真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『それぞれの成長と料理と刹那の攻防』

 凛が転入してから、数日経った金曜日。ファミリーは放課後、秘密基地――とある廃ビル(島津家所有)の警備を請け負う代わりに、部屋を利用している。ソファや本など快適に過ごせる空間になっている――に集まり、それぞれが自分の定位置でくつろいでいた。

 

「よーし、これで全員揃ったな! 今日の議題はこれだ。夏目凛をファミリーに迎えるか否か!!」

 

 全員が揃ったことを確認した翔一は、立ち上がってテンション高く一声放った。その言葉に、ダンベルをあげていた岳人が手をとめる。

 

「どうしたんだ、いきなり? 凛をファミリーに迎えたいだなんて。いやある程度は予想できたが」

 

「いやぁおもしろいじゃんアイツ。初日からあの騒ぎだし。それが収まらないうちに次は」

 

「ルー先生に手合わせを願い出たんだよね」

 

 翔一の言葉の続きを卓也が引き取った。岳人も思い出したようで、そのときのことを語りだす。

 

「初めての体育の時間に『質問があります。ルー先生と手合わせは願えないのでしょうか?』だもんな」

 

「みんなが、それ今言わないとだめかって顔してたよね」

 

 そのときの光景を思い浮かべて、男たちはクックと笑う。手合わせの件は、川神院の師範代という肩書きもあるため、一旦保留ということになった。

 卓也がソファでリラックスしていた百代に尋ねる。

 

「それで結局あれってどうなったの?」

 

「ルー師範代は、川神院の人間だからな。簡単に勝負するわけにもいかない。だから、川神院に合同稽古をしにきたとき、100人組み手を乗り切ったらという話になった」

 

「おお、川神院の修行僧たち相手に凛が大立ち回りをするのか」

 

 クリスは100人組み手と聞いて、殺陣のシーンを想像しテンションをあげる。百代は、そんな彼女に頷きを返すと、嬉しそうに喋りだした。

 

「じじいは、みなの競争意識にさらに刺激を加えるのが目的みたいだからな。凛はちょうど良いと思われたんだろ? むしろ私は望むところだ」

 

「でも、外部の人間だから、審査が通ってからってことになるのよね。あたしも凛と修行できるの楽しみだわ」

 

 空になったコップをテーブルに置くと、一子はふんすっと両手に力をこめた。彼女にジュースを注いだコップを手渡しながら由紀江と松風が会話に混ざる。それに気づいたクリスもそれを欲しがり、京が自分のものを分けてやっていた。

 

「夏目先輩って好戦的なところがあるんですね。勝負もたくさん受けておられますし」

 

「しかも今のところ、負けなしときたもんだ」

 

「確かに。でも今のところ、自分から申し込んだのは姉さんとルー先生だけだろ? あとは全部受ける側だったしな」

 

 由紀江の言葉に大和が同意する。そのことに百代は思うところがあるのか、ソファに体を沈みこませ天井を見上げた。

 

「そうなんだよなー。戦いたいって気持ちはあるみたいだが、誰とでも何が何でもって感じでもない。落ち着いてるっていうか、うまく自分をコントロールしてるみたいなんだよな」

 

「誰かさんも見習わないといけないところだぜ。戦闘狂な一面あるし」

 

「あ、今日はマユマユを可愛がろう。時間はたっぷりあるし、ねっちりと」

 

 百代は松風の一言をしっかり拾い、由紀江の横に座り足を撫で始めた。彼女は突然のことに顔を赤くしながら困惑する。そんな彼女に大和は賞賛を送った。

 

「まゆっちもほんと度胸あるな」

 

 話がグダグダになりかけたところで、翔一が声をあげ話題を戻す。

 

「おいおい。話がずれていってるぞ。それで、俺はアイツをファミリーに加えたいんだが、みんなはどうだ?」

 

「僕は構わないよ。凛は話しやすいし、結構アニメとかも見るらしくて話あうし」

 

 卓也はそれに同意を示し、トレーニングを再開していた岳人も賛成する。それに次々と賛同するメンバー。

 

「私も構わないぞ。付き合える時間が長いと、その分実力も計りやすいしな」

 

「あたしもいいわよ」

 

「自分も構わない」

 

「わ、私も大丈夫です。こんな私とも仲良くしてくださるので」

 

「オイラに対してもきっちり構ってくれるんよ。ええ子やで」

 

 そして、順番は回りまわって一番の関門である京にうつった。自然と、みなの目線が集中する。僅かな沈黙が流れたあと、彼女がゆっくり口を開いた。

 

「…………保留ということで。まだ出会って数日だし」

 

 しかし、返ってきた答えは少し予想外のものだった。メンバーがそれぞれ顔を見合わせる中、クリスが嬉しそうに話しかける。

 

「まさか京が凛の加入に反対しないとは。自分のときを考えれば、京も成長してるんだな」

 

「クリスはそうでもなさそうだね」

 

「なんだと!? これでも朝は一人で起きられるようになったんだぞ。ふふん、この話をするとマルさんはいっぱい褒めてくれたんだ」

 

 京の痛烈な返しに、自分も成長していると自慢するクリス。そんな彼女に京は軽く一息ついて、お菓子をとりだした。

 

「偉い偉い。そんなクリスに飴をあげる」

 

「そうだろう。自分にもご褒美をあげたいくらいだ」

 

 クリスの相手をする京に、翔一が再度確認する。

 

「京、反対ではないんだな? てっきり俺は反対されるものだと思ったぞ」

 

「そうだよね。僕も反対するんだと思った」

 

「いや俺様は、何気にモロが一発okだしたのにも驚いたぞ」

 

「少しずつ変わっていかないとダメだと思ってるって前にもいったでしょ。それに、ここが大切なのは今も変わってないよ。だから、凛だからいいんであって、それ以外だと話はまた別だよ!」

 

 岳人の言葉に、卓也がはっきりと理由を示す。そこに反応して10点棒を持つ少女が一人。

 

「モロの後ろの部分だけ聞くと、なにかこみ上げてくるものがあるね」

 

 その発言をうけて岳人が自分の予想を口にする。

 

「やっぱりあれか? 女装が影響を!?」

 

「いい加減そのネタから離れてよ。あと変な意味じゃないから!」

 

「んじゃあ、最後に軍師の意見を頼むぜ」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いでいた二人も翔一の言葉に静かになった。視線を集めた大和は、たっぷりと間をとってから自分の考えを伝える。

 

「そうだな。俺も一応保留だな。凛がどういう奴かは数日過ごしてわかってきたけど、深く付き合うなら、まだ知らないことも多いから」

 

「そうか。それじゃあ賛成7保留2で仮メンバーとして迎える。あとは成り行きをみてって感じだな。この話はこれまでだ」

 

 みなの意見も出揃ったところで翔一が総括する。その後は、みな思い思いに基地での時間を過ごした。

 一方、島津寮では男2人が台所に立っていた。そして、後ろのテーブルには、何品か出来上がった料理が並べられている。

 

「で、ここにこれを入れて、少し煮込みます。……こんな感じなんだけど、源さんどう?」

 

 凛は調味料に蓋をしながら、横に立つ忠勝に話しかけた。それを小皿で味見した忠勝が答える。リビングには他に誰もおらず、2人の声だけが響く。

 

「ほう。料理は基礎だけって言ってた割には、かなり凝ってるじゃねえか」

 

「源さんには遠く及ばないけどな」

 

「おまえもなかなかだ。これは参考にさせてもらうぜ」

 

 その鍋は弱火のまま煮込まれ、2人は次の料理にとりかかった。まな板からリズミカルな音がなり始める。凛は野菜の皮を剥きながら、褒め言葉にテンションをあげた。

 

「おおう採用された。それにしても源さんて夜いなかったよな。なんかやってる?」

 

「バイトだ。いろいろと金がいるからな」

 

「お金は大事だよな。俺も何かバイトしようかな。あっでも鍛錬あるしな」

 

 鍋の蓋を取り外し様子をみる凛に、忠勝が笑いながら提案する。料理という共通の趣味がある男友達ができ、彼は楽しそうであった。

 

「接客とかやりゃいいじゃねえか。おまえがやりゃその店繁盛するぞ」

 

「それじゃあ源さんも一緒に」

 

「お前さっきの話聞いてたか?」

 

 2人は賑やかに会話しながら、しかし手をとめることなく料理を完成させていく。その後、完成した料理は寮のメンバーに振舞われた。そのもてなしに、腹をすかせて帰ってきた彼らが、喜んだのは言うまでもない。

 そして、週末をはさんでまた学校が始まる。凛もすっかり慣れた様子で、いつものメンバーと登校していた。クリスは、金曜の夜に振舞われた料理の数々を一子に自慢する。

 

「――――という感じでうまかったぞ、犬。源殿はもちろん、凛の腕前も大したものだった。そのおかげで、おかわりを何度もしてしまった。あれを自制するのは難しい」

 

 クリスたちの会話に、由紀江、松風、翔一が加わる。

 

「そうですね。あの豚の角煮は、私も参考にさせて頂こうと思いました」

 

「あのときほど、喰えないことを恨めしく思ったことはないぜ。あの角煮を肴に大吟醸のみてぇ」

 

「あの料理はたしかにうまかったなぁ。料理ができる奴が増えてありがたいぜ。……思い出したら、また喰いたくなってきた! 源さん、凛、まゆっち! 今度はトリオで豪勢に作ってくれ」

 

「うわーーーん。タッチャン、凛、私もその料理食べたかったわぁ。呼んでくれたらよかったのにー」

 

 その話を聞いた一子が、涙目で凛と珍しく一緒に登校していた忠勝に泣きついた。少し困った様子で、彼は彼女の頭を撫でながら慰める。

 

「悪かったな一子。そんなに食べたがるとは思わなかった。今度また作ってやるから勘弁しろ。凛も頼めるか?」

 

「もちろん。だから、今はこれで我慢してくれ」

 

 忠勝の頼みを快く引き受ける凛は、鞄から飴玉を取り出し一子に与えた。その言葉を聞いた彼女は、満面の笑みを浮かべ飴を受け取る。

 

「約束よ。今から楽しみだわ。凛も飴玉ありがとう。がりょがりょ」

 

「あっ噛んじゃった」

 

「一子、飴なんだから舐めろ。すぐになくなっちまうぞ」

 

 そんな様子を眺めていた京が、大和の腕をとりながら話しかける。岳人と卓也は週明けの楽しみ――ジャソプに夢中だ。

 

「なんか保護者がまた一人増えたね。あなた」

 

「さすが我らのマスコットだ。クリスも負けていられないな」

 

「何を言ってるんだ大和? 自分はマスコットなどではないぞ。騎士クリスだ」

 

「クリスも飴舐めるか?」

 

 大和の言葉に凛々しく答えるクリスだが、凛から飴を差し出されると、笑顔で彼の元へ駆け寄っていった。

 

「くれるのか凛!? もちろん頂くぞ。コロコロ」

 

「こっちも世話やかれてるね」

 

 そして、一行はへんたい橋へさしかかった。そこは、今日もしっかり人だかりができている。しかし、今日の百代の相手は橋の上ではなく、その下の川原に陣取っていた。

 

「今日はまたゾロゾロと大勢の人がモモ先輩に群がってるなぁ」

 

 先頭を歩いていた翔一の言葉に、ファミリーも橋の下を覗き込む。いつもの光景に、クリスがため息をもらした。

 

「ただの不良たちのようだな。懲りない奴らだ」

 

「人がゴミの……じゃなくテトリスのように積みあがっていくな。あれは、人のしていい体の向きではないよな? あっまた逆に折り曲げられた」

 

 イリュージョンにかかったかのように、人体の構造を無視した形に変えられていく不良たち。縦に置いた長方形を模しているのか、だんだんと隙間なく上へ上へと積み上げられていく。一子は痛みを想像したのかプルプルと震えていた。

 

「あっちの人なんて、もう…………」

 

 百代が最後の一人まで積み上げると、周りから歓声があがる。その反応を見ながら凛は2つのことを思った。一つは胸のうちで、もう一つは大和に問う。

 ――――本当に日常と化しているんだな。あの不良たちは、このあとどうなるんだ?

 

「人気者なんだな、モモ先輩は」

 

「姉さんは男前な性格してるから、女の子からもモテるんだよ。あっでも、間違っても姉さんに向かってイケメンなんて言うな。地獄みることになるから」

 

 大和は姉の情報を凛に話したが、すぐに周りを気にして小声に切り替えた。そこに近づく人影が一つ。

 

「そんなモモ先輩とやりあった凛の感想を一言!」

 

 翔一が芸能リポーターばりに、丸めた教科書をマイクのようにして凛に向けた。彼もノリノリで咳払いをして喉を整えると、教科書に顔を近づける。それがファミリーの関心をひく。そして、彼は爽やかな笑顔を浮かべ話し出した。

 

「えー組み手してると、下着が見えそうでハラハラしました」

 

 ファミリーの男たちもノリよく、ずっこけてくれる。女性陣はため息をつく者、きょとんとする者様々だった。大和が呆れ顔で、しかし笑いながら物を言う。

 

「なんかあのときの戦いが今の台詞で台無しだ」

 

「凛はそんなこと考えながら戦ってたのか!? もっとあるだろー!」

 

「あれだけ動いといて見えなかったのか凛! 嘘言ってんじゃねえだろうな」

 

 翔一は熱い言葉を期待していたのか、不満たらたらの様子で、岳人は下着という単語に反応して凛に詰め寄った。

 凛は、そんな岳人をあしらいながら、教科書マイクに再度感想をのべる。

 

「冗談。すごくよかったよ。もっと深くまで知りたくなった」

 

 次の感想に一子は少し顔を赤らめ、大和は僅かに神妙な顔をする。

 

「凛の言い方……な、なんだかアダルトだわ」

 

「次は意味深な言葉だな」

 

「ほう、それはちょうどよかった。私もお前のことをもっと知りたかったところだ。どうだ? 今日の放課後、じっくり教えてやろうか?」

 

 ちょうど上に上がってきた百代にもその感想が聞こえたのか、凛の真正面に立ち、彼の頬を指でツツッとなぞりながら挑発する。それと同時に、周りから彼を呪う言葉が発せられ、数人の生徒は手のひらを彼に向け、何かを念じているようだった。

 いたずらっぽく笑う百代に、凛はあくまで平静を装いながら反撃する。

 

「ありがたいですけど、申し出を受け入れたら、今日学園に行ったまま帰ってこられそうにないですから、お断りします……」

 

「ッ!?」

 

 そう言い終えると凛は、百代の手首を一瞬掴み、すぐにパッと離す。周りの人間が見えたのはそれだけだった。しかし、やられた本人である彼女は、離されるやいなや手首を押さえながら、彼から距離をとる。その行動にみなは疑問を抱いた。

 

「どうしたのかしら、お姉様」

 

「さぁ思い切り強い力で握られたとか?」

 

「今の一瞬でか、なんかすげぇかっこいいやりとりだな」

 

「モモ先輩、ドキドキさせられたお返しです」

 

 ピースサインを揺らしながら、先に歩いていく凛が百代にそう告げる。

 ――――可愛い反応だ。動じなかったら、かなりの強敵だったな。

 場の人間が動き出したことで、それに続いて人の流れができていった。そんな中、大和は流れと逆方向にいる百代に近寄っていく。

 

「姉さん、何されたの?」

 

「手首にキスされた」

 

 百代は悔しそうに顔をゆがめる。大和は、姉が一瞬何を言ったのかわからなかった。

 

「へっ?」

 

「だから手首にキスされたから、びっくりしたんだ!」

 

 まるで証拠があると言わんばかりに、大和に勢いよく手首を見せる百代。当然、何かの跡があるわけではない。しかし彼は、そんな彼女を見ながら感心していた。

 

「命知らずな……よく殴らなかったね」

 

「私が反応見たかったからな。それに殴って、せっかくの相手がいなくなったら困る。くそぅこの鬱憤は組み手で晴らす! 行くぞ大和」

 

 さらに上手なやり方でやり返されたのが気に喰わなかったのか、百代はズンズンと大またで歩いていく。その速度はかなり速く、すぐにでもファミリーとのんびり歩いていた凛に追いつきそうだった。しかし、彼女は速度をおとすことなく、むしろそれを活かして腕を振りかぶる。

 スパンッ!

 とてもいい音が辺りに響いた。後ろから追いかけてきた大和がポツリとつぶやく。

 

「殴りはしないけど、叩きはするんだね」

 

 叩かれた頭を押さえながら、うずくまる凛に百代は耳元でそっと囁く。

 

「私の方が多く受け取ったみたいだから、おつりだ」

 

 その光景に満足したのか、百代は笑顔でファミリーの中へと混ざっていった。その後ゆっくりと立ち上がる凛だったが、足元が少しふらついている。

 

「ぐ、世界が揺らぐ。記憶なくしたらどうするんだ」

 

「揺らぐだけですんで、よかっただろ」

 

 凛は、大和に肩をかしてもらいながら、さすがに少しやりすぎたと反省する。結局、学園につくまでふらつきは治らず、ギリギリの登校になったのだった。


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