真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『旅行2』

 

 朝食を済ませ、食休めをとったあと、一行が向かったのは砂浜――ではなく、海に面している一軒の店舗だった。メンバーの多くは、すぐにでも海に向かうものだと思っていたため、不思議そうにしていたが、その店舗の裏口から出た瞬間、今までもっていた疑問が一気に氷解したようだった。

 潮の香りが一段と強くなり、次に目に飛び込んできたのは、海の濃い青と空の澄んだ青。そして――。

 大和が呟く。

 

「クルーザー……?」

 

 一行の目の前には、何隻かのクルーザーが並んでおり、波を受けて軽く揺れていた。白の船体は磨き上げられており、無意識に目を細めてしまうほどだ。

 桟橋を興奮気味の一行が歩いていく。歩くたびにギシギシとなる音さえも、これから向かうであろう所への期待を膨らませてくれた。

 小雪が自慢げに声をあげる。そのあとに凛が続く。

 

「僕とリンリンにかかれば、これくらいどーってことないのだ」

「豪勢にするってことで、俺たちは今から無人島の一箇所で、優雅な沖縄を楽しむというわけだ。楽しそうだろ?」

 

 一番先頭を歩いている翔一が、声を弾ませる。

 

「で、どれに乗ればいいんだ? あれか!?」

 

 翔一の指差した先では、荷物が色々と運び込まれている最中だった。それは出発の準備を行っているように見える。

 

「そうだ! ……って、もう聞いてないし」

 

 凛の肯定をもらうや否や、翔一は我先にとそのクルーザー目掛けて走っていく。それに続いて、一子、クリス、岳人、小雪らが後を追った。

 

「クルーザー借りて、無人島で海を楽しむとかリッチだなー。もし2人だけで楽しんでたら、もっと凄いことができたんじゃないか?」

 

 凛の隣を歩く百代が尋ねた。その姿は、ホットパンツにTシャツと軽装である。それは彼女だけに限らず、他の女性メンバーも似たり寄ったりの格好をしているし、男性もハーフパンツにTシャツかタンクトップなどであった。

 そんな中でも、岳人は鍛え上げられた色黒の体で軽装しているため、ともすると漁師の兄ちゃんにも見え、その豪快な姿は海に良く似合っている。一方、同じ色黒の肌を持つ冬馬は、タンクトップにシャツを羽織って、バカンスを楽しむ御曹司そのものであり、こちらもまた別の意味で海に良く映えていた。

 

「他の景品とか全て旅行代金に換えてもらったからこそだよ。家電からインテリア、パソコンとか色々……大金はダメだから物でってことになってたけど、そこはさすが九鬼って思える程の一級品が集めてあったからね」

「へぇー。にしても、無人島か……」

 

 百代は気のない返事をして、少し考え込んだ。2人の元に、先に乗り込んだメンバーのはしゃぐ声が聞こえてくる。岳人が甲板に現れ、翔一が2階の操縦席に向かっていた。

 ――――喜んでくれてよかった……。

 凛はそんなメンバーを見て、ほっと一息ついた。そのとき、彼の小指が引っ張られる。

 

「……少しでいいから、二人きりで過ごしたい」

 

 百代が凛の小指を握っていた。皆で旅行に来ている手前、あまりイチャイチャするのも悪いと思ったのだろう。そんな控えめな態度すら、彼にとっては、心が鷲摑みにされたような錯覚に陥った。

 夏に、青い海。そして南国。隣にいるのは、可愛い彼女。これでテンションの上がらない男がいるだろうか。

 凛が百代の耳に顔を近づける。

 

「夕方近くまではいる予定だから、少しくらいいいでしょ。俺も百代と一緒にいたいし」

「……うん」

「ちょっと過激になるかも」

 

 何がとは言わない。やはり、凛もなんだかんだで、開放的な気分になっているらしい。彼の言葉に、百代の体がピクッと反応する。

 そして、数秒の間があったのち。

 

「……構わないぞ」

 

 百代は何を想像したのか、顔を赤くして小さく答えた。それを見るだけで、凛の鼓動は大きく跳ねる。

 ――――沖縄最高ッ! にふぇーでーびる沖縄!

 まだ旅行は始まったばかりだが、凛はこの旅に感謝した。

 2階にある操縦席にいる翔一が、2人に向かって叫ぶ。早く出発したくてたまらないようだ。

 

「こらー! そこの2人!! 早く乗り込め! 出発するぞー!」

「悪い悪い! すぐ行くよ!」

 

 凛は翔一に返事をして、百代の手をしっかり握り返すと、小走りになった。クルーザーを背景に、桟橋を渡る2人――青年の手に引かれて、黒髪を揺らす少女は、映画のワンシーンのようだった。

 準備が整ったクルーザーは、ゆったりと桟橋から離れていく。

 

 

 ◇

 

 

「燕も来れたらよかったのにな……」

 

 百代は、風になびく髪を押さえながら言った。甲板から見える景色は、地平線まで続く海のみ。太陽を反射する水面はキラキラと輝き、クルーザーから下を覗き込むと、海底まで見通せそうなほど透明である。

 その中をクルーザーは、軽快に波を切り進む。

 

「そうだね……」

 

 凛はそう相槌をうつだけだった。

 仕事が抜けられそうにない。凛の携帯に、燕から連絡があった。本当に仕事が大変だったのだろう。しかし、事情を知ってる2人にとっては、もしかしたら――と考えてしまうのだ。

 

「どうにもできないんだよなぁ」

「こればっかりはね。百代……」

 

 百代が凛の方へと顔を向ける。

 

「わかってる。帰ったら、愚痴なり組み手の相手なりしてやるつもりだ。それぐらいしか、私のできることはないだろうしな」

「ありがとう」

 

 百代は少し不思議そうだった。

 

「凛が礼を言う必要はないだろ。燕は私の友達だ。お節介になるかもしれないけど、そのときはそのときだ!」

「冷たくあしらわれたりしたら、俺が癒してあげる」

「ふふ……なら安心だ。お、ワンコがこっちに来た」

 

 そこで話は打ち切られた。一子が船内から顔を出したからだ。彼女はそのまま、トコトコと2人の元へやってくる。

 

「はいさい!」

 

 そして、満面の笑みを浮かべて、2人に挨拶してきた。それだけで空気が一変する。彼らもつられて、笑顔になった。

 一子の明るい笑顔は、夏によく似合っている。

 凛が口を開く。

 

「はいさい、ワンコ。随分、その沖縄弁が気に入ったんだな」

「うん。なんか元気でてくるし。簡単でしょ?」

「そんなワンコに飴玉をやろう」

 

 凛はポケットから取り出した飴玉を渡す。

 

「わーありが……えっと、こういう場合は、に……にふぇー。にふぇーで――」

「別に無理して言わなくていいよ」

「そうね! ありがとう、凛」

 

 百代が会話に加わる。

 

「船内はどうだった?」

「凄かったわ、お姉様! キッチンもトイレもベッドもあって、それがホテルくらいに豪華なの! ベッドの寝心地が良すぎて、私なんてもう少しで寝ちゃうとこだったわ……」

 

 危ない危ないと、一子は首をフルフルとふった。

 

「それじゃあワンコにちょっと案内してもらおうかな? 凛はどうする?」

「俺も中に入るよ」

 

 一子の後ろについて、2人は甲板をあとにした。

 

 

 □

 

 

 百代たちと別れた凛は、ソファなどが置かれている部屋へ入る。そこは、メンバー全員が入っても、余裕があるほどの広さがとられていた。簡易のキッチンが中央にあり、それを囲むように革張りのソファが配置され、その背後は窓――そこから海が一望できる。床やテーブルには、赤茶の木材が使われ、落ち着いたデザインになっていた。

 皆の世話をしていた李が、凛の姿を見て声をかける。九鬼の従者数人が、この沖縄旅行を通して、世話をしてくれることになっていた。

 

「凛様も何かお飲みになりますか?」

「それじゃあ……みんなと同じ物を」

「川神シャンパンですね。少々お待ちを……」

 

 そう言って、李は背後に備え付けられている冷蔵庫を開けた。

 凛がソファでくつろぐメンバーに突っ込む。

 

「お前ら、遊ぶ前から酔っ払う気か?」

 

 冬馬が読んでいた本から目を離す。その傍らにはシャンパングラス。

 

「まぁまぁいいじゃないですか。せっかくの旅行なんですし、少しくらいハメをはずしても」

「いや、別に飲むなとは言ってない。酔っ払ったら、遊べないだろ?」

「凛君が酔っ払ったときは、私が全身全霊を持って看病するので安心してください」

「全力でお断りします」

 

 そうこうしている間に、テーブルに川神シャンパンが運ばれてきた。李に一言礼を述べると、凛はそれを受け取る。

 それにあわせて、冬馬がシャンパングラスを持ち上げた。

 

「楽しくいきましょう」

「それには同感」

 

 チン――。

 透き通った音が、耳に心地よい。

 

「おうおう、さすがエレガンテ・クワットロレベルともなれば、そういう姿が様になってるねぇ」

 

 準が2人を褒めた。

 

「俺はクワットロに入ってないけど、そう言われるのは嬉しいな」

「これを機に、もっと親交を深めるというのは、如何ですか?」

 

 ずずいと凛へ近寄る冬馬。近寄られた分だけ距離をとる凛。

 

「虎視眈々と狙いすぎだ!」

「凛君は私のストライクゾーンですから……」

「この子、性別とか軽く超えてきちゃうんだよなー」

 

 準が凛に続く。

 

「諦めろ。別に無理矢理されるとかないから」

「当たり前だ!」

「性別も年齢も些細なことです」

 

 その一方、簡易キッチンでは、岳人が李に声をかけていた。

 

「李さん、無人島で少し俺様と散歩などいかがですか?」

「申し訳ありません、岳人様。仕事を放棄するわけには参りませんので」

「くぅー。こんな美人サンに様付けとか、俺様感激ッ!」

 

 そこへ案内から戻ってきた百代が現れた。一子も一緒にいる。

 

「お前は従者相手に変な面倒をかけるな。すいません、李さん」

「ちょっ! モモ先輩! 小さい気弾飛ばすとかやめてくれ! もう少しで李さんを誘えそうなんだ!」

「すっぱり断られてるだろー」

「痛い! まじで痛いッ! 加減されてるんだろうけど、痛ッい、から」

 

 百代が人差し指にはさんだ親指を弾く度に、岳人は身をよじって、ソファのあるほうへと追いやられていく。

 そんな様子を見ていた一子が呟く。

 

「岳人も懲りないわねぇ」

 

 そして、遂には大和と卓也が座るソファの近くへと釘付けになった。

 

「ありがとうございます、百代様」

「いや、迷惑かけたのはこっちだからな。また、岳人がなんかやってきたら、私か凛に言ってくれ。それと……私とワンコにも、なにか飲み物をもらえないか?」

 

 その間、岳人はステイシーに声を掛けたが、「ファック。出直してきな小僧」とケラケラ笑いながら、一蹴されていた。本当に懲りない男である。

 そして、ソファの別の場所では、シャンパンで酔ったクリスが由紀江に看病されていたり、小雪が京の話を興味深そうに聞いていたりする。翔一は操縦席から未だ帰ってこない。

 

 

 ◇

 

 

 それから、数十分で無人島に着いた。桟橋に停泊したクルーザーから、顔を出したメンバーが感嘆の声をあげる。

 白い砂浜が湾曲しながら先まで続いており、海に向かっては、ゆっくりと青と混ざり合っている。濃い青が広がる先には、いくつかの離島が見えている。さらに遠くには、モコモコとした雲が穏やかに流れており、海と空の境界線は濃紺で仕切られている――まさに一枚の絵のような景色である。

 それとは反対に、陸地に目を向けると、小高い丘になっており、緑が生い茂っていた。辺りから聞こえるのは、波が打ち寄せる音のみで、その美しい風景と相まって、まるで心が洗われるかのようである。

 クルーザーの中では、男たちが先に着替えを済ませている。その間、我慢できなかった一子が、桟橋から海へ飛び込んだ――と言っても、浅瀬である。

 

「うわぁ……綺麗」

 

 膝のすぐ下まで海に浸かっているのに、足のつま先までくっきりと見える。砂粒はキメが細かいため、ずっと踏みしめていたいほど気持ちがいい。そこへ小さな魚の群れが、一子の足の近くを通り抜けていった。それを追いかけるように、鮮やかな赤い魚が通る。海中を照らす太陽の光は、揺れる水面によって、その都度表情を変えていった。

 その近くには、黄色い巻貝があった。水中眼鏡がなくても、それがはっきりとわかる。手を差し込むと、海の温度が心地よい。

 一子がそれを拾おうとしたら、立っている場所より先で大きな飛沫が上がった。

 

「ぷっはあぁーー! 気持ちいいーー!!」

 

 翔一であった。彼は着替えて早々、クルーザーから出るなり助走をつけて飛び込んだのだ。飛び込む寸前、視界一杯に広がったオーシャンブルーは、さぞかし爽快だったろう。

 また男たちが飛び出してきた。

 

「俺様もいくぜー!!」

「ちょ! 岳人……僕はいいって、わぁ!!」

 

 威勢の良い掛け声で飛び込む岳人と道連れにされた卓也。2人分のさらに大きな飛沫があがった。顔を出した彼らは騒いでいる。

 

「ワンコ、皆着替え始めてるから、そろそろ船に戻れ」

 

 桟橋の上から凛の声が降ってくる。彼の手には、パラソルが6本ほどと折りたたみ式のチェアが抱えられている。

 一子はそれに返事をして、黄色い貝を拾った。この海にも負けない鮮やかな色だ。

桟橋からは大和や冬馬の声が聞こえ、また一際大きな凛の声がする。

 

「海ではしゃぐのは後でもできるから、先に砂浜の準備を手伝え!」

 

 一子は、ワクワクする気持ちが抑えきれなかった。急いで、クルーザーへと向かう。

 

 

 □

 

 

「あちぃ! 熱ッ! ちょ! こんなにッ!」

 

 岳人は熱せられた砂浜で、一人変な踊りを踊っていた。体が大きい分、余計に滑稽に見える。

 それを見かねた凛が、サンダルを投げ渡す。

 

「さっさと履いて。その鍛え上げた筋肉を使ってくれ」

 

 男たちは、これから来る女性陣のために、設営に励んでいた。パラソルを差し、チェアを並べ、シートを引いて――ついでに、昼飯に使うバーベキューの準備もしておく。

 

「まかせとけ! ここで李さんのお役に立って、俺様の好感度をグンとアップさせるぜ!」

「迷惑だけはかけるなよ」

「わ、わかってるから、その凍てつくような視線をやめろ! 南国気分が台無しになるだろうが!」

 

 そこへ大和たちがやってくる。

 

「こっちの準備は完了だ。あとは皆が揃うのを待つだけだな」

「皆さんの水着姿、大変楽しみですね」

「ちなみに言っとくと、若の皆にはお前らもしっかり入ってるからな」

 

 凛が答える。

 

「男は放っとくとしても、女の子の水着姿はマジで楽しみだ」

「だよな! ステイシーさんと李さんも水着だろ!? ハァハァ……」

「岳人……お前本当に抑えないと、そのうち痛い目見るぞ」

 

 大和が心配そうな視線を向けるも、岳人は止まりそうになかった。

 準がため息をつく。

 

「これで紋様でもいたらなぁ……ビキニ姿とか見たかったわ」

「こっちにもヤバい奴いたの忘れてた!」

 

 大和が叫んだ。そうこうしてる内に、女性メンバーが出てくる。

 赤で縁取りされた黒のビキニの百代を筆頭に、水色のストライプが入ったビキニの京、活発そうなオレンジのビキニの一子、青で縁取りされた白のビキニのクリス、清楚な白の水着の由紀江、そして、スクール水着の小雪。

 

「おい! 小雪に水着買ってやらなかったのか!?」

 

 岳人が準に小声で突っ込んだ。

 

「いや……俺たちもなんか買ってやるって言ったんだけど、動きやすいからあれでいいって言うんだから仕方ねぇだろ」

 

 そのあとに続いて、アメリカの国旗がデザインのビキニを着るステイシー、そして、スクール水着の李。

 

「うおおぉ! 李さんもスク水かよ! ビキニ姿が拝みたかったぜ!」

「あんな成熟した体のどこがいいんだ? よく見ろよ……だらしねえだろ?」

 

 準が冷めた目で女性陣を眺めていた。翔一は興味なし、卓也はチラチラと視線を送るだけだった。

 それに引き換え、凛と大和、冬馬はしっかりと褒める。

 一通り褒めたあと、凛が改めて百代に向き直った。

 

「よく似合ってる。可愛いよ、百代」

「ありがとう。それでだな……えっと、ちょっとこっちに来い」

 

 百代はソワソワしながら、凛の腕をとるとパラソルの下まで誘導する。そこには、シートが一枚広げられていた。他のメンバーの大半は、早速海へと突進していく。従者たちは気を利かせてくれたのか、距離をあけてくれていた。

 百代の手には、ボトルが一本握られている。

 

「私にオイルを塗ってくれないか?」

「喜んで!!」

「う……返事良すぎるだろ。じゃあ、頼む」

 

 百代はゆっくりとうつ伏せになった。彼女の長い髪は、寝そべる前にバレッタで一つにまとめて留めてある。それと同時に、白い背中が露わになり、それを横切る赤い線――ビキニの紐がよく目立った。

 凛が無邪気に問う。

 

「これ解いていい?」

「……あ、いいぞ」

 

 凛は戸惑うことなく、紐に手をかける――前に、つつっと人差し指で背骨をなぞった。

 

「ひゃん……」

 

 ――――可愛い声頂きました!

 百代はプルプルと震えている。耳は真っ赤であった。

 あまりやると怒られそうなので、凛は早々に紐を解いて、オイルを手に取る。ひんやりとしたオイルが気持ちいい。

 ――――このまま手を乗っけたら、怒ってしまいそうだな。

 凛はイタズラしたい気持ちをぐっと堪えて、人肌に温める。百代が怒ってしまえば、このオイル塗りはここで終了という残念な結果になりかねない。

 

「それじゃあ塗りますよ」

「……ああ」

 

 百代も凛の姿が見えないからか、若干緊張しているようだった。

 

「んっ……」

 

 温めていたため、さほど驚くことなく百代は受け入れてくれた。

 ――――これは……やばいな。

 凛は手のひらを滑らせながら、鼓動が早くなるのを感じていた。手を握ったり、腕を掴んだりはしてきたが、この手のひら全体に広がる感触は初めてなのだ。オイルで滑りやすくなっているとはいえ、直に伝わってくる肌の質感――張りのあるスベスベとしたそれは、何にも替えがたい気持ちよさがあった。

 肩甲骨からわき腹のほうへ手を滑らせる。無駄のない細いウエストは、陶磁器のように滑らかだった。

 

「ふあぁんっ……っ」

 

 百代の口から、思わず吐息が漏れ出した。それに自分でも気づいて、声を押し殺しているようだ。

 それでも時折、我慢できずに漏れてくる。百代の顔は見えないが、首筋は真っ赤になっており、背中が丸見えの状態では、それがよりはっきりとわかった。

 凛は無言のまま、生唾を飲み込んだ。

 ――――えろい……。

 もっとこの声を聞きたい。そう思うのは変ではないだろう。百代の弱そうなところを探してしまう。

 

「はぅん……り、凛……そこはもう、んッ!」

 

 すぐにわかったのはわき腹と腋だが、百代からストップされる。

 それから、凛は腰の辺りまでいった手を一時とめ、そこからさらに下へ行くか迷った。百代の吐息と自分の心臓の音しか聞こえなくなっている。そして、少しずつ少しずつ、手を下へ下ろしていく。拒否されたら、すぐに止めるつもりだからだ。

 腰骨を通り過ぎたあたりで、百代の体がビクッと震えた。

 

「いい、かな?」

 

 手を止めたまま、凛は顔の見えない百代に聞いた。

 百代はしばし沈黙し――。

 

「……う、ん」

 

 消えそうなほどか細い声で答えた。

 了承が得られたところで、凛は手の動きを再開する。湾曲した膨らみをゆっくりと撫でていき、太ももの中間くらいで、今度は内股をなぞるようにして引き返した。その際に、かなり際どいラインを攻める。

 

「……ん、……ぁんッ」

 

 それに反応するように、百代が小さく喘いだ。ダメだとは思いつつも、凛は手を止めることができない。何度かそれを繰り返し、その度に彼女が甘い声をあげる。

 百代の体は、心なしか熱くなっているように思えた。

 しかし、その後は足に移ったためか、百代はくすぐったそうにすることはあっても、先のような吐息をもらすことはなかった。

 ここでようやく終了となる。最後に、解いていた紐を結び、百代が体を起こした。

心なしか、2人とも疲れていた。

 

「ありがとうございました」

「なんで凛がお礼を言うんだよ?」

「いや……可愛い姿見せてもらったし」

「お前だけ、だぞ」

 

 百代は頬を染めると目線を逸らせた。その手は、お腹や胸元に動かして、オイルをなじませていく。

 

「もちろん。他の誰にも見せたくない――」

 

 凛の偽らざる本音だった。彼は無防備な百代に対して、覆いかぶさるようにして近寄っていく。彼にしては珍しく、我慢できないようだった。

 

「百代……」

「凛……だめ、だ。みんないるんだぞ――」

 

 鼻と鼻が触れ合うほどの距離で、百代が凛の唇に人差し指を当てた。さらに、言葉を続ける。互いの瞳が、互いの顔を映し出していた。

 

「それに……今始めたら我慢できなくなる」

「エロい声だしてたもんね」

 

 凛がニヤリと笑った。しかし、今回は百代も負けていない。

 

「ッ! 凛は鼻息が荒かったぞ!」

「え! 嘘ッ!?」

「あと……手つきもやらしかった……」

 

 百代は凛の手を握った。その顔は、いじわるな笑みを浮かべている。仕返しが成功したからだ。

 

「あんまりにも百代が可愛くて……」

 

 凛は照れ笑いをしながら、顔を離した。

 その一瞬、百代が彼の頬へキスをする。

 

「続きは2人きりのときに……な」

「まるで、俺が聞き分けのない子みたいな言い方ですね」

 

 凛がわざとらしく口をとがらせた。それを見た百代は、クスクスと笑いながら彼の頭を優しく撫でる。

 

「違うのか?」

「……わかりました。降参です」

 

 凛は両手をあげて苦笑をもらした。高ぶっていた気分もすっかり収まっている。しかし、決して不快などではなく、むしろこのやり取りが楽しく思えた。

 そこに、ちょうど声がかかった。

 

「ヘーイ! ロックなお2人さん、昼飯の準備が整ったぞ。まずは飯でも食って、精をつけろ!」

 

 ステイシーの声がする方向では、網と鉄板に火が入れられていた。その周りには、一泳ぎしてきたメンバーたちが集まっている。

 いつの間にか、お昼になっていたらしい。

 

「ご飯食べに行きましょうか?」

「そうだな」

 

 2人は笑い合って、そちらへ向かって歩き出した。

 楽しみは、まだまだこれからである。

 




いやぁ書いた……。
前の話で少し抑えてたので、その分も取り戻す勢いで書いてしまった。
一子って夏が似合うなぁとふと思いました。
クリスも出そうか迷いましたが……。

あと活動報告にて、R-18場面のアンケートをとることにしました。
些細なことでも良いので、ご意見等お待ちしております。
もちろん、この話の感想は、感想欄にて投稿していただけると私の励みになります。

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