お気を付け下さい。
それから数十分後、タカミチが相反し合う「気」と「魔力」を融合させ身の内と外に纏い、強大な力を得る高難度技法である『咸卦法』で羽交い絞めにすることで、漸くエヴァンジェリンの暴走が鎮静した。
「いやぁ、ゴメンね水原くん。アスナくんが迷惑を掛けたみたいだ」
「構いませんよ。彼女も初日で疲れてたんでしょう」
皐月はタカミチに、自分が頭を撫でた為にアスナが絶叫して気絶した事を伏せ、初めから疲れて寝ていたことにした。
それほどキモがられたショックもあるが、もし自分が原因で明日菜が気絶したとタカミチが知ればどうなることか。
皐月は世界でデスメガネの洗礼を初めて受けた男にはなりたくなかったのだ。
勿論タカミチは明日菜の傷を聞いていたが、その内容を聞いて微笑んだのは言うまでもない。
「これからも、アスナくんの友達でいてくれないかい?」
「俺なんかで良いのなら」
更に幾つか、タカミチは皐月に明日菜の学校初日の様子を聞いて満足したのか、明日菜を抱えてエヴァンジェリン邸を出た。
「――――で、貴様は何故まだ此処にいる?」
「いや、まだ自己紹介してなかったなぁと思って」
エヴァンジェリンは未だ剣呑な視線を皐月に向け続けていた。
600年を生きる自分が、出会い頭で小一にフルボッコされたのだ、そんな視線も向けたくもなる。
「でも、普通に呼んでも面倒臭がって無視したんじゃねェの?」
「ぐぬッ……ていうか何で私には敬語じゃないんだ……?」
図星だったようだ。
そしてエヴァンジェリンの疑問を、皐月は華麗にスルーした。
「それに――――丁度良かったのかもしれないしな。もしその場面に俺が居合わせて、知ったかぶって足手まといになるのは御免被る」
「……どういう意味だ?」
初めは、皐月にエヴァンジェリンと関わる気など無かった。自ら危険に突っ込み、死亡フラグをおっ建てる様な真似はしたくなかったからだ。
しかし、こうして皐月がエヴァンジェリンと会うことになったのは、良い区切りだったのかもしれない
異端は異端を引き寄せる。
何処かの魔術師の言は本当だな、と、溜め息を吐きそうになるのを堪えながら、なけなしの覚悟を決める。
つまり、一歩を踏み出す覚悟を。
冷たい、先程とは違う雰囲気を纏ったエヴァンジェリンの視線が、皐月を貫く。
「私を呼び出した口上もそうだが……貴様は私と奴の関係を知っているな? その事を知る人間は少ない筈だが」
「知ってる事を知ってるだけの七歳児だよ。俺は」
『奴』。その言葉がナギ・スプリングフィールドを指す事を、皐月には問うまでもなかった。
――――さぁ、ここからが本番。
「俺が何者なのか。何故此処に居るのか。それを一番知りたいのは俺なんだがなぁ。
――――――そんな怪しい事極まりない餓鬼が、悪い魔法使いにお話したい事がある」
そして善とは違い、悪を自称するエヴァンジェリンに何かを求めるには、それ相応の対価が必要だ。
その切り札を皐月は持っている。これ以上ない程の武器を持っている。
「……聞こうか」
そんな皐月を見て、小さな吸血鬼は唇の端を釣り上げた。
第二話 交渉と対価
意識を失ったアスナは、真っ暗な空間で映画の様に自身の封じられている記憶を取り戻していた。
魔法世界最古の王国。特殊な魔力を持つその王族の中でも、更に異端な力を生まれ持った姫御子。
アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。
それが神楽坂明日菜の本当の名。
生まれ持った力は、『完全魔法無力化能力』。
魔法の溢れる世界に於いて、その魔法を無力化する力はあまりに強力無比だ。
更に王国の言い伝えによれば、その力を持った者は魔法世界の鍵である。
下卑た話だが、政治においてこれ以上の利用価値は他に存在しない。彼女を祭り上げれば国の政は一切合財が思いのままだ。
そして王国の重鎮達は――――しかし彼女を政治ではなく、軍事に利用価値を求めた。
幼い頃に薬で肉体と精神の成長を止め、鎖で縛り幽閉したのだ。
そして必要な時に、大呪文をその身で防ぐ為の最終兵器として。
そうして100年の時が流れ、先の大分烈戦争で彼女は最終的に紅き翼に救出される。
しかし数年前、再び紅き翼は戦いを強いられ、その果てに彼等はアスナを魔法から遠ざける為に、その記憶を封印した。
しかし考えてみてほしい。
魔法無効化能力の理論としては、アスナが拒絶、または害悪と判断される魔法が無力化されているという。
恐らく彼女は彼等、紅き翼を信用し、その魔法を受け入れたのだろう。
しかし、皐月との会話で、記憶を失う事にアスナは拒絶感を示してしまった。
勿論本来はその程度で封印が
悉く封印術式を無力化する様な言動を、無意識でとってしまった皐月も皐月なのだが。
しかしこうして、本来正史より七年近く早くに記憶を取り戻す結果になったのは、やはり異分子たる皐月の存在故だろう。
そしてアスナは、揺れるまどろみから目覚め、自分が背負われている事に気が付いた。
「タカミチ……?」
「おや? 起きちゃったか。学校初日お疲れ様」
「タカミチ……」
やはり優しい。タカミチや、彼等紅き翼は。
しかし、もう守られるだけは御免だ。
自分の身は自分で護らなければ、折角手伝うと言ってくれた彼に応えるためにも。
「……タカミチ、お願いがある」
「アスナくんが、僕にかい? 珍しいね。良いよ、僕に出来ることなら何でも言ってくれ」
「――――私に、友達の作り方を教えて」
先ずは、私に大事な事を教えてくれた彼と友達になろう。
◆◆◆
「話と言うのは、俺を鍛えて欲しいというモノですよ、
「鍛える、だと?」
敬語で話す俺に、キョトンと、エヴァンジェリンの顔が拍子抜けと表現していたのを見て、思わず苦笑が漏れる。
「いや、ですから――」
「やはり敬語は止めろ。思った以上に違和感感じる」
「……ぶっちゃけ、俺の身近には厄介事を引き寄せる事情の人間が複数いてなぁ。俺が何も知らない一般人なら良かったんだが……生憎、知識だけはあるんだよ」
「つまり、巻き込まれる可能性があるから、自衛の手段が欲しいと?」
「理想論は一切合切守れたら良いんだが……彼女達を、俺如きに護りきれるなんて言えなくてね。ただの小坊には辛い命題ですわ」
木乃香もだが、特に明日菜は不味い。
魔法世界最強クラスの幼女誘拐組織が確実に付いて回る。
一般ピーポーの俺が、チートオリ主みたいに俺TUEEEEEEEE出来るわきゃない。
今の俺じゃ、フェイトとかに指一本動かせずに殺られる自信がある。
だれかー、オラにチートを分けてけれー。
「しかし納得がいかんな。だったら何故私だ? 師というならジジイやタカミチ、他の魔法教師にでも習えば良いだろう」
「600年蓄えた知識と経験。ジャック・ラカンやナギ・スプリングフィールドと同等以上の力量を持つアンタを超える存在が、この学園には居るか?」
「……ほぅ」
あ、でも釣られそう。
俺が誉めたら明らかに機嫌良くなったし。やっぱチョレェ。
でも実際ナギとエヴァンジェリンが殺す気で戦ったら、ナギに勝ち目はあったのだろうか?
真祖の不死性にレパートリーの多い魔法や百年鍛えた合気柔術。
『
「だが、私ほど公的に悪とされてる魔法使いも居ないだろう?」
「アンタがやった罪状って、精々過剰防衛か魔具の略奪ぐらいだろ。ここまでの悪の象徴になったのは、メガロの元老院に『正義の味方』に対する悪として象徴化されたからじゃねェのか? 六世紀以上前の価値観を現代に持ち込んでくれて」
「……私は人間じゃないぞ」
「後頭部がエイリアンなジジイと金髪ロリ。変態という名の紳士じゃなくても後者選ぶわ。というかそもそも魔法使いが異端云々語られてもなァ」
確かエヴァンジェリンって原作では過剰防衛による殺ししかしていない筈だ。
600年前の魔女狩りやら異端狩りや人種差別が極まりない時代の印象が、現代まで引き摺られている可能性がある。
人は異端を疎み恐れるっつうが、魔法使いなんて異端極まる連中が吸血鬼ぐらい恐れんなやと言いたい。
ま、どうしようもなく“知らない”んだろう、お互いが。
「貴様のその情報源が気になりもするが……物好きな奴だな。
しかしだ、私は貴様を弟子にするメリットが無い。知っているだろう? 悪い魔法使いに頼み事をするのには、それ相応の対価が必要だ。貴様に私が満足する見返りが用意出来るか?」
「言っただろう、俺は物知りなだけの餓鬼だと。俺が用意できる対価なんて、一つしかない」
「ほう?」
そう、エヴァンジェリンとってこれ以上無いほどの物が、俺にはある。
「俺が提示できる対価は―――――――ナギ・スプリングフィールドの生存と現在位置の情報だ」
◆◆◆
皐月のその言葉を聴いて、エヴァンジェリンの顔が驚愕に染まった。
「なッ……あ……!?」
「見返りとしては十二分の情報だと思うが?」
エヴァンジェリンはナギ・スプリングフィールドに惚れている。
故にエヴァンジェリンはナギを求め、我が物とするために挑み、そして登校地獄の呪いを極めて適当に掛けられたのだ。
これは原作でも大きなイベントであり、コレが無ければ原作主人公のネギが作中に最強クラスの力を手にすることは、決して無かっただろう。
「ば、バカを言うなッ! 奴は二年前に――――」
「二年前に死亡が公式発表された? 誰も遺体を見ていない上、墓すら誰も知らないというのに?」
「ぐッ……」
漸く絞り出したエヴァンジェリンの、ナギの生存を否定する言葉は、皐月の言葉で容易に返された。
「逆に聞く。あの生きるバグと言われるジャック・ラカン相手に一歩も退かなかった男が、どうやって死んだ? 誰が殺せた?」
ナギ・スプリングフィールドの力は、魔法世界全土を巻き込んだ大戦争――――大分烈戦争が証明している。
『
戦争の裏に潜む思惑に気付き、打ち倒して見せた
エヴァンジェリン自身と同じ最強種である龍樹を殴り飛ばせるほどの、原作でエヴァンジェリンの分体が世界のバグと呼んでいた千の刃、ジャック・ラカンと殴り合いが出来る存在。
そんな男を一体誰が殺せたか、エヴァンジェリンは答えられなかった。
「……だったら、貴様は知っているのか? ナギが何処に居るのかを!!」
「あぁ。だけどそれは俺を鍛えてくれるのと引き換えにだ。それと、この情報源も聞かないでくれ」
「何でも良い! 早く教えろ!!」
「あ、ギアススクロールとか俺持ってないんだけど」
「えぇい、私を舐めるな! そんなことせずとも鍛えてやるッ!!」
「まぁ、別にこれ以上引っ張る必要ないか……」
息を切らしながら皐月を睨み付けたエヴァンジェリンに、軽く嘆息しながらも立ち上がり、森の近くに建てられたエヴァンジェリン邸の窓からでも見える大樹を指差しながら告げた。
「英雄サマ、あの世界樹の下で封印されているよ」
「はっ……? いや、封印とはどういうことだ!?」
しかしその答えにエヴァンジェリンは納得しなかった。
エヴァンジェリンにしてみれば、ナギは封印した側の人間であって、逆にされるような状況が思い付かないのだ。
「……これは関係のある話だが……大分烈戦争の黒幕を、アンタは知っているか?」
「……い、いや」
「帝国と連合の上層部の中枢に入り込んでいたその黒幕の名は、『
その儀式に必要だった存在こそ、黄昏の姫御子。
魔法世界の鍵であるアスナだ。
「それを止めたのがナギ達……と、いうことか。『
「実にニートやヒッキーの心情を理解してやがる。ま、リア充には効き目薄そうだが。
まぁ、その親玉はナギ・スプリングフィールドが潰せたが、儀式は発動。その戦いの場所になった国の女王は自身と自身の国の物理的な崩壊と引き換えに世界を護った」
「……自身、だと?」
「あぁ、その後その女王は連合の老害どもに戦争の元凶にさせられたよ」
「……まさかその女王とは、『災厄の魔女』か!?」
「
その女王の名は、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。
当時の彼女を知っているオスティアの難民達以外には、「災厄の女王」「災厄の魔女」「自らの国と民を滅ぼした魔女」などと呼ばれ、魔法世界最大のタブーとされている。
「……そう、か。ククッ、つくづくメガロメセンブリアの上層部は腐っている」
「あ、彼女が後のナギ・スプリングフィールドの嫁さんな」
「 」
そしてそんな爆弾を、皐月は極めて気軽にエヴァンジェリンへ投下した。
説明回。
アスナの記憶封印の仕組みが食いわしく描写されていないのと、ちょっと言葉で思い出すぐらいだから「記憶」というワード全開で行けばマジックキャンセラーでイケんじゃね? というので解除しました。
修正点は随時修正します。
感想待ってまーす(*´ω`*)