真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『意地』

 

 

 

「おはようございます、凛」

 

 凛が早朝のトレーニングから帰ってくると、そんな声が聞こえてきた。玄関に立っていたのは、一人の女の子――ツインテールの紫の髪と同色の瞳、そして、体のラインがはっきりとわかるパイロットスーツを着込んでいる。頭部に装着されていたゴツめのヘッドギアは、今は外されていた。

 凛は少し遅れて返事をする。

 

「……おはよう、クッキー。まだ見慣れてないせいか、一瞬誰かと思った」

 

 凛の言う通り、彼女はあの丸いフォルムが愛らしいロボットだった――昨日の夕方までは。

 その夕方、いつものように秘密基地にて集会が行われ、メンバーが思い思いの時間を過ごす中、京が翔一からもらったワックスでクッキーを磨いているときに、異変が起きた。突然、クッキーが悩ましい声をあげたかと思うと、第108形態まである変形の中の一つ――第4形態への変形が可能となったのだった。

 クッキー曰く、人間への好感度がマックスを振り切り、よりファミリーとの絆を深めたくなったから、その形態へと変形できるようになったらしい。

 その形態こそが、凛の目の前にいるより人に近い、というよりも女の子であった。クローンのことといい、クッキーのことといい、九鬼の技術は一体どこまで進んでいるのか想像もつかない。

 

「構いません。これをどうぞ」

 

 そう言って、クッキーはタオルを差し出した。凛は礼を言って、それを受け取り、ついでに頭を撫でた。身長が一子と同じくらいのため、彼は無意識的にその行動をとってしまったのだ。ファミリーのマスコット(自称)だった松風を一蹴した実力だけはある。

 

「凛……くすぐったいです」

「おっと、ごめんごめん。クッキーの愛らしさが、一子にも劣らんばかりだったから、ついな。第2形態になるのは勘弁してくれ」

 

 凛はすぐに手を引っ込めた。

 この可愛いクッキーは、大和や京、マイスターである翔一以外が接触した場合、第2形態になり、自身を守るようになっている。

 

「心配いりません。私も凛を兄のように思っています」

「嬉しいこと言ってくれるな。今度またオイル……じゃないほうがいいのか?」

 

 女の子となったクッキーを見て、凛は悩む。オイルをあげてもよいが、この姿で飲むところを想像したくない。

 

「この形態は食事もとれるので、凛さえよければ、あなたの料理を食べてみたいです」

「おお! 本当に凄いな! 了解だ……第4形態になれた祝いも兼ねて、クッキーにおいしいものをプレゼントするよ」

「ありがとうございます……お兄ちゃん」

 

 そんな不意打ちを食らった凛は、「おふっ」と言いながら、玄関に膝をついた。萌えという名のボディブローが、彼の腹を鋭く抉ったらしい。

 ――――ワンコのような元気一杯な妹もいいが、クッキーのようなクールな妹も侮れん!

 ちょうどそこへ、目を覚ました大和と京が現れる。彼女の方はしっかりと彼の腕を抱きしめており、彼もそれを気にしている様子はない。

 

「おはよ……って、凛何してるんだ?」

「おはよう、大和に京。俺か? 俺は今、妹の良さについて再認識していたところだ」

「なんだそりゃ? クッキーもおはよう」

 

 ようやく立ち上がった凛を放っておき、大和が京と会話していたクッキーに挨拶した。

 

「ところで、京はまた大和の部屋で寝てたのか?」

「大和が部屋に帰してくれなくて……」

「京と同意見です」

 

 凛の言葉に、京とクッキーが仲良く頬を染めながら答えた。それを聞いた彼が、大和に冷めた視線を送る。

 

「大和……いくら仲良いからって、京とクッキーをそんな爛れた関係に――」

「んなわけあるか! 俺が眠ったときには確かに一人だったよ! でも起きたら、なんかクールなのが2人いて、俺の顔を覗いていたんだ! 久々に大声だすとこだったわ!」

「京とクッキーは本当に仲良しだな」

 

 その言葉に、京とクッキーが同時に頷いた。

 

「ツッコむところ、そこか!! もっと他にあるだろ!?」

「はいはい……もう良い時間だから、ご飯食べに行こう。あとでちゃんと聞いてやるから」

 

 凛が大和をリビングへと押していき、その後ろを2人がついてきた。

 

 

 ◇

 

 

 それから時が流れ、9月の中旬になったある日。西から突如やってきた大友の情報により、川神が俄かに慌ただしくなる。

 その情報とは、西方十勇士の4名が外部の人間によりやられたというものだった。そして、その手練はだんだんと東に移動しており、つい最近は名古屋にて暴れていたらしい。加えて、十勇士の残り5名が行方不明となっていた。

 大友は関東に進むその手練がこの川神に来ると予測し、待ち構える腹積もりだった。鍋島も彼女とともに川神に足を運んでおり、現在は鉄心と話し合いをしている最中である。

 

「梁山泊か……」

 

 大友からその手練たちの名を聞いた凛が、呟いた。

 ――――確か、現在は裏で傭兵活動しているとか……英雄の末裔が集まる集団として、俺もその名をヒュームさんから聞いたことがある。名を代々受け継ぐ豪傑たち。

 凛が軽く微笑みながら、言葉を続ける。

 

「まぁ来るというなら……」

 

 凛と目が合った百代が頷く。

 

「迎え撃つまでだ」

 

 その言葉に、由紀江もしっかりと首を縦に振った。

 

 

 □

 

 

 それから程なくして、学園の中は梁山泊による負傷者が多数でるようになった。多い日は、30から40人が一気にやれられることもあった。

 

「まゆっちと同じ剣術を使った……?」

 

 凛は由紀江の言葉をイマイチ理解できなかった。同席していた百代も眉をひそめている。

 

「はい。私が武蔵さんや矢場先輩のところに駆け付けたところ、水色の髪をした女性がおられまして、私の放った剣戟と全く同じものを使い、防いでいったんです」

『幼い頃から使い続けた剣術をオイラたちが見間違えるはずねえ……あれは確かに黛流だった』

 

 百代が会話に混ざる。

 

「でも、黛の門下にそんな女がいたことはないんだよな?」

「はい。見たこともない女性です」

「まさか……見ただけで模写できるのか?」

「それにしては、型だけでなく威力まで完全に……」

 

 由紀江の思い出すような口調に、一同が黙った。

 ――――完璧なコピー……ありえないと言いたいところだけど、まゆっちが嘘をついてるわけがない。

 凛が百代に視線を送る。

 

「わかってるさ、凛。不用意に技を連発するなって言いたいんだろ?」

「まぁね……まゆっちの加減した斬撃を真似た相手だし、どの程度まで技の模写が可能なのかわからない以上、用心するべきだ」

「でも、それじゃあ攻撃できないぞ――」

 

 梁山泊への対策について、さらに話し合いを続ける3人だった。

 

 

 ◇

 

 

 扇島付近、変態橋、多馬川の上流――梁山泊の目撃情報が入っては、その場所へ急行するが、どうしてもあと一歩のところで捉えることができずにいた。

 そして、その遅れが、とうとうファミリーの一人を梁山泊と引き合わせてしまう。

 多馬川の下流では、偶然通りかかった岳人が、襲われている生徒のところへ駆け寄った。

 

「大丈夫か!?」

「……ぁ、先輩? ……に、逃げてください」

 

 そう言うと、女生徒は体を地面に横たえた。意識はかろうじて残っているようだ。

 岳人はその女生徒に背を向けると、守るようにして棒を担いだ梁山泊――史進と対峙する。

 

「お前が最近、この川神で暴れ回ってる梁山泊か?」

「だったらどうだっていうんだ? まさか……アンタがそいつに代わって、わっちの相手をするとでも?」

 

 史進がケタケタと笑うと、ツインテールの髪と不自然に膨らんだ胸元が揺れた。髪飾りから伸びる黒い紐が、風になびく。その背中には九匹の龍が刺繍されていた。

 史進は担いでいた棒を一度だけぐるりと回し、また担いだ。

 

「なにがおかしい!?」

「アンタ、自分の実力わかってんのかってことだよ! もっとも、あんまりにも弱っちいから、わっちの強さがわからないかもしれないけど……小銭稼ぎばっかで退屈なんだよなぁ」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!」

 

 岳人は右手を振りかぶると、そのまま史進へと突っ込んでいった。それを見た彼女は、言葉と裏腹に、口角を釣り上げ、獰猛な笑みを浮かべる。戦うこと自体は好きらしい。

 

「んなトロい攻撃がわっちにあたるかよ!」

 

 岳人の右拳をゆるりと避けると、史進は棒をなぎ払った。

 

「がはっ……!」

 

 その一撃は、岳人のガラ空きになっていたわき腹にめり込んだ。肺の中の空気が全て吐きだされ、次いで体が横へ吹き飛ぶ。

 二転三転して、ようやく岳人は止まった。彼はすぐに立ちあがる。わき腹に鋭い痛みが走ったが、それを顔には出さない。

 史進がまた笑う。

 

「へぇ……攻撃はゴミでも、タフさには自信ありますってか?」

 

 今度は、史進が岳人へと接近する。彼はそれを迎え撃つ形で、またもや拳を振るうが、易々と避けられ、同時に、彼女の棒が彼の左側頭部を襲う。無論、彼の反応ではそれを避けることもできず、かち割らんばかりの威力をモロに受けた。

 がっと固い音が辺りに響く。

 

「……ッ!」

 

 岳人は声が出なかった。受身もとることを許されず、地面を転がっていく。視界は、まるで目の前で強烈な光を見ているように、チカチカした。立ち上がろうとすると、足元がふらつく。そこにさらなる追撃がきた――まるで、舞いを踊るようにして、史進が棒を振るうと、その度に彼の体のありとあらゆる場所から痛みが走る。彼はそれに対して防御をとろうとするも追いつかない。自然と棒立ち状態になり、ジリジリと後ろへと追いやられていった。

 そして、一瞬の隙をつかれ、下から振るわれた一撃によって、顎を打たれた。岳人の巨体が宙に浮き、地へ落ちる。

 それを視界に入れていた女生徒が、「……ぁ……」と何かを口にしながら、岳人の方へ手を伸ばした。史進がそれに気づく。

 

「……なんだよ。まだ、落ちてなかったのか? お前の出番はとっくに終わってるから、さっさと舞台からおりなって――」

 

 そう言って、史進が足を進めようとするが、その足が進まない。視線を向けると、岳人の右手が、彼女の足首をガッチリと掴んでいた。間を置かずして、彼女の視界が反転する。

 上体だけ起こした岳人が「うおおっ!」と叫びなら、力の限り史進を投げ捨てたのだ。彼女はその身軽な体を翻し、地面へと足をつける。

 その間に、岳人は右足に力を込めて、再度しっかりと立った。

 

「お前の……相手、は……俺様だろ……」

「おうおう……頑張るねぇ。倒れたほうが楽になれるっていうのに」

「俺様……こう、見えても鍛えて……るんでな。お前の、攻撃なんざ……効きゃしないのよ」

「あはははっ……吠えるのだけは一人前だな。だったら、早くわっちのとこまでおいでよ……まあ、それを待つのも面倒だから、仕掛けてやるけどなぁ!!」

 

 史進は棒を両手でしっかりと握ると、その先端を岳人に定め、先ほど以上の速度でぶつかっていった。

 それはまるで一発の黒き弾丸――。

 史進の進む道に砂埃が巻きあがり、それが真っ直ぐに岳人へと迫る。

 それに気付いた岳人が防御するよりも早く、彼の鳩尾を先端が抉った。当たる瞬間に、回転を加えたその一撃の威力は計り知れない。くの字に折れ曲がり、その姿勢のまま数秒間吹き飛ぶ。

 お疲れさん。十分な手ごたえに、史進の笑みが深くなる。突きだした棒を引き戻し、余裕綽々といった様子で、仁王立ち。

 それとは対照的に、岳人の焦点はぶれ、気を抜けば意識が飛びそうであった。

 がしゃん。背中に固い何か――背後にあった柵によって、勢いを殺すことができた。しかし、今度は体が重力に引っ張られ、地面へと向かう。目前に地面が迫ってきた。

 

「ぐっ!」

 

 岳人は両腕を支えに、倒れ伏すのを何とか堪えた。地面に伏せてしまえば、もう起き上がれない――そんな気がしていた。膝をつき、体を徐々に持ち上げ、柵に上体を預けて座りこむ。それだけで、体中が軋み、神経を直接突かれたような痛みが回った。

 

「本当に頑丈な奴だなぁ。もしかして、マゾッ気でもあるのか?」

 

 岳人は柵に手をかけると、それにもたれながら立ち上がる。ぼんやりとした視界は、かろうじて史進のいる位置を知れる程度だった。

 史進は棒で右肩を叩く。

 

「お前じゃ、わっちを倒せないってわっかんないかなぁ。もしかして、さっきの一撃で頭やられちゃった?」

 

 岳人は肩で息をしているのみで反応しない。

 そこへ、「史進!」と別の声が響く。それも2つ――梁山泊の2人であった。

 

「林沖!」

 

 史進にそう呼ばれた女性は、ひざ裏まではあろうかという長い艶やかな黒髪と優しげな瞳、それに落ち着いた雰囲気があり、手には槍を持っている。

 

「それに楊志まで!」

 

 こちらは由紀江と戦った女性であり、涼やかな水色の瞳に、水色の髪を後ろで束ねており、両手にはそれぞれ幅広の剣を携えている。名を吹毛剣という。

 

「どうしたんだ? 2人揃って……」

「どうしたじゃないだろ? 史進が遅いから、心配になって――」

「パンツ嗅ぎたくなっちゃった」

 

 訳のわからない文章になってしまい、林沖が揚志をたしなめる。そんな彼女らを一瞥すると、史進は目の前の気絶寸前の男へと向き直った。

 

「んじゃあまぁ、ちゃっちゃと終わらせますか」

 

 史進は先ほどと同じ構えをとった。それに反応するように、岳人がゆっくりと動き出す。

 

「お……おれざま、は……今……やれるこどを、やるだけだ……」

 

 岳人はそれだけ口にすると、両腕を持ち上げ、ボクシングスタイルをとった。足はもう動きそうにない――この状態を保つことで精いっぱいだった。膝が勝手にガクガクと震える。

 次の一撃は避けられない。岳人は今一度、気を引き締めた。耐えるしかない、一秒でも長く、引き留めておく必要があったからだ。必ず、来てくれると信じていた。

 瞬き一つ――それすらも億劫に思えるほどきつい。今すぐ倒れて眠りたい。今ここで身を投げ出して、目を閉じられたらどんなに楽になるだろう。これ以上の追撃も浴びせられることもない。格好をつけずに、助けに入らなければよかったのか――否。

 

 目の前でやられてる女を見捨てるなんざ、それはもう俺様じゃねえ……。

 

 できることなら、凛のように戦いたいと思った。出会ったときから、百代と相対し倒れることなく、挑戦者を軒並みなぎ払い、遂には百代を下し、皆から一目置かれる。傍から見ていても凄い奴だと感心した。しかし同時に、妬ましくもあった。なんでもソツなくこなし、どんな状況でも余裕があるように見えるからだ。

 俺にも素質があったら――。

 そんな考えが頭をかすめる。凛の登場によって、強烈に意識させられた。同性の同年代だからこそ余計にだ。笑顔を絶やすことなく、自らの道を力強く歩いていく姿は、とても格好良く映った。

 努力したんだろうな。一子や百代が鍛錬を行っているのを見たことあったため、才能だけではないとわかっている。わかっていたが、凛はそういう姿を見せたことがない。自分たちと同じように冗談を言って笑い、エロい話で盛り上がりもする――そんな頼りがいのある普通の仲間に見えていた。あの大雨の中の姿を見なければ――。

 

 

 □

 

 

 旅行に向かう前日、天気の悪い中、岳人は母の頼みで親戚の家を訪れていた。その帰り道、ちょうど九鬼が所有している採掘場跡地が見える。そこに隣接して、島津家の土地もあった。そして、窓から見える光景に、思わず目を奪われた。それは運転していた親戚も同様で、いつの間にか車も停止させている。

 雷が落ちる――遠雷くらい誰でも見たことがあるだろう。しかし、そこは落ちるなどという生易しいものではなかった。ある一点に収束するようにして、万雷が降り注ぐ。まるで、おとぎ話のような光景だった。雷が互いに共鳴し合うように絡まり合い、テレビで見た外国のハリケーンのような形をとっている。不思議なことに、山火事などは起こっていない。

 岳人はそのとき何を思ったのか、車を飛び出し、その発生源となる場所を目指した。後ろから親戚の声が聞こえたが、それも無視する。轟音が絶えず耳をつんざき、雨粒が激しく顔を打った。

 そのときだった。

 

「――――っ!! ――――ッ!」

 

 誰かの叫ぶ声が聞こえた気がした。岳人はさらに足を進める。ぬかるんだ道は歩きにくかったが、とにかく進んだ。そして、開けた場所に出ようかとしたところで、足を止めた。

 声の正体は凛だった。跡地の真ん中に膝まづいて、何かに耐えている。それが何か――岳人にもはっきりとわかった。降り注ぐ雷である。

 四方には、岳人の二の腕ほどの金属の杭が打ってあり、それがバリバリと音を立てながら激しく光っていた。雷光は凛の上空で一点に集まると、そこから杭に向かって、四方に伸びていく。

 自然、四角錐の中に凛がいるように見える。その中はまるで雷神の監獄――空間の中を紫電が絶えず走り回り、凛の体に四方八方から纏わりついていた。

 

「……っ!! ――――ぁ!!」

 

 凛の声にならない叫びが、轟音にかき消されながらも、岳人の耳に届く。凛が岳人に気づく気配すらない。そこに気を回す余裕がないのだろう。

 

『俺は超えたい人がいるからな。まだまだ上を目指すよ』

 

 百代を倒した凛に、岳人が「これからどうするのか」と聞いたときの答えだった。

 そのときの凛は、こめかみを掻きながら、照れ笑いを浮かべていた。

 

『まだ足りねえのか? 俺様には十分に見えるけどな』

『まぁな……』

 

 凛はただ笑って、そう言うだけだった。その彼が、地面に倒れ、泥の塗れ、あらん限りの絶叫をあげている。眉をしかめ、歯を食いしばり、苦痛にゆがむその顔は、別人のようだった。その口元から血が滴っており、全ての指を地面に食い込ませている。

 一体どれほどの時間そうしているのか見当もつかない。

 その光景を茫然と見やっていた岳人に、背後から傘が差し出された。彼が振り向くと、クラウディオが立っている。

 

「申し訳ありません、岳人様。これ以上、ここに留まることを止めていただけないしょうか? 凛自身、こういう姿を見られるのを好みませんので……」

 

 岳人はそれに頷くと、親戚が待つ車へと戻っていく。

 

「なぁ、クラウディオさん。凛は昔からあんなことを続けているのか?」

「そうですね……あのような形のものは最近ですが、鍛錬自体は6,7歳頃からでしょうか」

「そうっすか……」

「凛が怖くなりましたか?」

「いや、やっぱ凄え奴だと思ってたとこっす。あのモモ先輩と付き合うだけの男だな……と」

 

 車が見えてきた。

 

「岳人様、これは個人的なお願いですが、今日見たこと聞いたことは、内密していただけないでしょうか?」

「もちろんっす! 男はプライドの塊みたいなモンっすから、凛もああいう姿を知られたくないっすからね。……まぁ、俺様は格好悪いとは思わなかったっすけど」 

「ありがとうございます。それではお気をつけて、お帰りください」

 

 その翌日、顔を合わせた凛は、いつもと変わらない笑顔だった。

 

 

 ◇

 

 

 刹那、そんなやりとりを岳人は思い出した。

 俺が女なら惚れてるな。戦いの最中にも関わらず、岳人は僅かに笑った。

 時間稼ぎ上等、いくらでも持ちこたえやる。岳人は両拳にグッと力を込めた。自身の荒い息遣いだけが聞こえる。その度に痛みを覚えるが、それが意識をかろうじて繋ぎ止めてくれた。

 

「眠りなッ!」

 

 史進が踏み出した。岳人にはそれすら関係ない。食らう覚悟は既にできていた。彼女が少し左にずれたらしい。彼の視界から、ボンヤリとした黒い影がなくなった。

 どこからきやがる。岳人は体を固くした。時を置かずして、史進の棒が岳人へ襲いかかってくる。

 そのときだった――。

 

「すまん岳人! 遅れた」

 

 声の主は、史進と岳人の間に割って入ると、右手で彼女の棒を掴んだ。スピードにのった彼女の攻撃を無に帰す。楊志や林沖の近くを通り抜けたにも関わらず、彼女らにすら反応を許さなかった。

 そこから史進に声すらあげさせない。彼女の表情が驚きで固まる。その主――凛は棒を掴んだまま、左の突きを放った。

 

「史進ッ!」

 

 ここで反応したのが林沖だった。一足で距離を詰めると、反応の間に合わない史進の盾となる。槍の持ち手部分と凛の拳がぶつかった。

 ミシミシ――。

 槍がその凄まじい力の前に悲鳴をあげる。遂には耐えきれず、2人同時に吹き飛んだ。しかし、すぐに態勢を立て直す。「げぇ! 3800Rじゃん!」史進の声が木霊した。

 岳人は声を振り絞る。

 

「ヒーローは……キャップの、やぐめ……だろうがよ」

「ヒーローも色々駆けまわっててな。今は俺がその代理ってことで、納得してくれ」

 

 凛は苦笑をもらした。岳人もそれに合わせて、笑みを見せる。

 

「しゃあねぇ、な……ヒーロー代理がきちま、ったんじゃあ……」

 

 俺様一人で片づけるつもりだったんだがよ。そう続けようとしたところで、岳人は意識を失った。勢いよく柵を背に尻持ちをつき、頭を垂れる。

 それを見届けた凛は、目の前の3人へと視線を移した。その以前から意識だけはそちらへ飛ばしていたので、彼女たちは動いていない。

 

「史進、楊志! ここは私が食い止める。先に逃げろ!」

 

 林沖が槍を構えながら叫んだ。凛はその台詞が妙に癇に障った。

 ――――まるで、こっちが悪者のように聞こえるな……。

 林沖にそんな気はさらさらないであろう。ただ『守る』という気持ちからでてきた言葉である。

 

「逃げる? 逃がさないよ」

 

 地下深くから響くような冷たい声色。凛も相当頭にきているらしい。

 ぞわりとした寒気とともに、3人の肌が粟だった。先ほどとは打って変わって、空気が重く、酷く息苦しく思える。手にじんわりと汗を感じた。

 そこへ乱入してくる者がいた。

 

「凛! その戦い……もちろん私も入れてくれるよな!?」

 

 天から降ってきた百代は、着地によって、砂煙を巻き上げながら登場した。「げぇ! こっちは3500R!」史進である。梁山泊を前後からはさむようにして、凛と百代が立っていた。

 百代の登場により、凛の雰囲気が和らいだ。

 

「百代……よくわかったね。ここにいるって」

「ふふん。凛の傍にずっといたからな……お前の気も追えるようになったんだ! ところで、岳人は無事なのか?」

「詳しく見てもらわないと、なんとも……多分1、2週間は安静しないとダメじゃないかな」

「そうか……なら一層岳人の意地に応えてやらないとな」

 

 百代の気が、辺り一帯を覆い尽くさんばかりに膨れ上がった。

 史進が苦々しく口を開く。

 

「うへぇ、こいつマジで人間かよ……ありえねえ気の量だぞ」

「というか、本当にどうやって脱出する?」

 

 楊志がチラリと林沖を見た。彼女が頷く。

 途端に、一面を白い煙が覆った。百代が気を爆発させて、一気にそれを打ち払う。

 

「凛! 私は黒髪のねーちゃんだ!」

 

 そう言い残すやいなや、一目散に林沖を追っていった。

 

「はいはい……」

 

 凛はそれに返事すると、右手の親指と中指、薬指を軽く曲げた。そして、土手へと上がる。梁山泊の2人がそこにはいた。

 

「さすがに、あの黒髪の子は気づいたか……それも百代が追っているから別にいい。今さら、引き返すことはできないだろうし」

 

 凛はゆっくりと2人もとへと歩みを進める。しかし、楊志のほうは糸が切れているにも関わらず、逃げていなかった。むしろ、顔を青くして、今にも倒れそうになっている。すぐにさらなる糸を巻き付けた。今度は抵抗すらない。

 

「……ぱ、パンツ……」

「だぁー! こんなときに厄介な病気発動させやがって、お前一体何しに来たんだ!?」

 

 その隣で、史進がギャーギャー騒ぐ。彼女の方はしっかりと糸が絡まっていた。

 

「とりあえず、どんな目的で――」

 

 凛が尋ねようとした瞬間、黒い影が彼の前へ現れた。同時に、史進と楊志が地面へと突っ伏した。

 

「ソフィーさん……」

「はぁ~い、凛君。襲撃犯はこちらで確保させてもらうよ」

 

 ソフィアは凛にニッコリと微笑んだ。あの一瞬で昏倒させる辺り、やはり実力もかなり高い。その後ろから、他の従者たちが現れて、意識のない2人を手早く運んでいく。

 

「せめて……いえ、わかりました。お願いします」

 

 ――――目的だけでも知りたかったが……九鬼家が出てくるなら、あとはまかせた方が良いか。

 「じゃあね~」と暢気に手を振って来るソフィアに、凛は軽く会釈を返した。そして、彼女の車が去ったのを見届ける

 

「これで一件落着……なのか?」

 

 あっさりと勝負がつきすぎたと思うものの、終わってみればこんなもんかとも思った。

 その後、すぐに河原へと戻ると、倒れていた女生徒と岳人の様態をみて、川神院まで運んだ。それから遅れること10分程度、百代も姿を見せた。彼女の話によると、彼女の方にも良い所で桐山が顔を出してきて、弱った林沖を捕獲し、引き取って行ったらしい。

 ――――偶然だよな……?

 あまりの手際の良さに、どこかモヤモヤとした感情が残る。しかし、今までの実績がある分、こうまで簡単に終結させてもおかしくない。ならば、被害がでる前に片づけることもできるのではなかったか――考えだしたらキリがなかった。

 

 

 □

 

 

 某所――。

 マープルの前に一人の男が現れた。

 

「お前の依頼した奴らは、どうやらヘマをしたらしいな。豪傑が聞いて呆れるわ……所詮、若造よ」

「それはあたしも同感だね。まぁ……それでも十分役目を果たしてくれたさ。あとはそのときになったら、暴れてくれたらいい。それより、アンタの力見せてもらうよ」

 

 男が笑う。鯉口を切り、そのままスラリと刀身を抜き放った。緑のランプに照らされたそれは、妖刀のように怪しく光る。

 

「ようやくか……東と一戦交えると思うと、今は遠い昔を思い出すわ! 奴の子孫がおらんのは残念だが、そこは仕方がない」

「あたしらが勝てば、アンタの恨み晴らすことも可能さ。アンタもその目で義経たちを見たろ?」

「確かにあれは見事なものだ。しかし、あれは義経であっても義経ではない。全くの別人だろうが……お前のとこの桐山も頭がイカれている。俺には必要ない」

「じゃあ、アンタはなんであたしに力を貸すんだい?」

「夢か現か、俺は今ここにこうして存在している。俺の過去は既に何世代も昔であり、未来などあるのか保障もない。ならば、こいつの意思を尊重してやろうと思ってな」

「意外だね……若造に期待してるのかい?」

 

 マープルがまじまじと男の顔を見た。

 

「そんな大層なものではない。俺にやりたいことが他にないからだ。俺の時代はあのとき終わった……」

「それにも関らず、アンタはまたこうして現れたのかい? 本人にとったら迷惑もいいところだ」

「全くもって、お前の言う通りよ、マープル! だが、こうして戦力の補強ができたのだから、お前にとっては悪い話ではあるまい――」

 

 男の後ろには、いつの間にか、数人の人影があった。刀を一度振り下ろすと、また鞘へ仕舞い、彼はマープルに背を向ける。その背から、ゆらりと紫色の気を立ち上らせた。

 

「さぁさぁ東の連中よ! 楽しい宴はこれからが本番だ! 偉人が勝つのか、若造が勝つのか、天が見ている中で決着をつけようではないか!」

 

 男は高笑いをあげながら、姿を消していった。

 

「こっちもそろそろだね……」

 

 マープルは近くにあった培養カプセルを撫でた。

 新たな幕が開かれようとしている。

 


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