真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『友達以上恋人未満?』

 

 

 夏休みの残りの期間もあっという間に過ぎ、あと30分もすれば、8月から9月に日付が変更される。

 秘密基地から戻って、真っ先に風呂に入った百代は、静かに自分の部屋へと戻った。先に帰っていた一子は、既に就寝しているようで、部屋の明りもついていない。ゆっくりと障子を閉めると、彼女は布団へと寝転んだ。

 

「楽しかったなー……」

 

 百代はそのまま今日の出来事を思い出す。

 8月が誕生月である百代と岳人――彼に至っては1日が誕生日であったため、祭りとかぶり、翌日にはタッグトーナメントが控えていたので、彼女の誕生日である31日に合わせて祝われた。

 夕食には寿司が並び、そのあとに凛がアントークのミッコとともに作り上げた白桃のタルトとイチゴのケーキが出された。

 

「あの桃のタルトは旨すぎて、びっくりしたな」

 

 また食べたいとも思った。

 瑞々しい白桃がサクサクのタルトの上に乗せられ、その間にはレモンゼリーを混ぜ合わせたヨーグルトが敷かれており、桃の甘みと仄かな酸味が絶妙だった。

 もう一つのイチゴケーキは、岳人が男であり、あまり果物にこだわりがなかったので、無難なものが選ばれたのだ。どちらも、サイズは7号――直径21センチのものだったが、あっという間に片付いてしまった。

 そのあとプレゼントがそれぞれに渡され、しばらくの間談笑し、凛と百代を残して解散となった。

 

「ン~ンン~~」

 

 百代はご機嫌な様子で、机の上に置いていたケースを手に取り、また布団に身を投げ出す。そして、手触りの良いそのケースをゆっくりと開け、中からネックレスを取り出した。四角いプレートの表にはハートを半分に割った模様が描かれており、裏には「Your sight,my delight R&M」と彫られている。それを眺めていると、そのときのことが鮮明に甦った。

 2人だけになった秘密基地で、凛が少し恥ずかしがりながら喋り出す。

 

「俺の喜び、それは百代がいることだから。ちょっと、その……クサい台詞だけど、この言葉を彫ってもらった。それで、こうしてあわせると……ね」

 

 凛が首元から取り出した同じプレートを合わせると、綺麗なハートが完成――ペアネックレスだった。

 プレートの色は、百代の方が明るい赤銅色、凛の方がそれにトーンを合わせた銀色である。よく見ると、銀のプレートの方が幾分長く作られているようだった。まるで、彼女と彼を表しているようにも見える。

 百代はそれをただ黙って見ていた。そんな彼女に凛が声をかける。その声は少し固くなっていた。

 

「あー……気に入らなかった?」

 

 百代はフルフルと横に首を振ると、プレゼントされたネックレスを胸元で大事そうに握りしめた。

 

「嬉しいぞ……ありがとう。大事にする」

 

 百代はそれを凛に着けてもらうと、もう一度手のひらの上にのせる。シンプルなデザインであるが、それが彼女の好みとも合っていた。

 

「指輪とかも考えたけど、最初はこれくらいがちょうどいいかと思って……これなら、いつでも身に着けておけるだろうし。その……まぁ、なるべく着けておいてくれると俺も嬉しい」

「ふふ……そうする。本当にありがとう」

 

 百代は微笑みながら、凛の頬へ唇を寄せた。

 思い出したら、にやけてくる。百代はだらしなく緩む頬を抑えきれなかった。その間も照明にかざしてみたり、指で弄ってみたりする。傷一つないプレート――凛とお揃いで着けていたいが、身に着けていて何かの拍子に傷が付くのも嫌だから、しまっておきたいという気持ちもあった。そんな幸せな悩みに苛まれる。

 ゴロゴロと転がりながら、どうしようかと悩む百代。そして、閃いた。

 

「気でコーティングしておけばいいんじゃないか?」

 

 言っておくが、百代は本気である。

 

「私って天才だ! これなら傷がつく心配もない」

 

 自身の考えに満足したところで、次に携帯を見た。2,3の操作を素早く行い、画面に文章を表示させる。

 

 

 08/31 00:00

 From:夏目凛

 To:川神百代

 Title:世界で最も愛する人へ

 

 Happy birthday!!

 付き合い始めて、まだ1カ月も経ってない

 ことに驚いてる。それだけ、濃い時間を

 過ごしているってことかな?

 これから、俺の人生の全てを使って、百

 代を幸せにしていくから、覚悟しておく

 ように( ̄▽ ̄) ニヤ

 ちなみに、拒否権はありません。

 百代に出会えたことに感謝!!

 愛してるよ。早く会いたい(*´∇`*)~♡

 

 p.s ちゃんと一番に届いたかな?

 それが今一番気になってる。もし、時間

 あるならtellしていい?

 声が聞きたくなってきた。

 

 

 今日に日付が変更されたと同時にきたのが、このメールだった。これを見た瞬間、百代が凛の電話番号を表示させたのは、言うまでもない。彼もワンコールで電話に出る。その後の会話は、ただただ甘いものであり、もし聞いている者があったら、恥ずかしさで悶絶するしかなかっただろう。

 ファミリーからのお祝いメールも続々と届き、凛の五分後に大和と京(一緒にいるときに同時送信されたもの)、由紀江がその3分後に、そしてクリス、卓也、岳人、翔一の順だった。一子は同じ家に住んでいるので、直接言いに来た。

 凛のこのメールは、既に保護されている。百代の大事なものの一つとなっていた。

 百代はまた丁寧に読み直した。その行為も何度目かわからない。そして、最後まで読み終えて思う。

 

 声が聞きたい――。

 

 時刻は0時になろうとしていた。百代は一瞬躊躇う。しかし、あくまで一瞬だった。気付いた時には、手が勝手に凛の番号を出していた。

 百代は立ち上がり、椅子に座った。机の上にはノートが一冊とペン、消しゴム――そして、読みかけの漫画。手持無沙汰だった彼女はペンを握り、ノートを開いた。一番新しいページに、何となくペンを走らせる。

 

「寝てる、かな……」

 

 6回目のコール音が鳴った。あと1回、いやあと2回コールしても出なかったら、電話を切る。百代はそう自分に言い聞かせた。しかし、それは無駄に終わる。

 

『もしもし、百代?』

 

 はっきりとした凛の声が聞こえてきたからだ。それを聞くだけで、百代から自然と笑みがこぼれた。

 

「あっ凛? もしかして寝てたか?」

『いや、ちょっとキッチンの方に飲み物取りに行ってただけ。電話とるの遅れてごめんね』

「ううん。私の方こそ、遅い時間に電話してごめん……」

 

 百代はペンを置いた。凛が出れば、もう無用の存在であった。ノートには針金人間が何かと戦っている様子が描かれている。他にも、ファンシーなクマや猫、ライオンがいた。

 

『んで、どうかした?』

「いや……ただ凛の声が聞きたいなぁって思ったから……」

『そっか……俺も百代の声が聞きたいって思ってたから、一緒だ』

 

 凛の弾んだ声が電話越しから聞こえる。

 

「飲み物取りに行きながらか?」

『そう、飲み物取りにいきながら。百代は今何してるかなぁとか、もう寝ちゃったかなぁとか、どんな格好でいるのかなぁとか』

 

 その言葉に、百代は自分の体を見た。

 

「どんな格好って……Tシャツ一枚だ」

『えっ!? ……Tシャツ一枚だけ!?』

「いや、さすがに下着は着けてるぞ」

『その上は?』

「だからTシャツ一枚だって」

 

 凛の声が聞こえるより早く、電話越しからガタンッという物音が鳴り響く。同時に『痛ッ!』という声がした。続いて、『うわっ! こぼれた!?』と慌てた声。

 

「ど、どうしたんだ!?」

『ああ……いや、ちょっと勢いよく立ちすぎた。それより! そんなエロい格好で、家の中歩き回ってないですよね!?』

 

 なぜか敬語である。

 

「ん? 当たり前だろ……修行僧たちだっているんだぞ。見られたらどうするんだ?」

 

 百代は席を立ち、棚の上に置かれた子猫のヌイグルミを撫でた。これは以前、祭りのとき、凛がとったものである。ちなみに、彼女は密かに名前を付けており、銀色の方が『リンタロー』黒色の方が『モモカ』。どこからその名を取っているか、言わずともわかるだろう。

 その横には、凛の部屋と同じコルクボードが飾ってあり、写真が貼り付けてあった。沖縄の砂浜、凛と百代が手をつないで市街地を歩く後ろ姿、凛が食べ物を頬張っているところ、グラス作りではしゃぐファミリー、小雪が倒れ伏す準をつつく姿、大和に寄り添う京など他にも賑やかな写真でいっぱいだった。どれも笑顔が眩しいほどに輝いている。

 凛が大きく息を吐いた。

 

『ですよね。あーびっくりした。……今度また、一緒に寝ようね』

「Tシャツ一枚の格好がそんなに気になるのか?」

『当たり前でしょ! むしろ、俺のTシャツあげますから、着てくださいお願いします』

「でも、どうせ脱がすんだろ?」

『そりゃ最終的にはね……でも、その前段階を楽しみたい!』

 

 凛の声に力がこもっていた。百代は思わず苦笑する。

 

「助平……」

『男だから。あっ……その格好で寝るのもいいけど、体冷やさないようにね』

「そんなヤワじゃないから心配いらないぞ――」

 

 それでも気遣ってもらって、嬉しくないわけがない。百代はカラカラと笑いながら答えた。その後も他愛無い会話をし、電話を終えるときには、1時にさしかかろうとしていた。

 

 

 ◇

 

 

 次の日、風間ファミリーは全員揃って、登校していた。一子が先頭を歩きながら、翔一と会話を交わし、その後ろに大和と京が続いている。

 百代はクリスと由紀江相手に、気で作ったブラックホールについて説明し、最後尾に卓也と岳人がジャソプで盛り上がっていた。

 ――――平和だ……。

 凛は卓也と岳人の楽しそうな声を聞きながら、クリスと百代の少し後ろを歩いていた。自然とあくびがでた。9月に入ってもまだまだ暑さは続くようで、朝だというのに、既に微妙な蒸し暑さを感じる。

 変態橋では、星龍という武闘家が百代に挑み、瞬殺され、ギャラリーが湧く。凛はそれを皆に混じって観戦していた。彼の方にも挑戦者は来るものの、敗北した彼女の方が与しやすいと見ているのか、彼女に対する挑戦者の方が断然多かった。

 百代自身は大歓迎であり、鉄心やルー曰く。

 

『敗北を知った上で、支えまでも手に入れた百代の強さは、1か月前と段違いである』

 

 そのような評価を受けていた。最近は落ち着きも出てきたせいか、以前よりも風格が増し、戦う前から挑戦者を呑んでしまうことすらある。息まいてやってくる彼らだが、彼女を前にして、まるで石像のように固まってしまうのだ。

 さらに、現在新技を考案中らしい。それを聞いたファミリーは衝撃を受けていた。なんせ、瞬間回復だけでも反則的な強さを持っているのに、その上での新技など予想すらできないからだ。

 それについては、凛もまだ見せてもらっておらず、披露されるときをかなり楽しみにしている。彼もさらなる上を目指す身として、切磋琢磨できる相手がいてもらわないと困るのだ。もっとも、次に対戦できるのはいつになるのか未定であった。

 それを鉄心から聞かされた百代もゴネることなく、「気長に待つさ。技も磨けるし」と落ち着いて返し、基礎の鍛錬へと戻って行った。その一事だけを見ても、彼女の成長が窺える。

 百代にしてみれば、戦いが大事なのは今も変わらないが、それ以外にも大事なもの、楽しいことを見つけたため、不平不満がたまることもない。彼女はもう独りではないのだ。

 話は変態橋に戻る。

 星龍が吹き飛んだところで、燕が現れ、試供品を橋の手すりに置いた。どうやら、納豆の営業らしい。

 百代が声をかける。

 

「燕は朝から精がでるな」

「あっ、ももちゃん。おはよう」

 

 ファミリーも挨拶をした。当然、大和もである。

 

「おはようございます、燕先輩」

「おはよう、大和くん。それに……京ちゃんも」

 

 燕は百代の助力もあってか、それとも元来の性格のせいか、大和のことを引きずっている様子はない。

 しかし、組手を行った百代からすれば、いつもより過激な――単純な力技が多かったらしく、何かを吐きだしているようにも見えた気がした。ともかく、組手が終了したあとには、幾分スッキリした顔をしていたため、彼女もほっと胸をなでおろした。

 一行はゆったりと学園を目指す。

 

 

 □

 

 

「――勝手に聞いてるとか男子やらしっ!」

 

 凛たちが2-Fの教室に入ると、羽黒がそんなことを育郎とスグルに向かって言っていた。それについて、彼らが思い切り反発している。

 周りに話を聞いたところ、羽黒が男との情事を千花と話していたとき、2人がそれを耳にして、その男に同情を示したらしい。そのことに対しての言葉が上記の通りである。

 ――――いや確かに、「アオッ、アオオッ」って声出されたらなぁ……。

 周りにいた大和、岳人、卓也も同じ気持ちらしい。特に、岳人は露骨に嫌な顔をしている。

 

「おい、凛もなんとか言ってやってくれよ!」

 

 育郎の一言によって、一気に舞台へと引き上げられる凛。

 ――――なんで数ある男子の中で俺を選んだ!?

 そして、後ろにいた3人から前へと押し出された。

 前に出てきた凛に、羽黒がロックオンする。

 

「夏目もやっぱ気になっちゃう系? まぁ……どうしてもっていうなら、夏目にあたしの話聞かせてやってもいいけど?」

「いや、そういう話は、やっぱ男に聞かせるのはよくないかなーなんて……」

「だ・か・ら! 夏目だけは特別系みたいな? モモ先輩とのこともあるし、事前勉強も兼ねて」

 

 ――――あれ? さっきまで、そういう話を聞かれて言い合ってたのに、どうしてこうなった!?

 周りを見渡すと、男のほとんどが一定の距離をとっていた。

 

「いやいやいや……まぁ俺のほうは自分で何とかするから! まじで! 本当! 努力する!!」

「夏目! 女の体はそんな単純にはできてない系! 甘く見てたら、痛い目みるぜ! あたしはそんな男を多く見てきた……いわゆる粗チン系」

「おうおうおう……」

「んな男共の仲間入りをしてほしくないんだよ――」

 

 その後、すぐに梅子がやって来て、凛は何とか逃げ延びることに成功した。

 

 

 ◇

 

 

「――てことがあって、もう少しで羽黒の保健体育を強制的に受けさせられるとこだった」

 

 午前で学校が終わった帰り道、凛は先ほどの出来事を百代に話し、ため息をもらした。

 

「本当はちょっぴり受けてみたかったりして?」

 

 百代がいたずらっぽい笑みを浮かべた。しかし、凛の表情を見て、慌てて言葉を付け足す。彼の瞳が、死んだ魚のようになっていたのだ。

 

「じ、冗談だ、冗談! 凛がそんなこと思うわけないよな! うっ……だから、そんな目で見ないでくれ」

 

 遂には泣き言へと変化した。そんな百代を見て、凛はさらに深いため息をもらした。

 

「もういいです……こんなこと話した俺が悪かったと思うし。気にしないで」

「まさかこんなに凛が萎れるとは……グレート羽黒の娘もやるな。っと、感心してる場合じゃない!」

 

 そう言って、百代は凛の腕を抱え込み、言葉を続ける。

 

「本当に元気だしてくれ。お前が元気ないと……その、私もなんか落ち込んでくる」

「ごめんごめん。本当に大丈夫だから。こうやって百代といるだけでも元気でてくるし」

 

 凛が空いている右手で、百代の頭を撫でた。下から見つめてくる彼女は、子猫のような愛くるしさがある。

 

「本当か? 本当に元気でたか?」

 

 凛はそれに頷くと、前方を歩く2人組を発見する。

 

「ほらあれ……京極先輩と清楚先輩じゃない?」

「本当だ。というか、京極の奴……着物とか暑くないのか?」

「ですね。……あ、清楚先輩がこっちに気付いた」

 

 清楚が振り返り、大きく手を振ってくる。それに百代が振り返し、そこへ合流した。

 

「それにしても、清楚ちゃん……よく私たちに気づけたな」

「スイスイ号が教えてくれたの。ねっ、スイスイ号」

 

 清楚は押していた自転車――スイスイ号に話しかけた。すると、すぐに『大した事ではありません』と返答がくる。

 凛はそれを見て、感心した。

 

「相変わらず、よくできてますよね。スイスイ号って……」

『ありがとうございます、凛様』

「そうだ! これから、私と京極君で葛餅食べに行くんだけど、ももちゃんと凛ちゃんもどうかな?」

 

 清楚が、その名の通りの清らかな笑顔で2人に告げた。

 ――――お邪魔していいんだろうか?

 凛がそんなことを考えている間に、百代が即答する。

 

「おお! いいな、私は賛成だ! 凛もいいだろ?」

「えっ、あ……はい」

「よーし、決まりだ! 清楚ちゃん、店に着いたら、沖縄の写真見せてあげる」

 

 百代はそのまま清楚の隣に並んで歩きだし、凛も自然と彦一の横へと並んだ。

 

「京極先輩、お邪魔じゃなかったですか?」

「気にすることはない。葉桜君も楽しそうにしているしな」

 

 そう言って、彦一は少し前を歩く清楚と百代へと目を向けた。

 百代は夏の間にあった出来事をおもしろおかしく話しており、それに対して、清楚は頷き、時に笑い、詳しく尋ねたりしている。そんな美少女2人の和気藹藹とした姿は、同じ帰り道を通っている生徒の目を奪い離さない。

 一方の凛と彦一も学園でトップクラスの美男である。当然、彼らにも視線が飛んでいた。

 

「まぁ……京極先輩がいいならいいんですけど」

「何やら、含みのある言い方だな」

「いやだって、これだけ仲良さそうにしてるんですから、色々と考えちゃうじゃないですか」

「俺と葉桜君は夏目たちのような関係にはない。ただのクラスメイトだ。葉桜君もきっとそう思っているだろう」

「京極先輩って……男s」

 

 その先を言おうとした凛の頭が、いつかのように扇子で叩かれた。

 

「一応誤解があってはいかんから言っておくが、俺は健全だ」

「了解です! でも、うかうかしていると、他の人に清楚先輩とられちゃいますよ?」

「それで葉桜君が幸せなら、良いのではないか?」

 

 ――――相変わらずサラッとしてるなぁ……。

 凛は一瞬、暑さを忘れた。それと同時に、楽しそうな女の子2人を眺める。

 

「じゃあ……京極先輩の一歩置いた距離を感じて、清楚先輩もそれを守ろうとしていたら?」

「どうしたんだ、夏目? やけに葉桜君を推してくるじゃないか?」

「すいません……ただ、なんか気になってしまいまして。勝手な言い分だってわかっていますけど、清楚先輩を受け止められる人って、そう多くないように思えるんです」

 

 ――――正体が隠されているのが謎だけど、名前、ヒナゲシからある程度予想が立てられた。そして大会で感じたあの気の嵐……。京極先輩は、そういうことも全然気にしそうにないからな。なんかあっても、『君は君だ』みたいな感じでフワッと包み込みそうだし。

 凛は言葉を続ける。

 

「こう、隣同士にいるのが、あまりにも自然に見えるっていうんですかね……。それに、葛餅食べに行くのだって、言い換えればデートじゃないですか?」

「友達同士なのだから、デートとは言わんだろう」

「京極先輩! 男と女の友情が成り立つか否かは、人類とって永遠のテーマの一つですよ!」

 

 凛の力説がおもしろかったのか、彦一が扇で口元を隠しながら、苦笑した。

 そこに、前を歩いていた百代が小走りで寄って来た。目と鼻の先に、仲吉が見える。

 

「ほら! 凛、さっさと行くぞ。葛餅パフェが待ってる」

「俺会話のとちゅ、うぉっ! ……そんな引っ張らないで」

 

 そんな2人の姿を見ながら、彦一が呟く。

 

「隣同士にいるのが自然か……俺はどう思っているのだろうな?」

 

 人間観察をするのが趣味である彦一は、自分へと問いかけた。居心地が良いと感じていたのも確かだった。

 

「京極くん? 2人とも中入っちゃったよ?」

 

 すぐ近くまで、清楚が近寄っていた。

 

「ん? ……すまない」

 

 彦一も止めていた足を前へ進め始めた。清楚が隣でクスクスと笑う。

 

「それにしても、あの2人仲良いよね。ももちゃんが甘えてる姿って可愛い」

「川神が男と付き合い始めたと聞いたときは驚いたが、その相手が夏目と聞いて、妙に納得してしまった……」

「……京極くんは誰かとお付き合いしたりしないの?」

 

 先ほどまで話していた内容が甦り、彦一が動きを止めた。しかし、それは一瞬のことで、すぐにまた歩き出した。

 

「……どうだろうな? 俺はどうもそういう方面に疎いらしい。そのことで、先ほども夏目から小言をもらったところだ」

「凛ちゃんから!?」

 

 清楚は少し大きな声で驚き、また笑い始めた。

 

「そういう葉桜君こそ、どうなのだ?」

「私?」

 

 笑いが収まった清楚が、きょとんとした顔で彦一を見た。これまで会話をしてきた中で、色恋沙汰の話題になったのは、今日が初めてである。

 清楚が少し考える素振りをみせた。

 

「んー…………私も、よくわからないかな?」

「葉桜君もか……」

「うん。これは私も、凛ちゃんから小言をもらわないといけないかな?」

「夏目は女性に優しいからな。小言というより、親身に相談にのってくれるのではないか?」

「確かに凛ちゃんなら、そうしてくれそうだね」

「そのときは川神も一緒についてくるだろうがな……」

 

 その様子がありありと頭に浮かんだ清楚は、顔をほころばせた。彦一はその笑顔を見ながら、凛が言った言葉を思い出していた。

 

『うかうかしてると、他の人に清楚先輩とられちゃいますよ?』

 

 彦一はまた思考の海へと沈んだ。

 店の中では、凛と百代が既に席に着いている。4人席の奥側に、2人並んでコソコソと話し合っていた。そして、彼女が清楚の姿を見つけて、身を乗り出して声をかける。

 清楚は数歩先を歩いていたかと思うと、すぐに振りかえり――。

 

「京極くん、早く早く」

 

 チョイチョイと軽く手招きした。彦一が動き出したのを確認して、清楚はそのまま百代へと駆け寄った。

 テーブルの片隅には写真が並べられており、それを見た清楚が楽しげな声をあげる。続いて、彦一が彼女の隣に腰を下ろした。

 凛が店員に呼びかける。

 

「すいませーん。注文お願いしていいですか?」

 

 賑やかな昼時になりそうだった――。

 

 




2学期開始!
ホームページにある人物紹介の表情集、百代はもちろんだけど清楚も可愛い。時折、見に行くんですが、凄い癒される。
というか、百代と凛を清楚と京極のとこに突っ込むの凄く楽しいぞ!!
どうしたらいいんだ!?

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