フィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません

ないです。ないってば

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権利売ります

 空に向かって突き進むようにそびえ立つタワーマンション。その最上階でエヌ氏は豪奢なソファに深々と身を沈めてタブレットを操作していた。豪奢なのはソファだけではない。マホガニーの箪笥にペルシャの絨毯。部屋にあるものほぼ全てが金にあかした一流の品々である。そして、エヌ氏のタブレットに表示されている彼の預金残高は一般庶民が人生を幾度やり直せば貯められるかも定かではない莫大な額であった。

 

「どうじゃ、今日も金儲けはできたか」

 

 部屋に似つかわしくない古めかしい木像から怪しげな声が響く。

 

「はい、神様。今日も神様のおかげでたっぷり儲けられました」

「けっこうけっこう。その調子じゃ。儲けるのがわしの仕事じゃ。次の儲けの元手以外は好きに使うがよい」

「ありがとうございます」

 

 エヌ氏と木像との出会いは数年前に遡る。芸能人としてそこそこ知られていたエヌ氏は、地方ロケの空いた時間に辺りの森を散歩していた。

 

「ああ、もっとでっかく儲けられないものかなあ」

 

口から出たのは偽らざる本音。何も芸能界は水物だから稼げるうちに稼ぎたいなどという殊勝なものではない。エヌ氏は既にかなりの貯えを有していた。ただ単に、それではまだまだ足りない、もっともっと金を手にしてもっと贅沢をしたい。それも、可能ならば苦労せずに。それだけのことであった。

 

「お前、儲けたいのか。わしが力を貸してやってもよいぞ」

 

 自分しかいないと思っていたエヌ氏は突然聞こえて来た声に慌ててきょろきょろと見回すも人影はない。

 

「ここじゃ、草むらの中」

 

 エヌ氏が声に導かれて草むらを覗くと、にやにやと笑みを浮かべた木像が横たわっていた。

 

「なんですか、あなたは」

「わしはいわゆる福の神、それも金儲けの神であるぞ」

 

 にやけた表情はお世辞にも神々しさを全く感じさせなかったが、それでも声が木像から出ているのは事実で、思わずエヌ氏は木像を拾い上げた。

 

「それで、どうしたら儲けさせてくれるのです」

「なあに、わしが儲けるための案を出すからお前がそれを実行するだけでよい」

「それだけで本当にいいんですか」

「それだけじゃ」

 

 あまりに虫のいい話でエヌ氏は疑問を抱く。彼の脳裏にはかつて読んだ小説の内容が浮かんでいた。福の神に運命を預けた結果昼も夜もなく働きづめになって確かに資産は増えたものの……という内容だ。

 

「いや、お前の考えているようなことではないぞ。わしは画期的な金儲けの方法を思いついたのじゃ。じゃが、これには一定以上の知名度を持つ人物でないと実現ができぬ。この辺りには田舎者しかおらんからそうそうわしの眼鏡に叶う者はおらんかったのじゃ。そこにお前が通りかかった。わしの力でお前の本音を引き出したのだ」

「なるほど、お見それしました。それではお任せします」

「よろしい、では、まずじゃな……」

 

 金儲けの神を名乗る木像を拾って帰ったエヌ氏は、インターネットで一つのコミュニティを作った。エヌ氏をトップにしたグループで、有料の会員を募り、エヌ氏とインターネット上で喋ったり芸能界の裏話を聞けるというものだ。エヌ氏にはファンがそれなりについていたので会員はそこそこ集まった。

 

「おっしゃる通りに作りました。ですが、いくら月額とは言えこの程度では小遣い稼ぎ程度ですよ」

「コミュニティはきっかけじゃ。これからが本番よ」

 

 神様のアドバイスを受け、エヌ氏は様々なイベントを主催した。個展を開いたり、ファンからお金を集めて空き地にオブジェを建てたり、方向性は色々だった。だが、ただ開くだけではなくそれに付随する様々なことを「権利」として売り出したのだ。『エヌ氏の個展を手伝える権利 1万円』 『オブジェの建設に立ち会える権利 5万円』 と言った具合だ。熱心なファンが購入してエヌ氏と直接出会えるわけでもないのに、手伝いをしてお金を貰うどころか支払い彼の銀行口座を潤した。

 並行してエヌ氏は様々な意見をネットやマスコミに向けて表明した。その大部分は世間の人々の常識とはかけ離れたもので、当然のように批判を浴びることとなった。だが、彼のコミュニティのメンバーにとってはそれは逆の作用をもたらした。

 

「エヌ氏の言うことを理解できない世間がおかしいのだ。私たちこそが真実に近しい。やはりエヌ氏はすごい」

 

 こうしてコミュニティの結束は高まっていった。エヌ氏は本を作り、映画を作り、様々な権利をコミュニティに売り出した。それは何も言わずとも飛ぶように売れて行った。そしてエヌ氏はついに形のないものまで売り出し始めた。

 

『エヌ氏があなたを意識する権利』

 

 この権利を買った者の名前をエヌ氏が意識してくれる。ただそれだけのことである。コミュニティの外側の人間にとっては失笑ものの話であったが、熱心なエヌ氏のファン数百人に瞬く間に売れて彼の口座に金が振り込まれた。

 

「いやはや、流石は神様。よもやこんな馬鹿なことに金を払う奴らがいるとは思ってもみませんでした」

「わしは金儲けの神だからな。もっともっと稼がせてやるぞ」

 

 そして、エヌ氏自身もコミュニティの外側の者同様であった。ファンは彼の口座を潤すためだけの存在にすぎず、権利を求めるあまり破産したメンバーが居ると小耳に挟んでもそれは彼の知ったことではなかった。タブレットの中で増えて行く預金額を見てほくそ笑む。そんなエヌ氏の脳裏に文字の羅列が浮かんだ。誰かの名前だ。エヌ氏にはそれに覚えがあった。『エヌ氏があなたを意識する権利』を真っ先に買った熱心なファンの名前だった。

 

「流石にあれだけ儲けさせてくれたら少しは覚えてやらないと気の毒だな」

 

 ひとりごちてシャンパンを傾けたエヌ氏の脳裏にまた別の名前が浮かぶ。ひとつ、またひとつと。名前は浮かび続けて消えることがない。たちまちエヌ氏の頭の中は名前で埋め尽くされた。そう、それは全て『エヌ氏があなたを意識する権利』を買った者の名前であった。数百人分の名前が終わりなくぐるぐると浮かび続ける。エヌ氏のタブレットに権利の追加購入を知らせるメールが届く。また、名前が一つ脳裏に追加される。耐えきれずエヌ氏は頭を抱えソファーから転げ落ちるが、贅を凝らした絨毯に音は吸われ誰にも気づかれることはなかった。

 

「そうだ、次は『エヌ氏が毎朝起きたらあなたの名前を呼ぶ権利』なんてどうだ。オークション形式にすれば盛り上がるぞ。他の神々はわしのやり方を神がやることではないと言いよるが知ったことか。さあ、もっともっと稼がせてやるからな」

 

 金儲けの神様はのたうち回るエヌ氏を意に介さずいつものにたにた笑いを浮かべ――――

 


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