突如現れた人類の敵「ヒュージ」
それに対抗するための力を持った少女たち「リリィ」
この世界多大な影響を与える彼女らの戦いや境遇は、時折劇的なものとして脚光を浴びることがある。

だが、そのようなものは一部に過ぎない。
多くの人が、リリィが、戦いの中で一つの物語を持つことになる。

世間には見られることはない。しかし、確かにそこにあったもの。
GEHENAも特別な力も境遇もない。普通のリリィの悩みと戦いの物語。


注意

この作品は、作者の思う「アサルトリリィ」観を多分に含んだ一話完結の作品となります。
それでもよいという方はぜひ読んでください。

誤字脱字の報告・感想などお待ちしております。






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名もなきリリィと撤退戦

「あぁ、ここにいたんですね、先輩」

 

肩にCHARMを掛けた短髪の少女が、ベンチに座る黒髪の少女に話しかける。座っていた少女は声の主のほうへ向いて

 

「ええ、ここにいれば、きっと、貴女が来ると思っていたから」

 

と言って、CHARMをどかしてベンチの左側を空けた。声をかけた少女は「どうも~」と言いながらそこに座った。

 

「いやぁ、お互い生きてるもんですねぇ。私の方面はまだよかった方ですけど、先輩のほうはラージ級が5体出たって聞いたもんですから、さすがの先輩でもやばいんじゃないかって心配してたんですよ」。

 

「ええ、自分でも生きてるのが不思議なくらいだわ。即席レギオン二つの半壊を引き換えに二体を討伐、三体を撤退させた。正直、次は持たないでしょうね」

 

「……本当によく生きて帰ってこれましたね……。こっちはラージ級は出なかったんですけど、スモール級とミドル級がわらわら湧いてきて、マディックと軍人さんが結構やられちゃいました」

 

並んで座る二人の前後をどたばたと人が移動する。

 

けがをした人が担架で運ぶ人。物資が入った台車を押す人。怒鳴り声をあげて話している人。

 

そして、号泣や嗚咽を漏らす人。

 

人が動いて風が起こり、その匂いを運んでくる。汗の匂い。消毒液の匂い。火薬の匂い。血の匂い。

 

昨日までは単なる山の公園だったのこの場所は、いまや最終防衛線の司令部兼野戦病院として、元は地域住民の和みの場所だったとは考えられないような状態になっていた。

 

「……私、街にいたときからこの場所が好きだったの。特になにかあるわけではないけれど、季節に合わせて景色が変わる山や、夕日で真っ赤に染まる街が一望できた。ガーデンに入った後も、辛いときや悩んだ時にここまで歩いてきて、変わらない景色を見ると安心できた」

 

黒髪の少女の視線の先には街が広がっていた。つい昨日までは、ビルが建ち、学校があり、公園ではしゃぐ子供がいる、いたって普通の街だった。しかし、今はそのビルは崩れ、いたるところで火災が起き、オレンジと黒に染まる街となってしまっていた。

 

「知ってますよ。私だって、ここはお気に入りの場所です。先輩と初めて会ったのだってここじゃないですか」

 

「そうね……中等部の時、足をけがをしていた貴女を助けて4年もたったのよね。私がガーデンに所属していると言ったときに『後で必ず追いかけます』なんて冗談だと思っていたけれど」

 

「そりゃ、先輩への愛ですよ。あの時助けてくれた先輩に会うために、明るさだけが取り柄の頭すっからかんの私が受験勉強を必死にやって、でも本番では滑って、ダメもとで受けたスキラ―計測で数値が50超えてて合格したんですから、これは愛の力としか言えませんよ!」

 

先輩への愛が数値に出ましたね、と短髪の少女が笑う。黒髪の少女は「そんなことはないってば……」と少しあきれたような顔で相槌を打つ。

 

「まぁ結局、レギオンは指名制だったから、先輩とレギオンを組んで愛を育むことはできなかったんですけどね……」

 

「いや、レギオンが組めても育まないから。しかも貴女は、上級生の寮に押しかけてきては、私の部屋に入り浸ったり、ほかの上級生と一緒に訓練したりとやりたい放題していたじゃない。しかも、私の周りは『お姉様』呼びで、私だけは『先輩』呼びだし」

 

「それは、先輩は『先輩』の呼び方が一番しっくりしているからです。でも、先輩が望むなら『お姉様』とお呼びしますよ。もしかして、そっちの方がいいんですか?」

 

「呼び方はもう『先輩』でいいわよ。むしろ、今から『お姉様』なんて呼ばれたら、こそばゆくなっちゃうわ」

 

「……でしょうね。私も感覚狂うと思います。あと、したい放題って言っても、先輩への愛はまだまだ足りませんよ。私はもっと先輩と愛を深めたいんです。なので、先輩にはぜひとも留年してもらって、来年はルームメイトになってもらいた――」

 

「留年はしないし、愛を深めたりもしないってば……。本当に、貴女は変わらないのね……」

 

黒髪の少女は完全にあきれてため息をつき、短髪の少女はケラケラと笑う。その二人の前を、布で覆い隠された「何か」が乗った担架が通り過ぎた。

 

「先輩、この戦い、勝てると思いますか?」

 

先ほどの笑みとはうってかわって、低いトーンで短髪の少女が聞く。黒髪の少女は、少し考えてから答えた。

 

「一から状況を整理しましょう。最初の戦いのとき、私達のガーデンの戦力は7のレギオンと120人ほどのマディック、後方には陸軍の大隊規模の戦力があった。それに対して、現れたヒュージで明確にわかっているのは、6体のギガント級と40体を超えるラージ級がいたこと。ミドル級とスモール級は計測不可能だったわ。」

 

短髪の少女がうんうんと頷く。その反応を見てから、黒髪の少女は話を続けた。

 

「それだけでなく、後方の街のほうにもヒュージが現れたわ。そのため、私達は戦力を分散しなければいけなくなった。深夜の急襲だったから、軍とマディック必死に避難誘導を行ったけれど、人々の避難は遅れたわ。その中で、街に派遣されたリリィは慣れない市街戦を余儀なくされた。その結果、5つのレギオンが、数十人のリリィが死亡もしくはMIAとなり、私達はガーデンを放棄して防衛線を下げざるを得なくなった。マディックや軍はさらに被害がでていたわ」

 

「さらに、援軍を要請した近隣のガーデン付近にもヒュージが現れたため援軍に出せる戦力が少ない状態になった。また、夜間であるため、ヒュージの見えない状況で輸送機を飛ばすことは自殺行為に等しいわ。4つのガーデンは援軍を出せるのは夜明けしかなかった。」

 

「その結果、私たちだけでヒュージの進行を止めるため、何度もレギオンを編成しなおして戦った。そして、夜明けとともに出された援軍は、みな道中でヒュージに襲撃されて、ここへたどり着く前に撤退を余儀なくされた。」

 

「そして今、十分に戦えるリリィは私と貴女を含めて11人。陸軍、マディックともに戦える人はたして20人いるかいないかよ。この状況で、ヒュージを殲滅することを『勝ち』と言うなら、それは不可能だと言えるわね」

 

一気に話した黒髪の少女は「ふぅ」と息をつく。短髪の少女は、少し考えこむ仕草をして、黒髪の少女に質問した。

 

「先輩は、次の戦闘……生きて……帰れると思いますか?」

 

今度は黒髪の少女が考え込み、少しして答えた。

 

「五体満足で生きて帰るのは、難しいと思ってる。最初の戦いで倒せなったギガント級が5体にさっき倒せなかったラージ級。それに加えてミドル級とスモール級の相手を11人でするというのは、平常時なら正気を疑われるでしょうね」

 

「じゃあ、先輩は……逃げようとは……思わないんですか?」

 

短髪の少女が声を震わせながら話す。目に少しだけ涙が浮いていた。

 

「私は、怖くて仕方ないんです。最初の出撃の後は大丈夫だったんです。でも、その後で……死亡者のリストにルームメイトが載ってて……。その時、偶然その遺体が運び込まれてきて、血とか煙のすすが付いていたけど、顔ははっきりとしていて……なのに……お腹より下が……無くって……。昨日まで、テスト勉強の予定を立てようって……話してたのに……」

 

「周りには、黒焦げになった遺体とか、顔も何も変わらない状態になってるものもあって、私だって、覚悟はしていたつもりだったんです……。一年生の時、レギオンの一人が亡くなった経験だってあるんです。でも、あの時は……あの時は、遺体もしっかりと残っていて、ちゃんと火葬をして、お墓まで建てることができたんです。なのに……今回は、もう誰かもわからなくて、クラスメイトも……レギオンのお姉様方や後輩のみんなも……。誰のかわからない遺体として運ばれていく中に、私が誕生日に送った腕時計が巻いてある腕が見えて……でも、その腕しか……残って……無くって……」

 

短髪の少女が嗚咽をこらえて話す。黒髪の少女は、目を閉じて静かに聞き続けた。

 

「その子は引っ込み思案で、CHARMも十分に扱えなくて……、でも……優しくて、写真が好きで……、いつか、世界遺産って呼ばれていた場所に行ってみるんだって夢があって……。なのに、あんな……あんな風に死ぬなんて……あんなの……ヒトの死に方じゃないッ!」

 

短髪の少女が金切り声を上げる。しかし、すぐに周囲の音にかき消される。

 

「怖いんです……あんな風に自分が死ぬかもしれないのが。リリィになるとき、世のため人のために、命を投げ出す覚悟があるか問われた時……、私は、ちゃんとその覚悟があると……誓いを立てたはずなんです。なのに……今になってそれが怖くて仕方ないんです。私は……あんな風に死にたくない……」

 

ごめんなさい、と短髪の少女が呟く。明るさが取り柄と言っていた人間と同じとは思えないほど、憔悴した表情だった。

 

「私は、逃げるつもりはないわ。もし、あなたがこの戦いから身を引くというのなら、なおさらね」

 

黒髪の少女が立ちあがって答えた。「えっ?」と短髪の少女が驚きの声を漏らす。

 

「『戦うことが、死ぬことが怖いか?』と聞かれたら、怖いと答えるわ。でも、自分が死ぬことより、自分の大切な人がいなくなってしまう方がよっぽど怖い」

 

「私の故郷は、ヒュージの襲撃によって壊滅して、今は廃墟となった。私の両親は、ヒュージの攻撃で崩れた建物から私を逃がすために逃げ遅れて、建物に潰されて死んだわ。瓦礫と炎の中で、泣きながらヒュージへの復讐を誓った。そして、もう二度と大切な人を失わない、失わせないためにリリィとなった」

 

「もし、貴女が逃げたいと言うなら私は止めないわ。誰かが止めようとするなら、私がその誰かをぶん殴ってでも、貴女を逃がす。だって、私は貴女に生きていてほしいもの。ただ、逃げる限りは必ず生き残って。それだけは、最低条件ね」

 

そう言って短髪の少女に笑いかける。

 

「……先輩、ずるいですよ……」と短髪の少女が呟く。

 

「そんなことを言われたら、逃げられないに……決まってるじゃないですか……。先輩を置いて逃げたって……意味……ないですよ……」

 

「そうかもしれないわ。できることなら、次の戦いで背中を預けるのに、貴女がいてほしいって思ってる。敵が出てきたとき、その規模に心が折れそうになっても、貴女がいてくれたら、戦える気がする。この状況になって初めて、貴女がいてくれることがどれほど私を支えてくれていたかを実感したわ」

 

「……先輩は……私がいたら、うれしいですか?」

 

「ええ、間違いなく」

 

「そうですか……」と短髪の少女は小さくつぶやき、黒髪の少女の言葉を反芻したあと、自分の頬をパン、と一度叩くと、拳を握って立ち上がった。

 

「先輩、私、戦います!先輩と一緒に戦って、生き延びます!」

 

先ほどの憔悴した様子などなかったかのような声で叫ぶ。黒髪の少女は少し戸惑った様子で短髪の少女に問う。

 

「……私が言うのもあれだけど、本当にいいの?命の補償なんてどこにもない、玉砕必死の戦いになるわよ?」

 

「いいえ、絶対、生きて帰りますから。だって、先輩と私が組むんですよ。無敵に決まってるじゃないですか。それに、亡くなったくなった仲間を、せめて見つけられた人たちだけでも、ちゃんと弔ってあげたいんです。だから、ここの撤収が済むまでは、絶対にここを死守します。それができたら、私の中では勝ちみたいなもんです」

 

最初に聞いた「この戦いに勝てるか?」という質問。自らの答えを出すことができたからか、短髪の少女の表情は先ほどより軽そうに見えた。その様子をみて、黒髪の少女も安心したような表情を浮かべる。

 

「ああ、先輩。もし、この戦いが終わって、二人とも無事だったならお願いがあるんで――」

 

「いいわ、なんでもしてあげる。約束する」

 

短髪の少女が言い切る前に、黒髪の少女が言い切って小指をだして指切りの用意をした。

短髪のの少女は喜びを口にしようとして、一つのことに気が付いた。先輩は死ぬのは怖い(・・・・・・)と言っているが、死ぬ気がない(・・・・・・)とも言っていないのだ。もし、私の身に何かがあれば、私を逃がすためにその命を使うかもしれない

 

「先輩、私、絶対に死にませんから。そして、先輩も死なせませんから。私の全力を尽くして、先輩のことを守りますから。だから、約束です。二人で生きて帰ってくる。そして、必ずここへ帰ってきましょう、みんなを迎えに」

 

そういって、短髪の少女が小指を出し、指を絡める。数秒結んで「指切った」の声で離した。

 

二人でにこりと笑う。夕焼けのように燃える街と日の出の明かりに挟まれて、生者の誓いが立てられた。

 

数秒後、けたたましいサイレンの音と共に、敵襲の連絡が流れた。

 

「司令部より各員へ、南東に大型のヒュージ反応を観測、数は8、ラージ級と思われる!そのほか小さな反応も検出された。戦闘可能な者はこれの迎撃に当たれ!繰り返す、戦闘可能な者は迎撃に当たれ!なお現在、街の避難は最終局面を迎えている。30分、この防衛線を超えさせるな!それ以後は各自の判断でここに帰投せよ!帰投した者から逐次脱出させる。我々司令部は、迎撃に出た者が皆帰ってくるまでここに残って戦う!だから、必ず、生きて帰ってこい!必ず、必ずだ!」

 

短髪の少女が、放送の音の出どころである司令部のほうに目を向ける。司令部と呼ばれているものの、本来は山の展望台であるところから軍の偉い人が声を震わせて叫ぶ様子が見えた。

 

血と泥と油で汚れた軍服で、仲間を失った悲しみを押し殺して、必死に。

 

 

悲鳴と怒号を引き連れながら、人があわただしく動き出した。最後の血戦の準備が始まったのだ。

 

「……30分ですって、先輩。訓練1コマより短いですし、余裕ですね」

 

短髪の少女がCHARMを起動し持ち上げて言う。余裕という言葉とは裏腹に、CHARMを持っていない方の手が震えていた。

 

その様子を見て、黒髪の少女がCHARMを持たないその手を握る。

 

「行きましょう。そして、帰ってきましょう。二人で必ず」

 

短髪の少女が「……はい」と言って強く握り返す。

 

そのまま二人はヒュージの現れた方向へと歩き出し、徐々にその速度を速めていく。

 

そして、二人の戦乙女が、最後の戦場へと飛び立った。

 

 


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