真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『告知』

 夏休みまであと3日。今日は、朝から期末考査の結果が廊下に貼り出されていた。ただし、そこに名が乗るのは成績優秀者のみ。掲示板の前には、早くも生徒たちの人だかりができている。その中でもSクラスの割合が大きいのは、結果次第でS落ちもありえるからだろう。

 1位の方から順に目で追っていた京が口を開く。

 

「1位葵冬馬、2位九鬼英雄、3位武蔵坊弁慶……か。さすがに言ったことはやり通すね」

 

 それをクリスが引き継ぐ。

 

「義経も6位、与一も9位に入ってる。流石だな……まぁマルさんは4位だけどな!」

 

「ファミリーの中じゃ、凛が一番だね」

 

 18位の下には夏目凛と書かれていた。それから少し離れて、30位直江大和、31位椎名京、45位クリスティアーネ・フリードリヒの名が並ぶ。

 京の言葉に、凛が答える。

 

「そうみたいだな。でも、これからも精進していかないと。……ついでだから、3年生のも見ていくか」

 

「おう。燕先輩が何位なのか、結構気になる」

 

 大和が頷いた。それをジト目で見る京。

 そして、彼らは3年の廊下へ移動する。クリスはマルギッテに結果を伝えるため、途中で分かれてSクラスへ向かい、京はFクラスへと戻っていった。

 3年の廊下は、ほとんどの生徒が見終わったのか、まばらにしか人がいない。

 2人は気兼ねなく、掲示板に見ることができた。最初に声を発したのは大和。目をやったのとほぼ同時だった。

 

「げぇ……3位に燕先輩入ってる」

 

「いや本当に凄いわ。勉強だけは燕姉に勝てる気がしない……」

 

 そこに本人が現れる。

 

「おはよう、2人とも。ところで、凛ちゃんは誰に勝てないのかな?」

 

 燕は2人を嬉しそうに見た。凛がため息をもらす。

 

「聞いてたくせに……燕姉だよ。ただし! 勉強だけね」

 

「ふふふ。まぁ1位じゃないから、胸張って威張れないけどね。……そうそう、凛ちゃんと大和くんの成績も見てきちゃった」

 

 それに反応したのは大和。少し肩を落とす。

 

「うっ……この2人と比べられると何とも言えない」

 

「気にしない気にしない。適度に頑張ってるみたいだし、いいんじゃない?」

 

 燕はそう言いながら、大和の頭を撫でた。

 そんな2人を眺めていた凛だったが、頭を撫でられる感触に後ろを振り向く。そこにいたのは百代。

 

「おはようございます。モモ先輩……どうして頭を撫でるんですか?」

 

「んーいや、なんとなく凛が寂しそうだったから?」

 

 百代は首をかしげた。

 

「質問を質問で返さないでください。モモ先輩はテスト大丈夫でしたか?」

 

「あれから燕に教えてもらってたからな。平均以上はとれたぞ。凛は……いやなんかあまり聞きたくないからい――」

 

「18位でした」

 

 百代が喋り終わる前に、順位を伝える凛。それを聞いた彼女が吼える。

 

「聞きたくないって言っただろう! 自慢か、この! この!」

 

 加えて、凛の頭を両手でワシャワシャと乱暴に撫でた。彼は特にそれを止めるでもなく、百代を見て表情をゆるめる。彼女もなんだかんだ言いながら、楽しそうだった。そのまま甘い雰囲気――となる前に、大和から声がかかる。

 

「そろそろ全校朝礼だよ、2人とも」

 

 そんな大和も2人がじゃれている間に、燕に身だしなみを整えてもらっていたりする。

 

 

 ◇

 

 

 全校朝礼はいつもと雰囲気が違っていた。一番の違いは、部外者――マスコミが生徒たちの整列している脇にいることだった。カメラマンに、テレビで見かけるレポーターの姿もあり、生徒たちの大半はどことなくソワソワしている。

 

「龍造寺か……あたいの肉体のトリコになっちまった系かな。……でも残念系! あいつ粗チン系で2度味わう気ねぇ系」

 

 その中には、全然動じていない生徒もいたが――。

 壇上に鉄心が現れ、朝礼がいよいよ始まる。最初は夏休み中の注意事項――と言っても、生水に気をつけることなど、たわいもないことだった。手短にそれを終わらせると、彼は咳払いをひとつする。

 

「さぁ、ここからが本番。テレビはよく撮っておくんじゃぞ。夏と言えば祭りじゃが、今年はでかいのがあるぞい。川神院の恒例行事として、毎年8月に川神武闘会を開催しておるのは皆も知っての通りじゃ。で、今年も普通にこれをやろうと思っておったが、今年は義経たちも現れた事じゃし、規模を大きくしてやってみようと思うんじゃ!」

 

 その言葉に生徒たちがザワつく。スポンサーは九鬼財閥。規模が大きくなる分は、そこから資金提供がなされることになっていた。

 落ち着きが戻ってきたところで、再び鉄心が口を開く。

 

「この武道大会を若獅子タッグトーナメントと名付ける!!」

 

 大会のテーマは『絆』。それに沿って、ただ武を競うだけでなく、ペアという縛りを付け加えたということらしい。日時は8月2日。場所は七浜スタジアム。

 ――――遂に来た! このとき、俺はモモ先輩と戦える。モモ先輩があのときの女の子とわかってから、余計に楽しみになってたからな……待ち遠しい。

 凛は目を輝かせる。そして、それは彼だけでなく、他の生徒たちも同じような目をしていた。

 次に壇上に現れたのは、ヒュームとクラウディオ。スポンサーである九鬼があとの説明を始める。

 参加資格は25歳以下の男女。世界各地から、若く才能溢れる人物を発掘できる良い機会――九鬼財閥がスポンサーに名乗りをあげた理由だった。刀剣類は峰打ちかレプリカのみ。銃火器は九鬼から専用のものが支給される。

 次に試合のルール説明に入る。2名ずつが互いにリングへあがり、2対2で戦いあい、片方でもKOすれば勝利。リングアウトは、10カウントで敗北とのことだった。

 

「うまくやれば、個人で強い奴でも倒せるってわけか……」

 

 生徒の誰かが発した言葉がやけに響いた。ざわついていた校庭は、すっかり静まり返っている。皆が真剣に説明を聞いていた。

 ヒュームが、一度生徒たちをぐるりと見渡す。

 

「このトーナメントを勝ち抜いた物に与えられるのは……まず一つに絶大な名声。そして――」

 

 それにクラウディオが続ける。

 

「スポンサーである九鬼から様々な贈り物があります。支給されるものは、ウェブにアップしておきます」

 

 ちなみに、贈り物は現物支給。クラウディオが言葉を続ける。

 

「それに加えて、九鬼財閥での重役待遇確約証文もお付けします」

 

 ここで、壇上の傍にいたルーがさらに付け加える。

 

「また、大会の優勝者には、武神・川神百代と決闘する権利を与えちゃうヨ」

 

 その言葉を聞いたクリスがつぶやいた。

 

「モモ先輩とはいつでも決闘できるのに……」

 

 それに対して、翔一が口を開こうとするが、先に凛が割って入る。

 

「俺はその権利をどうしても手に入れたいんだ」

 

 その声はいつもより低かったが、それが余計に真剣さを感じさせた。その瞬間、周りの人間は一気に押し黙る。それは凛の声のせいではなく、彼から放たれた闘気が原因だった。それは波のように、彼を中心にして広がっていき、それに打たれた生徒たちの体は、鉛を取り付けられたように、一段と重くなる。しかし、それも一瞬のことで、すぐに消え去った。

 凛が、自分が高ぶっていることに気づいたからだった。先ほどとは、打って変わって明るい口調で話し出す。

 

「打倒武神を公言してる俺としては、いい機会だからな」

 

 大和が後ろを振り返る。

 

「そう言えば、凛は姉さんとの決闘を禁じられていたな……というか、さっきのは驚いたぞ」

 

「あー悪い。みんなもごめん。ちょっとはしゃぎすぎた。倒れてる人とかいない……よな?」

 

 凛は慌てて周りを確認した。

 その後、トーナメントについての諸注意がされ、朝礼は終わり――かと思うと、再度鉄心が壇上へ上がってきた。

 

「そうそう。言い忘れておったが、この大会の前日は、前夜祭として花火大会も盛大に行われるぞい。せっかくの暑い夏じゃ……悔いが残らんように目一杯楽しむと良い」

 

 岳人が大きくガッツポーズをとる。

 

「夏と言えば海と花火! でも花火大会まで全然時間ねえよ! 凛! 例の計画を早めることにするぞ!」

 

「だったら、海行ったときはなしでいいか?」

 

「いや……ちょちょっと待て! これはどちらを選ぶべきなんだ? 俺様が大会で活躍したあとなら、知名度もグンとあがって勝率ドンだ! だが、花火を2人きりで見るのも捨てがたい。そのあと静かな場所で線香花火をパチパチと……ここは3時間を半分に割って――」

 

 岳人は依然一人で妄想に耽り、計画を練り直していた。背中を丸め、ブツブツとつぶやく姿は少し怖い。

 ――――花火か。浴衣姿のモモ先輩と見れたらいいなぁ。

 生徒たちの歓声が上がる中、朝礼は終わる。

 

 

 □

 

 

「うあー疲れたぁ」

 

 夕方、凛は一人屋上へ来ていた。そのまま、はしごを使わず、貯水タンクの設置されている場所へ跳ぶ。そこからは校庭がよく見渡せた。

 そこには、多くの生徒が集まっている。手合わせをしている者。それを観察する者。手当たり次第に声をかける者などなど――今は大会に向けてのペア勧誘の真っ最中。かく言う凛も、朝礼が終わってから、休憩時間ごとに人が押し寄せ、息をつく暇もないという感じだった。それは放課後になっても収まる様子がなく、やむなく気配を消して、ここへ避難してきたのだ。

 凛はその場に腰掛けると、少しぼーっと太陽を眺める。しかし、それもつかの間、見知った気配を感じた彼は、下へ飛び降り、やってきた人物を出迎えるように扉を開けた。

 

「気づいておったのか?」

 

 姿を見せたのは紋白。傍にヒュームの気配はない。

 

「まぁな。俺に何か話したいことがあったのか?」

 

「うむ…………まぁそうなのだ」

 

「それじゃあ特等席で、その話を聞くとしよう」

 

 凛はそう言うやいなや、紋白を抱えて、先ほど座っていた場所に跳び上がった。そして、ゆっくりと彼女を降ろす。「せめて一言断ってから運べ!」地面に足のついた彼女は、彼の背中をはたいた。彼は笑いながら謝罪する。

 紋白は、しばらくそこからの眺めを楽しんでいたが、決心がついたのか、凛へと視線を戻した。

 

「……我は、今回の大会で川神百代を倒してくれるよう一つの依頼をしているのだ」

 

 ――――九鬼が用意した対戦相手っていうのは、紋白の発案が元だったのか。

 

「そうか。……それで?」

 

「我がこんなことをする理由は、以前の梅屋で話したとおりだ。姉上の仇をとりたいと思ってな……幼い考えだろう? それでも、この考えを実行に移せてしまう。そして、大会もあとは開催されるのみ――」

 

 紋白は一旦ここで間をとった。

 

「だがな……我は梅屋での姉上と百代の様子を見ていて、迷い始めたのだ。これでもし、百代に1敗を与えることができても、姉上は喜んでくれるのかと。この依頼は、我の小さな自己満足のためにやろうとしているのではないかと……。そこで、凛に武道家としての意見を聞きたいのだ!」

 

 紋白は語気を強めた。凛も彼女の目を真っ直ぐに捉える。

 

「人にもらった1勝など――」

 

「喜べないだろうな。紋白もそう思ったんじゃないか?」

 

 紋白の言葉にかぶせる凛。彼女は言い返すこともなく、視線を地面に落とした。彼は続ける。

 

「姉としては、揚羽さんも喜んでくれるだろう。自分のためにやってくれたことだからな。でも……武道家としてなら話は別だ。俺なら、それを喜ぶことができない。自分で勝ち取ったものじゃないからな。俺は揚羽さんと親しいわけじゃないから、確かなことは言えないけど、似たような感情を抱くんじゃないかな?」

 

「そう、よな……うむ。わかっていたのだが……」

 

 凛は俯く紋白の頭を撫でる。

 

「でも紋白の気持ちは、思って当然のことだ。それだけ、揚羽さんのことが大好きなんだろ? だから、なかなか気持ちの整理がつかないんじゃないか? ……気持ちをコントロールするってのは難しいよ。本当に」

 

「凛でもか?」

 

 紋白は凛を見上げる。彼は苦笑をもらした。

 

「もちろん。モヤモヤしたり、ワクワクしたり……今日の朝礼のときですら、大会が楽しみになって、周りに迷惑かけたし」

 

「やはり、あの気は凛のものであったか。我らのところまで届いておったぞ。皆が驚いておったわ」

 

 紋白はカラカラと笑った。

 

「お恥ずかしい限り。まぁそれは置いといて、俺はモモ先輩とも友達だから、これから付き合っていく中で、わだかまりがなくなっていってほしいと思う。モモ先輩は、友としてあるいはライバルとして、揚羽さんと付き合ってきた時間が長いから、その話を聞くことで、また違った見方ができるかもしれないしな」

 

「……ふむ。確かに我はあまり良い感情を持っていないゆえ、無意識的にせよ、接触を拒んでいたのかもしれぬな……」

 

 紋白はそう言うと、眉間にシワをよせた。そこへ、凛がそれを伸ばすために、人差し指を押し当てる。そして、ウニウニと揉み解した。

 

「そんなとこに、シワができたら大変だ。可愛い顔が台無しになってしまう」

 

「んに……やめんか、馬鹿者」

 

 紋白は凛の手を払い、キッと睨んだ。しかし、本気で怒っているわけでもない睨みなど、彼にとって可愛いものでしかなかった。

 

「ところで、紋白はその依頼どうするつもりなんだ?」

 

「……それについては、一度相手と相談してみるつもりだ」

 

 現時点では、百代の対処はできると言っていたが、凛の方がかなり難しいと言っていたからな。紋白は、人差し指をグルグル回しながら、隙を窺う楽しそうな彼を見た。

 そんな考えを知る由もない凛。

 

「でも、紋白が探してきた対戦相手ってことは強いんだろうなぁ。モモ先輩にぶつける相手だもんな……大会出て、俺と当たってくれないかなぁ。いやいや、そうなると後のモモ先輩との試合に支障がでるかもしれないなぁ。悩むな~」

 

「その前にその指を止めい! 我はトンボではないのだぞ! まったく」

 

 紋白が凛の人差し指をガッと掴んだ。

 

「悪い悪い。で、俺はちょっとでも役に立てたかな?」

 

「うむ。十分だったぞ。ありがとうな……金平糖をやろう」

 

 凛が両手で受け皿を作ると、そこに色鮮やかな金平糖が転がり込んでくる。それを一つ摘むと、口へ放り込んだ。

 

「程よい甘さがいい。そういえば――」

 

 その後は、紋白の母や人材勧誘、最近作ったお菓子などの話をして盛り上がる。それらの話がひと段落すると、彼女は習い事のため、屋上を去っていった。

 紋白の姿が見えなくなると、それを見計らったかのように、新たな人物が凛の元を訪れる。

 

「下から美少女登場!」

 

 どこから飛んできたのかわからないが、とりあえずフェンスの向こう側から登場する百代。そのまま屋上へ華麗に着地。今度は、下着が見えるような愚行を犯さなかった。

 

「モモ先輩、ちゃんと扉を……いやまぁいいですけど」

 

「モンプチとは一体何を話してたんだ?」

 

 百代は凛に顔を近づけた。

 

「相手が紋白ってよくわかりましたね」

 

「……いやまぁ気を感じたからな」

 

 目をそらす百代。

 

「そうですか。紋白とは世間話をしてたんです。で、モモ先輩はどうしてここに?」

 

「えっ!? ……いやただ、なんとなくだ。凛の気を感じたし、私も一人だし、一緒に帰ろうかなぁと思ってな」

 

 本当は紋白と2人きりなのが気になったんだ。百代は心の中で付け加える。

 実際、屋上へ行こうとしたところ、ヒュームが姿を現し「少し待て」の一点張り。外から進入しようかとも思ったが、「無駄なことはやめておけ」と先手を打たれ、やむなく、会話が終わるのを他の下級生を侍らせ、待っていたのだ。

 ――――なんかちょっとしたことだけど、嬉しいな。

 凛はにやけてしまいそうになる顔を必死に我慢した。幸い、百代に見られることはなかった。日はほとんど暮れかけ、賑やかだった校庭も静かになっている。

 凛が切り出そうとしたところで、別の気配がやってくるのに気づいた。百代もほぼ同時に気づいたようだ。

 

「なんじゃお主ら、まだ残っておったんかい」

 

 現れたのは鉄心だった。そして、2人を交互に見るとニンマリと笑う。そのあと、さらに大きく頷いた。

 

「ほうほう……なるほどのぅ。気持ちはわかるが、今日のところは帰るんじゃ。この花やるからの」

 

 鉄心は、花壇で綺麗に咲いていた川神の花を2つ摘むと、2人に1つずつ渡す。

 

「ありがとうございます」

 

「じじぃ、変な勘繰りするな」

 

 正反対の対応をする2人。

 ――――しかし、花もらってもな……そうだ! せっかく来てくれたんだし、モモ先輩にあげよう。

 思いついたらすぐ実行。

 

「モモ先輩、こっち向いてください」

 

「なんだ?」

 

 百代が振り返ったところに、凛はさっと花を付ける。彼女はそれを壊れないように触れると、優しく微笑んだ。夕日を背にした美少女は、とても武神と呼ばれ怖れられる存在には見えなかった。

 凛は目を細める。

 

「似合ってますよ。さすが美少女」

 

「ふふん……当たり前だろ。でもありがとな。えっと、じゃあ……私の花はおまえにやる。部屋にしっかり飾っておけ。いいか! ちゃんと飾るんだぞ」

 

「え? しかも命令!? まぁいいですけど」

 

 差し出された花を丁寧に受け取る凛と、少し頬が赤く染まった百代。しかし、この空間は2人きりではない――鉄心が大きく咳払いをする。

 

「おっほん! 花はワシの気でコーティングされとるから、長持ちするぞい。2人とも大切にするが良い。凛よ、”モモのことよろしく頼んだ”ぞい」

 

「あ、はい。それでは、お先に失礼します。モモ先輩行きましょう……て、学長に挨拶しないんですか?」

 

 凛はペコリと頭を下げると、扉付近に移動していた百代に声をかけた。どうやら彼女は、鏡で今の自分を確かめたいらしく、彼が歩き出すのと同時に校内に入っていく。

 凛は屋上から出るとき、再度鉄心に頭を下げた。そのあと、扉からは彼の百代を呼ぶ声が響いてくる。

 一人残った鉄心は、そこから校庭を見下ろす。しばらくすると、2人が並んで出てきた。百代の頭には、花が飾られたままだ。大会のことを話し合っているのか、彼らは楽しそうに下校していく。

 

「もしかすると……と思っておったが、ワシの孫がのぅ。あんな反応を見せられては、変な勘繰りもしたくなるわい。これからが楽しみじゃ」

 

 2人の下校を見送った鉄心も、校内へと姿を消した。

 

 

 ◇

 

 

 百代は家に帰って早々、凛にもらった花を花瓶に飾った。それを見ていると、自然と頬が緩んでしまう。

 

「凛はこの花言葉を知ってるのか?」

 

 百代はしばらくそれを眺めていたが、一子の呼び声に気づいて部屋をあとにする。

 川神の花――花言葉は結婚。凛がそれを知るのは、まだ先のことだった。

 


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