真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『文化祭!』

 

 

「にゃんっ!」

 

 後ろから聞こえてきた猫の鳴き声に、凛は期待を込めて振り返る。

 そこには4人の可愛い猫が、両手を丸めてポーズをとっていた。いや、正確に言えば、制服に猫耳と猫の手、猫尻尾を装着した先輩たちがいた。

 その猫セット、色は黒と白の二色だけである。

 それの黒を百代と燕が、白を清楚と弓子が付けていた。

 ――――なんとなく納得がいく色の組み合わせだな。

 凛は彼女らを見ながら、一人そんなことを思った。

 その彼女たち――前者の2人はノリノリで猫のポーズをとっているのに対して、後者の2人は若干の気恥かしさがあるのか、頬がほんのり赤くなっている。

 それも仕方がないだろう。なぜなら、今4人がポーズをとっているのは、人の行き来が多くなっている廊下のど真ん中なのだから――。

 

 

 ◇

 

 

 時は一気に進み、文化祭当日。川神学園の文化祭は2日間行われる予定であり、1日目が生徒のみ、2日目が一般人も参加することができるようになっている。

 普段は威風堂々とした学園の門も装飾され、赤青緑など色とりどりの風船、カラフルな看板には川神祭の文字が踊り、門前の道の両脇には、こちらも川神祭と書かれた旗が風に揺れていた。

 そこから一歩中に踏み込むと、そこはもう露天がひしめき合っている。定番のたこ焼き、焼きそばはもちろん、女の子の好きそうなクレープ、ワッフル、チュロス、はたまた、なぜそれをチョイスしたのか疑問に思えるバナナのたたき売りといった店もあり、見ているだけでも楽しめそうであった。中には、かなり本格的な味を追求したスープカレーを出すクラスなどもある。

 校庭の目立つ場所には、特設ステージが設けられ、昼と夕方の2回に誰でも参加可能ののど自慢、ビンゴ大会やクイズ大会が開かれる予定。演劇や演奏は体育館で行われることになっていた。

 校内に入れば、書道展や写真展から、お化け屋敷、占い、カフェなどの定番所に、もぐらの代わりに生徒を狙うもぐら叩きゲームやシューティングゲームなどのゲームを提供している。 

 その間をワイワイと騒ぎながら通る生徒も、店番をしている生徒の多くも、クラスでお揃いのTシャツを着用していたり、店の衣装を身に纏ったり、女の子達に限定すれば、髪型をお団子で揃わせたりしている。

 普段は校則にうるさい――そうではないかもしれないが――学園も、今日ばかりはかなりの自由が許されていた。

 ただそれだけの変化であるのに、女の子たちがいつも以上に可愛く綺麗に見えたりするのは、お祭りの熱気にあてられているからか――。

 そんな中、今現在最も盛り上がりを見せているのが、凛と4人の猫娘がいる2階北側の廊下である。

 

「猫耳に猫尻尾……さらには猫の手だと!?」

「川神学園に入ってよかったああぁーー!!」

「ちょ、清楚先輩のコスプレ姿とかレア中のレアでしょ! 誰か! カメラを、カメラを持てえい!!!!!!!」

「写真なら俺にまかせろ! これは間違いなくSR級。宴が熱くなるぞー!」

「フォフォフォ、ああいう姿も偶には良いのう。ブルマ姿でもやってもらえんかのう」

「これぞ文化祭じゃーーー!!」

「今、燕先輩の尻尾動かなかったか? いやそんなまさかな……」

「モモ先輩、黒猫姿も可愛い! みくにゃんのファン辞めます!」

「いつもは凜とした部長の猫姿、ハァハァ……ハッ! 俺は一体何を!?」

「紋様はいずこ!? なぜだッ!? 紋様の姿がないぞ、凛!!」

「燕先輩こっちに目線お願いしまーす!」

「夏目グッジョブ!」

「俺にできないことを平然とやってのける……そこに痺れる憧れるウゥゥ!!」

「高画質カメラを内蔵のスマホを持った俺様に死角はないぜ!」

 

 廊下はいつの間にか、彼女たちの貴重な姿を見ようとした野次馬でいっぱいになっている。

 

「あう……なんか人がいっぱい集まって来て、恥ずかしい」

 

 小声でつぶやいた清楚の顔がさらに朱に染まった。それに相槌をうつ弓子も似たような状態である。

 その瞬間、男子たちの歓喜の声があがる。文化祭でテンションの上がった彼らは、もはやガソリンの注がれた炎のように、ただ燃え上がるばかりだった。

 ちょっとした仕草にも反応を返し、それをおもしろがった燕が納豆小町のポーズをとって、野次馬を楽しませる。ついでに、納豆の宣伝も忘れていなかったところは彼女らしい。

 そこへ、凛が毅然とした態度で声をかける。

 

「あれ? 聞き間違いかな? 語尾がおかしいような……」

 

 その言葉に、はうっと言葉を詰まらせる清楚。

 

「凛ちゃん、絶対楽しんでる……に、にゃん」

「これも敗者に課せられた罰、にゃん。それにしても、百代と燕は楽しそうでそうr……楽しそう、にゃん」

 

 弓子はそう言って、隣でキャッキャとはしゃぐ燕と百代を見た。

 

「せっかくの文化祭だにゃん! 私たち3年生は最後の文化祭にゃんだし、楽しまなきゃ損だにゃん。ねぇモモにゃん?」

「そうだにゃん。それに、ユーミンの言った通り、勝者の言葉は絶対だにゃん。今日は猫ににゃりきって、文化祭を目一杯楽しむにゃん」

 

 その言葉に、弓子は小さくため息をつくと、自分と同じ状況に立たされているもう一人の仲間を見た――のだが。

 

「そ、そうだね! あっ……そうだにゃん! 恥ずかしがっていても仕方にゃいもんね? あはは、慣れるとにゃんだか楽しくなってきたにゃん」

 

 清楚はこの状況に慣れたのか、いつもの笑顔を周りに振り撒くと、もふもふになった両手をひょこひょこと動かし、同時に「にゃんにゃん」と楽しそうに声真似した。合わせて、体も軽く揺すったため、白い尻尾もフリフリと左右に動き、その姿は可愛くもあり、少し艶やかでもあった。

 そのとき、野次馬の中でざわつきが一層大きくなり、人が倒れる音がする。

 そんな清楚に合わせて、百代と燕も「にゃんにゃん」と返し、声を出して笑う。外野からは倒れた者の名を叫ぶ声が聞こえ、そこでどうでも良い一つの三文芝居が繰り広げられようとしていた。

 そして、3人の視線が一斉に弓子へと集まった。

 やるしかないのか。弓子は自身が孤立無援であることを知り、覚悟を決める。両手を軽く握りしめ、それを胸元に持ってきて、招き猫のポーズをとった。

 

「に、にゃんにゃん……」

 

 ――――実に素晴らしい!! 楽しい文化祭になりそうだ!

 この日を境に弓子のファンクラブができたとかできなかったとか。

 とにもかくにも、こうして文化祭は幕を開けた。

 

 

 □

 

 

「なのに、どうしてこうなった……」

 

 凛は自身の目の前で起こっている事を信じられずにいた。自身の叩かれた右手を見る。

 そして、目の前に立つ叩いた張本人へと目を向ける。それに反応した彼女――百代が鋭い視線をぶつけてきた。

 百代たちと一旦別れたあと、再度彼女に会ったときには既にこんな状態になっており、凛は訳も分からず立ちつくすばかりである。

 痺れをきらしたのか、百代が固く閉じていた口を開く。

 

「こっち見ないでください! あなたに見られるだけで吐き気がしてきます。あと私に気軽に触れようとしないで。気色悪い」

「……ちょ、ちょっと一体どうしたんですか!? いくらなんでも――」

「というか、目の前から消えてください! あなたを見てるとムカムカしてきます。はっきり言います、大嫌いです! 世界一嫌いです!! 憎んですらいます!!!」

 

 喋り方すらも一変しており、凛は戸惑う。

 ――――様子がおかしい……というか、面と向かって嫌いとか、かなりクるな……。

 周りにいた生徒たちも、遠巻きに2人の様子を窺うだけ。

 凛がショックを受けている間も、百代が言葉を浴びせかけてくる。

 

「なぜ、あなたのような方とお付き合いしていたのか……私の目は節穴、いえそれ以上でした。それから、この着飾ったものもお返しします。ここに置いておくので、あとで回収しておいて下さい」

「も、百代?」

「呼び捨て、ですか? 仮にも上級生を、ああ恋人だったときの名残ですね。これからはしっかりと先輩とつけるように……名前を呼ばれるのも不愉か――」

 

 そこへ乱入してくる者がいた。大和だ。

 

「ストップ! ストオオッッップ!!」

「大和……な、なぜかわからないが、百代が俺のこと嫌いとか言いだして、別れたいとかも仄めかしてくるんだが、ど、どどどどうしよう。俺には悪いことをした覚えは……猫耳のこととかも百代にオッケーもらってて、なのに今会ったら叩かれて――」

「凛、落ち着け! 揺さぶるな! 首がとれる! 首がとれるから!」

 

 動揺する凛を後から来た岳人が、羽交い絞めにして引き剥がす。

 

「岳人様、その方をできれば、私の目の届かないところへやってくださいませんか? あなた様にこのような事を頼むのは、非常に心苦しいのですが」

「姉さんが岳人を様付けとか悪い夢でも見ているようだ……。それから、岳人。喜んでる所悪いが、姉さんは川神きのこ食べてこうなってるってことを忘れるなよ」

 

 うなだれていた凛も、その聞き慣れない食べ物に関心を示す。

 大和がいち早くキャッチした情報によると、3年生を中心に川神きのこを食した人たちが、その効能――性格反転を起こし、今ちょっとした騒ぎになっているらしい。

 

「川神きのこ?」

「そうだ。だから、姉さんがお前に吐いた言葉も反転……なぜか良く分からないが、その気持ちも反転しているらしい」

「ええっと、つまり――」

 

 ――――大嫌い、憎いという言葉も裏返し……大好き、愛してるってこと? 名前を呼ばれるのが不愉快ってのも、本当は嬉しい、と。そういうこと?

 

「その緩んだ顔を見る限りでは、わかったみたいだな。とりあえず、姉さんがお前のことを嫌ってるわけじゃないから安心しろ。それに、効能も長い間続くものじゃないから、そのうち解ける」

「……本当か? 本当に治るのか!? ドッキリだったら大成功だから、早く看板持ってきてくれ!」

 

 凛はそう言って、辺りをキョロキョロと見回した。

 

「凛、だいぶ動揺してるな。珍しいものが見られた」

「急に恋人に本物の嫌悪むき出しにされたら、大抵こうなるだろ! でも、そうか……というか、まじで焦った。百代が嘘で言ってるようにも見えなかったし。お前が来てくれて助かったわ」

 

 凛は深呼吸を繰り返し、徐々に落ち着きを取り戻す。

 その後ろでは、彼の代わりに岳人が落ち込んでいた。様付けの上、壊れものをあつかうかの如き言葉遣い、裏返せば、普段はどれほど下に見られているのかと。

 

「なら、姉さんのことはお前に任していいか? どうやら、ファミリーの中でもワンコとクリスがそれを食べてしまったみたいでな。それから2人の姿が見えないんだ。他にも、ちかりんや羽黒なんかも食べたって聞いてるし、とにかく! ここは任せる!」

「俺も手伝うぞ!」

「いや、それより今は姉さんを見ていてやってくれ。正気に戻るまでは心配だしな」

 

 頼んだ。そう最後に付け加えると、大和は岳人を連れだって、また人ごみの中にまぎれていく。

 2人の背が見えなくなってから、凛は百代へと近づいていった。

 

「まだ私に用があるんですか? というか、それ以上近づかないで」

「まぁ用というよりは、今のモモ先輩が心配ですから」

「あなたに心配してもらう必要はありませんし、ちっとも嬉しくありません」

 

 ――――大和のおかげで心に余裕ができた。原因がわかれば、なんか新鮮でおもしろい。喋り方もいつもと違うし、大人しいし礼儀正しい?

 凛はそう思って、くすりと笑う。それに反応する百代。

 

「何笑ってるんですか? 私に笑顔とか見せないでください」

「すいません。モモ先輩の反応が新鮮で……」

「変な人ですね。それより用がないのなら、さようなら。もう二度会うことはないでしょう」

「二度とって、そんなわけにはいかないでしょう? ここは学園で、俺達は学生なんですから」

「私が全力で避けるので可能です」

「確かに……じゃなくて! そんなに嫌なんですか?」

「先ほども申し上げたでしょう。嫌です! 存在そのものが気に入りません!」

 

 ――――なるほど。訳すと、『好きです。あなたがいてくれて嬉しい』ってとこ? うわっ自分でこんなこと考えると、凄い恥ずかしい!

 

「俺はモモ先輩のこと好きですけど」

「そうですか。心底どうでもいい、というより、不幸ですらあります」

「俺が幸せにしてみせます!」

「一発ぶん殴っていいですか?」

「暴力は良くないです」

「そうですね。私も話し合いで解決したいところですが、あなたの言葉にかなりイラっときてしまい、咄嗟に口をついてしまいました。川神波、放っていいですか?」

「暴力のレベルが上がった気がしますが……」

「だから! 私を見て笑うのは止めてくれませんか? とても腹が立ちます――」

 

 この数分後、きのこの効能が切れたと同時に、百代が瞳をうるわせながら、凛に抱きつくことになる。

 しかし、彼らの微笑ましいやりとりの裏側で、大変なことになっているコンビもいた。

 なぜなら、その2人は両者とも川神きのこを食していたからだ。

 

 その名を京極彦一、葉桜清楚という。

 

 普段、冷静沈着な男と大和撫子を地でいくおしとやなか女に加え、その内面に覇王を宿す2人。

 どのようなやりとりが行われるのか、誰にもわからなかった。

 

 

 ◇

 

 

「祭りだ、祭りだああぁ! 皆、今日は無礼講、心行くまで楽しもうぜぇ!!」

 

 いつもの彦一とはかけ離れた人物が叫びながら、3階東の廊下を練り歩いていく。そして、厄介なことに、彼の言霊が発動しており、その言葉を聞いた者たちは一気にテンションをあげ、彼の通ったあとには文字通りお祭り騒ぎ状態に陥っていた。

 そのテンションのまま告白にいく者、喜びの舞いを披露する者、その舞いに参加し踊る者、ただ雄たけびをあげる者などカオスである。

 普段であれば、それを諌めるはずの彦一も、それに混ざっていたりする始末で、真っ先に辿りついた麻呂ではどうすることもできず、そうこうしている内に、彦一の言霊にやられ――。

 

「舞うでおじゃる。麻呂の雅な舞いで文化祭を盛り上げるでおじゃる!」

 

 そう叫びながら、扇子を取り出し、体の赴くまま躍り出す。

 そんなどんちゃん騒ぎを起こすこの場所に、幸か不幸か、清楚もいた。最初は、この彦一の奇行にぽかんとしていたのだが、今では目つきが鋭くなっている。彼女もどうやら川神きのこの効能が表れ始めたようだ。

 

「うっせえんだよ! お前ら、浮かれるのも大概にしろよ! いくら、おしとやかな俺でも我慢の限界があるんだよ!!」

 

 一言言っておくが、今の彼女は清楚である。決して項羽が表にでてきたわけではない。

 その一言で浮かれ切ったこの場が一転、お通夜の席かと思えるほど静かになった。外の騒がしさも今ならしっかりと聞き取れる。

 もちろん、踊っていた麻呂も「ピィッ!」と奇声をあげたかと思えば、石像の如く固まった。

 清楚は周りにガンつけながら、大きく息を吸い込んだ。

 

「京極! てめぇも言霊なんか使って、こいつら煽ってんじゃねぇ!! 俺の耳がいかれたらどうすんだ!? ああん!?」

 

 清楚の声が廊下を響き、先頭をきっていた彦一の元へ届く。その声量に、窓ガラスがガタガタと震え、彼女の周りに並べられていたイベントの案内用紙は、地面へと散らばった。

 

「おいおい! 葉桜も、んな細かいことで怒んなよ! 祭りは楽しんだもんがちなんだよ! 熱くなれよ! もっと熱くなれよ!」

 

 ズンズンと清楚に迫りながら、そう発する彦一。

 

「うっせぇええ! んで、くっそうぜぇええ!! 暑苦しいんだよ!」

「うざくて結構! 熱くて結構! 俺は燃える男。俺の心に滾るこの思いは誰にも止められないぜ!」

「何が熱い男だ! 普段はただの冷静沈着が売りのイケメンなだけだろうが!」

「過去は過去! これからはこれが京極彦一だ! お前こそ、大和撫子はどうした!? 人のことを言う前に、自分を見つめ直せ! なんなら、俺が一緒に見つめ直してやるっ!! よし! そうと決まれば、屋上だ!! 行くぞ、葉桜ァ!」

 

 彦一はそこで言葉を切ると、清楚の腕を掴み、大股で屋上目指し歩いていく。

 

「上等だ! この野郎!! てめぇのそのうざさも叩き直してやるから、覚悟しとけ!!」

 

 そして、取り残された生徒たちは、夢から覚めたように互いの顔を見合わせていた。麻呂はその場が治まったことに満足したのか、コソコソと一目を避け、姿を消した。

 

 

 □

 

 

 場所は変わって、1年のSクラス。

 

「なにっ!? 京極先輩が葉桜先輩を!? それは本当か!? ……くっそ、こうしちゃおれん! 田村、この場を任せる。悪いが、俺にはやることができた。あとでこの埋め合わせは必ず行う!」

「ふっ……気にすんな。それより早く行けよ。この場は、任せろ」

 

 田村はホットケーキ用のフライパンを握り、微笑みかけた。

 その微笑みに頷き返すと、彼はすぐさま走りだす。間に合わないかもしれない。たとえ、その場に間に合ったとしても、何をするかも考えついてはいない。それでも、彼は走る。

 そんな彼の背中を見送った田村は、伸びを一つした。

 

「さぁて、いっちょ最高に旨いホットケーキでも焼いてやるか!」

 

 田村はフライパンを振るう。青春を謳歌する友のために。楽しみに訪れてくれた客のために。そして、その友との約束を果たすために――。

 

 

 ◇

 

 

「うぅ、おもしろがって、川神きのこなんかに手をだすんじゃなかった……」

 

 凛の隣を歩く百代は、まだ先のことを引きずっているのか、しょげていた。

 

「確かに俺も驚いたけど、無事解決したんだし、いいんじゃない? いい思い出ができたよ。それに百代のツンツン姿とかも新鮮だったし。気にしない気にしない」

「でも……」

 

 そこで、凛は何か閃いたのか、ポンと手をうった。

 

「それじゃあ、百代に一つ俺のお願いごと聞いてもらおうかな? それでチャラってことでどう?」

「お願いごと? 凛のお願いなら、無茶なものでない限り、なんでも聞くぞ?」

「その言葉は嬉しいけど……ここはそういうことで、この件はもう考えないってことにしよう。せっかくの文化祭なんだし、彼女の笑顔が見れないのは悲しいし」

「ん、わかった。それで、今回のことはもう考えない。それで、お願いってのはなんなんだ?」

 

 凛はそこでしばし黙考すると、百代の耳元に近寄り、その内容を告げる。

 それを聞いた途端、百代は顔を赤くした。

 

「……変態だ。私の彼氏がSで、変態だ」

「何とでも言うが良い。それで? 俺のお願い聞いてくれるよね?」

 

 凛は、それはもう眩しいほどの笑顔で百代を見た。

 

「約束だからな! こうなったら、私も開き直る! ちゃんとやってやるよ」

「やった。病院でやられた借りを返す……楽しみだ」

「いつもやられてるのは私だろ!? じゃなくて――」

 

 そのとき、すれ違いざまに聞こえた会話に、2人は顔を見合わせた。

 

「百代」

「わかってる。屋上か……ちょっと心配だし、見に行くか」

 

 凛はそれに頷き返すと、廊下の窓を開け放ち、身を乗り出した。それに百代が続く。

 あっという間に、2人の姿は廊下から消え去った。

 

 

 □

 

 

 凛と百代が貯水タンクの上に降り立ったとき、清楚と彦一はまだその場にいた。

 どうやら、2人の姿には気づいていないようであり、言い合いを続けている。

 ビシッと人差し指を突きだした清楚が、彦一へ物申す。

 

「大体なぁ、お前……俺に優しくしてんじゃねぇよ! 期待ばっかり持たせやがって、そうやって乙女の純情弄んで楽しいか!? ああ!?」

「何を言うかと思えば、そんなことか。俺が誰でもかれでもあそこまで親しくするとでも思っているのか!? 否!! 断じて否!! 英語で言うならNO!!」

「わざわざ英語とか出してくんな! 面倒くせぇ。はぁ? じゃあ何かよ、お前、俺に気があるのかよ!?」

 

 清楚の問いに、彦一が間髪いれずに答える。

 

「分かりきったことを聞く。もちろん、嫌いだ!!」

「だろうな! 俺もお前のことなんか嫌いだからな! いっそ、清々するぜ!」

「ああ、そうだ! 葉桜の読書姿も、杏仁豆腐をおいしそうに食べる姿も、笑顔も全て気に入らん!」

「言いたい放題だな! なら、こっちも言わせてもらうけどな! お前の案内とか全然嬉しくねえんだよ! 迷惑なんだよ! それに笑顔が気に入らねえとか、こっちの台詞だ! 事あるごとに微笑んできやがって、好きな奴にやれよ! あとちょこちょこ盗み見るのとか止めろ! 気色悪いんだよ! 俺が気づいてないと思ってんのか!?」

「それは葉桜が俺を見るからだろう!? 真面目に勉強してるときに、じっと見られると気が散るのがわからないのか! 集中したいんだよっ! Concentra――」

「あーー!! 言わせねえぞ!」

 

 

 ◇

 

 

 そんなやりとりを聞いていた百代と凛。2人は寝転び、貯水タンクの影から、ひょっこり顔だけ出している。

 百代が顔だけ、凛に向ける。その目はキラキラと輝いている。

 

「あーなんだその? これはあれだよな? 2人は互いに好きだってことだよな?」

「聞いてる限りじゃそういうことみたいだね」

「でも良いこと聞いた。そうかぁ……京極は清楚ちゃんのそういう所が好きなのか。このネタで、これからどうやって弄ってやろうかな」

「やられ返されそうな気がするけど、まぁ程々にね」

「何を言ってるんだ、凛! せっかく手に入れた弱みだぞ! 活用せずにどうする!?」

「そのまま優しく見守ってやるとか……」

 

 百代は立ち上がると、凛が寝そべっている上に抱きつき、肩口から顔をのぞかせる。

 

「い・や・だ! やられっぱなしは性に合わないんだよ」

「ということは、俺もまたやられることがあると?」

「さぁ、どうだろうな?」

 

 百代がふっと耳に息を吹きかけた。

 

 

 □

 

 

 ――――もうそろそろ、きのこの効力もきれる頃だろう。

 凛がそう考えていた直後、下で言い争っていた2人が急に静かになった。

 

「それじゃ、凛……私達が背中を押してやろうか。美しい恋のキューピット様登場だ」

 

 そんな凛の考えを読んだのか、百代は彼から離れると、先に貯水タンクから降りて行った。

 

 

 ◇

 

 

 百代と凛から、川神きのこのことを聞いた清楚と彦一は、彼らが屋上から去って行ったあとも、しばらく無言のままだった。

 しかし、いつまでも沈黙を守り続けるわけにもいかず、彦一が珍しく大きく息を吐き、ゆっくりと口を開く。

 

「葉桜君、まず君に色々迷惑をかけたことを謝りたい。すまない」

「いや、こちらこそごめんね。私はどっちかっていうと、汚い言葉を色々浴びせちゃったし……」

「そのことなら気にしていない。それから、ここから本題……聞いてくれるだろうか?」

 

 その真剣な口調に、清楚は背を正した。色々と想いをぶちまけたのだ。これ以上、曖昧な関係を続けることはできない。

 清楚が何度か深呼吸を繰り返し、真正面から彦一を見つめ返した。

 準備完了。そうとった彦一が再度口を開く。

 

「川神きのこのせいで、色々と台無しになった感がないでもないが、私にとっては良いキッカケだったのかもしれないな。私は、以前にも葉桜君に言ったことがあったように、恋というものをしたことがないため、こういう方面には疎い。君に対して抱いていた感情も、夏目の言葉がなければ、深く考えないまま、気づかないまま枯らしてしまっていたかもしれない」

 

 そこで一度間を取る。

 

「しかし、それに気づいた。それからは……気づけば君の姿を追っていた。もっと君のことが知りたいと思った。全く自分でも驚くことばかりだが――」

 

 彦一は真っ直ぐに清楚を見た。

 

「君が好きだ」

「うん……」

 

 清楚は短く返事をすると、次は自分の番と言って、想いを伝える。

 

「最初は優しい人だなって思ったよ。それで格好いい人だって。他の女の子たちが騒ぐのも無理ないなって……そんなあなたが、色々と私を気にかけてくれる。いつからなんてわからないけど、あなたに惹かれていたんだと思う。それは最初の帰り道からだったかもしれないし、夏の終わりころだったかもしれない。でも、はっきりとそれを確信したのは、きっと川神蛍を見たときだと思う」

 

 今でも目を閉じれば、そのときの光景がはっきりと思い出される。

 

「覇王項羽の混ざった私を受け入れてくれたあなたが、背を見せ、暗闇に消えていく瞬間、どうしようもなく寂しくなったし、不安になったの。このまま、今目の前の光景のように、あなたが私の前からいなくなる……嫌だった。胸が痛くて、苦しくて、こんな気持ちに気づかずにいればよかったとすら思ったよ」

 

 ここで、清楚は一旦言葉を切り、微笑んだ。

 

「でも、諦めなくて良かった。投げ出さずにいてよかった。私は京極君の目の前にいて、あなたと思いが通じあえた。なんか……胸が一杯で、気を抜くと泣いちゃいそうなんだ。でも、心はすっごく暖かくて、幸せってこういうことをいうのかな?」

 

 清楚は一語一語思いを込める。

 

「私、葉桜清楚は……京極彦一が好きです。そして――」

 

 項羽と入れ替わる。

 

「俺もお前のことが好きだ。……言っとくがおかしくも何ともないからな! 俺は清楚で、清楚は俺だ! 今までの記憶があって、アイツのものが引き継がれるんだから、俺がお前に惹かれることも――」

「うむ、わかっているよ。これから、よろしく頼む」

「うん。こんな私達だけど、こちらこそよろしくお願います」

 

 わたわたと慌てた項羽は、恥ずかしがったのか、最後の言葉を清楚に託したらしい。

 こうして、一組のカップルがひっそりと誕生した。

 

 

 




 川神きのこの性格反転とか、かなり都合よく使わせてもらいました。
 というか、反転したキャラというのが、かなり難しい。しかし、これ以上どうすることもできない。
 全ては川神きのこのせいだから!
 そして、すまぬ。1年Sクラスの勇者よ。登場からわずか一話でまさかの失恋。
 これを糧に、男を磨いてほしい。田村、あとのフォローを頼む。

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