真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
「じゃあ百代ちゃん、ここに座って」
「はい。よろしくお願いします」
百代は促されるまま、鏡の前に腰を下ろした。隣には、昔から世話になっている真理子が立っている。
化粧台の横には等身大の鏡があり、その隣にこれから百代が着ることになっている白無垢がシワ一つなく掛けられていた。また対面には、訪れた客がくつろげるように3人掛けのソファも備え付けられている。
今日は晴れてくれてよかった。百代は静かに目を閉じると、あとのことを全て真理子に委ねる。雨になるかもしれないという昨日天気予報を凛と見て、ハラハラしていたが、朝になると一転、清々しいほどの青空が広がっており安堵した。
今朝の天気予報でも降水確率は0%で、どうやら雨雲は夜の間に通り過ぎたようであった。
今日は生涯で最も忘れがたい日になるのだ。それが天気で台無しなど考えたくもない。
それでも、もし雲が立ち込めていたら、2人でどうにかしてやろうと笑いあっていたのだが――。
「あなたが卒業してから、今日まであっという間だったわね。まさか、あのヤンチャな子供たちの中で、百代ちゃんが最初になるなんて、あの頃は思ってもみなかったわ」
真理子はこれまでも多くの女性を手掛けてきて慣れているのだろう。淀みない手つきで、百代へと化粧を施していく。
「私もです。想像すらしていませんでした」
「私なんかは、大和君が一番早いんじゃないかって睨んでたんだけど」
「まぁあながち間違ってなかったんじゃないですか? あの2人も時間の問題だと思いますし……」
「あら? そうなると今度は京ちゃんを綺麗にできるのね。楽しみだわ」
「とりあえず、今日は私をお願いします」
「清楚ちゃんに負けないほど綺麗にしてあげるわ。でも百代ちゃん、そのままでも十分綺麗だから、あまり濃くならないようにしておくわね」
真理子の口から出た清楚という単語に、百代は1年ほど前に行われた彦一と清楚の挙式を思い出した。幸せそうな笑顔が、今でも鮮明に記憶に残っている。
そして、今日も2人揃って、祝いに来てくれる予定になっているのだが、清楚の体は既に彼女のだけのものではなく、新たな命がその身に宿っているのだ。順調に育っているようで、今で妊娠7カ月。お腹も大分膨れており、2週間ほど前にも、彼女を含めた同期の皆と盛り上がったばかりである。
慈しむようにお腹を撫でる清楚と、事あるごとに彼女の体をいたわる彦一の姿が微笑ましくて、思いだす度に百代はにやけそうになる。
いつも冷静沈着な男もこのときばかりは、気が気でないらしい。今日ももしかたら左手をとって、右手を腰に回し、寄り添いながら歩いてくるかもしれない。そして――。
『清楚……段差に気をつけろ』
『少し休まなくても大丈夫か?』
『もうお前一人の体ではない。無理はするな』などなど。
その姿を想像した百代は、たまらずクスリと笑う。
「どうしたの?」
「いえ、清楚ちゃんのお腹も大きくなってきたので、京極が転ばないようにエスコートして来るのかなと思うと、なんだか笑えてきて」
「ああ。彦一君、本人はあれでもセーブしているみたいだけど、かなり気を使ってるみたいね。清楚ちゃんは泰然としてるから、余計に彼が目立っちゃうのよ。まぁ初めての赤ちゃんだもの仕方ないわ」
「赤ちゃんの名前もかなり迷ってるみたいですよ」
「らしいわね。この間も画数の本を片手にうんうん唸ってたって教えてもらったわ。どうやら、夏仁さん……彦一君のお父さんね。彼も途中から混ざって議論してたらしくて、その姿を清楚ちゃんと2人で見て、笑ってたって」
真理子は顔をほころばせながら、そう語った。ただでさえ、若いオシドリ夫婦で近所では有名なのだ。おばちゃんネットワークにも、彼らの情報が流れて込んでくるのだろう。最も、それを流した張本人は、彦一の母親のようだが。
それぞれが、それぞれの道へと歩み出している。それは凛と百代も例外ではない。
去年のクリスマス。場所は2人が初めて出会った場所で、百代は凛にプロポーズを受けた。彼女はこのときを今か今かと待ちわびており、ようやく訪れた瞬間に、返事よりも先に涙が溢れてしまったのだが、これは2人だけの秘密である。
それから、年を跨いだ今日。2人は晴れて夫婦となるのだ。
□
準備が整った同時に、俄かに廊下が騒がしくなる。そして、間を置かずして、その騒がしさが部屋へと入ってきた。
「お姉様……綺麗」
口を開いたのは一子だった。その後ろからファミリーの女子が続き、燕、清楚、弓子、そして、義経や弁慶たちが姿を現し、あっという間に部屋の中はいっぱいとなった。
皆からの祝福や褒め言葉に、百代は返事をし、軽く雑談を交わす。
「清楚ちゃん、体の方はどうなんだ?」
「うん、調子良すぎて困っちゃうくらいだよ。彦一君がよく気にかけてくれるんだけど、それが申し訳ないくらい……」
清楚は少し困ったように笑った。その横にいた燕が話に加わる。
「清楚がここに着いたときも凄かったんだから。京極君が手をとって、その後ろでは京極君のお父さんが控えていて、万が一でも倒れてもあれなら大丈夫と思えたよん」
「私も運動神経悪くないから転ぶこともないと思うんだけど、さすがにちょっと恥ずかしかったかな」
「清楚と京極のそれは、もうこの近辺では一種の名物みたいなもので候」
弓子の一言に、清楚は驚き、他の皆はうんうんと頷いていた。
そこへ、一子とクリスが混ざって来る。その目的は、どうやら清楚のお腹らしい。
「清楚先輩、お腹を触らせてはもらえないだろうか?」
クリスが切り出した。それに快く了解を出した清楚のお腹を2人が触る。そのとき、動きがあったのだろう、彼女らは「おおっ」と驚きの声をあげ、何やら感動していた。それに続き、由紀江や京も興味が湧いたのか、近寄って行く。
そんな彼女たちを横目に、百代が燕に声をかける。
「燕、この前テレビにでてるの見たぞ」
「いやぁ照れるなぁ。私可愛く映ってた?」
「ああ。というか、私の同級生が、ざまぁーすの四村さんにツッコまれてるのに驚いたぞ」
「それ、私も見たで候。犬竹さんとの絡みがおもしろかったで候」
最近ではテレビでの露出も増えてきた納豆小町。ラジオでもリスナーからの支持を大いに集めている。燕の要領の良さがあれば、そのうちMCを任されることもありそうであった。
そうこうしていると、新たな客が部屋を訪れる。
「九鬼揚羽、降臨!」
「同じく紋白、顕現である!」
艶やかな銀髪をなびかせながら、九鬼姉妹が現れた。紋白は成長期とでも言えばよいのか、高校生であった頃より大分身長も伸び、姉に負けないプロポーションを手に入れつつあった。
これは完全な余談ではあるが、その成長を目にしたどこかの変態は、時間の流れの残酷さに打ちひしがれていたとか。とにかく、より一層美しく、しかし可愛さを残した紋白は、姉とはまた違った魅力を持つ女性になっていた。
揚羽が、ぐるりと部屋を見渡す。
「どうやら、我らはかなり出遅れたようであるな。できれば、いの一番に百代に祝福を述べてやりたかったが……」
「お心遣いありがとうございます。揚羽さん、それにモンプチ……いや紋ちゃんも来てもらえただけでも嬉しいですよ」
さすがに、成長した紋白を以前のようにモンプチと呼ぶことは控えたらしい。
その後ろでは、赤ちゃんで自分の将来を想像した京が、両手を頬にあてて、何やら悦に入っている。
「フハハハッ! 百代は我が友であり、凛は部下である。このめでたき日に顔を出さないわけがなかろう」
「ありがとうございます。紋ちゃんもすっかり見違えたな」
「フハハッ! 毎日、精進を続けているからな! というか、我のことはいいのだ。今日は百代らが主役なのだから。しかし、本当に美しいな……凛も惚れ直すこと間違いないであろう!」
百代は紋白にも再度礼を言った。
そこで、紋白の姿を見つけた由紀江が声をかけてきたので、紋白は一言断ってから、百代の傍から退いた。
「そういえば、先ほどすぐそこで、鉄心殿、ヒューム、銀子殿にアリス殿が集まっていたぞ。あれだけの人物が集まると、あそこだけ空気が違っておったわ」
4人は歓談していたようだが、そのオーラはどうも余人を寄せ付けないものがあったらしい。
さらに、揚羽の言葉が続く。
「……ヒュームを含めあのお三方も、これからは百代の親族か」
銀子は凛の父方の祖母、アリスは母方の祖母にあたり、さらにヒュームはアリスと双子であり、凛にしてみれば大叔父にあたる。
凛が夏目の集大成を完成させたのは、文字通り血反吐をはく努力に加え、ヘルシングの血と夏目の血が合わさった雷撃特化のサラブレッドであることも関係していたのかもしれない。
そして、結婚もしなかったヒュームにとっては、凛は幼い頃から見守ってきた子や孫同然であり、鉄心が百代に甘いように、厳しさも彼なりの愛情であったのだろう。最も、鉄心のそれと比べれば、厳しさにおいては段違いであったと言えるが。
百代は銀子、アリス、さらには凛の母であるフローラとも既に何度も顔を合わせており、加えてヘルシング家の親族とも面識を持っている。
「少し不思議な感じがしますね。特に、ヒュームさんと親族と言われても、イマイチピンときません……」
「まぁこれからその実感も湧いてくるのではないか? ヒュームと鉄心殿など、ライバル関係にあったのだ……それがこのような関係になるのだから、人生とは全くわからんものだと思い知らされたわ」
サラッと知らされた情報に、周りは空気が固まっていたりするのだが、その中で百代と揚羽は和やかに会話を続けるのであった。
◇
騒がしかった一室もすっかり静かになった頃、一子と会話に興じていた百代のもとを訪れる人がいた。
「邪魔するぞい」
鉄心であった。彼は百代の姿を一目見ると少し目を見開き、ほうっと感嘆の声をあげた。
「どうだ? じじい、見違えただろう?」
「自分で言うてどうするんじゃい。しかし、まぁ……綺麗じゃぞ、モモ。婆さんの若い頃を思い出したわい」
婆さんはお前よりもっとおしとやかじゃったがの。そう付け加える鉄心。
「一言多いんだよ」
百代はそこで少し間をとった。
「……その、今まで色々とありがとう」
「何じゃい、急にしおらしくなりおって」
「いや、こんな機会でもないと恥ずかしくて言えそうにないからな。自分でも柄じゃないと思うけど、本当に感謝してるんだ」
百代は佇まいを正し、軽く頭を下げた。
ここまで育ててくれてありがとう。
迷惑かけっぱなしだったけど、今日この日を迎えることができたのは、お爺様が見守ってくれていたおかげです。
これからは凛とともに歩み、温かい家庭を築いていきます。
迷惑かけた分、恩返ししたいので、どうか長生きしてください。
ここで言葉を切ると、また明るい口調になった。
「じじいが昔してくれた肩車、私結構好きだったぞ。できれば、ひ孫にもやってあげられるくらい、元気でいてくれ」
「ふん、言われんでもあと数十年は生きてやるわい」
そう言うと、鉄心はさっさと席を立ち、出口へと向かう。そして、扉を開ける前にはっきりと次の言葉を口にした。
「モモ、おめでとう」
ゆっくりと閉まっていく扉。ふいに、一子が口を開く。
「じいちゃん、声が震えてた……」
「そうか? あとワン子も色々と世話になったな。まぁ……これからも迷惑かけないとは言い切れないけど、ありがとう。これからもよろしくな」
「えへへ。改めて言われると何だか照れくさいわ。でも、迷惑なんて思ったことない! お姉様は、私の自慢の姉なんだから。こっちこそよろしくね」
一子のとびきりの笑顔に、百代も微笑みを返した。
式の時刻はもうすぐだ。
□
笛の音が社全体に鳴り響き、袴姿の凛と白無垢の百代が歩いていく。その頭上には、野立て傘と呼ばれる朱色の大傘がよく映えている。後ろに親族ら、この式の参列者が続く。
境内へと入り、神棚を前に新郎新婦を挟むように、右側に新郎の親族が、左側に新婦の親族がそれぞれ着席し、その後厳かな太鼓の音が轟いた。
◇
式は進み、誓詞奏上。
凛の聞き慣れた声が、境内に染み渡るように響く。
「――ご神徳のもと、相和し、相敬い、苦楽を共にし、明るく温かい生活を営み――」
2人が初めて出会ったあの日から、今日という日が来るのは決まっていたのかもしれない。
『舎弟じゃなく対等だ。俺は下につくつもりなんてない!! よく覚えとけ。俺とおまえは対等なんだ。おまえを倒して、それを証明してやる!』
この約束は無事果たされた。そして、今ここに新たな約束が結ばれる。
「子孫繁栄のみちを開き、終生変わらぬことをお誓いいたします。なにとぞ、いく久しく御守護くださいますようお願い申し上げます」
今度は神の前で、大勢の人々の前で結ぶ約束。
「新郎、川神凛」
「新婦、川神百代」
生涯続く、きみとぼくとの約束――。
ということで、完結です!!
遂に……遂にやり遂げました!!
長かった。本当に長かった。
なんかかなりさらっと終わった気がするけど気にしない。凛がほとんど喋ってないけど気にしない。清楚ちゃんに子供できてたけど気にしない。
拙いところも多く、読みにくいところも多かったでしょうが、これまで読んで下さった読者の皆様ありがとうございました!
そして、評価を下さった方々、感想を書き込んで下さった方々も本当にありがとうございました!!
とても嬉しかったです!
百代を見て、コイツのデレデレ書きたい&幸せな未来書きたいと思い、気づけばここまできていました。そして、大体は達成できたので満足いっています。
しかし、課題も山積みだなと思いました。
もし、次の作品を書くとしたら、その課題を意識しながら書けるよう精進します。
色々と残ったイベントなんですが、気が向いたときにでも書けたらいいなと思っています。
最後になりますが、凛と百代に感謝!
そして、個性豊かな真剣恋メンバーに感謝!!
真剣恋を生み出してくれたみなとそふと様に感謝!!!
真剣恋最高です!