白崎香織と八重樫雫にとってお互いの存在は特別だった。
彼女達は代々受け継げられてきたリングに炎を灯すことが出来た数少ない存在であった。
リングに選ばれた者だけが炎を灯せる。そう言い伝えられてきたが、実際にそれが出来た人間はいなかった。
よくある言い伝えや御伽噺の類だと思われていたが、彼女達の代で遂にそれを成し得る者が現れた。
初めて家族からリングを見せられた時、幼い二人は何故かそれに秘められた力があると分かった。
迷いなく己の指にリングを通し、炎を灯してみせた。
同時にそれぞれがボンゴレリングの名と死ぬ気の炎の力を理解した。
ボンゴレファミリーの守護者の証。それぞれが担う役割と属性毎に異なる性質。
香織は構築の性質を持つ、藍色の霧の炎。
雫は鎮静の性質を持つ、青の雨の炎。
それを聞いて驚いたのが二人の家族。
二人の家族が受け継いできたのはあくまで言い伝えレベルのリングと炎の話だけ。
ボンゴレの名や死ぬ気の炎の性質など、初めてリングを見たはずの娘が口にするまで、知る由も無かった。
それどころか、親友である香織と雫がこの時の出来事を話し、互いにボンゴレファミリーの守護者であると認識するまで、リングと炎の言い伝えが全く同じ形で他の家にも存在するなど、思いもしなかった。
二人はその少年から目が離せなかった。
事の始まりは、小さな男の子と老婆が不良達に絡まれたこと。子供がぶつかった時に服を汚してしまい、因縁をつけられてしまったのだ。それに怯える姿を見ていられず、二人は力を使う事を決めた。
霧の幻術か雨の鎮静か、最悪実力行使も厭わないつもりであった。
結果としてそうなる事は無かった。二人より早く行動に移した少年がいたからだ。
その少年は男の子と老婆を庇う様に不良達の前に立ちはだかる。不良は気に入らなかったのか少年に手を伸ばすが、その手を掴み取り現金と思われる物を握り込ませ、何かを耳元で呟く。
直後に不良達は引き攣った笑みを浮かべ、逃げる様に立ち去っていく。
呆気に取られる男の子に、少年は幾つかのお菓子を手渡し、老婆の手を取る。
幾つかの言葉をかけられ落ち着いた老婆は、少年に御礼を言い男の子と共にその場を立ち去る。
周囲の者達もそれを機に立ち去っていく。後に残ったのは二人の少女と一人の少年。
少年、南雲ハジメの手に存在するのは大空のボンゴレリングと澄んだ燈の炎。
「良ければ少し話でも、どうかな?」
ボンゴレボスの資格を持つハジメの提案に、香織と雫は迷いなく頷いた。
場所を変え手頃な飲食店へ入った三人は改めて、リングの継承者であると名乗りあった。
ハジメの持つ大空のリングもやはり代々受け継げられてきたものだった。
初めて見るはずのリングに炎を灯し、家族にたいそう驚かれたようだ。
最も、両親の職業柄かその性格ゆえか、当の本人が呆れるほど舞い上がっていたらしい。
因みに、ハジメが不良達に囁いたのは親族に警察関係者がいるというハッタリ。
今なら此方に非があるが故の謝罪で済ませる。
そう言えば不良達は大人しく引き下がったらしい。
「そういえば、ハジメくんはどうしてあの不良の人達にお金なんて渡したの?」
香織が問いかけたそれは雫も疑問に思っていたことだ。
態々金銭を渡さなくとも、いくらでも方法はあっただろう。
その上で敢えてあの方法を選んだ理由が分からなかった。
「あのまま二人に任せていたら、どうやら物騒な結果になっていたみたいだから」
「決定事項みたいに言うのは、超直感で分かっていたってことね」
雫の言う通り、ハッキリ断言したのは超直感により確信していたからだ。
可愛らしい顔立ちの二人があの場に出ていれば、穏便に事が収まることは無かっただろう。
最も、それがなくともハジメの行動は変わらなかっただろう。
「喧嘩になって負けることは無かっただろうけど、それだとあの二人を怖がらせてしまうから」
だから、最も穏便に収められる方法を選んだのか。
これがボンゴレのボス。
力を持たない者を守る事を何よりも優先する在り方。
そのためなら彼は自分の財産をも容易く手放せる――
「それに、俺自身は何も損をしていないしね」
「え?」
「それってどういう事?」
そう言うハジメは、悪戯を成功させた子供のような表情をしていた。
「俺の大空の炎の性質は調和って知ってるでしょ?」
知ってはいるが、それがいったいどうしたというのか。
「同じ大きさに揃えた紙を、紙幣と一時的に調和させたんだ」
それを不良達に渡したのだという。ということはまさか。
「今頃は唯の紙に戻ってるんじゃないかな」
二人は呆気に取られ、言葉の意味を理解できると同時に笑いが込み上げてくる。
人畜無害そうな気配を纏いながら、こんな悪知恵が働くとは。
どうやら、唯優しいだけの人間では無かったようだが、不思議と嫌悪感はない。
これが自分達のボスであると、いつの間にか受け入れていた。
その日を境に三人で行動を共にする事が多くなった。
いつか残りのファミリーとも出会いたい。そんな事を思い浮かべながら。