真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『夏休み突入』

 夏休み前、最後の登校日。教室に着いたファミリーは、それぞれの席に鞄を置きながら、自分のパートナーについて話し合っていた。教室内でも、同様の話題で盛り上がっているグループがいくつか見受けられる。

 

「それじゃあ、岳人は長宗我部とタッグを組むことにしたのか?」

 

 凛は、自分の席の前に座った岳人へ声をかけた。

 

「おうよ! 筋肉と筋肉、ナイスガイとナイスガイは惹かれあうというが……俺様はアイツを一目見たときから、油断ならねぇ筋肉と思ってたんだが、向こうも同じことを考えてたみたいでよ」

 

 岳人が、力瘤を作りながら頷いた。半そでをさらにめくり上げ、そこから見えるガッチリと鍛え上げられた三角筋もそれに連動して、大きく盛り上がっている。

 

「岳人らしいパワーコンビってわけだな……」

 

 他のファミリーも既にコンビを決めており、翔一は大友焔、一子は島右近、クリスはマルギッテ、由紀江は心となっていた。京は、大和が大会に出ると言ったときに、フリーでいるため誰とも組まず、その彼はそれに出る予定はなさそうだった。

 そこに、スグルと話し終わった卓也が混じってくる。

 

「そういう凛は誰と出るの? 色んな人からお誘いを受けてたし、その中から選んだの?」

 

「本当に色んな奴から誘いを受けてたよなぁ…………女……おんな、女女女女女女女女女女おんなばぁっっっっかりだったけどな!! ちくしょおおぉ!」

 

 岳人は顔を伏せながら、他人の机を力任せに叩きつけた。机が悲鳴をあげる。その横で卓也が乾いた笑みを見せていた。周りにいた男性陣も、彼の気持ちがわかるのか、うんうんと頷いている。

 

「いやちゃんと男からも誘いがあったからな。岳人が見てないところでだが。まぁそれは置いといて、俺のパートナーは――」

 

 凛が言いかけたところで、Fクラスのドアが勢いよく開かれた。皆の視線が一斉にそちらへ向くも、注目を浴びる本人はなんら気にすることなく、彼のもとへ一直線に向かっていく。

 

「リンリン。僕たちのチーム名は『スノーベル』にするのだ! さっき廊下歩いてるときに思いついたけど、これがいい」

 

「いい名前だな。それじゃそれでいこう」

 

 ――――小雪のことだから、どんな名前が飛び出すかドキドキしてたけど。心配いらなかったな。

 

「わーい。じゃあ僕、冬馬たちにもこれ教えてくる。バイバーイ」

 

 小雪はほにゃりと笑うと、わき目もふらず来た道を戻っていった。彼女が姿を消すと、凛は2人の方へと向き直る。

 

「とまぁ、小雪と組むことにした」

 

「やっぱり女じゃねえか!!」

 

 岳人が吼えた。

 

「まぁな。というか、別に女でもいいだろ! 小雪は実力もあるんだから」

 

「ぐぬぬ。長宗我部に不満があるわけではないが、なんだこのモヤモヤとした感情は……」

 

 凛と卓也は、拳を握り締める岳人を見つめた後、顔を見合わせ、苦笑をもらした。

 そこへ、切羽詰った様子の京が教室に入ってくる。それに気づいたクリスが声をかけた。

 

「どうしたんだ、京?」

 

「大和が燕先輩とタッグを組んで、大会にでるらしい」

 

「へぇ……燕先輩は優勝候補だと思っていたけど、武術をしていない大和と組んでは力も半減だろう」

 

 その情報を聞いた生徒の多くは、それを喜んでいた。

 ――――大和と組む、か……優勝を狙ってるとして、攻撃の手段を持たない大和じゃ、周りの言うとおり不利には違いない。どうするつもりなんだ? まぁ俺としては、大会で当たる可能性があるのは嬉しいことだけど。

 しかし、京の懸念はそんなところにはなかった。

 

「これを見て」

 

 京がクリスに向けて広げたのは、優勝者に贈られる景品の数々の一覧。そこの一つを指差し、彼女は言葉を続ける。

 

「温泉郷ペア旅行券……もし優勝して2人で行かれてしまったら、きっとルートが確定してしまう! 何としても阻止せねば……私も大会に出る!」

 

 京はいつになくやる気を見せていた。クラスにいる者全員に聞こえるくらいの声量がそれを物語っている。しかし、クリスがそれに水を差した。

 

「それはいいが、大会に出ると言っても、もうほとんどペアは決まっているぞ」

 

 それでも京に諦める様子はなく、「学校を歩き回ってみる」と言って、教室をあとにした。

 その間、京の持ってきた一覧は、岳人の手に渡っており、それを見た彼はプルプルと震えていた。なんとなく想像がついた凛だったが、声をかけないわけにもいかず。

 

「どうしたんだ、岳人?」

 

「温泉郷ペア旅行券とか、俺様に喧嘩を売っているのか!? なにか!? 俺様が優勝した暁には、大会の疲れを癒すために、長宗我部と2人で温泉宿に行って、2人で飯食って、2人でしっぽりと温泉入れってか! これはそういうことか! 男2人が仲睦まじくして、誰の得になるんだよ!」

 

「そりゃあ、h――」

 

「言うんじゃねえ! くっそ。俺様がこれを手に入れたら、真っ先に破り捨ててやる」

 

 それを聞いた卓也が一言。

 

「別にそこまでしなくても、売ればいいんじゃないかな?」

 

 午前の授業も滞りなく終了し、夏休みへと突入する。

 

 

 ◇

 

 

 それから、数日経った日の午後。蝉の合唱が少し遠くから聞こえる中、小雪の能力を確かめた凛は、寮への帰り道を一人歩いていた。

 ――――直に手合わせして、よりハッキリと小雪のことがわかった。あの脚力は凄まじい。速いし、重い……それと嗅覚とでも言うべきか、感覚的にどこを狙えばいいのかわかってるみたいだった。自分から実力を示すことをしないから、スポットが当たりにくいけど、相当の実力者だ。まぁ気持ちのムラが、モロに戦闘に影響するから、やる気を持続させてやらないといけないかな。本人は「冬馬の分も頑張る」って言ってたことだし。

 凛は、両手を胸元でぐっと握りながら宣言する小雪を思い出す。その冬馬は、組み手中も少し離れた場所で読書しながら、その様子を見守っていた。

 ――――しかし、わざわざ体操服でやる必要はなかったと思う。いや俺としては非常に眼福だったわけだが、小雪もスタイルいいからな。あの子は全然そんなこと気にしてないから、ハイキックやらバク転やら激しく動き回るし……別にやらしい目で見ていたわけじゃない! ただ戦闘に集中していると自然に目が入ってしまうだけ!

 

「はぁ……俺は誰に弁解しているんだ」

 

 凛はもう一度大きくため息をつくと、出来る限り、日陰を通りながら寮を目指す。雲に遮られることのない太陽が、容赦なく照りつけ、熱せられたアスファルトは、それに負けじと熱を放っていた。思考を中断した彼は、服をパタパタと仰ぐ。通りに生えた木の枝にいた猫も、暑さで参っているのか、ぐったりと寝そべっていた。その尻尾も地面へと力なく垂れ下がっている。

 ――――帰ったら、シャワー浴びたい……。

 そして、寮が目に入った瞬間、凛は言い様のない寒気に襲われた。それは、これまで過ごしてきた中でも感じたことのないもので、気づいたときには彼は走り出していた。

 門を開き、玄関を開け、リビングへと急ぐ。その間もプレッシャーはどんどん大きくなっていく。揃えられることなく、散らばったままの靴にも気を払わず、リビングへ通じる扉を開いた。

 最初に目に入ったのは百代だった。

 

「モモ先輩! なんかここから――」

 

 凛はダイニングテーブルに座る百代以外のメンバーを見て、その寒気の原因を一瞬で、というよりも本能的に感じ取った。そして、開いた扉をゆっくりと閉じて、深呼吸を一回。

 ――――まさかこんな展開になっているとは……。もう開けたくない。

 そんな凛の気持ちとは裏腹に、その扉は勝手に開かれた。

 扉を開けた百代は、救世主がやってきたと言わんばかりに晴れやかな表情をしている。ちなみに、扉は彼女の後ろ手でしっかり閉められていた。

 

「えーと……モモ先輩。何があったか説明してくれませんか?」

 

「もちろんそのつもりだ! こんなときに限って誰も帰ってこないから、私もどうしようかと思っていたんだ。実はな――」

 

 百代は小声で今までの出来事を話してくれた。

 暇だった百代は寮へと向かう途中、偶然に燕と出くわし、彼女も寮に用事があることを知って、2人で向かった。そこにいたのは、大和と京、マルギッテの3人だったらしい。

 最初は和気藹々と盛り上がっていた5人だったのだが、話が進んでいく内に、凛が学校で人気があるという話になり、それが次に大和のことへ移り、そして好きな人はいるのかというものに発展。突然のことに、当然彼は黙秘権を行使するも、マルギッテのごく僅かな動揺を、燕が看破し詰め寄った。百代も面白半分でそれに追随する。京もしかり。

 黙秘を続ける大和にも、容赦なく追及の手が伸ばされる。

 そこで聞かされる大和の気になる3人という事実。そして、マルギッテが既にその一席を占有していること。

 

「私はな……そうなのかって。面白いこと聞いたなって。これで、これからの弟いじりが、さらにおもしろくなりそうだなと思ったんだ」

 

 ――――なるほど……とりあえず、モモ先輩の不穏な発言は置いておくとして、マルギッテさんは旅館での反応を見てたけど、こういう方面ではさすがに隠しきれなかったのか。それとも、ごく僅かな変化を見逃さない燕姉が凄いのか。ともかくバレたわけだ。

 凛の促しを受けて、百代がさらに続けた。

 その事実に一番早く反応したのは京だった。しかし、彼女は取り乱すことなく、大和を真っ直ぐに見つめ、「一つだけ教えて欲しい。私が入っているのかどうか」と問うた。しばらくの沈黙のあと、彼は頷く。それに「……うん」と一言返し、席についた。

 最後に一人残ったわけだが、その前に燕が話しだす。「最後の一人は気になるけど、私は大和君のこと気に入ってるからね。今"は”先輩後輩の間柄だけど」そう言って、ウインクを飛ばした。

 

「燕が最後に言った言葉は、ほら……燕の家に行っただろ? 凛は洗い物してたときなんだけど、大和が久信さんのいる前で言った言葉なんだ」

 

 ――――ああ、俺が久信さんと一緒に怒られたときの日か。でも、燕姉にしては珍しいな。自分の方から好意を表すなんて……案外焦ったとか? それか、最後の一人が自分と分かってて、先手を打ち、なんらかの主導権を握ろうと……いや深くは考えない。

 

「なんかもう暴露大会みたいになってますね。まだ外も明るいのに……それでリビングはあの空気ですか?」

 

 扉越しに感じる重く冷たい空気に、凛は体を震わせた。しかし、それとは逆に、聞こえてくる会話は結構盛り上がっているようだった。

 ――――でも、それが余計に恐ろしい。大和は無事なのか? ここは友である俺が助けてやるべきではないだろうか。何か……空気を和らげられるもの……女の子の好きな物……甘いもの! 

 凛がそんなことを考えていると、ふいに2階へ通じる階段から足音が聞こえてきた。2人がその音の方向へ顔を向けると、そこには大きな欠伸をするクリスがいた。

 

「ん? 凛とモモ先輩、そんなとこで何をしてるんだ? リビングへ入らないのか?」

 

 凛はそこで閃いた。

 

「今入るところだ。ところで、クリスお腹減ってないか?」

 

「お腹? うーん……そう言われると若干減ってるな」

 

 クリスはお腹をさすりながら答えた。

 

「そうか……今からホットケーキでも焼こうと思ってたところだ。クリスも食べるか?」

 

 その言葉に、クリスは目を輝かせた。そして、軽い足取りで階段を降り、すぐにでもリビングの扉へ近づく。

 

「食べる食べる! ホットケーキかぁ……あのふんわりした生地にかかった甘い蜜と溶けかけのバター。時間が経てば、生地にじんわりと蜜が浸み込んで、またおいしいんだよなぁ。早く作ろう! 自分も手伝うぞ」

 

 クリスはその勢いのまま、豪快に扉を開け放つ。その瞬間、凛には心なしか、冷気とも呼ぶべき空気が足元を通っていったように感じられた。それは、いつの間にか彼の後ろに回っていた百代も同様だったようだ。

 しかし、クリスにとっては関係なかったようで――。

 

「なんだ、他にも大勢いるじゃないか。マルさん、今から凛がホットケーキ焼いてくれるんだって、一緒に食べよう。……ん? 大和はなんか元気なさそうだな。ははーん、さては自分と同じでお腹が減っているんだろう?」

 

 クリスはそう言って、大和の肩をポンと叩く。重く冷たい空気は霧散していた。

 凛はその様子を見て一息つくとともに、大和へアイコンタクトを送る。

 

「(大丈夫だったか、大和?)」

 

 それに気づいた大和も応答する。

 

「(助かった……姉さんが逃げ出したときには、どうしようかと思った)」

 

「(モテる男は辛いな。羨ましいよ)」

 

「(そんなこと絶対思ってないだろ! ……生きた心地がしなかった)」

 

 ここで凛はアイコンタクトを終わらせ、全員に聞こえるよう喋りだした。

 

「よし……じゃあ早速料理開始だ。クリス隊員、ボールの準備を。皆にはとりあえず、紅茶でも淹れようかな? 前にもらった茶葉が結構いいものだったから、それをご馳走しよう」

 

 そこからは、いつもの寮の日常へと戻る。凛が全員分の紅茶を淹れ、クリスはホットケーキミックスで生地作り、手持ち無沙汰な他のメンバーもそれに加わって、賑やかに進行していった。

 

 

 □

 

 

 日数はあっという間に過ぎさり、武道大会の前日――つまり、前夜祭の日。ファミリーの男連中は、寮の前で駄弁っていた。その格好はいつもの私服ではなく、全員が甚平を着ている。祭りの雰囲気が一気に出てきたことに、一番喜んでいたのは翔一。今もソワソワしており、目を離すと一目散に駆け出してしまいそうだった。

 そして、珍しくファミリーと共に行動している忠勝の姿もあった。黒髪に、少し色黒の肌、適度に筋肉のついた体。甚平が一番似合っているのは、この男であった。大和と一子の懇願に加え、他の男連中からも誘いを受けたからだ。

 少し派手な色合いの浴衣に身を包んだ子供。その手に引かれる親。祭りの空気に当てられたテンションの高い小学生。綺麗に浴衣を着込んだ女性など、これから屋台が立ち並ぶ多馬川の川原へ向かう人達が、寮の前を通っていく。この近辺の雰囲気が、どこか浮ついたものになっていた。

 武道大会に負けず劣らずの規模で行われる花火大会。川原の両側に屋台が設置され、多馬川には屋台舟も出される。当然、変態橋は車両通行禁止となっており、この時間は歩行者天国へと化している。そのメインとなる花火は、12000発を超えるらしく、この1週間、至るところに張り紙が貼り出されていた。

 玄関を開く音に、全員がそちらへと目をやる。

 

「おお……」

 

 声をあげたのは誰だったのか、もしくは全員だったのかもしれない。色とりどりの浴衣に身を包んだ女性陣が姿を現した。

 クリスはピンクの浴衣に赤に近い紫の帯。由紀江は鶯色の浴衣に、トーンを合わせたピンクの帯。京は白に近い薄い水色の浴衣に、白から紫に染められたグラデーションの帯。一子はパーソナルカラーとも言える黄色の浴衣に、オレンジの帯。

 その後に続いて、百代と燕が現れる。

 燕がいるのは、浴衣の着付けのためでもあった。白にグラデーションのかかった桜とその花びらを散らした浴衣に、紅い帯。彼女は大和の方へと歩いていく。

 それとは反対に、百代が凛の元へと歩いてきた。黒に白と薄い紫の蝶が舞い、その合間には紫の桜が散っている浴衣。帯は明るめのピンク色で、それがいいアクセントになっていた。ウェーブのかけられた髪は、サイドアップにまとめ、胸元の方に垂らされている。

 ――――めちゃくちゃ可愛い! これがモモ先輩。やばい……なんかもうやばい。

 ぼーっと見つめるだけで、何も言わない凛に、百代が声をかける。

 

「ど、どうだ? 美少女すぎて声も出ないか?」

 

 その声に我に返る凛。

 

「え、いやすっごい可愛いです。なんかもう、うん……可愛い。あ、川神の花もつけてきたんですね。似合ってます」

 

「そうか――」

 

 よかった。口に出そうになった言葉を百代は飲み込み、いつかのように、川神の花に軽く触れる。

 

「せっかくだからな。結構気に入ってるんだ。……凛も、その……似合ってる。かっこいいぞ」

 

「あ……ありがとうございます」

 

 いつもよりたどたどしい会話をする2人。

 会話が途切れたところで、百代はおもむろに凛の甚平を掴んで、胸元の形を整えるように引っ張る。彼はそれをただ見ていた。彼女は目が合うと、照れくさそうに笑う。

 

「ちょっとやってみたかったんだ」

 

 ――――なんなんだ、この可愛い生物は! 俺を殺そうとしている。間違いない。大会が始まる前に、俺を亡き者にしようとしている。

 そこへクリスの声が聞こえてくる。

 

「マルさん! 似合ってるんだから、そんな恥ずかしがることないぞ。自分が保証する。それに早くしないと、屋台の食べ物がなくなってしまうかもしれない!」

 

 それに京がツッコミを入れる。

 

「クリスはただ自分が早く行きたいだけだよね」

 

 藍色の浴衣にピンクの帯のマルギッテが、人前へ出るのを渋っていた。

 

「お、お嬢様。そんなに引っ張らないでください。うぅ……やっぱり私はいつもの格好で!」

 

「ダメだ! ほら、行くぞ。似合ってるから。ほら見ろ、岳人も興奮してるじゃないか」

 

「貴様! 変な目でお嬢様を見るんじゃない! ……と、大和も引っ張らないでください」

 

 翔一が全員揃ったかを確認して、声を張り上げる。

 

「よーし! それじゃあ早速祭りに突撃だー! 今日は目一杯遊んで、明日に備えるぞー!」

 

「カキ氷、イカ焼き、たこ焼き、リンゴ飴に、わたがし、チョコバナナ、フライドポテト……今日のために、私お小遣い貯めておいたのよね。お腹が鳴るわ」

 

 目をランランとさせる一子を見て、忠勝が注意する。

 

「一子。明日は大会があるんだからな。食べ過ぎて調子崩すんじゃねぇぞ。挑戦するんだろ?」

 

「わかってるわよ、タッチャン。明日はよろしくね」

 

 武道大会での一子のペアは、昨日忠勝に変更されていたのだった。彼女の話では、天神館の島は急遽石田と組むことになり、その連絡を入れてきたのだ。彼女は、何度も謝罪する彼を許したのだが、ペアがいないことには大会に出ることが出来ないため、大和へ相談するため寮へと向かった。しかし、そこに彼の姿はなく、代わりに忠勝がおり、その話を聞いた彼がペアの話を持ちかけたのだった。

 島は、今日の正午過ぎにも一度川神院を訪れ、詫びの品とともに謝罪に訪れていた。

 凛も最初は腹を立てたものの、一子がすでに許していること、正式に謝罪をいれたことなどを聞いて、怒りを収めた。他のファミリーも似たようなものだった。

 それは置いておいて、ファミリーも既にお祭りにテンションをあげていた。

 

「皆さんとのお祭りとても楽しみですね、松風」

 

「昔のおいらたちとはおさらばさ! 今日は最高のメモリーを刻み込んでやろうぜー! フゥ~☆」

 

 弾んだ声で松風に話しかける由紀江。

 

「浴衣美人がそこらじゅうから集まってる……このナイスガイに声を掛けられるのを待っている! ところで、モロは浴衣で女装しねえのか?」

 

「ガクトは僕に何を求めてるのさ! でも、文化祭では女役やらされるかもしれないから、一度は着といたほうがいいのかも……」

 

 甚平も肩までめくり上げている岳人と悩む卓也。

 

「ほーら、大和くん行くよ」

 

「燕先輩!? そんなに引っ付かれると、その……」

 

「そうです、燕先輩。大和から離れてください。大和が困ってます」

 

「椎名京! あなたもそう言いながら、大和の腕を抱くのをやめなさい!」

 

 ワイワイ騒ぐ燕と大和、京、マルギッテの4人。それをチラリと確認して、「美女が待ってる!」と叫ぶ岳人。

 

「それじゃあ犬! 自分と金魚すくいで勝負するか!?」

 

「臨むところよ! 明日の大会の前哨戦ってやつね。クリに勝って、弾みをつけるわ!」

 

「おもしろそうなこと話してんじゃねぇかー。俺もやる! 俺もやる!」

 

「お前ら、夢中になりすぎて袖とか濡らすなよ……って、走ったらあぶねえぞ」

 

 腕まくりをするクリスと一子、そこに加わる翔一。その保護者をする忠勝。

 

「祭りってなんかワクワクさせてくれますよね。みんなのテンションも一段と高いし」

 

「そうだな。いつもと違う雰囲気だからじゃないか?」

 

「ですかね?」

 

 そんな彼らを最後尾から見守りながら、ゆっくり歩く凛と百代。2人の手は触れ合いそうで、触れ合わない。

 歩いているうちに、人の数もどんどん増え、それに比例して賑やかになっていく。ふいに、後ろからの人波に百代が押され、軽くバランスを崩した。それを見過ごす凛でもなく、彼女をそっと支える。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、悪い。慣れていないから、こけそうになっただけだ」

 

「その、手……つないどきますか? ほら! 人も多いし、はぐれると困るだろうし、さっきみたいなことがあっても助けやすいし――」

 

 ――――いやいや俺なんか理由並べすぎじゃないか!? 絶対変に思われた!

 

「いや、すいません! 別に大丈夫ですよね。さっきのは忘れてください」

 

 そう言って、凛は差し出した左手を即座に引っ込めようとするが、それはできなかった。百代がその手をしっかりと握ってきたからだ。彼女はつながった手を見てから、顔を上げ、彼に微笑んだ。

 

「今日は……その言葉に甘えとく。ありがとう」

 

「あーその……どういたしまして」

 

 その笑顔は、凛をどきまぎさせるのに十分だった。

 屋台のある場所はすでに人ごみでいっぱいとなっており、少し目を離した隙に、他のメンバーともはぐれてしまっていた。

 ――――手をつなげたのは嬉しいけど、これ知り合いに見られたら、なんて言い訳したらいいんだ? 離せばいいんだろうけど、離したくないな。

 奇しくも、同じことを考える2人は、人の流れにのって、屋台がある川原へと降りていく。

 




お待たせしました。

全然執筆が進まず、かなり悩んでいると時間だけがあっという間に進んでいました。

これからもそれなりに時間がかかると思いますが、しっかり書き進めていきたいです。

お付き合いいただけると嬉しいです。

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