真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『→島津寮』

 凛は川神駅まで送ってもらったことに礼を言い、クラウディオと別れた。その足で品物を選びに行こうとしたが、ここで役に立ったのが満の情報だった。なんでも七浜近くにある百貨店で、物産展があるとのことで、彼はすぐさま電車に乗り込むのだった。

 時刻は夕方。凛はこれから自分の生活の拠点となる寮の前にいた。人間第一印象が重要だ。深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けてから呼び鈴を鳴らす。

 

「…………」

 

 誰も出てくる気配がない。たっぷり間をとってから、気を取り直して、もう一度呼び鈴を鳴らす。

 

「…………。誰もいないのかな?」

 

 凛がもう一度呼び鈴を押そうとしたとき、庭の奥から声が聞こえてくる。ほっとして、再度深呼吸。

 少し待つと、声の主が現れた――しかし、それはどう見ても人間ではなく、丸いフォルムが愛らしいロボットだった。着ぐるみを着ている様子もなく、表面は磨き上げられツルッとしたそれが喋って動いている。彼も男の子だ。ロボットが動き喋る世界に憧れなかったわけではない。しかし、実際初めて言葉を交わすとなると、とまどってしまう。

 

「どちらさま?」

 

「…………えっと」

 

「何かの勧誘ってわけじゃなそうだね。でも怪しい。何者だ!?」

 

「!?」

 

 叫んだかと思ったら、そのロボットは丸いフォルムから人型に変形し、内蔵されてあったビームサーベルを取り出した。変形後は態度も高圧的であり、声も変わっている。

 ――――あれ?俺の方が怪しいのか?このロボのほうが怪しくないか?しかも、なぜこんな短気なんだ。まさかと思うが、ビームサーベルで斬りかかって来ないよな?

 ビームサーベルからは動力源の音なのか、微かにヴーンという音が絶えず聞こえてくる。凛はもしもに備えて、相手との距離感を測りながら口を開く。

 

「あーすいません。ちょっと驚いて。今日からここに住む夏目凛です。これ学生証」

 

「ふむ。ピッピ、ピッピ……照合の結果、確かに間違いないようだな。それならそうと早く言えばいいものを」

 

 凛が怪しい人物でないと分かったからか、ロボットはまた丸いフォルムに変形した。ガシャンガシャンと音を立てながら、変形する様はとても興味深い。彼はだいぶ落ち着いてきたのか、その変形を楽しんだ。

 

「大和から話は聞いてるよ。いらっしゃい凛。僕の名前はクッキー。どうぞ中へ入って、お茶でも出すよ。今みんな出かけてるんだ。あと荷物はもう部屋に運び込んであるからね」

 

 そんなロボット――クッキーに、凛は礼を言いその後ろを付いていきながら、島津寮に入っていった。そして、リビングに移動する1台と1人。クッキーは彼を席に座らせ、台所へ向かう。

 

「はい、玉露っぽい何かだよ」

 

「ありがとうクッキー」

 

 ――――玉露ではないんだ。

 凛はそう思いながら、とりあえず一口すすってみる。

 

「うん、普通においしい」

 

「それはよかった。それが飲み終わったら、部屋に案内するね」

 

 クッキーは喜んでいるのか、目にあたる部分が黄色く発光している。

 

「クッキー質問いいかな?」

 

「どうぞ、なんでも答えるよ」

 

「九鬼の本部では見かけなかったけど、川神には一家に一台クッキーのようなロボットがいるのか?」

 

「凛は、ここに来たばかりだもんね。僕に驚いた? 僕は九鬼で作られた人工知能搭載型のロボットなんだ。ちなみに、どこの家にもロボットは置いていないよ。ここには僕のマイスターが住んでるから、一緒に生活してるんだ。さぁ部屋に案内するよ」

 

「そうか。本当にびっくりした」

 

 凛とクッキーはリビングを後にして、一階の廊下を歩いていく。クッキーの背面に夕日が反射する。とても大事にされているのがわかった彼は一人微笑んだ。すると、突然クッキーがクルリと反転する。

 

「さらに僕には特別な機能がついているんだ。知りたい?」

 

「教えてもらえるなら」

 

「仕方ないなー。じゃじゃーん! なんとポップコーンが作れるのさ!」

 

 クッキーはポンポンと音を立てていたかと思えば、作りたてのポップコーンを凛に手渡した。出来立ての香ばしい香りが廊下を包む。彼はそれを数個掴むと、口に放り込んだ。

 

「……これも普通においしい」

 

「これから欲しくなったら、いつでも言ってよ。じゃんじゃん作るよ。あ、部屋ここね」

 

 クッキーに開かれた扉の奥には、ダンボールの山ができている。ベッドや机はいつの間にか、壁にくっつける形で設置されていた。部屋の広さは、家具を置いても十分な余裕があり、軽いトレーニングなら行えるほどである。

 

「ありがとう。クッキーはいいロボットだな」

 

「どういたしまして。なんなら、部屋の片付け手伝おうか?」

 

「好意は嬉しいけど、なんでも人に頼るわけにはいかないからな。……ロボットだけど。その気持ちだけ受け取っておくよ。あ、それとこれお世話になる人たちに粗品、冷やしておいてもらえないかな」

 

「凛はしっかりしたいい子だね。もし、何かあったらすぐに呼んでね」

 

 そう言うとクッキーはもと来た道を戻っていった。凛は早速部屋に入り、ダンボールの山の片付けを開始する。

 

「とりあえずは、部屋のダンボールを片付けていくか」

 

 私服に、学生服、読みかけの漫画、標本(ヒューム作)、お気に入りの雑誌、アルバム、CD、標本(ヒューム作)など次々に整理していった。CDをかけながら、本、雑誌、教科書を本棚に並べ、ポスターを壁に飾り、標本を慎重に保管し、アルバムを開いて写真を楽しみ、少し時間が経ったところで我に返って片づけを再開する。そんなことの繰り返しで、なんとか片づけを終わらせた凛は、ベッドに突っ伏しうつらうつらしていた。

 

「―――。―――」

 

 そこに、玄関の方から賑やかな声が聞こえてくる。誰かが戻ってきたらしい。意識を覚醒させた凛は深呼吸をして、身だしなみをチェックし、共同のリビングの方へ歩いていく。近づくにつれ、話し声が鮮明に聞こえてきた。どうやら2,3人どころではない人数が揃っているようだ。少し緊張する彼の前に、見慣れた男が現れる。

 

「おっ。凛、もう部屋は片付いたのか?」

 

 どうやら様子を伺いに大和が来てくれたようだ。知り合いに会えて、少しほっとする凛。

 

「大和か。部屋はもう片付いたから、今から挨拶に行こうかと思って出てきたんだ」

 

「そっか。ならちょうどいい。今みんながリビングに集まってるからな。それから、生チョコありがとな。クッキーから聞いて、みんな喜んでるよ」

 

「それはよかった」

 

 彼らがリビングに向かうと、なにやら賑やかなことになっていた。

 

「んーー甘―い。おいひぃ幸せ」

 

 クリスは口の中にチョコを詰め込み、恍惚とした表情をし――。

 

「これ本当においしいわね。まぐまぐ」

 

 その横では一子が勢いよく自分の分を消費しており――。

 

「口にいれた瞬間、とろけていきますね」

 

 由紀江は一つずつ丁寧に味わっていた。その隣の席では、京が大和の分を確保しながら、何やら赤い液体の入ったビンを手に持っている。どうするのかは、彼女しか知らない。

 

「大和の分を確保……と」

 

「これ結構高価なチョコじゃないか、って一子がっついて食べたら、すぐになくなるぞ。オイコラ、茶のむやついるか?」

 

 この口調の荒い男は源忠勝。色黒のイケメンであり、外見のイメージと違って家事万能で何かと人の世話をやく優しい男である。ただしツンデレ。今も一人席を立ち、お茶の準備を始めていた。

 

「源殿、自分に頼む」

 

「俺様も頼むぜ」

 

 そんな忠勝にクリスと岳人がお願いし、他の者もそれに続いた。由紀江の礼の言葉に対して、見事なツンを披露しながら、彼は手際よく準備を進める。

 

「確かにこれは何個でも食べれるね。キャップもいればよかったのに」

 

 卓也は、今ここにいない友を思い残念がっていた。そこに大和が手を叩きながら、皆の注意を集める。

 

「おーい、みんなそのままでいいから、聞いてくれ」

 

 皆がこちらを向いたのを確認した大和が、先を凛に譲る。

 

「初めまして、今日からこの島津寮でお世話になります、夏目凛です。わからないことも多々ありますが、どうぞよろしく」

 

 皆の顔を見たあと、凛は頭をさげる。そんな彼に対して、元気よく反応するクリス。席を勢いよく立ち上がって喋りだした。

 

「では、こちらの一番手は自分からだ。自分はクリスティアーネ・フリードリヒ。好きな言葉は義。武器はレイピアを使うぞ。クリスと呼んでくれ。こちらこそよろしくな」

 

「次は私ね。川神一子よ。好きな言葉は勇往邁進。薙刀を使ってるわ。よろしくね夏目くん」

 

 元気よく挨拶した2人とは打って変わって、京は最小限の言葉で自己紹介する。

 

「大和の妻、直江京……よろしく」

 

「は、初めまして。い、1年の黛由紀江です! よ、よろしくおね、おねがいしまう」

 

「で、オイラはまゆっちの親友の松風ってんだー。あ、ちなみに九十九神だから、そこんとこ4649」

 

 由紀江は、顔を強張らせながら挨拶し、手の平の上に松風を乗せ、その紹介を饒舌に行う。そして、女性陣の紹介が終わると、つづいて男性にうつる。

 

「んじゃあ次は男で、俺様からだ。俺様は島津岳人。大和から聞いてるぜ。京都でいい女の子いたら紹介してくれ」

 

 誰が相手であろうと、女性との出会いを逃すまいと張り切る岳人。卓也はそれに苦笑いを浮かべながら、自分の紹介をする。

 

「ガクトはしょっぱなから飛ばすなぁ。僕は師岡卓也。寮生じゃないけど、よろしく」

 

 そして、最後に全員の茶を配り終えた忠勝が口を開く。

 

「最後に俺だな。俺は源忠勝だ。まぁあれだ、なんか困ったことあったら、寮のよしみで助けてやるよ」

 

「若干嘘ついてるやつとか、人間じゃない奴が入ってたけど、おおむねこれで全員だ。あともう一人寮に住んでる奴がいるんだけど、今ちょっと旅に出てて、学校始まったら会えると思うから、また紹介はそのときだな」

 

 一通り、挨拶が終わったところで、凛が話し出す。とりあえず、お願いをしてきた岳人から。

 

「島津、女の子の紹介はできんことないが、さすがに京都は遠くないか?」

 

「バカヤロー。チャンスをみすみす逃す必要がどこにある!? 京都だぞ! おしとやかなイメージあるなぁ。それと島津なんてよそよそしい。俺様のことは岳人でいいぜ。俺達もう友達だろ凛? で、どんな子紹介してくれるんだ?」

 

 岳人は凛の肩に両手を置き、真剣な顔で詳細を聞き出そうとする。その横で卓也がため息をつきながら会話に混ざる。

 

「いや、いくらなんでも露骨すぎでしょ!? さっきまでイケメンは性格悪いぜきっと、とか言ってたくせに」

 

「はっはー。そんなこと言うわけないじゃないか卓也くん。おかしなこと言われちゃ俺様困っちゃうぜ」

 

 そんな卓也の一言に棒読みで答え、ヘッドロックを軽くかける岳人。そんな彼に京から一言。

 

「しょーもない」

 

 2人が言い合う中、一子がシュタッっと手を挙げ大和の方を見ながら、言葉を発する。

 

「夏目くんに質問があります!」

 

「よし、許可する」

 

 なぜか一子は大和に許可を求める。それにさも当然のように彼が許可をだす。それに対して、彼女はお礼を言い言葉を続けた。

 

「ありがとうございます。夏目くんは何か武道やってるの?」

 

「やってるよ。俺は武器を使わず、男らしく拳のみ」

 

 一子の質問に、凛は胸の前で握りこぶしを作りながら答えた。その様子を見た彼女は、目をパチクリとさせたあと笑顔になる。

 

「あはっ。まるでお姉様みたいな物言いをするのね」

 

「川神さんのお姉さん?」

 

 凛は一度大和の方を見ると、大和は質問される内容がわかったのか「本当の妹だよ」と彼が喋る前に小声で答えた。2人の様子を気にすることなく、一子は嬉しそうに話す。

 

「川神の武神は私のお姉様なの。美少女で最強よ」

 

「へぇ武神か。それは明日が楽しみだ」

 

「本当は今日も誘おうと思ってたんだけど、先に約束があったみたいでダメだったの」

 

 先ほどまで嬉しそうだった一子だが、喋り終わるとテンションを少し下げる。

 

「誘うってことは、これからみんな何か予定があるんだ?」

 

「凛の歓迎会をしようかと思ってね。これから共に過ごしていくことになるんだし、クリスやまゆっちのときもやったからな」

 

 凛の問いかけに大和が返答した。それにクリスが胸を張って言葉を続ける。

 

「今度は自分も歓迎する側だ。困ったことがあったら、なんでも頼ってくれ。寮の先輩として力を貸すぞ」

 

 クリスに続き、由紀江も遠慮がちに口を開く。

 

「私もせ、精一杯おもてなしさせていただきます」

 

「まゆっちの料理最高だからなー。夏目も楽しみしてな」

 

 対照的に、松風は自信満々だった。そして、忠勝が準備するためか、台所に移動しながら、凛に話しかける。

 

「まっそういうことだから、黙って歓迎されとけ。夏目は、苦手な食材とかあるのか?」

 

「いや嫌いなものはないから、大丈夫だ。しかし、歓迎会を開いてくれるとは、大和わざわざありがとう。みんなも」

 

 笑顔でみなに礼を言う凛に対して、大和が笑って首を横にふる。

 

「別に気にすることないさ。騒ぐことの好きな連中だし、そんな友達が増えるのも大歓迎だ」

 

「なんだか世話になりっぱなしだな。……何か直江さんの期待を込めた視線が気になる」

 

 そこで大和は真剣な表情になる。

 

「いや凛……京の苗字は椎名だ。訂正してなかったことは謝るが、今後は細心の注意を払ってほしい。俺の一生がかかってるんだ。頼む」

 

「り、了解だ。で、その椎名さんの視線がだな……」

 

 2人は昨日の1日でだいぶ打ち解けたのか、親しげに会話をする。それを観察する京。

 

「……どうぞ気にせず。続けて続けて」

 

「そうか? でだ……何かお返しがしたいが、生憎、今は身一つだからな」

 

「!? 続けるんだっ!!」

 

 凛の言葉が京の中の何かのトリガーを引いたのか、彼女がリビングに響くほどに声を荒げる。そんな彼女に大和がチョップをかました。

 

「京は少し落ち着け。いくら期待しても、おまえの望む方向には進まないからな」

 

「大和と真面目な青年も」

 

 チョップをされてもどこか嬉しそうな京は、どこからともなく10点とかかれた棒を掲げた。大和は彼女を放置し、凛の方へと向き直り提案する。

 

「そうだな。俺が困ったときにでも力を貸してくれ。これでいいか?」

 

「よほど無茶なことでない限り、必ず力になる」

 

「んじゃあ話もひと段落したところで、飯にするか」

 

 そう言いながら忠勝は包丁やら鍋やらを取り出した。そこに由紀江が立ち上がり、彼に話しかける。

 

「わ、私もお手伝いします」

 

「おう、悪い。この人数ならさすがに大変だからな」

 

 テキパキと準備をする2人に、椅子に座ったままの一子が、声をはずませながら質問する。男性陣はテレビのあるソファの方へと移動していた。邪魔になるとわかっているからだ。

 

「たっちゃん、まゆっち、今日のメニューはなんなのかしら?」

 

「ん、そうだな。今日は少し豪華に、川神の野菜と黛の家から送ってもらった肉ですきやきだな。あとは、なにか汁物をあわせるか」

 

「私は、何品か添え物なども加えたいと思います」

 

 その言葉を聞いた岳人は、ソファに座りながら顔だけ台所に向け喋りだす。テレビからは、黒いサングラスをかけた司会者が、アーティストと会話している様子が映し出されていた。

 

「ゲンサンとまゆっちのタッグとは、これは間違いなくうまいだろうな。いやでも期待が高まるぜ」

 

「あー待ちきれないわ。トレーニングでもして、よりお腹をすかしてようかしら」

 

「自分もとても楽しみだ。なにか手伝えることはないだろうか?」

 

 クリスがソワソワしていたと思ったら、手際よく料理を進める2人に手伝いを申し出た。それに、テーブルにちょこんと置いてある松風が答える。その声は台所から聞こえるが。

 

「んークリ吉は主役のおもてなしをしてるといいんじゃない?」

 

「おお、それは大役だな。心得た」

 

「なんかクリスがうまいこと台所から遠ざけられたね」

 

 松風の一言でクリスは台所から退場。テレビのある方へと移動してくる。そんな彼女を見て、卓也が一人つぶやいた。

 大和は松風にサムズアップ。

 

「一つ不安材料が減ったな。松風グッジョブ。京も台所に行く必要はないからな」

 

「あなた、夫の客人をもてなすのも立派な妻の務めです」

 

 手に赤い液体が入ったビンを持つ京が、大和の目を見て答えた。その容器には、不気味な顔をした唐辛子が描かれている。

 

「誰がいつ妻になったんだ。おまえが作るとみんなが食うことできなくなるだろ」

 

「すきやきがほんの少し辛口になるだけなのに」

 

 大和に言われ、少し口をとがらせながら京は台所から離れる。そんな2人の様子に、凛が事実をありのまま伝える。

 

「……大和と椎名さんは仲がいいんだな」

 

「愛し合ってる仲なので。ね、あなた」

 

 京は頬を赤らめながら、大和の腕を抱き寄せる。

 

「何勝手に既成事実を作り上げようとしてるんだ! こら。抱きつくな。凛も余計なことをこれ以上言うな」

 

 ひっつく京をなんとか剥がそうと大和は奮闘するが、全く離れる気配がない。そこに、凛からさらに彼女に対して援護射撃が入る。

 

「? 仲がいいのは良いことだ」

 

「その通り! それじゃあ大和、私達の仲をより深めるために、少し部屋に行きましょう。今は待つより他にないんだし。大丈夫痛くしないから、むしろkフゴフゴ……」

 

 初対面の人物の前で危ない発言をさせないよう大和が京の口を手で塞ぐ。

 

「それ以上は言わせない。そして、絶対いかない。それに主役ほっぽりだすわけにいかないし」

 

「レロッ。いけずな大和も好き」

 

 京はそんな大和の行動を易々と打ち破り、言葉を紡ぐ。彼はこれ以上やられないよう手を離すが、何かに気づいたのかまじまじと京を見つめる。

 

「うおっ! 何しやがる。そして、お友達で。……というより、珍しいな。京が初対面でコミュニケーションとるなんて。少し心配してたんだけど」

 

 京はそれに対して、目をそらさずゆっくりと大和との距離を縮めていく。

 

「くくく。私も日々成長しているの。少なくとも身体は。確かめてみる?」

 

「熱烈なアプローチだ」

 

 押せ押せの京に感心する凛のもとに、用事を済ませたクッキーがやってきた。

 

「京は今日も頑張ってるね。それに、凛もみんなと仲良くなれたみたいでよかったよ」

 

「大和のおかげもあってな。クッキーもこれからよろしく」

 

「うんうん。よろしくね」

 

「クッキーとも仲良くなったんだ。夏目くんって順応性高いよね。クッキーとか松風相手にも普通に接してるし」

 

 クッキーとも普通に話す凛に対して、卓也が話しかけた。

 

「凛でいいよ。師岡。これでも最初はかなり驚いたんだけどな」

 

「おお! モロまで積極的になるとは珍しい。やはり、あの女装によって何かが変わったんだな。…………それともモロおまえもあれか!? 女の子紹介してもらおうと思ってんのか? 順番は守れよ、まず俺様だ」

 

 卓也が初対面の相手に対して、物怖じせずに喋るのが珍しいのか岳人が驚く。しかし、思考は女中心で回っているのか、そこから出てくる回答は彼らしいものだった。それに反論する卓也。

 

「ガクトと一緒にしないでよ! 僕も変わらないといけないと思ってるんだよ。それに、夏……凛は話しかけやすい雰囲気があるからかな。大和から話は聞いてたけど、やっぱどんな人か心配だったから、いい人そうでよかったよ。あっ僕のこともモロでいいよ。みんなそう呼ぶし」

 

「いやいや、そんなことわからないぜ。こういう奴ほど裏で何考えてるかわかんないからな」

 

 岳人が卓也の言葉に茶々を入れるが、真面目なクリスはそれに反応する。それに続く一子。

 

「ガクト、それは失礼だぞ」

 

「そうよガクト。ごめんね、夏目君。ガクトも冗談で言ってるだけだから」

 

「気にしてないよ。案外ガクトも鋭いよ。俺がガクト狙いなのをわかっていたとは」

 

 凛は笑顔で岳人を見ながら話しかけた。そこに反応する少女が一人――京である。彼女はBLも好きだった。

 

「!! なんと大和とのカプでなく!?」

 

 依然、笑顔のまま見つめてくる凛に、岳人が苦い顔をしながら口を開く。

 

「おいおい! お前キモい事言うな。俺様は男には興味ないんだよ。そういうことは葵とでもやってろ」

 

「冗談だ。俺も女の子が好きだからな。葵冬馬とそういう付き合いはしないよ」

 

 岳人の反応に目線をはずし、凛は楽しげに答えた。そして、凛の脳内では葵冬馬の情報――葵は男もいけるのかという疑問から、葵は男が好き。女はわからない――に更新される。そこに、彼の口から川神学園の生徒の名がでたことに卓也が疑問をもった。

 

「あれ? なんで凛が2-Sのやつ知ってるの? 昨日きたばかりだよね」

 

「俺が昨日、川神の案内がてら紹介したんだ。偶然会ってな。あとは、羽黒とかチカリンとかくまちゃんとかね」

 

 疑問は大和が代わりに答える。そして、話題は羽黒のことになった。岳人が凛に確認する。

 

「羽黒か。凛は襲われたり……」

 

「した」

 

「あはは。さすが羽黒さん。見境ないな」

 

 凛の即答に卓也が乾いた笑いをもらす。

 

「でも大和がかばってくれた」

 

「珍しいな。大和が体をはるなんて。やるじゃないか」

 

 凛の言葉を聞いて、「見直した」と肩を叩くクリス。だが、大和はそのときのことを思い出したのか、体を一度震わせた。

 

「かばってない。盾にされたんだ」

 

「俺が先にな」

 

 凛がすぐさま訂正をいれた。大和はそれが事実だけに言葉に詰まる。

 

「うぐ……結果、被害は俺に来た」

 

「それは大変。すぐに診察しないと。大和、服脱いで。もちろん全部!」

 

 それを聞いた京が大和の体を触りだした。それはもう体の隅々までやる勢いで。手を払いのけようと彼は努力するが、悉くかわされ触られる。

 

「あほか。一目みれば元気なのはわかるだろ」

 

「ナニをされたかわからないッ! だからナニを診察!」

 

「この子どうにかして。凛の前でも本性むきだしだ!」

 

 大和vs京の激しい攻防をよそに、ソファの方に来た一子が、身を乗り出して凛に質問する。

 

「でも、くまちゃんとか意外な人選よね」

 

「俺がお願いしたんだ。グルメネットワークって知ってるか? それの知り合いだったからな」

 

「私達がくまちゃんからときどきもらう、食べ物交換のやつね」

 

 一子は満からの素敵な贈り物の数々を思い出し、目をキラキラさせ幸せそうにする。

 

「なにか? てことは、凛は料理とかもすんのか?」

 

「料理も紳士のたしなみってことで、俺の師にあたる人に基礎的なものは教わった」

 

「料理かぁ。その手もあるな」

 

 なにやら考え込む岳人の後ろで、忠勝がみんなに呼びかける。その声に、皆はそれぞれ席についていった。

 由紀江がおずおずと喋りだす。

 

「みなさんのお口にあうといいのですが」

 

「まゆっちの料理も最高なのは、自分もよく知っている。自信をもつといい。さて、みんなコップはもったか? コホン」

 

「なんかいつの間にかクリスが幹事しているね」

 

 喉を整え、立ち上がってみんなを見渡すクリスにツッコミをいれる京。

 鍋はグツグツと煮え、すきやきの甘くしかし食欲をそそるいい匂いをさせている。その傍には、色とりどりの添え物が並んでいた。飲み物も豊富に揃えてあり、準備は万全だった。

 大和がクリスに続けるよう促す。

 

「構わないよ。クリス続けて」

 

「ふふん。それでは、僭越ながら自分が音頭をとらせてもらうぞ」

 

「クリ吉短くていいからね」

 

「わかっている松風。自分もおなかへってるんだ。あーそれでは、新たな友となった凛を歓迎して乾杯だ」

 

 クリスの音頭に続いて、みなが「乾杯」と口にしながらコップを軽くぶつけ合った。賑やかな音とともに歓迎会は始まる。


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