真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『マープルの反乱3』

 

 

「うわぁ……採掘場って、こんなに無茶苦茶だったっけ?」

 

 百代はその場に着くなり、視界に飛び込んでくる光景にそんな言葉をもらした。

 採掘場――百代の記憶では、岩壁が連なっており、露わになっている地層は波のように、多少なりとも綺麗であったような気がしていたが、今はその面影もほとんどない。酷いところでは、岩山の一つが脆くも崩れ去り、ただの岩の塊となっている。その塊をよく見ると、放射状の熱が当たったように焦げ、あるいはその輪郭を白銀にて刻みこんでいた。

 百代はこれに心当たりがあった――凛である。

 さらに、その痕跡が顕著に残る場所では、四方にできた穴の周りが薄らと溶けており、それが冷え固まり、滑らかになっていた。当然、それに囲まれた中の地面も変化がある。銀の蛇がのたくったような軌跡、地中から熱源がボワンと生まれ出たような大きな点、かと思えば、金槌で叩き割ったような破壊跡や刀で断ち切ったような切断跡がある。

 

「凛のやつ……」

 

 上はまだまだ先にあるのか。百代は、つるりとした表面を撫でながら思った。自身のいた場所は、凛にとって、ただの通過点にすぎなかった。その場所で空しさを感じていた自分――今思えば、滑稽だ。

 百代は一人苦笑した。だが同時に、そう思える今に感謝する。競い合える好敵手は、自分の成長にも大いに影響を与えてくれるだろう。そして、そんな彼は一番近くでそれを見ていてくれる。恐れることなく、怯むことなく、ただいつものように笑って――。

 

「百代、王を待たせるとはいい度胸だな。俺が眠っている間には、体を好き放題触るわ……それほど重い罰を喰らいたいか?」

 

 そこで、項羽から声がかかった。彼女は既にイラついているのか、その体から黒い闘気が迸っている。

 それが百代へと吹き付け、彼女の長い髪をなびかせた。その闘気に、思わず笑みがこぼれる。鍛錬の成果を見るには絶好の相手――彼女は待たせたことに詫びをいれると、構えをとった。

 

「重い罰か……与えられるのなら、与えてみればいい。始めようか」

「貴様……騅! 武器を出せ!! この無礼者には、まず地を舐めさせてくれる!」

 

 項羽は騅から方天画戟を受け取ると、正面から百代へと突っ込んでいった。そして、一閃。百代がそれを避けた瞬間、画戟を返し、また一閃。一閃一閃、間断なく振るわれるそれは、まさに嵐のようだった。その余波を受け、地面は削れ、岩は砕かれ、木々は倒れる。

 攻撃とは最大の防御である――それを体現する項羽は容易には攻めさせない。活き活きとした表情は、その力の解放を楽しんでいるようでもある。しかし、相手はそこらにいる凡庸ではなく、武神。

 項羽はそれまでの攻撃から一転して、右側面に画戟を立てた。直後に衝撃が襲ってくる。

 

「くっ!」

 

 百代の蹴りが飛んで来たのだ。両者の距離がまた空いた。しかし、それもすぐに埋まる。彼女が間をおかず、お返しとばかりに攻撃を仕掛けたからだった。

 百代のそれは、項羽に比べれば威力は弱いが、その分スピードと精密さから隙がない。

 徐々に後退を強いられる項羽。痺れを切らした彼女が、強引に抜け出そうとするところを百代は逃さない。

 

「川神流、無双正拳突き!!」

 

 一段と力が籠った拳が風圧を生む。項羽は大きく跳ね飛ばされた。

 しかし、百代が構えをとくことはない。

 

「さすが、項羽……あの状態で一発入らないとは」

「随分と上から目線で喋ってくれるな、無礼者め」

 

 その言葉に、百代は獰猛な笑みを返す。項羽の眉がピクリと跳ね、それに伴い、闘気が増した。

 百代もそれに抗するように、闘気を纏う。

 壁を越えた者同士の気のせめぎ合いは、大気を震わせ、地を鳴動させた。見える限りの場所に、野生の動物は留まっていないだろう。

 項羽が地面を蹴る。

 

「頭が高い!!」

「それはお互い様だろ!!」

 

 画戟と拳が交わり、採掘場に大きな破裂音が鳴り響いた。

 

 

 ◇

 

 

 百代と項羽の激しい戦闘が行われている上空では、一機のヘリが飛んでいた。

 

「今回、急遽発表された九鬼による映画製作……その一部の模様を撮影する許可を頂いたため、その現地へと来ています。ここでは、世界に名を轟かす武神、川神百代と新たに覚醒を果たした覇王の異名をもつ項羽が、戦闘を繰り広げているところです。その様子をご覧に下さい」

 

 ヘリの中で懸命にリポートするのは、新人のアナウンサーである。彼女の声に、カメラマンがカメラを回す。

 ちょうどそこへ、項羽が上空へ跳び、眼下にいる百代へ仕掛ける。

 

「これでも喰らえ!」

 

 その掛け声とともに、画戟を目にも止らぬスピードで振った。刃の根元に巻き付く深紅の組紐が、赤い線を描きだす。そこから生み出されるは、気の混じり合った衝撃波。それは、まるで血を吸ったギロチンのようであり――それが百代目掛けて、無数に振り下ろされる。その数、20は下らない。

 百代の周辺は着弾とともに、ヘリの音を掻き消すほどの爆発音が轟き、砂煙が空へと噴きあがった。それだけでも、唖然としていたリポーター一同だったが、さらに驚くべき出来事が起こる。

 いち早く気づいた音響担当の男が、自身の声が入るのも忘れ、声を張り上げた。いつの間にか、近づきすぎたらしい。

 

「やばい、やばい!! すぐ移動させてください! なんか飛んできます!」

 

 直後、その砂煙の中から、今度は極太のレーザーが飛んできたのだ。それは百代が健在である証。幸い、ヘリはかろうじて回避に成功した。

 しかし、項羽は中空で身動きとれないため、今度は、彼女がレーザーの中にかき消える。そのまま、蒼穹へと消え去るかと思われたが、アナウンサーの目に映ったのは、レーザーが真っ二つに割れた中から現れる項羽の姿だった。

 砂煙の晴れた場所に立つ百代は、服の裾が切れている程度であり、反対に上空にいる項羽は、少し焦げているだけ。地面にはそれとは対照的な、10~15メートルほどの大きな亀裂が多数できている。更地の場所がさらに増えていた。

 

「楽しませてくれる! どんどんいくぞッ! 百式覇王流星戟!!」

 

 高笑いする項羽は、そのまま身をくるりと回すと、画戟を突端とし、百代へと攻撃を繰り出す。その最中、彼女の体は例の黒い闘気に覆われてゆき、彼女自身がまるで地球に落ちてきた隕石のように見えた。その速度たるや、弾丸など生ぬるいと言わんばかりである。

 それが地に――あるいは百代だったかもしれない――にぶつかった瞬間、先の衝撃波以上の爆風が吹き荒れ、ヘリを揺らした。当然、林はなぎ倒され、土砂の津波が周囲を呑み込んだ。地上はまたも不明瞭なものとなる。

 しかし、このリポーター一同、肝は座っているらしい。撤退をしていなかった。

 

「こ、このように……全貌は明らかとされておりませんが、迫真の演技に加え、随所に激しいアクションシーンを盛り込んだ内容となっているようです。他にも、先月に行われた若獅子タッグトーナメントで活躍した夏目凛・榊原小雪に加え、納豆小町の松永燕。そして、先日まで放送されていた大河ドラマの主役である源義経、その配下である武蔵坊弁慶、那須与一などなど――」

 

 その後も時間いっぱいまで、懸命にリポートを続けていた。

 

 

 □

 

 

 もう一方の最強の戦いも、激しさを徐々に増しているところだった。

 しかし、常人にはその姿を確認するのは困難を極めた。言ってみれば、時折光が瞬き、それに遅れて大なり小なりの音が発生、そのあとに残るのは、僅かに立ち上る砂煙といった具合だからである。

 ――――この場所は本当に凄い。動植物が異様な発達をする理由がわかる。地から湧きおこる気が、そのまま体に染み込んでくるようだ。

 凛は、戦いの最中にあって、そのことを思った。その僅かな隙をきっちりとヒュームが突いてくる。

 

「考え事とは余裕だな、凛」

 

 ヒュームの蹴りが、凛の右側頭部へと吸い込まれていく。

 凛はそれを右腕でしっかりと受け止めた。彼の気とヒュームの気がせめぎ合い、反発しあい、それが激しい光となって辺りを照らす。

 距離があいたところで、凛は両手を思い切り振った。それに合わせて、無数の糸が陽光を反射する。

 

「くだらん……目くらましのつもりか」

 

 ヒュームがそう呟く目の前には、直径が彼の5倍以上はあろうかという巨木。それが垂直に飛んで来ていた。長さにして、70メートルを超える樹木――その重さは、この光景を見ている者がいれば、存外軽いものと思ったからもしれない。なぜなら、人の手によって、それがいとも簡単に地を抉り、轟音を立てながら動いているからだ。もちろん、そんなことなどあるはずがない。

 そして、ヒュームである。彼は回避行動をとらない。むしろ、その反対の行動――迫って来る巨木に対して、ひざ蹴りを喰らわせる要領で、真っ向から向かい合った。

 息を軽く吐いたヒュームは、さすがにその重量に軸足を地にめり込ませたが、それ以上押し負けることはなく、まるで鉈で薪を割るかのように、膝一つでその巨木を綺麗に割っていった。2つになった巨木が、彼を避けるようにして通り過ぎる中、凛からの新たな攻撃が加わる。

 金剛刀――凛の操る糸に名などないが、名をつけるとするなら、それが一番ピッタリときそうであった。2本の糸の間に気を通し、それを持って切れ味鋭い刃と成す。

 凛はヒュームの上空へと移動すると、両手を広げた状態から、交差させるように動かした。自然、中心点にいるヒュームへとその刃が殺到することになる。

 未だ、流れる木を強引に、しかし容易く切り裂いたそれは、そのままヒュームのいるところへと――。

 

「お前らしい使い方ではあるが、それで俺に攻撃が当たると思ったのか?」

 

 いや、この男がそう簡単に攻撃を喰らうはずもなく、凛のさらに上からヒュームの声が落ちてきた。

 凛もそれはわかっていたようだ。

 

「まさか……でも、上空の身動きとれない所なら、あるいはどうでしょう?」

 

 身を翻した凛は、右手をすっとヒュームへと向けた。空には薄い雲。

 凛の右手中指に、微かな電光が走った。刹那、一筋の細い稲妻が落ちる。しかし、それは彼の予想通りにはならなかった。

 

「……っ!? 空中で2段ジャンプ!?」

「全ては気の応用だ」

 

 それだけ答えると、ヒュームの左足が振りぬかれる。それは見事に凛の胴を捉えていた。

 凛の体は、地面でバウンドするかと思われるほどの落下スピードで落ちて行く。

 ――――あれしきのこと……今更、驚くこともないだろ!

 凛は悪態をつく暇もなく、左へと転がる。果たして、それは正解であった――数秒と置かず、元いた場所にはヒュームの追撃がかかり、地面に大穴をあけていたからだ。

 凛は体を起こすと、前へ出る。後ろには下がらない。

 

「まだまだぁ!」

 

 ヒュームの姿は目前であった。

 

 

 ◇

 

 

 凛が向かってくる姿を見たヒュームは、ふと幼い頃の彼と姿をダブらせていた。

 あの跳ねっ返りが、大きくなったものだ。突っ込んでくる凛が、途中で姿を消すのを冷静に観察しながら、ヒュームは思った。時の流れを感じずにはいられない。昔はそのままヒュームに突っ込んでいき、にべもなくやられては、また性懲りもなく正面突破を図ろうとする――そんな弟子だったのだ。

 間をおかずして、ずしんと体の芯を揺らすほどの威力をもつ蹴りが、ガードの上から響いてくる。並の者では、この防御の上からでも削られるだろう。「たぁっ!」、「やぁっ!」と甲高い掛け声で、ハイキック――と言っても、ヒュームの太腿に届くかどうかだったが――を繰り出していた頃すら懐かしい。そのとき、あまりにも一撃が決まらないため、涙目を浮かべながら蹴りを放つこともあった――これは余談である。

 今度は、接近戦を挑むつもりらしい。そのまま、凛はヒュームから距離を置かず、苛烈に攻め立てる。

 もちろん、ヒュームもそれを良しとして応戦した。

 攻撃はもっと絞り込むように鋭くだ。ヒュームがよく口にした言葉である。

 凛は、それを今体現しつつある。彼の青い瞳が、さらに静まりかえっているように見えた。彼の体越しに見えた空――曇天となった天候は、荒れる気配すら感じさせる。

 夏目家初代当主は天候すらも操った。ヒュームも銀子との会話の中で、そのようなことを聞いたことがあった。その後、何世代も続いたが、それと同じことができたものはいなかったらしい。もちろん、銀子もそうだった。しかし、凛は大きな戦いにおいて、2度も天気が荒れる。これが偶然か、はたまた必然か――。

 さすがのヒュームも少し長考が過ぎたようだ。凛が懐深くに入り込み、拳を強く握りしめていた。

 

 

 □

 

 

 場所は変わって、川神城近くの工場地帯。いつもであれば、煙を吐き出し、騒音をあげながら稼働しているここも、今日ばかりは静かなものだった。そして、その人気がない場所を選び、戦う者たちがいる。

 燕と林沖の戦いは、そこで開始され、既に優劣がつき始めていた。

 林沖が自身の脇腹へと手をやり、燕の容貌に目を向ける。

 燕は制服を身に着けておらず、その代わりに黒の戦闘着、腰にはゴツめのベルト、そして、右腕には兵器――平蜘蛛があった。それは、バランスをとり損なうのではと思うほどの厳ついフォルムをしている。この場所に移ったのは、これが人の目につかないためであった。

 林沖が気にした脇腹は、燕が平蜘蛛を装備してから、初めて重い一撃を喰らったところだった。その直後は痛みが走っただけであったが、それから時間が経つにつれ、体が重くなっているのに気がついた。

 燕の瞳は一切の油断なく、すっと細くなっている。表情が和らいでいるのは、林沖に自身の兵器の効果があることを確認したからであろう。わざわざ2人きりになったのも、そこに護衛対象をおかないことで、林沖の守るという意識を高めない――ひいては、戦闘能力の引き上げをさせないためであった、と言いたいところであるが、さすがの燕でもそこまで林沖のことを知っていたわけではない。ただ、凛や百代が対峙したときの様子、自身が接触したときの言動をもとに、何か固執している節を感じ取ったからだった。

 堅実な攻守の林沖に対し、煙幕、電撃、ネット、飛び道具などまるでおもちゃ箱のように、多彩な攻めを展開する燕。

 そんな有利な展開にも関わらず、燕の攻め方に一切の緩みはない。ダメ押しとして使われたのは、史進の助けを求める声だった。

 ここにはいないはず――そう思う林沖であっても、その声を捨て置くこともできず、それが大きな隙ともなる。勝敗の天秤において、燕側には、さらに大きな分銅が乗せられることになった。

 

 

 ◇

 

 

「各地の戦況はどうなってるんだい?」

 

 マープルは、傍に控えていた桐山にそう尋ねた。その部屋にいたのは2人のみ――クラウディオは、苦戦している九鬼従者への援護へと赴いている。加えて、抵抗を試みている城内の人質の鎮圧もである。

 

「さすがは、歴史上の人物を名乗るだけあり、善戦どころか既に打ち破ったところもあり、こちらに集結してきているそうです」

「それは結構」

 

 マープルは満足そうに頷いたが、そのあとに続く言葉に眉をひそめた。

 

「ですが、やはりミス・マープルの読み通り、怪しい動きがありました。これは、ソフィさんからも連絡があり、まず間違いないようです」

「素直に従っていたと思ったら、やっぱりそういうことかい。戦力の大幅アップにはもってこいでも、中々事はうまく進まないねぇ……」

「引き続き、ソフィさん以下数名が張り付き、随時連絡を取り合います」

「ソフィには、己の判断でやばくなりそうなら、力ずくで鎮圧しなと伝えな」

 

 了解しました。そう言って、桐山はその場をあとにした。

 今でも十分大きな騒動といえる中、さらなるひと波乱が起こりそうであった。

 




覇王様の技は少しいじりました。戟もっているのに、膝蹴りも何だったので。

それにしても、A-2おもしろいですね。時をおかずに、やってしまいました。
紋白が幸せそうでほっこりし、項羽の乙女にニヤニヤし、アイエスの危機にタチコマを思い出しウルッときてしまいました。
この物語にも上手く取り入れていけたらと思います。
というか、紋白関連の九鬼組織がなんかいい感じすぎて、九鬼家にオリ主突っ込んで話作りたくなりました!
余裕があれば、ちまちまストーリーを作っていこうかなと思うぐらいに。
私も九鬼組織の一員になりたい!!
そう思えるほど、紋白ルートは良かった。

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