……いや銀河の中でさえいるとは思えないのでね」

 

 大和もその話に興味があるのか、凛の顔を見た。

 凛は間を空けずに答える。

 

「川神百代ですよ」

 

「なるほど……確かに調査の結果でも、君が武神打倒を本気で狙っているというのは聞いている。それが達成されるまで、ほかの事に気をとられている暇はないということか……」

 

 ――――それもある。でも、もうモモ先輩のことを意識してるからな。まぁこんな所で絶対言わないけど……。

 しかし、フランクは食い下がる。

 

「では、武神を仮に倒したとして、その後はどうだろう? 君は女生徒からの人気も高いと聞く。クリスもよく懐いているそうじゃないか……どうかね?」

 

 凛はお茶を飲みながら、次の返答を考える。

 ――――どうかね? ……とはどういう意味だ? どうもならんぞ。むしろ、モモ先輩に告白でしょ。その場合、やっぱり「好きだ」とストレートにいく方がいいよな? って、今はそんなことどうでもいい!

 

「そうですね……そればかりは、そのときになってみないとわかりません。誰かと恋をするのか、さらなる高みを目指すのか――」

 

 ――――まぁ、俺は両方を獲りに行く気満々ですけど。

 

「今はそうとしか言いきれません。もしご心配であれば、それが達成されたとき、またお聞きになってください」

 

 ――――その頃にはモモ先輩と恋人になってる! ……はず。多分。こればかりは断言できない。そういえば……モモ先輩が絡むと、不確定なことが多いな。だから面白いのかも。

 フランクは背もたれに背を深く預ける。

 

「倒すことに微塵の迷いもないようだな……君の考えはわかった。ならばその言葉通り、それが成し遂げられたとき、再度問おう。どんな男かと思っていたが、君とこうして直に話し合えてよかった。なかなか面白い男のようだな、君は」

 

「ありがとうございます?」

 

 凛は少し疑問を持ちながら礼を言った。

 そして、いよいよ大和の番となる。彼はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「では、次に直江大和君。君の答えを聞かせてもらおうか」

 

 大和は一度、凛に目配せし、彼がそれに頷くのを確認すると、意を決して話し出した。

 

「俺にとって、クリスは大切な友達です。なぜなら、凛と同じように、俺にも気になる女性がいるからです」

 

 ――――おお! 大和ぶっちゃけるつもりか!? しかし誰だ? 京? 燕姉? 弁慶、あるいは義経……小雪とかもありえるな。 違う! 最有力候補はモモ先輩かもしれない。いやいや……目配せしたんだ。ここで発砲が起こるようなことかもしれない。クリスか? 

 

「そして、それは3人います!」

 

 それに反応したのは凛。

 

「なんと! この場面で複数を選択するとか、大和おまえは勇者だな」

 

 次にマルギッテ。

 

「大和……これは軍の質問です。冗談であるなら、今のうちに訂正しなさい」

 

 最後にフランク。

 

「複数いるにも関らず、クリスには興味がない……そういうことかね? 私の先ほどの言葉は聞こえていなかったのか?」

 

 銃口が大和の方へ向く。それと同時に、凛の目がゆっくりと鋭くなっていった。

 ――――さすがにフランクさんを傷つけたら、収拾つかなくなりそうだから、発砲されたら軽めに止める。というか、クリスが入ってないから怒るって……むしろ喜べばいいんじゃないか? 選ばれなかったら選ばれなかったで、ダメなのか。どの選択肢も詰んでる!

 大和はそれに臆すことなく、言葉を続ける。

 

「はい。クリスは大切な友達です。こればかりは、フィーリングが合わなかったとしか言えません。事実、気になる3人の中の1人はマルギッテさんですから」

 

 マルギッテは目を点にしていたかと思うと、頬がどんどん紅潮していく。

 

「大和……その、マルギッテというのは私のことですか?」

 

「そうです。綺麗で面倒見がよく、時に可愛いところとか最高です。しかし、これはあくまで気になっている、ということです。だから、これからも親交を深めていきたいと思っています。気になる女性が複数いたって、おかしいことはないでしょう? それが付き合っているなら、確かに咎められることかもしれませんが……。そして、付き合うのならば、俺は中途半端な気持ちで付き合うことはしたくありません」

 

 大和はそこで一息おいた。

 

「気が多いと言われるなら認めましょう。これでマルギッテさんが、俺から離れていくのならば、それも仕方がないと思います。でも、これが俺の丸裸の本音です」

 

 ――――気になる女性が複数いると公言する男も珍しいな。でも確かに、後から『実は他にも気になっている人がいました。だからごめんなさい』とか言ったら、脳天ぶち抜かれそうだな。あの姉にしてこの弟か……大胆だ。マルギッテさんの様子から見ると、あまり好意を向けられたことがないのか、ちょっと持て余してるって感じかな? さて……フランクさんがどうでてくるか。

 場は静まり返り、フランクの言葉待ちとなる。

 

「……君は実にいい目をしているね。クリスは別格だが、マルギッテもまた素晴らしい女性であることに間違いはない。しかし、気が多いというのは頂けない。どうだろう……これを期に、マルギッテ一人に絞ることにしないかね。そうすれば、私も野暮なことは言わん」

 

「おっしゃりたいことはわかりますが、将来の伴侶となる相手は自分で決めたいのです」

 

 ――――おおー。だんだん自分で逃げ場をなくしている気がしないでもないが、この一言は大きいぞ。マルギッテさん……また顔が赤くなってる。やけに、大和に構っていたのは、少なからずそういう感情があったからか?

 

「君はそこまでの覚悟があって、恋をするということか?」

 

 フランクはテーブルの上で手を組んだ。

 

「俺はそうしたいと思っています」

 

 そこでしばしの沈黙が流れる。その間、大和はフランクから目をはずすことはなかった。部屋には、秒針の動く音だけが鳴り響く。

 ふいに、フランクが大きく息を吐いた。

 

「……これ以上は当人同士の問題だな。君の目は嘘を言ってはいないようだ。あとはマルギッテの判断に任せよう」

 

 ぼーっと大和を見つめていたマルギッテが慌てだす。

 

「あ、ゴホン。んん……では質問は以上でよろしいでしょうか?」

 

「うむ。今日はすまなかったね、2人とも。迷惑料として、今日はこの宿に泊まるといい。おいしい料理食べ放題温泉入り放題だ」

 

 そこでようやく和やかな雰囲気が戻ってくる。2人もその言葉に甘え、宿へ泊まることとなった。その後、大和が気になる残り2人を凛が聞きだし、そこに百代が含まれていないことに安心し、自分が彼女を好きなことを彼に伝える。

 しかし、大和はそれを聞いてもあまり驚かず、ある程度予想していたらしい。そう言われた凛は、大和にバレてる=百代にもバレてると思い、彼に詰め寄る一幕もあった。

 2人は今日のことを秘密にするということで、より強い絆を結ぶことになる。

 料理と温泉を満喫した後、フランクは急な呼び出しで宿を後にし、凛は明日の朝からランニングで川神まで帰ることとなり、プライベートビーチを楽しめないことを嘆くとともに、大和にエールを送るのだった。

 


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