真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『若獅子タッグマッチトーナメント2』

「くそ……今日もしかしたら、見られるんじゃないかと期待していたのに、夢も何も見ない熟睡ぶりだった」

 

 凛は洗面所の鏡の前で支度を整えながら呟いた。その言葉通り、体調は万全だった。

 リビングには忠勝と由紀江が先に座っており、凛から遅れること数分で皆が席についた。マルギッテは所用で外に出ているらしい。

 朝食は、試合に勝つという意味を込めて豚カツが用意されている。

 当然、朝の話題は今日行われる本選のことになった。テレビでもちょうどそのことに触れており、司会である龍造寺と雪広アナがそれぞれのオススメの試合を取り上げている。

 それを見た翔一が声をあげた。

 

「ひゃっほー! 見た見た!? 俺映ったぜ! 注目だって!」

 

 龍造時が取り上げたのが翔一と大友のペアだったのだ。その戦い振りはクレイジーと言わせるほど度胸と運が必要なもので、麗子などは皆のお茶を入れてやりながら呆れている。

 次に雪広アナが取り上げたのは、岳人と長宗我部のペアだった。

 彼らの相手は十勇士の毛利と弓子といった弓使いのコンビだったが、長宗我部が先頭に立って飛んでくる矢を引き受け、その後ろを走っていた岳人が毛利にトドメを刺すという男気溢れる戦い方だった。

 雪広アナの素敵発言に、凛も頷きを返す。

 

「ああいうパートナーを信じて戦う姿はいいよな」

 

「凛の言いたいことわかるぜー。『ここはまかせて先に行け』って感じが熱いよなぁ!」

 

 翔一がグッと握りこぶしを作りながら相槌をうった。続けて、クリスも同意する。

 麗子は息子が映ったのを喜びながらも、将来の嫁が現れて欲しいと願っているようだ。しかし、盛り上がるファミリーの中で一人浮かない顔の大和。

 それに気づいた京、忠勝が続けて心配する。

 大和が浮かない理由――それは、戦いにおいて何の役にもたっていないということだった。

 

「正直、俺がペアじゃなくてもいいんじゃない、とか思ったりしてさ」

 

 そこで大和はもう一度深いため息をついた。

 それに答えたのは、お茶を飲んでリラックスする凛。そして由紀江だった。

 

「それは予選だったからだろ? まさか今日も立ってるだけで優勝するつもりか?」

 

「そうです。今日は嫌でも出番がありますよ」

 

 忠勝も片付けをしながら、大和に声をかける。

 

「いじけてる時間があるなら、体でも動かしたらどうだ? そっちの方がよっぽど建設的だぜ」

 

 そこで、ようやく大和は前向きになる。しかし、クリスの無邪気な発言が彼を動揺させる。

 

「大和はそれほど燕先輩の役に立ちたかったのだな。いい心がけだ」

 

「う……」

 

 大和が固まった。凛は湯のみをいじりながら、ニヤニヤと事の顛末を見守っている。

 そんな大和を見て、松風が喋りだす。

 

「あらまぁ。ウブじゃんよぉ大和坊」

 

「んん……さて、体でもほぐしておくか」

 

 嫌な流れになってきたのを肌で感じた大和は一人席を立つも、その一言に反応する者がいた。

 

「バッチこい! ほぐしまくるよ!」

 

 京である。気づいたときには、大和の隣に立ち、両手を大きく開いていた。

 

「そういう意味じゃねぇ! 一人でできるから」

 

 大和は慌ててリビングから出て行こうとするが、そこへちょうどマルギッテが入ってきてぶつかってしまう。そして、倒れそうになる彼を彼女が引っ張りあげた。

 

「大和! ちゃんと前を見て歩きなさい!」

 

「ああ、ごめん。それで……その、掴んでいる腕を放していただけると嬉しいんですが」

 

「体をほぐすのでしょう? 聞こえていました。私が付き合ってあげます。感謝しなさい」

 

 マルギッテはそのままずりずりと大和を引っ張っていく。「一人でできるって言ってんじゃん」といってジタバタする彼は無視である。その後ろを至極当然といった様子でついていく京。

 そんな3人に凛が話しかける。

 

「あと15分くらいで迎えの車が来るから、忘れないようにな」

 

 その途中、大和が助けを求めていたが――無視である。

 京が時計を見ながら、おもむろに聞き返す。

 

「それ……もうちょっとあとにならない?」

 

「なるわけないだろ。何する気だ?」

 

「何って……男と女が集えば、ね」

 

 その問いかけに、京は両手を頬に添えて、意味深な様子で顔を赤らめる。由紀江がそれを見て、同じく顔を赤くした。それに加えて「さすが京姉さん。朝からアダルトだぜ」と言う松風。

 それを見て、麗子がため息をつく。

 

「うちの岳人も、大和ちゃんぐらい甲斐性があればねぇ」

 

「いや麗子さん、あれはあれで問題ありだと思いますよ」

 

 凛は3人が出て行ったドアを見つめながら、言葉を返した。

 島津寮は今日も平常運転だった。

 

 

 ◇

 

 

 会場の歓声は昨日を遥かに上回っているように感じられる。リング上は朝日を浴びて、いっそ清らかな場所に見えた。今日この日、最後までこの舞台に立っていた者が、若獅子の頂点に立つ者となる。証人は全世界の住人。

 そこに一人の精悍な男性――田尻耕。七浜で執事を行っている――がマイクを持ち、進み出てきた。

 

『皆様、大変長らくお待たせいたしました! 若獅子タッグマッチトーナメント、本選開始でございます!!』

 

 その一言に続いて、会場が揺れるような大歓声――。

 これではマイクを通しても声は通らないと感じた田尻は、歓声が落ち着くのを待つ。その間、本選出場の選手は、皆紹介される順番に通路に並んでいた。会話を交わす者、目を閉じて落ち着いている者から自分の武器を確認する者、軽く体を動かす者まで様々である。

 そこからリングに上がるまでの道――ロープで規制されており、文字通り一本道の両側には、選手入場のときだけ、特別にカメラマンが入ることを許されており、まるで何かの武器かと思えるほど厳しいカメラが設置され、そのときを今か今かと待ち構えていた。

 田尻の自己紹介ののち、実況の稲田堤、解説の百代と新しく抜擢された石田が紹介され、会場の観客に被害が及ばないようにするための4人の超越者――鉄心、ルー、釈迦堂、鍋島――があとに続く。

 

『次代を担う若き獅子たちの咆哮を聞きたいかぁー!!』

 

 割れんばかりの歓呼の声が、会場に響き渡った。それに頷いた田尻は、自らもそれに負けじと声を張り上げる。

 

『それでは、トーナメントを戦う選ばれし16チームの入場です! まずは――』

 

 名を読み上げられた者たちが次々に姿を現していく。そして、その度に夥しい数のフラッシュが途切れることなく瞬いた。

 義経と京(源氏紅蓮隊)。

 長宗我部と岳人(400万パワーズ)。

 心と由紀江(雲上人)。

 与一と清楚(桜ブロッサム)。

 育郎と鉢屋(無敵童貞軍)。

 ???と???(ミステリータッグ)。

 マルギッテとクリス(大江戸シスターズ)。

 弁慶と辰子(デス・ミッショネルズ)。

 英雄と準(フラッシュエンペラーズ)。

 亜巳とクッキー(アーミー&ドッグ)。

 一子と忠勝(チャレンジャーズ)。

 大友と翔一(ファイヤーストーム)。

 小十郎とステイシー(ワイルドタイガー)。

 羽黒と天使(地獄殺法コンビ)。

 燕と大和(知性)。

 ようやく最後の一組となる。

 

「リンリン、見てみてー。ハートになってるマシュマロあった」

 

 小雪はフニフニとそのマシュマロをいじりながら、凛に見せびらかした。

 

「小雪……ハートはわかったから、食べるか袋に戻しなさい。もう名前呼ばれるから」

 

「……はむっ」

 

 小雪はそれをすぐに口に放り込むと、もぐもぐと動かす。

 

『さぁーついに最後の一組になりました! 止められるものなら止めてみろ! 立ちはだかる敵はなぎ払う! リングに吹くのは銀白の風! スノーベルだ!』

 

 とりあえず、凛が先に歩き出し、その後ろを小雪がついてくる。シャッターが切られる前に、なんとか食べきったらしい。

 

「優勝以外に興味はないです」

 

「ぼくたちの戦いはこれからだぁ!」

 

 全てのチームの紹介が終わったところで、トーナメントの組み合わせがランダムに決まり、その結果が巨大モニターに映し出された――が、それはあくまで仮であり、このあとの試合開始までの1時間で、出場者同士の合意の上で変更可能である。

 

 地獄殺法コンビvsワイルドタイガー。

 大江戸シスターズvs 400万パワーズ。

 アーミー&ドッグvs ファイヤーストーム。

 源氏紅蓮隊vs雲上人。

 

 チャレンジャーズvs無敵童貞軍。

 桜ブロッサムvs フラッシュエンペラーズ。

 デス・ミッショネルズvs知性。

 ミステリータッグvs スノーベル。

 

 ここで、一旦選手たちは控え室に戻っていく。

 

 

 ◇

 

 

 その控え室で動き出したのが、知性チームとミステリータッグチームだった。前者は第1戦からパワータイプのデス・ミッショネルズとの戦いを避けるためで、初っ端の出番に緊張する羽黒との交渉――と言っても、彼女はかなり乗り気ですぐに合意に至った。

 一方、後者は桜ブロッサムと控え室を出て行った。

 凛はその姿を見送りながら、ほっと一息つく。その理由は簡単だった。

 ――――揚羽さんとヒュームさんのコンビなんて、ここのメンバーの大半一捻りだろ。出場の理由は聞いていたけど、本当みたいだな。もし間違いがあって、俺のとことあたっていたら……。

 そこまで考えた凛の背筋が冷えた。小雪はその横で足をブラブラさせながら、周囲をキョロキョロと見渡している。

 ――――俺が片方の相手をするのはまだいい。でも、小雪にあの面子は重すぎる……まぁ俺の方も死力を尽くすことになるだろうけど。

 

「ま、済んだことだから、気にする必要もないな」

 

「ん? どうかしたの、リンリン?」

 

「いやなんでもない。みんなところへ行こう」

 

 その間も控え室では、翔一や岳人を中心にして、明日の新聞について盛り上がっている。あのフラッシュを受けては、嫌でも意識させられるというものだろう。燕などは別の意味で喜んでいた。

 結局、動いたのはその2チームで、正式決定のトーナメント表は下記の通りとなった。 

 

 知性vsワイルドタイガー。

 大江戸シスターズvs 400万パワーズ。

 アーミー&ドッグvs ファイヤーストーム。

 源氏紅蓮隊vs雲上人。

 

 チャレンジャーズvs無敵童貞軍。

 ミステリータッグvs フラッシュエンペラーズ。

 デス・ミッショネルズvs地獄殺法コンビ。

 桜ブロッサムvs スノーベル。

 

 その表を見た瞬間の準の一言が、凛にとってはとても印象的だった。

 

「FF5で予備知識なくオメガに触って、瞬殺された思い出が何故か頭をよぎったんだ」

 

 もう対戦相手が変更されることはない。

 

 

 □

 

 

 順次、試合が行われていく。第1試合目は知性vsワイルドタイガー。大歓声に嬉しそうに応え、自然体を貫く燕と熱く燃える小十郎が対照的だった。戦いは初手からのステイシーがばらまいた手榴弾で派手に始まる。リング上は煙で充満し、その隙に弱いほう――大和を叩く戦法をとるワイルドタイガー。

 モニターを見ていた小雪が声をあげる。

 

「あっ……大和がリングの外に出た。あんな方法もあるんだ」

 

「大和に真正面から敵と遣り合えってほうが無理あるしな」

 

 凛が喋っている間にも、リング上に動きがあった。小十郎は燕を引きとめ、ステイシーがリングを飛び出し大和を追う――が、それに失敗する。

 燕が小十郎に一撃を見舞い、ふらついたその隙に移動して、ステイシーのがら空きになった背の急所を抉ったからだ。

 そのまま、吹き飛ばされるステイシーを横目に燕が呟く。

 

「ムキになってしぶとい正面の相手を倒すより、隙をみせてる相方狙ったほうが、話が早いよね」

 

 ――――相変わらず容赦ない。当たるとすれば決勝か……俺がインファイトで引きとめて、小雪に大和を追撃させる。このパターンが安全ではあるが、二の舞になりかねない。集中的に狙っていくべきかな。

 第1試合目は知性チームの勝利で終わった。

 

 

 ◇

 

 

 第2試合目は大江戸シスターズvs 400万パワーズ。これはクリスの突きが岳人に決まり、大江戸シスターズが勝利した。

 第3試合目はアーミー&ドッグvs ファイヤーストーム。接戦の末、クッキーが大技を決めようと空へ上がった瞬間、大友の大筒による集中砲火を受け墜落し、ファイヤーストームが駒を進めた。

 第4試合目は源氏紅蓮隊vs雲上人。クローン組の初戦ということもあり、かなりの盛り上がりをみせた。戦いは、身内との戦いにいま一つ全力を出し切れない由紀江が徐々に追い込まれ、そのフォローをしようした心が逆に隙をつかれて敗北する。

 これによって、準決勝の組み合わせができあがった。

 知性チームvs大江戸シスターズ。

 ファイヤーストーム vs源氏紅蓮隊。

 なおも試合は続き、第5試合目チャレンジャーズvs無敵童貞軍。これはかなりあっさりと片がついた。一子が片っ端から鉢屋の分身を切って相手している間に、忠勝が一撃を決め勝利。

 実はこの試合が始まる前に、鉢屋が色々と工作を施しておいたのだが、そのことごとくが失敗に終わっていた。一番の驚きは、摩り替えた飲料水が一子本人に見破られたことだったろう。

 続く第6試合目ミステリータッグvs フラッシュエンペラーズ。結果だけ言えば、ミステリータッグの勝利だった。その正体は揚羽とヒュームで、出場理由は英雄をここで断念されることと大会を内から監視するためであり、その目的を果たした今、彼らは自らここで棄権を宣言するに至った。ちなみに、ヒュームが参戦できた理由は、川神学園の生徒だからOKということになっていた。

 第7試合目はデス・ミッショネルズvs地獄殺法コンビ。まさに瞬殺であった。弁慶が天使をガードの上から吹き飛ばしたかと思うと、その勢いのまま、辰子と共に羽黒を挟み撃ちしラリアットで戦闘不能に陥らせる。下馬評通りの実力を見せ付けた。

 そして、第1戦最後の試合が桜ブロッサムvs スノーベル。

 田尻の声が会場に響く。

 

『さぁ第1戦目最後の試合は武神の注目カード! 桜ブロッサム対スノーベル! 両チームともに前へ』

 

 小雪は少し待ちくたびれたのか、両腕を高く突き上げて伸びをした。そんな彼女に凛は苦笑をもらす。

 

「小雪、作戦通りに頼むぞ」

 

 小雪は頷きを一つ返すと、伸ばした腕を戻して、今度は胸元で握りこぶしをつくった。

 

「まずは1勝とりにいこう」

 

「おー!」

 

 与一と清楚も会話が終わったのか、真っ直ぐに凛たちを見据えている。会場が徐々に静かになっていった。

 

『それでは、いざ尋常に……はじめぃ!!』

 

 掛け声と共に大きく距離をとったのは与一と清楚。これは最初から予想が出来ていた。すかさず、凛と小雪が揃って距離を詰める。

 ――――さすがに、弁慶から逃げ回ってるだけあるな。

 凛が変に感心するほど、与一の逃げは見事なものだった。とにかく、距離をとろうとリングの外も巧みに使って、接近戦に持ち込ませない。

 一方の小雪は、既に清楚に取り付き一方的な攻勢にでていた。それを避ける彼女の表情は一杯一杯という印象を受けるが、その身のこなしは、ヒラリヒラリと舞う蝶のようで余裕があるように見えた。捕らえられると思ったら、次の瞬間には手から逃れている。

 ――――小雪は避けられる度に、攻撃が少しずつ雑になってる。やる気を失わないのは嬉しいが、逆に鬱憤がたまってるのか。でも……これで終わりだ。

 凛は次の一歩に力を込める。それを示すかのように地面にはめり込んだ跡。小雪の声が聞こえた気がした。

 狙うは顎――。

 目を見開いた与一が確認できる。あとは右拳を打ち込むだけで、彼を戦闘不能にできるだろう。

 

「リンリン!」

 

 今度は凛の耳にもはっきり聞こえた。次いで――。

 

「だめぇぇーーー!」

 

 清楚の声だ。それに乗じたのは与一。凛が飛ばされたあとを考慮して、そこを狙うため体を仰け反らせながら、弓を番えようとする。

 ――――まさかあの距離を詰めてきたのか!?

 凛は急遽狙いを変更して、弓を持っている与一の左腕に手刀を落とすと、なんとか右に跳んだ。地面から足が離れた瞬間、清楚の両手が彼の左腕を思い切り押した。殴りはされないと思いながらも、自然と防御をとっていた。直後、彼女から放たれたとは思えないほどの威力に、凛は両足を踏ん張って耐える。リングから落ちることはなかったが、2人からだいぶ離れてしまった。

 ――――やっぱり何かおかしい。それに清楚先輩の気を初めて感じた……。

 凛は距離が離れた2人を視界に収めながら、左腕の動きを確認した。特に支障はない。本当にただ押されただけだった。逆に与一は腕が痺れているようだ。弓を持ち上げようとしない。

 傍に来た小雪が声をかけてくる。

 

「ごめん、リンリン。気づいたら飛ばされちゃった」

 

 シュンとする小雪に、凛は笑顔を向ける。

 

「俺も飛ばされたからお相子だ。にしても、驚いたな」

 

「僕もだよ。なんか与一がピンチの姿見た瞬間、こうグワッて感じになって、ビュッと消えちゃったんだ」

 

 葉桜清楚。その存在は謎。類まれなる運動神経と、その姿からは想像しがたいパワーをもっているが、それとは裏腹に争い事を好まない穏やかな性格をしている。学園に多くのファンを持ち、現在もその活躍に会場が湧いていた。甲斐甲斐しく与一の心配をしている彼女の姿も実に似合っている。一部の応援席からは「清楚ちゃんマジ清楚!」と声を合わせた応援――のようなものが聞こえた。

 凛は一人呟いた。

 

「清少納言か……」

 

 正体に対する本人の言である。きっとファンたちもそうであると信じているだろう。もしくは紫式部。

 しかし、凛は清楚の気の全容――荒れ狂うように渦巻く気の嵐とそれを覆う固い殻――を視たというより感じた。何せ、彼女から攻撃されたのは初めてである。押し出しを攻撃と言っていいものかどうかはともかく、その漏れ出した気の根源を知った。

 ――――これはますます名のある猛将である可能性がでてきたな。しかも、あの様子から考えると、イメージと違ってかなり破天荒そうだ。破天荒な清楚先輩とか違和感ハンパないけど……いつもの笑顔で「待ってー」とか言いながらも、こちらを足止めするために軽々と大型トラック放り投げたりするとか?

 

「何それ? 怖すぎる……と、小雪。作戦変更だ。もう一つの方でいこう。清楚先輩には悪いけど、それはこの大会に出た自己責任ってことで」

 

 ――――まぁ、なんだかんだで無傷そうだし。

 凛の言葉に、小雪がバッと振り向いた。

 

「! ……それはリンリン。僕の出番!」

 

「その通り! 小雪に全てをまかす」

 

「おっけ~」

 

「返事軽ッ! よろしく頼むよ」

 

 2人はコツンと拳を当てる。行動を開始した。

 実況の声が響く。

 

『しばしのにらみ合いが終わった模様! 意外な伏兵の登場に会場が湧きあがっているが、これをどう崩していくのか見物です!!』

 

 小雪が凛から離れると、会場に気合の入った声が木霊する。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 発生源は凛。彼は自身の固く握り締めた右拳をリング上に叩きつけた。

 ドン!

 腹の下をつくような重低音ののち、たった一度の揺れ――しかし、観客が揺れを確かに感じられるほどはっきりとした振動が、会場全体を襲った。そして、彼らの目はリングに釘付けとなる。

 なぜなら、その震源地点である凛を中心とした深い窪みが、リングの半分以上を飲みこんでいたからだ。だが、現象はそこで収まらない。さんざん若獅子たちが暴れまわったコンクリの地盤は、みしみしと至る所で嫌な音を鳴らすと、間を置かずして拳圧の生じさせた衝撃波によってめくれ上がり、それが津波のように与一ら2人を飲み込まんと大きな牙を剥いたのだった。

 

『な、な、なんとぉー!! 凛選手! お返しとばかりに、予想外の攻撃にでましたぁ!!』

 

「チッ!」

 

 舌打ちをした与一は、さらに距離をとるためリング端へ跳び、痺れる腕を持ち上げ弓を番える。清楚はすぐさま彼の後ろのリング外――リングの下へと避難させた。直後に頭上を何かが通り過ぎるのを感じる。彼の目はその何かをハッキリと映していた。リングの床に敷かれていた四角形のコンクリ――厚さは20cm以上、縦横60cmのものである。すぐに背後で重たい音が鳴り響いた。壁かあるいは地面とでもぶつかったのであろう。続けて、似たような轟音が四方から鳴った。

 人為的に起こった風が、与一の髪を乱暴にあしらう。ただの一振りで状況を一変させた。

 化け物かよ。与一は額に汗を流しながら、煙の奥を見据え続ける。実力があることはわかっていた。ヒュームらの弟子であり、体育祭のときには、仮にも自身の弓をかわした男である。校内でも挑戦者を軒並み倒し、武神と打ち合うなどそれ相応の実績を残しているのも聞いていた。それでも、向かい合ったときの印象がどうもチグハグで実感できなかった。しかし、今ならわかる。いや正確に言えば把握できない――瞬間的な力を放っただけで、今ではそれが嘘だったように気配がない。そして、最大の理由は自分がその場所に立っていないから、わからないということだ。もうそこから先は一括りにまとめるしかない。

 

 

 超越者。またの名を壁を超えた者――。

 

 

 そのランクに間違いなく属していると悟った。清楚の援護がなければ、先の攻撃で終わっていただろう。

 腕の痺れはとれないが、もう遅れはとらない。与一は決意を新たにした。破片が頬を掠めていくが、気にも留めなかった。

 

「ハッ! 予選では弱い相手ばかりで退屈してたんだ。かかって来い……狙い撃ちにしてやるぜ」

 

 与一は少し強引に笑みを作って、小さく呟いた。構えをとくことはない。といた瞬間に終わりだと、先ほどから彼の勘が警鐘を鳴らしているのだ。それにも関らず、どこから来るのか検討もつかない。清楚の方に気を配ることさえできなかった。審判がジャッジをしていないということはまだ終わっていないのだろう。

 一方、観客席に押し寄せる破片や砂煙は、見えない壁に押し返されるようにして、空へと舞い上がっていた。もうもうと立ち上るそれは、太陽の光さえ翳らせようとしている。その後、時間をおいてパラパラと小さな破片が、リング上――土台全てが壊れていたわけではないため――へと降ってきていた。

 凛は一歩先の見えない中で息を潜めていたが、機を見計らってゆっくりと動き出す。

 

「これで清楚先輩もどうしようもないだろ。小雪の方はタイムリミットあるし」

 

 少し薄れてきた煙が戦いの再開を暗示していた。実況者がマイクをにぎる。

 

『み、皆様……私の目の前は砂煙で充満しておりましたが、ようやくうっすらとではありますが、選手の姿が……あっ!』

 

 一方は直立不動の影。もう一方はそれに迫る影が映る。前者は与一。後者は凛。

 ――――清楚先輩は動かないな。本当によくわからない……。

 凛はそれを確認すると、ピタリと動き回るのをやめた。あのときと同じ与一の刺すような視線が、しっかりと自分を捕らえているのがわかったからだ。弓を引くときは集中しなければならない。この距離なら一瞬だけ自分に気をそらせれば事足りる。もちろん、矢が飛んできたときのための用心も忘れない。

 しかし、その前に、小雪が空からトドメを刺してくれるだろう――。

 一際大きな衝突音が鳴ると、試合終了のアナウンスが聞こえてきた。

 

『試合終了です! 勝ったのはスノーベル! 小雪選手が、まるで鷹のように上空からの鋭い一撃で与一選手を仕留めましたぁ! 目を引く出来事は全てこのための布石だったのか!? これによって次の準決勝、相手は同じ優勝候補の一角デス・ミッショネルズ!! 私は今からこの戦いが楽しみで仕方がありません!』

 

 続いて、解説の2人組。百代が話し出す。

 

『あの凛に当てた清楚ちゃんの正体も気になるところだが……強力な弓に対して、目くらましは有効な手段だった。加えて、砂煙に紛れて、上空に飛び上がっての攻撃も見事だったな。あの状況でそれを見極められる奴はそういないだろう。あと壊れたリングは、鍋島館長が新しい物を用意してくれるようなので、心配いらないぞ』

 

 それに石田が付け加える。

 

『にしても、あの跳躍力も凄まじいものだな。恐ろしいほどの滞空時間を有していたぞ』

 

 これにより、次戦の組み合わせも完了となる。チャレンジャーズは準決勝を不戦勝のため、そのまま決勝進出。

 よって、デス・ミッショネルズ対スノーベル。

 

『では、ここで一旦小休憩を挟みたいと思います――』

 

 

 □

 

 

 紋白はクラウディオより渡されたドリンクを飲むと、ほっと一息ついた。

 

「しかし、凛の奴なかなか派手にやってくれたな。次は弁慶たちとの試合か……どのような物になるのか想像がつかないな」

 

「それにしても、先輩方の試合はすごいわねぇ。私のハートにビンビン響いてきちゃった」

 

 クラスメートのオカマ――阿部が相槌をうった。

 

「我らも見習い、更なる鍛錬を積まねばな! フハハ」

 

 

 ◇

 

 

 九鬼の極東本部――。

 先の試合を見ていた局が口を開く。

 

「あれがヒュームらの弟子という夏目凛か……中々堂に入っているではないか。従者の中で気の早い者などは、あれを後継と見ているらしいが、将来が楽しみな男だな」

 

 その隣で観察していたマープルも頷いた。

 

「私も初めて見ましたが、あのボーイはまだまだ底を見せていませんね。全く、とんでもないのを呼び寄せてくれたもんです。次の相手は、弁慶ですが……厳しい戦いになりそうですね」

 

 そんな彼女らの後ろで、桐山は静かにリプレイされる映像を眺めていた。

 試合はまもなく、準決勝の第1試合目が始まろうとしている。

 




かなり早くできました。
更新期間が無茶苦茶ですいません。

今回は力の片鱗を見せた凛を書いてみたのですが、少しはうまくなっているでしょうか?
なかなか難しい。

次話も半分ほど書き終わっているので、次の更新も早くできそうです。
自分で書いていて、その内容を楽しんでいるせいか、執筆がのっています。
これを更新したあとも執筆!
楽しい!!

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