真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『病院のこ・し・つ』

 

 部屋内では、規則正しい電子音が響いている。それに伴い、ディスプレイに映し出された緑のラインが、山なりの軌道を描いた。これを見るに、対象となる人物の体に異変はないようである。

 鉄心は、静かに眠る凛の腹から手を離すと、背後で心配そうに見守っていた紋白、そしてその隣にいたヒュームへと顔を向ける。

 

「……ふむ、まさにすっからかんといった感じじゃのう。ヒュームの話から察するに、足りない分は、大地から無理やりに吸い上げさせたといったところか。とにかく安静にさせんとな」

「凛は大丈夫なのだな?」

 

 紋白がすかさず言葉を挟んだ。それに、鉄心は微笑み返しながら頷いた。

 

「しばらくは眠りから覚めんが心配いらんぞい。先の回復力をみるに、明日一日休養をとらせれば元に戻るじゃろ」

「そうか……よかった」

 

 紋白はそこでようやく安堵の息をもらした。ヒュームとの戦いが終わったあと、凛はすぐさま葵紋病院へと搬送され、綿密な検査と鉄心による診察といった万全な処置がとられたのだった。そのため、ファミリーとの再会も果たしていない。

 そこへ外で待機していた李が姿を現し、紋白へ声をかける。マープルの反乱が治まったとはいえ、彼女のやることは他にも多くある。

 紋白は、眠る凛に一声かけ、早々に病室をあとにした。残ったのはヒュームと鉄心。

 鉄心が口を開く。

 

「相変わらずスパルタじゃのう。凛はモモのように、瞬間回復といった技をもってないんじゃぞ?」

「こいつの底を見ておく必要があったからな。今後、どういった方針で育てていくか……おかげで、俺も一日は体が使いものにならん」

 

 いかにヒュームであっても、凛との戦闘は体に多くのダメージを残していた。しかし、その声はどこか機嫌が良いようにも思える。

 

「お主が抜かれる日もそう遠くはないということかの?」

「最強の座は、いずれ次世代の者に譲らなくてならない。それが俺の弟子の凛なのか、お前の孫娘である百代か……いずれであろうと、時の流れを感じるな」

 

 かつては、その最強の座を賭け、激戦を繰り広げた両者。

 

「そうじゃのう。その二人が恋仲となり……運命を感じずにはおれんわい。どうじゃ、今夜一杯付き合わんか?」

「そうしたいのは山々だが、今の俺が遊んでいるわけにもいかんからな。事が落ち着いたら、お前の秘蔵の酒でも飲ませてもらおう」

 

 そこで、彼らはここに向かってくる大きな気を感じ取った。

 

「モモか……ここで騒がせるのもあれじゃ、さっさと去ったほうがよい」

「俺がいては、襲いかかってこんとも限らんか」

 

 その様子が容易に想像できたヒュームは鼻で笑い、鉄心は困り顔を浮かべ、ひげをなでた。

 

 

 ◇

 

 

「……ん……ぁ」

 

 凛は重い瞼をゆっくりとあける。真っ先に目に飛び込んできたのは、乳白色の天井と部屋を優しく照らしている照明だった。耳に届くのは、高音の電子音とカタカタとキーボードをリズムよく叩く音のみ。

 目が覚めた凛は体を起こそうとし、自身の体の異変に気付いた。体の感覚はしっかりとしているものの、体を縛られた上に幾重もの重りを付けられているような、ずっしりとした重さが全身を覆っており、指を動かすのすら億劫である。加えて、体の至る所に鈍い痛みがあった。

 そして、右手には温もり――凛の右手を握ったままの百代が微かな寝息をたてていた。

 ――――また、心配をかけてしまったな……。

 凛は、毛布に突っ伏している百代の頭を撫でようとするが、それすらも体が拒否している。それでも、気合でなんとか手をぎゅっと握り返した。さらに首だけを動かして、辺りを見回す。

 

「おりょ? 凛ちゃん、ようやく目が覚めた?」

 

 カタカタという音が止むと、棚を隔てた奥から、ひょっこりと燕が顔をだした。どうやら、ずっとパソコンで何かのデータを打ちこんでいたらしい。

 燕は自身が座っていた椅子を凛の傍へ持っていくと、そこへ腰掛け、さらに言葉を続ける。ついでに、ボタンを一つ押して、彼のベッドを起こす。

 

「体調はどう?」

「これまでに経験したことがないほどに、体が動かない。というより重い」

「鉄心さんも凛ちゃんの様子診てくれたんだけど、相当無茶やったみたいだね。また明日にでも直々に忠告されるかもしれないけど、当分は夏目の技使うの禁止されると思うよ」

「ああ、そっかぁ……」

 

 凛は燕から視線をはずすと、天井を見た。あの瞬間、尋常でない気の放出を行ったことは、彼が一番よく知っている。

 

「あんまり驚いてないね?」

「まぁ、自分でもかなり無茶したと思うから……それに、技についても、今の俺単独の気じゃ扱えない。地形の特質活かして、やっと……ていう程度だったから」

「ほうほう。そんなに凄い技を放ったと?」

 

 燕がいかにも興味津津といった様子で、身を乗り出した。加えて、瞳がキラリと光る。

 

「俺の全力だったからね」

「ふむふむ……で、どんな技を放ったのかな?」

 

 燕はそう言って、にっこりと笑った。

 そんな燕に、凛も負けじと笑みを返す。

 

「戦う機会ができたら、直で見せてあげる」

「その戦うときのために、今知りたいんじゃないか! このこの!」

 

 燕がツンツンと凛の頬を突いた。動きのとれない彼は、それを甘んじて受ける。彼女も彼の状態を知っているためか、さすがにそれ以上刺激を加えることはしない。

 その後、凛の知りえなかった川神城での顛末や彼の眠っている間のことなどを子細聞いていく。

 今回の騒動でケガを負った人も多かったが、比較的軽傷であり、むしろ、凛の状態はかなり悪い部類にあった。さらに、岳人はケガをおして、戦闘を行い負傷――さらに入院期間が伸びるとのことだった。しかし、治療費などは全て九鬼持ちとなっており、費用を気にする必要がないらしい。

 それは凛の個室も同じであり、こちらはヒュームが自身の財布から払い済みであった。この個室は、葵紋病院の中においても、かなりランクが高いらしく、風呂トイレ洗面完備に加え、軽食を作れるほどの広さがあるキッチン、さらに一角には6人程度が腰掛けられる席が設けられており、広々とした作りとなっている。

 

「あ、そうだ……納豆持ってるんだった。食べさせてあげようか?」

 

 一通り話し終わった燕が、唐突に切り出した。その手には松永のカップ納豆。

 

「燕姉が納豆持ってるのはいつものことでしょ。そして、いらん」

「ばっさり断るのね。じゃあ、冷蔵庫に冷やしてある桃にしといてあげる」

「最初からそうしてください」

 

 燕は席を立ちあがり、キッチンがあるほうに歩きだすが、不意に振り向く。

 

「桃に納t――」

「かけんでいい」

 

 凛は燕の言葉を遮った。しくしくと嘘泣きをしながら、再びキッチンへと向かう彼女であった。

 そして、待つこと数分、すぐに桃の瑞々しい香りが部屋の中を満たしていく。それに反応した者が一人――ベッドに伏していた百代の体が動いた。

 

「この、香りは……桃!」

「あ、起きた」

 

 凛の声にも反応した百代は、部屋をキョロキョロと見回した。どうやら、寝ぼけているらしい――が、すぐに覚醒。

 

「凛、目が覚めたのか!?」

「おかげさまでね。心配かけてごめん」

「じじいからもお前の容態は聞いていたからな、さほど不安はなかったぞ。でも目が覚めてよかった……」

 

 百代は凛の手を両手で優しく包んだ。彼は微笑み、礼の言葉を口にする。その笑顔を真正面から見つめ返す彼女もまた笑みをもらす。病室が一転、2人の世界へと化した。

 しかし、ここにいるのは2人だけではない。

 

「んんっ! ごっほん、ごっほん!」

 

 わざとらしく大きく咳をもらす燕。その手には、切り分けられた桃の乗った皿があった。

 凛がその仕草に苦笑する。

 

「ちゃんとわかってるから。納豆は……かかってないな」

「凛ちゃんがいじめるよう! て、ももちゃん……そんなに見つめなくても、ちゃんと3人分あるから」

 

 2人は燕に礼を述べ、そこからは雑談タイムに入る。まず、最初に話題にあがるのはヒュームのことであった。

 燕が切り出す。

 

「にしても、凛ちゃんでもヒュームさんに敵わないなんてねぇ。九鬼家の零番は伊達じゃないって感じか」

「でも、結構いい勝負したんだろ?」

 

 百代の問いに、凛が答える。

 

「いい勝負はできたけど、決め手となる技も決まらなかったし……まだまだ未熟ってことを思い知らされた感じかな。ヒュームさんの必殺も完全に避けることできなかったし」

「ジェノサイド・チェーンソー……だっけ? あれ避けようと考えられるだけでも凄いと思うけど。というか、あれ? 完全に避けることはできなくとも、反応はできたってこと……凛ちゃん、恐ろしい子!」

 

 燕はそこまで言い切ると、桃を一口頬張った。果肉から果汁が溢れ、僅かな酸味とまろやかな甘みが口の中一杯に広がる。惜しむらくは冷えていないということだが、それも些細なことであった。

 凛もそれを百代からあーんしてもらう。その動きに淀みが一切にない。

 

「そういや、百代の相手の項羽、先輩でいいかな? どうだったの? 覚醒したばかりでも相当の実力あったし、かなり手強かったんじゃない?」

「ん? ああ、技というものがなくて、その一振り一振りが必殺っていうくらいの威力を持ってたぞ。ただ、如何せん実戦経験が乏しすぎたと思う……荒々しいから、隙も多いというか。猪突猛進なところも……って、どうして2人して私を見るんだ!? こら! 燕もあからさまに、にやにやするな!」

「でも、あの性格……これからの学園生活大変そうだなぁ。お姉様方、仲良くしてあげてね」

 

 凛は吠える百代と涼しい顔の燕を交互に見た。

 

「好敵手宣言もされたしな……なくても、あんな美少女なんだ。ほっとかない」

「私は……清楚の方はともかく、項羽はどうだろう? できれば仲良くしたいね」

 

 凛はそれにうんうんと頷き、燕に話題をふる。

 

「燕姉の相手は、梁山泊の林沖だったよね?」

「苦しい戦いだったよ。繰り出される槍術の前に翻弄され――」

「るはずないよね。林沖もぱっと見で実力あるのわかったけど、それでも燕姉と比べると地力にも差があるだろうし、挑んだ時点でちゃんと勝機があったってわかってるから」

「凛ちゃん! 話は最後までちゃんと聞きなさい!」

 

 その後もたわいない話題が続き、激動の一日は静かな夜を迎える。

 

 

 □

 

 

 そして、次の朝。病室で大人しくしていた凛の元に、一通のメールが届いた。

 差出人は大和。題名はなく、本文にはただ短く――。

 

 俺はもう学校へは行かない。ヤドカリのように、殻へ閉じこもろうと思う。

 

 とだけ、打たれていた。

 なぜこんなことになっているか。それは朝に放送された内容が関係していた。

 九鬼が製作中の映画ということもあり、世間からの注目度も高かったのだろう。当然、昨日撮影された内容が、今朝のエンタメ枠で放送されたのだ。

 百代と項羽が拳と刃を交えるシーン、橋の上で起こる激しい乱闘、そして高所で敵対する与一を説得する大和の姿。

 事情を知らない者からすれば、ただの映画の撮影に見えるが、本人たちはもちろん本気である。ゆえに、大和は与一を説得するため、昔の自分に切り替え、中二全開で熱い言葉を吐き出し続けた。ちなみに、凛もその勇姿をしっかりと見届けていた。

 

『馬鹿野郎が! セカイを間違った方向に行かせないために熱くなってんじゃねぇか! この醜くも美しいセカイの!!』

 

 そこに、凛の携帯が数度震える。差出人はファミリーの皆、内容はすぐさまテレビを見ろというものが届いた。

 大和の言葉はなおも続く。

 

『――どこかで待ち焦がれていた! 特異点だからこそ、異質な存在だからこそ皆の役に立てる場所をよ! それが今なんだ! 今はもう、今しかこない!』

 

 このような与一との一対一の対話が、一部始終流されていた。

 これがつい先ほどのことで、時間は大和がメールを送ってきたときに戻る。

 

「映画ができあがれば、大和の場面も盛り上がるシーンになるかもしれないけど、切り抜かれると何とも言えないな……」

 

 凛はそう言いながら、なんとか大和を励ますような文面をうつことに苦心する。

 そこへ飛び込んできたのは、下の階に入院中の岳人。

 

「凛、見たか!? 大和の名場面!」

 

 誰かとこの話題を共有せずにはいられなかったらしい。その顔は笑うのをこらえているのか、頬がひくついている。

 

「見たよ。大和も必死だったろうに、なんか同情するわ」

「いやでも、大和のノリノリ具合は相当だったぜ! モロが教えてくれたんだけどよ、ネットでは早速、大和の口調を真似して話してみようとかいうスレが、立ってるらしいぜ」

 

 そのまま、岳人は午前中一杯、凛の個室にて過ごす。

 

 

 ◇

 

 

 岳人が去った昼食時。

 凛の部屋がコンコンとノックされた。しかし、彼は既にその気配で誰かわかっている。

 

「百代でしょ? 気配でわかるから……さっさと入ってきたら?」

「やっぱり凛相手では、どうしても気でばれちゃうな」

 

 百代も驚かせることを諦めたのか、早々に部屋へと入ってきた。その手には食事がのったトレイ。同時に、部屋の鍵を閉めた。

 そして、凛が尋ねる前に、百代が話し出す。

 

「真奈美さんに頼んでもらってきた。あと、今は昼休みだから心配いらないぞ。じじいにも一応話は通しておいた」

「そのまま抜け出してこないなんて珍しい……」

「あとで小言聞かされるのも面倒だからな。それに凛のことになると、じじいは結構甘い……だから、案外簡単に許してくれた」

 

 百代はトレイを凛のベッドに備えてある机の上に置くと、「ちょっと待っていろ」と彼に声をかけ、カバンを持ったままトイレに向かった。

 それから数分――トイレから出てきた百代の姿に、凛は言葉を失う。

 

「どうだ? 今からナースな私がお前を看病しちゃうぞ」

 

 キャルンという擬音がつきそうな口調で喋る百代は、純白のナース服に身を包んでいた――所謂コスプレである。その丈は歩くだけで下着が見えそうなほど短く、ファスナーのついた胸元は大胆に開き、黒のそれがチラリと覗いていた。当然、ナースキャップも付けている。

 なんともエロいナースがそこにいた。

 

「いやいやいや……それは凄い嬉しいけど、ここ病院だから! そして、俺の体動かないから!」

 

 凛のベッドに辿りついた百代は、そのまま彼にしな垂れかかる。

 

「そんなことわかってるって。だから、私が看病してやるんだろ? 食事の世話も……もちろん、こっちの世話もな」

「これこれ、百代さん。こっちとか言いながら、俺のを触らない。というか、襲う気満々か!?」

「普段、私が襲われるんだから、こういうときくらい、いいだろ? 病院の個室、ちょっとくらい声が出てもばれない……というか、凛もなんだかんだ言いながら、嫌ではないだろ?」

「実はドキドキワクワクしてる! こういうシチュを嫌がる男はそういないと思う」

 

 先の言葉から一変、凛は良い返事をした。

 そんな凛に、ひとつキスをして、百代が彼の体をまさぐる。その顔はどこか嬉しそうであった。

 

「それで、どこか痛いところでもあるのかな? ちゃんと言ってくれないと看病できないから、はっきりしっかり言葉にするように」

「なん……だと!? くっそ、ただの御奉仕プレイかと思えば、俺を辱めるつもりか!?」

「ほらぁほらぁ……病人である凛さーん、どこか痛いところあるんじゃないですかぁ? 私、まだナースになって間もないので、そういうの察することができないんですぅ」

 

 甘えた声をだしながらも、じらす百代。なんとも楽しげである。

 

「彼女がSだっ! そして、動け俺の体! 動きさえすれば、この状態を覆せる! 今こそ覚醒のときだぞ!」

 

 凛は必死に自身の体を叱咤するが、それに応えてくれそうにない。しかし、前述したように、感覚はしっかりしているため、百代の柔らかい肢体の感触は十二分に伝わって来る。にも関わらず、彼からアクティブに仕掛けることはできない。

 ――――ダメ……なのか。

 凛の心を読んだように、百代が彼の耳元で囁く。

 

「大人しく看病されるにゃん」

 

 2人――特に百代にとっては、楽しそう時間になりそうだった。

 

 

 □

 

 

 また、放課後にはファミリーたちに加え、紋白や源氏組なども見舞いに訪れ、その時間になると、凛の願いが届いたのか、彼の体も動くようになり始め、日が暮れるころには歩くことも可能になっていった。 

 明日からまた、覇王西楚を新たに加えた騒がしい学園生活が始まる。

 気づけば、10月も間近。文化祭が近づきつつあった。

 

 

 




執筆が進む。
気がつけば、この小説を書き始めてもうすぐ1年……某サイトのときを含めると、かなり長くなりそうです。
読者の皆様に感謝。



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