真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『マープルの反乱2』

 

 

 夜にとっくに更け、月は真上を通り過ぎようとしている中、一人の少女が城内の廊下を歩いていた。床や壁、天井と至る所に木材が使用されているからだろうか、木独特の香りが廊下に満ちている。しかし、それは決して嫌な物ではなく、むしろ心を落ち着かせてくれるものだった。特に、この少女の遺伝子的なものは懐かしさすら、感じていたかもしれない。

 廊下は先も長く続いているが、等間隔に置かれた行燈が足元を優しく照らしており、闇に不安を覚えることもない。明りにぼんやりと照らされる少女は美しく、これが何かの撮影と言われても納得できるものだった。

 そこを歩きながら、少女――義経はふと疑問に思った。人気のないこんな場所でも、行燈を灯していてもったいなくないだろうかと。

 弁慶も与一もここにはいない。弁慶は、あの放送が終わると同時に、寝る場所が変わるとよく眠れないからと適当な言い訳を作って、九鬼の極東本部へ戻ってしまい、与一はそのまま侵入者の監視につき、監視任務が終わった現在もどこにいるかわからない。もっとも、夜にふらっといなくなることも多かったので、彼についてはさほど心配もしていない。

 義経は足を止め、窓の障子をカラリと開ける。そこから空を見上げた。

 

「……ふぅ」

 

 先の疑問は既に消え、これまでの悩みが頭の中を支配する。

 本音を言えば、仲良くなった皆と戦うことなどしたくない。しかし、自身の使命を果たさなければ、とも強く思う。加えて、母ともいうべきマープルの力にもなりたかった。たとえ、それが納得のいかないようなことであっても――。

 

「笛でも吹こう……」

 

 少しは気がまぎれるかもしれない。良い場所はないだろうか。

 障子を閉めた義経は、適した場所を探し歩く。その間も頭の中では、様々な考えが浮かんでは消えていった。

 

 

 ◇

 

 

「ん? その気配……義経か?」

 

 人の声に、義経ははっとした。深く考えすぎて、周りに注意がいっていなかったらしい。

 

「あ……すまない。邪魔をしてしまっただろうか」

 

 そう言って、義経は急いでその場をあとにしようとするが、先客――項羽から待ったの声がかけられる。彼女は窓の桟に腰掛け、片足をそこに乗せていた。ちなみにスカートである。清楚であれば考えられない格好であるが、項羽がやれば、その姿も堂に入っていた。その右手にはガラス細工のグラス――そこに注がれた液体が、ユラユラと光を反射している。

 

「いや、むしろ良い所に来た。一人での月見酒にも飽きていたところだ……俺の話相手になれ」

 

 相変わらずの上から目線である。

 それを気にとめることもない義経は、その言葉に従って、畳の上に足をおった。

 

「眠れないのか?」

 

 不意に、項羽が問いかけ、義経はコクリと頷いた。

 

「やはり、今回の計画が気がかりか?」

「それは……その……」

 

 嘘をつけない義経は、次の言葉に困った。その態度だけで十分に理解できた項羽は、別に怒るでもなく、ただ軽く笑うだけだった。

 

「清楚もな……この計画には乗り気でないらしい。争いたくないという気持ちが伝わってくる。弁慶や与一も似たような心情だろう」

 

 弁慶はむっつりとした表情で、この城から出て行ったしな。項羽はそう付け加えた。

 その言葉を聞いて、義経は慌てて弁解する。

 

「明日はまたちゃんと来ると言っていたから、大丈夫だ!」

「そうか。まぁしかし……自棄酒でもしていれば、明日使いものになるかどうかもわからんがな。このときのために、周到な準備がされたというのに……困ったものだ」

 

 その言葉には義経も苦笑いを浮かべるしかなく、容易にその想像ができた項羽は、クックと笑う。

その態度を不思議に思った義経が、恐る恐る尋ねる。

 

「その……弁慶のこと、怒らないのか?」

 

 勝手な行動をとって、という意味であろう。そういう意味では、項羽自身、彦一に会うため出て行ったりしているため、弁慶のことをどうこう言う資格もなさそうであるが、それを知らない義経は、上のように聞いたのだった。

 項羽はそれを聞くと、グラスの中身を一気に呷り、それを桟に置いた。そして、立ち上がり、義経の前まで歩いて行く。

 怒られる。あの2人の監督責任は自身にあると思っている義経は、身を縮ませた。

 しかし、そこに降ってきたのは叱責ではなく、優しい掌だった。そのまま、2,3度ゆっくりと撫でられる。

 反射的に目を閉じていた義経が、うっすらと瞼を開けると、そこには清楚と見間違えんばかりの穏やかな表情を浮かべる項羽がいた。

 項羽はあぐらをかいて、義経の前に座っている。

 

「他の者なら……もしくは烈火のごとく怒っていたかもしれんが、どうもお前たち3人のこととなると、そういう気持ちも湧いてこん。俺が思うに、お前たちのことをより近しい者と考えているからだろう。そう……たとえるなら、兄弟姉妹のようにな」

「兄弟……?」

「ああ。俺は目覚めて間もないが、俺は清楚でもあるため、その記憶……同じ場所で生まれ、育ち、遊び、時に笑い、泣き、そうやって共に歩み、人生を積み重ねてきたお前たちをそのように思っている。だからだろう……弁慶の行動にしても腹が立たん。与一もしかりだ。……そして、悩む義経が心配でもある」

 

 義経はその言葉に驚いたようで、目を見開いていた。しかし、言われてみれば、そうかもしれないと思った。

 源義経――史実においては、兄である頼朝のために奔走するも、2人の思いはことごとくすれ違い、最後は奥州の地にて自害した。

 兄に愛されたかった――その思いに、史実を読んだ義経は痛いほど強く共感できた。たとえ、クローンであっても、当時の感情を引き継いでいるわけではない。しかし、彼女がそれを知ったとき、勝手に涙が溢れたのも事実だった。

 弁慶や与一といった側近もいるが、彼らは相棒といった感が強い。そんな中、義経は知らず知らずのうちに、そういう存在を求めていたのかもしれない。

 だから、次の言葉が口からついてでた。

 

「姉様……」

「ハッ! 少しくすぐったいものがあるが、義経にそう呼ばれるのも悪い気はしないな」

 

 項羽は再度、くしゃくしゃっと義経の頭を撫でる。弁慶が撫でるような手つきではないが、それでも彼女の気持ちがそこにはこもっていた。

 

「あまり難しく考えすぎるな。もしどうしてもと言うなら――」

「いや、義経なら大丈夫だ! どんな形であれ、義経はこちらにつくことを選んだ……ならば、その役目を、使命を果たすだけだ! たとえ、友とぶつかることになろうとも!」

 

 そう宣言する義経に、少し目を細めた項羽はただ一言「そうか」ともらすだけだった。

 そこで、項羽は話題を変える。

 

「そういえば、義経は笛が得意だったな。俺に聞かせてくれないか?」

「えっ……そんな、その……ね、姉様に聞かせられるほどのものじゃ」

 

 まだ、言いなれない単語を口にするからか、義経には少し照れがあった。

 そのことについて、項羽が無理に呼ぶ必要もないと笑ったが、義経は自分がそう呼びたいのだと首を横に振った。

 よって、会話を続ける。

 

「俺の記憶の中にある音色は素晴らしいものだ。王である俺が言うのだ、間違いない。しかし、俺は記憶の中でそれを知っているだけで、実際に聞いたことがない。それとも何か……清楚には聞かせても、俺には聞かせてくれないのか?」

 

 そこまで言われてしまうと、断れない義経。失敗しても笑わないでくれ、と念を押した後、音色を奏で始めた。項羽は目を閉じ、じっと聞き入っている。そして、時折、傍に引き寄せたグラスに川神水を注ぎ、その時間を楽しんだ。

 笛の音は存外響いたようで、就寝間近の部屋まで届き、人々の耳をも楽しませていたなど、当の本人はまったく知らないであろう。

 余談ではあるが、その後のたわいない会話の中で、義経が、兄弟姉妹と言うなら、自分は何番目かと問いかけたところ。

 

「弁慶が次女、義経は三女で末っ子であろうな。与一は弁慶の次といったところか」

 

 項羽に淀みなく答えられ、

 

「義経が末っ子なのか!? むむむ……弁慶はわからなくもないが、与一よりも下なのは……」

 

 と唸り、項羽に詰め寄ったりしたとか。義経にも、譲れないところがあるらしい――ともかく、その場をあとにする頃には、彼女も少しは気分が晴れていたようだった。

 

 

 □

 

 

 決戦当日の朝。各々が作戦位置につき、戦いはいよいよ幕を開けようとしていた。

 まず、最初にぶつかったのは、クリスとマルギッテが請け負ったイタリア商店街であり、相手は石田。それを皮切りに、忠勝と岳人――ケガを負っている中、いてもたってもおれず参戦――が守る多馬大橋に姿を現した長宗我部。生徒会長である虎子の受け持つ公園周辺に島。実力を考えれば、不利な戦いを強いられるのは確実であった。加え、多馬川上流で鍋島とルーが対峙した。その他、梁山泊の楊志と史進も単独で動き始めている。

 そして、攻略目標である川神城にも、京の派手な弓術――爆矢雨による攻撃で戦闘開始となった。攻略メンバーはそのまま城内を目指すが、そこには門番が一人。

 

「色々思うところはある……でも、義経はここに立つことを選んだんだ。だから、ここを通すわけにはいかない」

 

 義経は薄緑と名付けられた刀を抜き、正眼に構えた。

 

「源義経……いざ、推して参る!」

 

 それに呼応し、鯉口をきる由紀江。僅かに覗いた刀身が陽光に煌めく。

 

「黛由紀江、お相手致します。皆さんの通る道……開けていただきます!」

 

 互いが動いた瞬間、門周辺に甲高い金属音が連続で鳴り響いた。並の者では追えない速度の中、刀身のぶつかりにより、激しい火花が咲き誇る。初撃は由紀江の全開による攻めで押し切ったようだ。次に姿が見えた時には、両者は門の傍の城壁へと場所を移していた。

 

「おおーまゆまゆ、良い感じに気合入ってるな。義経ちゃんも気が充実してる。こんな状況じゃなけりゃ、ここに留まって観戦するのに……」

 

 そこを通り過ぎた百代は、その戦いに興奮を隠せないようだった。それに反応したのは隣を並走する燕。

 

「これから覇王の相手をするっていうのに、ももちゃんは余裕だねー。私にもちょっとでいいから、その余裕わけてちょーだいっ!」

「ははっ。そういう燕も余裕があるように見えるぞ。林沖も少し手合わせしただけだが、実力はあった。私の知ってることは全部教えたが、どうにかなりそうなのか?」

「まぁね。ももちゃんや覇王を相手にすることに比べたら、楽なほうだよん。もちろん、油断はしないけ、どっ!!」

 

 2人は会話を続けながら、城に残っていた梁山泊をのしていく。

 

「お前との勝負も預けたままだったな」

「あらら……藪蛇だったかな。ももちゃん、どんどん弱点なくなってるから、容易に勝負挑めないんだよね」

 

 燕は困ったように笑いながら、こめかみをかいた。

 

「燕の戦い方も何となくだがわかってきた。倒せると思ったときに挑んでこい。私はいつでもウェルカムだからな。さて、私は先に行かせてもらうぞ……どうやら、先客がお待ちのようだ」

 

 そう言い残した百代は、城の屋根をタンタンと跳びあがっていった。それを横目に、攻略メンバーは一路、城内を目指す。

 

 

 ◇

 

 

「おおー。見事なまでの無人島……というか、ここ本当に日本ですか? 朽ちた建物の上にばかでかい樹とか生えちゃってますけど……」

 

 凛は船を降りた瞬間に目にした光景に、感嘆の声をもらした。彼が言った建物はレンガを積み上げてできていたものであり、そのほとんどが原型を留めていなかった。かろうじて残っているものは全て苔むしたり、蔦がはっていたり、あるいは樹の根に埋まっていたりする。そして、時折、聞いたこともない鳴き声が奥の方から聞こえてきた。密林という言葉がピッタリのこの場所が、2人の戦う場所であるようだ。

 また、9月も末だというのに、葉が紅く色づく気配がないばかりか、現在でも青々としている。

 

「ここは九鬼の所有する島の一つだ。鉄心が言うには、ここは大地を流れている気がぶつかりあう珍しい場所らしくてな。それが、ここに生息する動植物の成長を促進させているということだ。それから、ここは日本だから安心しておけ」

 

 とてもそうは見えんがな。そう付け足したヒュームが笑う。

 と同時に、どんと腹にまで響く揺れと轟音が襲ってきた。凛がその音の方向へと視線を向ける。木々の葉が生い茂る奥に、岩肌がむき出しの山が煙を噴いていた。

 ――――ああ、キャップとか凄い喜びそうだ。

 凛はそんなことを考えながら、ヒュームのあとを追っていく。

 

 

 □

 

 

 難なく、城の最上階まで昇りきった百代が、開いていた窓から乗り込むと、床から一段高く設けられた場所に、ひじ掛けに左腕を乗せくつろぐ項羽の姿があった。その背後には、やけに目立つ金屏風がある。左上からは積雲のなから龍が舞いおり、右下からは荒々しい岩の上で虎が吠える図のものだった。それはまるで、これからの2人を暗示しているようにも見える。

 百代はスカートを一払いして、項羽に話しかける。

 

「清楚ちゃん、待たせたな……いや、今は項羽と呼んだほうがいいのかな?」

「待ちわびたぞ、百代。ハッ、どうせなら様付けで呼んでくれても構わんが」

「私が様付けで呼ぶ人がいるとしたら、それは将来の旦那様以外いないだろうな。だから、項羽には悪いがそれは無理だ」

 

 そんな返答を聞いた項羽はくつくつと笑う。

 

「清楚の記憶で知っていたが、王の前でもノロケるか」

「項羽もそのうち私の気持ちが理解できるようになるさ。今は知らないだけ……昔の私と同じだ」

「そのようなものか……ふむ、まぁ良い。早速だが、始めようか」

 

 項羽がそう言って、立ち上がろうとしたところで、百代が制止する。

 

「まさか、ここで戦うつもりか? 城が潰れても構わないならいいが、さすがにもったいないだろ?」

「……それもそうだ。ならば、場所は変えるとしよう。騅!」

 

 その呼び声に応え、一台のバイクが現れた。項羽はそれに跨ると、百代に乗れと命じる。

 百代はそれに戸惑うことなく従うと、項羽のお腹に腕を回す。いたずらをしかけようとした彼女であったが、さすがに今は自重したらしい。

 

「よーし! それじゃあ、採掘場跡地に出発!」

 

 城内に爆音が響く同時に、2人は城から姿を消した。

 そして、その階下では、また新たな戦いが始まろうとしていた。燕と林沖である。

 

「おりょ? 案外、早い登場だね」

「あなたの実力を考えると、ここに残る兵を向けても無駄になる。だから、私自ら出向いてきた」

「私も随分と買われたもんだ」

 

 燕は軽くステップを踏み、構えをとり、林沖は槍を地面スレスレへと向けた。

 

 

 ◇

 

 

 話は、凛とヒュームの場所へ戻る。

 2人は森の中を進み、その先にあった開けた場所へと出ていた。そこは、数センチの雑草が生えているだけで、まさに戦う場所としては最適であった。

 凛は体を十分にほぐしたあと、ヒュームへと向き直る。

 

「凛、なぜそう嬉しそうな顔をしている?」

 

 凛が必死で笑みを我慢しているような顔をしていたからだろう。ヒュームがそう尋ねた。

 

「えーっと……なんででしょう? おかしいですよね。今、皆は必死に戦ってるのに、俺はヒュームさんとの戦いが楽しみで仕方ないんです。先の戦いでは、十全の状態でなく、思考も冷静ではありませんでした。でも、今は……その、何となくですけど、ヒュームさんが考えていることがわかる気がするんです。だから、俺はただこの戦いに余計な感情を持ち込まず、ヒュームさんに自分の力を示せる。そう思うと、なんかワクワクしてきて」

 

 そこで、凛は気合を入れるように、両手で頬をぴしゃりと叩いた。そして、さらに続ける。

 

「自惚れるなと言われるかもしれませんが、ヒュームさんって意外と俺たちのことを信じてくれているのかなと。この騒動もきっと鎮めてくれるだろうと、そう信じてくれているんじゃないかと思ってるんです。だから……俺は今まで見守って来てくれたヒュームさんたちを信じて、ただ全力で挑むだけです」

 

 ヒュームはそれに何も答えず、ただいつもと同じように首元をゆるめるだけだった。

 ――――もし、俺が考えたことが本当だったら、それも嬉しいことだし。違ったら違ったで、俺がきっちりとヒュームさんを足止めしておけばいい。

 凛は軽く息を吐いた。

 

 ――――だから……最初から全開だ!

 

「いきますよ……ヒュームさん!!」

「さっさとかかってこい、凛」

 

 奇しくも、百代と項羽の戦闘も同時に開始されていた。

 この反乱の最後に始まった戦いこそ、最も激しいものになるであろう。

 鳥たちがそこから逃れるように一斉に飛び立ったあと、森の中から、太陽の光さえも凌駕しそうな閃光が瞬き、木々の多くを呑み込んでいった。

 




 書いてる最中に、項羽がお姉ちゃんになっていった。おかしいな……でも後悔はない。
 百代と項羽とかのやりとり書くのも楽しいが、A-2をやれていない今、内容を知らないがゆえのミスを犯す可能性がなきにしもあらず……その場合、そっと忠告していただけると嬉しいです。
 内容をチラと確認したところによると、覇王様のギャップがやばいらしいですね。登場が増える頃には何とかやっておきたいところ……。

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