魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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第四十三話 瘦せ我慢なら魔王一

 ────皐月のそれは、見た事のある類の顔だった。

 小さく微笑みを浮かべながら、何か違ったモノを視る眼。そんな瞳をチラリと此方を窺っている、そんな()()()()()()事を、所作の端々に見て取れる感覚。

 異常な環境が常識とされる環境で、私が周囲との差異に苦しんでいた時、手を引っ張っていてくれた際と、同じ感覚。

 でも、今の顔はもっと──安心できる。

 それは背丈が伸びて、より異性として意識しているからだろうか。

 本当に眼の色が変わっているし、それを上回る冷たさを滲ませてもいる。

 だけど、本当に安心できる類のものだった────。

 

 そんな風に皐月に気を取られた千雨は、無人の繁華街に黒服の集団が現れた瞬間を見逃した。

 

「(───〰〰〰ッ! さっきまで新宿を歩いていた筈なのに、一体私はいつの間に『龍が如く(極道物)』の世界に入り込んだ!?)」

 

 まるでマフィアや任侠ものの作品の一幕だ、なんて考えるのは、彼女の気質か。

 あるいは、ベタベタのファンタジーやっているクラスメイト達と少し違い、変にリアルに感じたのが逆に現実感を欠如させたのだろう。

 千雨は呆然とする以外、皐月にすがり付く事しか出来なかった。

 

「御初に御目に掛かります、皐月王。私どもは魔術結社『五嶽聖教』の一員であります」

 

 そんな彼女と皐月に名乗ったのは、中華系の衣装に身を包んだ、明らかに中華系の女だった。

 まるでその手の重鎮を迎えるような礼儀正しい最敬礼と共に、左右を囲む黒服サングラスの男達が呼応する様に頭を下げる。

 

「捕まった組長の出所迎えかよ…………」

「いやいや、それはここまで派手にしちゃダメでしょ。でも……あァ、成る程」

 

 皐月の警戒は解けていない。

 だがそれでも、そのレベルは大幅に落ちたことを千雨は何となくだが理解した。

 魔王は絶対強者ではあっても、救世主では無い。

 まつろわぬ神相手だったならば、千雨の安全性は著しく下がる。

 

 ─────まつろわぬ神は、あらゆる文化圏に渡って習合している。

 北欧神話の大神オーディンが、ギリシャ神話では伝令神ヘルメスに。ローマ神話ではメリクリウスが、ケルト神話では太陽神ルーと姿と属性を変える。以上、全ての神が同一視されている。

 其処に顕現時に、招来方法や条件によって更に属性と側面が追加されるのだ。

 

 それこそアーサー王伝説の円卓の騎士ランスロットと名乗っていた神の正体が、ギリシャ神話の軍神アレスの娘であるアマゾネスの女王三姉妹に由来する女神だったりする。

 つまりは逆にアマゾネスの女王がトリガーとなって、不貞をやらかした事で有名なランスロットが出てくるという事でもある。

 ちょっと意味解りませんね。

 

 王妃との不貞で国を割る切っ掛けとなった騎士が、何がどうしてアマゾネスの女王になったのか。

 一般的な日本人には意味不明以外の何物でもないが、そんな事態さえまつろわぬ神には在り得てしまうのだ。

 世界が日本のサブカルチャーに呑まれたか? 神話に詳しくない人間なら必ずそう言うだろう。

 無論本来まつろわぬ神がポンポン招来される事など無いが、現在の日本は神殺しの魔王という起点が彷徨いている異常事態が常態している。

 

 世界樹という神格招来に対する抑止力が存在しているものの、つい先日もう一つの抑止力である斉天大聖が暴走。皐月に殺されている。

 加えて直後の羅濠教主との戦闘が、何等かの神を誘引してしまうのではないか────それが、皐月の思い描く最悪であった。

 結果、杞憂に終わってくれたのだが。

 

「ま、連中が態々人払いとかしないしな」

「オイ、一人で納得するなよ」

「ゴメンて、アンタ等も頭上げなよ。しかし『五嶽聖教』か……」

「? 知ってんのか」

「先日殺しかけた奴が頭やってる組織」

「御礼参りじゃねぇか!?」

 

 ───────『五嶽聖教』。

 それは、先日皐月が戦った羅濠教主が総帥である魔術組織である。

 中華の技芸を学んだ武侠や方術使いの3割近くがこれに所属し、構成員は教主に絶対の服従を誓う。

 そして教主の「姿を見ただけで目を潰し、声を聴いただけで耳を削ぎ落とす」逸話の被害者は、彼等ということになる。

 それを除いて五嶽聖教の概要を、皐月は自身の腕に縋り付く千雨に伝えた。

 つまり人間相手。ならば皐月にとって80億人居ようが数兆人居ようが然して障害ではない。

 

「つーか武侠って、要は中国マフィアだろ……!」

「魔王の部下が、魔王相手に魔王や神抜きで御礼参りは無いって。

 もしそうだったとしても、グロ描写抜きで全員無力化出来る。殺すなんてしないから安心しなさいな」

「……わかった」

 

 彼の保証に、千雨は一先ず安堵の息を吐く。

 良く見れば、黒服達も大なり小なり同じ様に安堵していた。

 無理もない。

 何せ自分たちの魔王の振舞いを考えれば、比喩抜きに命懸けだったのだろう。

 

「で、天下の往来占領して、何の要件かな? 出来れば良い感じの店で腰を落ち着けたいんだわ。そりゃ俺は大丈夫だけど、此方のツレはほぼ一般人。ヤの人っぽいのに囲まれちゃあビビっちゃうわ」

「それはとんだ失礼を。御同行頂けるのであれば、喜んでご案内させて頂きます」

 

 そう言った女の手招きに応じ、これまた黒塗りのベンツが現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十三話 瘦せ我慢なら魔王一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人を乗せた車が向かった先は、横浜市中区山下町。

 その観光名所である中華街の一角にある料理店、そのVIP室であった。

 

「横浜は東京では?」

「神奈川県なんだよなぁ。後で桃鉄やり直すぞ」

 

 恐らく日本人だけが通用する妄言を口にする皐月を諫める千雨は、そこまで緊張していなかった。

 下手に誘拐犯に浚われるより、中国マフィアの車に乗っている方が余程恐怖体験だろうに。

 

「そりゃそうさ。万が一お前が傷一つでも害意で以て付けられればどうなるかってのを、コイツらはよーく理解してる。

 魔王がどんだけイカれてんのかなんて、自分達のアタマって参考資料があるんだから」

 

 と、車内で躊躇なくジュースを要求した幼馴染は断言した。

 その反応に対して、頻りに相手側が安堵し続けていた事から、魔王というものの一般論に皐月が該当しないと錯覚し始めていた千雨。

 そんな二人が案内されたのは、千雨がゲームでしか見たことの無いVIPルームだった。

 

「御食事が未だという事で、此方で御用意させて頂きました」

「うお」

 

 清朝の宮廷の宴席料理────満漢全席。

 そんな最早失伝した宴会様式さながらの、料理の行列が並んでいた。

 無論、二人で食べられる量ではない。

 だがそれでも、そんな絢爛豪華な食事の行列が皐月の機嫌を一ミクロンでも上げるためなのだとすれば、彼等の本気度合いが理解できるというもの。

 

「─────さて、本題に入ろうか」

 

 ある程度食べた後、了解を取って残りを机ごと『蔵』に収納した皐月は、そんな風に口火を切った。

 贅と礼を尽くしている以上、『五嶽聖教』は皐月に何らかの要求────願いがあると考えるのが必然である。

 そしてその内容を、皐月は察しているようだった。

 

「……この度は、御願い申し上げたく参上致しました」

「内容は?」

 

 それに対して意を決した様に、伏して頭を下げながら願いを口にする。

 その場に居る黒服達も、それに呼応するように頭を下げた。

 

「教主の傷を苛む炎の呪詛────それを消して頂きたいのです」

 

 彼等『五嶽聖教』が口にした願い。

 その内容は、根本的に部外者故に傍観している千雨にとって聞き覚えのあるものだった。

 

「それって、皐月。お前の……」

「あぁ。俺の炎は『やけど』のスリップダメージ付きだからな」

 

 カグツチから簒奪した権能───神殺しの炎。

 日本神話にてその出産そのものが、大地母神たるイザナミの死因となった火神である。

 その恐ろしさは数年前に同じ炎を受けた、戦狂いの狼王が未だにその活動そのものを自粛する程である。

 その解呪となれば、なるほど理解できる。

 それが例えば剣王が同様の状況に陥った際に、その執事が同様の嘆願を行ったのならば。

 そんなシチュエーションも容易に想像できるのだろうし、数年前か数日前に十分在り得たかもしれない可能性だ。

 だが────

 

「成る程────これはお前らの独断か?」

 

 呆れさえ感じさせる声色で、皐月は彼等の覚悟を確認する。

 

「あのプライド青天井が、そんな要求を許容できる訳がない」

「……その通り、これは我等の独断です」

 

『五嶽聖教』の独断であると断言した理由は、余りにも単純明快。

 天上天下唯我独尊。

 それの誤用を体現し己を至上と定める羅濠教主が、ある意味己に醜態を加える様な部下の行動を許すだろうか? 

 無論、否である。

 

「現在教主は、その身を蝕む炎呪に仙術での治療も儘成らぬ状態で焼かれ続けています。まつろわぬ神や魔王との戦闘はおろか、まともに起き上がる事さえ困難な状態」

「当たり前だ。どんだけ権能を複合させたと思ってやがる、本来なら灰も残らねぇよ。

 殺し損ねたの、素直にショックだったんだぜ?」

 

 挙げ句、恐らく複数の権能が使用出来なくなっているだろう。

 カグツチ単体の炎で片腕を呑まれた皐月でさえ、一部の権能を封じられたのだ。

 そもそも原爆の被害を間近で受ければ人間が影しか残らないのは、広島や長崎の被害から日本では有名な話である。

 それにアグニの祭火にスルトの炎、挙げ句大地の衝撃もブレンドされたモノを、更に収束させた一撃。

 腕だけでなく、全身にその炎を浴びた以上生存しているだけで称賛すべきである。

 

 彼女らの要求は、その解呪。

 何せ呪った術師が皐月である。彼にとっては、スマホを弄る片手間でも行えるもの。

 大した労力では無い。

 

「───────()()()()()()()()()()()()()

「……何?」

「戦闘時の経験から来る直感ではありません。霊的なモノ───我々は啓示の一種と認識しました」

「…………」

「我々全員が、教主が健在でなければならない。そう確信したのです」

 

 眉を潜めた皐月は、口を押さえて思考に耽った。

 彼の目と耳は、あらゆる虚言を看破する。

 そんな皐月が彼女たちを視たが、彼女を含めて周囲の者も嘘をついている様子は無かった。

 しかし、果たして彼女たちが宿命通の様な予知、霊視の類いを極めている様には見えなかったが。

 

「この身がどうなっても構いません。我々が用意できるものは全て用意致しましょう。ですから────どうか、どうか! 教主の身を蝕む呪いの権能を、収めていただきたい。何卒、我等が教主に御慈悲を……!!」

 

 それが全員揃って口にする。

 第三者の介入を考えさせるものだ。

 それこそ、運命神等の権能であれば理屈は通るやも知れない。

 何故なら、この世界は並行世界を許容している。

 そんな並行世界に将来、羅濠教主が深く関わる場合相当な齟齬が発生するのやも知れない。

 事実あり得たかもしれない世界(原作)では、彼女は並行世界に跨がる一大組織すら形成するのだが──────

 

「─────断る」

「ッ」

 

 そんな決死の嘆願を、皐月は当たり前に切り捨てた。

 

「俺はお前達に何も求めない。

 もし、お前らの中に俺しか治せない患者がいるってんなら、さっきの飯代として治しても全然構わない。

 ────だがアイツは別だ」

 

 それは、羅濠教主への惜しみ無い称賛でもあった。

 もし下劣な悪人ならば、治療を施して法によって裁かせるのもいい。

 その選択の根本には「仮に暴れてもすぐに殺せる」という保証があるからだ。

 

 だが、羅濠教主は違う。

 皐月をして白兵戦最強と讃え、条件次第では敗色は濃厚と判断する超越者。

 次同様の条件で戦って勝てるかと問われれば、断言はできない強敵である。

 つまり仮に再び麻帆良、及び身内に襲い掛かった場合、皐月には責任を取れると断言できない事だ。

 それこそ解呪を引き換えに、羅濠教主本人が幾つもの誓約を受け入れない限り。

 

「つーかさ、アイツがもし都心部で俺に喧嘩売ってきたらどんだけ被害が発生したと思う? しかも動機はこれまたクソと来た。

 ────あぁ、あん時殺してりゃ良かったな。と思っちまう訳だ」

 

 皐月から無意識か、後悔と殺意が滲みだす。

 そもそも皐月が彼女と交戦する理由は、十割羅濠教主の都合である。

 彼の懸念は、そもそも魔王の戦闘は周囲への被害が著しいという一点に尽きる。

 無論、それがまつろわぬ神との戦いであるというのなら是非も無し。

 どんな被害が出ようが、顕現した彼等を撃滅する事こそ魔王(カンピオーネ)の使命であり、責務だ。

 そこに、最も破壊能力に長けた皐月は文句など無い。周囲を気にして負けたなど、そいつは最早魔王ではない。

 

 だが、先日の戦いはどうか。

 魔王同士が戦う事に正当性など無く、挙句『宿敵を先取りされた』という皐月にとって理不尽極まりない理由で戦いを挑み────負けた。

 勝者である皐月は、羅濠教主へあらゆる侮蔑や罵倒、あらゆる責め苦を行うことに躊躇は無い。

 無様極まる敗者の泣き言など、負け犬の遠吠えでしかない。

 

「そんな奴を、行動可能にする理由が無い」

「……っ、ならば何故、そのまま倒れた教主を殺されなかったのですか!?」

「それか……はぁ」

 

 溜息と共に、皐月は周囲を見渡す。

 監視や覗き見は見当たらず、第三者の眼が無いことを確認した上で、口を開いた。

 

「────最後の王」

 

 それは、魔王にとっての宿命の名だった。

 神殺しの魔王が地上に蔓延る時代、『運命の担い手』とも呼ばれる運命神の源流より『救世の神刀』と《盟約の大法》を授かり、それを全て打ち倒す《魔王殲滅の勇者》に与えられる異名であり、『この世の最後に顕れる王』の略称である。

 

「コイツが万が一現れた際、その力は魔王の数だけ増幅する。加えて地母神や神祖を従属神として従える場合があるんだわ。地球を世紀末にするなら兎も角、徒党を組まれれば普通に面倒。だからこの従属神を斃す為の頭数が必要なんだわ。その時戦力に成りそうなら、権能は解除してやってもいい───俺が羅濠教主にトドメを刺さなかったのは、そんな事態に対する保険だ」

 

 それは、インド神話に於ける循環する4つの時期からなる時代の一つ、その中での悪徳の時代(カリ・ユガ)

 末法に於ける魔王(アダルマ)と、それを打ち倒し黄金時代(クリタ・ユガ)を到来させる十番目の全王神の化身(ヴィシュヌ・アヴァターラ)の伝説に酷似した、或いは元とした儀式。

 多くがインド・ヨーロッパ語族の神話に描かれる、魔王を倒す勇者の物語である。

 

 既に魔王は七人も存在している。現時点でもその強化倍率は凄まじいものだろう。

 房総半島上空の衛星軌道上に存在していた封印は、既に皐月によってとある偉大な探査機同様に太陽系外に投棄されている。

 が、実際に『最後の王』が顕現すればどうなるかなど解りはしない。

 

「し、しかしそういう事情なら、教主は殺すべきだったのでは」

「まぁそれが正論なんだが、魔王関連で正攻法とかカタログスペック参考にするのは……」

「あぁ……」

「だったら使える魔王かき集めてから、殴り込む方が絶対良い」

 

 魔王の数でその出力を増す『盟約の大法』を弱体化させる為に他の魔王を減らし、最後の魔王となって『最後の王』を倒すのが王道やもしれない。

 だが、そもそもが理論値が通用しないのが魔王である。

 理論上、絶対に斃せない相手を倒してこその魔王。

 

 もしこれが羅濠教主ではなくヴォバン侯爵ならば、皐月は迷わず殺すだろう。

 神殺しの魔王が、己の戦闘欲から自ら神を招来する時点で、魔王としての価値など無い。

 加えて他の魔王との共闘など考慮する事など出来はしない。そもそも彼は明確にこのか(皐月の身内)を攫い、命を代償にする儀式の巫女にしようとしていた。

 皐月にとって掛け値なく生かす意味が無い。

 

 だが、羅濠教主はまだ躊躇する理由があった。

 彼女は明確な人的被害を出しておらず、場合によっては他の魔王と共闘して『最後の王』陣営に突撃する事も可能だろう。

 相手を弱くするより、自身や自陣を強化する事を選ぶ────彼女はそういう性格だ。

 少なくとも、皐月に牙を向ける可能性が高い他の魔王より、余程マシである。

 そこで勝とうが負けようが、相手側のリソースを減らせれば良い。

 皐月がそのまま彼女の戦いを援護するのも、彼女の代わりに目障りな魔王を殺すのもアリだろう。

『最後の王』打倒後、最も世間に害を為さないのが、本来山奥に隠遁している教主なのだ。

 本来彼女の立ち回りは皐月が最も評価する、「周囲の被害をもっとも抑えている魔王」なのだが────

 

「だがあくまで万が一。

 前提の『最後の王』が顕現しない場合もあるし、何より()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 根本的な解決方法。

 それは原作主人公(草薙護堂)が行った、彼だけが可能な解決策。

 本来他の魔王では決して不可能なソレを、皐月は別の要因によって為し得る可能性を持っていた。

 ─────極限の鋼殺し。

 皐月は、正面から『最後の王』を打倒できる魔王である。

 

「そうなったら即座に殺す。魔王なんぞ、万全な状態で存在しているだけで百害あって一利なしだ。

 ま、全部ブーメランなんだけど」

 

 魔法世界の諸問題の解決。『魔王殲滅の勇者』の根絶。

 彼女の援護無しにこの二つの問題が解決した時、羅濠教主の命運は尽きるだろう。

 そもそもの話、現状彼女に攻撃された皐月に、彼女を万全の状態にするメリットが無い。折角弱めた敵の回復を許す意味とは? 

 それが彼の結論である。

 

「つーかさ。そもそも羅濠教主自身、それを望んでんのか?」

「……ッ」

 

 そしてそれが、彼等が独断で動いた何よりの理由。

 

「あの女なら自力で権能を解くなら兎も角、お前らが頭下げて俺に解呪させたなんて知ったら、怒り狂うんじゃねぇの?」

 

 敗れた相手に情けを請う。

 羅濠教主にとって怒りの余りに、正気を喪うに足る恥辱だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを行うのなら、彼女は潔い死を選ぶかもしれない。

 無論それはあくまで表面上の教主へのイメージかもしれない。

 だが、確定的な事がある。

 もし己の部下が、自身の預かり知らぬ所でそんな動きを知れば────待っているのは粛清の嵐が巻き起こるだろう。

 

「死ぬ気かお前ら」

「我々には、あのお方が必要なのです……!」

 

 不退転。

 こうなってしまえば困るのは皐月である。

 

「さて、どうすっかねぇ……」

 

 皐月は意外にも、本気で悩んでいた。

 これで相方が雪姫ならば意見を伺うか、あるいは彼等を無視して帰宅すれば良い。彼等の要求を呑む理由も義理も無いのだから。

 しかし、今回側に居るのは千雨である。

 彼女の前に居る時、皐月は自分の判断が甘くなるのを自覚していた。

 千雨を前に魔王らしく非道に振る舞えるのか、という問題である。

 彼女の前だけは、彼女が信じるヒーローで在りたかったからだ。

 

「下手したら、余計なお世話とかつって、俺にもキレ散らかすかもしれんしなぁ」

 

 加えて、単純に気に入ってしまったのだ。

 己の全てを掛けても、教主を助けるために怨敵に頭を下げる、『五嶽聖教』の彼等を。

 だがここで権能を解いてしまえば、彼等に待っているのは教主自身の暴走による死だ。

 まさに八方塞がりである。

 

 

「────その通りです

 

 

 そんな中、凛とした声が沈黙を切り裂いた。

 

「……オイオイマジか」

 

 顔色は悪く、身体の大半に及ぶ患部は包帯と呪符で覆われている。しかしその顔に一筋の汗や苦悶は無かった。

 それは皐月でも無理なやせ我慢である。

 羅濠教主、見参であった。

 

「この程度の辛苦で、この私が寝所に伏せるのみと思わないことです」

 

 そんな彼女の登場に、口笛でも吹きそうに賞賛する皐月の眼は、決して笑っていなかった。

 チラリ、と皐月は『五嶽聖教』の彼等を盗み見る。

 既に跪き顔を伏せている彼等は、感動に震えていた。

 狼王が、未だに蝕まれ動けなくなる炎呪を受けながら、堂々と仁王立ちする羅濠教主の偉大さに。

 皐月でも感心するのだ。元より彼女のシンパと言える彼等がこうなるのは十分理解できる。

 それにちょっと千雨が引いていたのは内緒である。

 少なくともここまでの狂信者を、彼女は見たことが無かったのだから。

 

「ふーん。何だ、アンタ慕われてんじゃん」

「当然です」

「じゃぁ言うが、コイツ等を罰するのは俺が赦さん」

 

 その皐月の言に、教主は少し驚くように瞠目した。

 

「私の弟子で、私の部下です。その裁量に口出しすると?」

「コイツ等には旨い飯を食わせて貰ったからな。一飯の恩は返さねェとな」

「……良いでしょう。貴方に免じて今回は見逃します」

 

 渋々、という程ではなく。

 あっさり羅濠教主は彼らの独断専行を許した。

 

「おや意外。すんなり許すのな」

「彼等がこの様な行動に出たのは、私の未熟。であるならば戒めとする。

 敗者となった私が、私自身に課すべきものでしょう」

「……もっと傲慢だと思ってたんだが」

 

 事前知識(げんさく)との違いに、驚きを隠せない。

 そんな皐月の目は、直ぐ様ジト目に変わる。

 キチガイに変貌した少女達を思えば、この程度の変化は大したことはないのだ。

 

 実際、物語に於いて羅濠教主は主人公である草薙護堂に引き分けており、未熟ながらもその力を認め自らの義弟と呼んだ。

 しかし、その過程と結果は皐月のそれとはまるで違う。

 草薙護堂と戦った際は、一瞬の気絶で即座に復帰した程度のダメージを負い、成りたてで未熟な魔王が自らの意識を一瞬でも飛ばした事で、彼の力をそのプライドから認めたのだ。

 

 だが皐月は長時間羅濠教主と戦い互角の魔王と認めた上で、致死と言えるダメージを与えられ一瞬処ではない時間意識を失っていた。

 更に、生殺与奪の権利は未だに皐月の手の中にある。

 プライド上引き分けと認めた前者と、完全敗北な上で見逃された後者。

 完全敗北である。己を至上と定めた羅濠教主の考えが少なからず変化するには、十分過ぎる要素であった。

 

「で、どうすんだ」

 

 だが、だからといって皐月は対応を変えたりなどしない。

 

「俺は正直コイツ等に免じて、条件付きで権能を解いてもいいと思ってる。何も無しに解いたら、アンタの面子とプライドが赦さんだろう」

「その通りです。それだけは、絶対に許しません」

 

 流石の羅濠教主も、それだけは我慢ならない。

 なら、と皐月は指を三本立てた。

 

「条件1。俺の許可なく日本人の命、及び日本国に対する故意的な損害を与えることを禁ずる。魔王や神との戦いとかは別な。

 条件2。俺と俺の周囲の存在に対して故意的に損害を与えることを禁ずる。罷り間違っても俺の学校で暴れんなよ。

 条件3。『最後の王』が顕現した際、俺の陣営に参陣し全力でこれの対処に当たる事────まぁ最低限はこれくらいか」

「いいえ、まだ足りません。貴方が危機的状況に陥った際に、必ず救援に向かいましょう」

「おー、太っ腹やん」

 

 その言動に本気で驚いた皐月は、パンパンと手を叩く。

 するとピクリと羅濠教主の顔色が変わる。

 周囲の者も、カグツチの権能が解除されたのだと察する。

 

「あ、この太っ腹ってのはデブという事ではなく度量の大きいって意味であって────取り敢えず権能は解除した。傷はいくらでも自力で治せるだろうけど……契約した以上ソレもコッチ持ちにすべきだよな」

 

 空間が金色に輝きながら波紋を生み、そこに手を突っ込んだ皐月は一枚の札を取り出す。

 このかの治癒術が込められた呪符である。

 カグツチの権能が機能していれば何の意味も無いが、それさえ無ければ半身の欠損であっても完全復元する呪符は、魔力光と共に正しくその役割を果たした。

 教主の体を覆っていた呪符もひとりでに剥がれ、至上と自認するに相応しい美貌を晒す。

 

「これで俺がやるべき契約は完了。後はそっちが完遂するだけだが……、アンタは口約束だろうが自分が結んだモンは絶対に破らんだろう?」

「無論です。ですが、私からも一つ」

「ほん?」

 

 風呂入ってくる、と云わんばかりに一仕事終えた顔でいた皐月の顔が嫌そうに歪む。

 

「────貴方との再戦を求めます

俺、絶対お前とスマブラしねェわ

 

 負けず嫌いに勝ってはならない。

 何故なら、ソイツが勝つまで終わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ブーメラン魔王皐月
 全部自分が該当する暴言しまくる奴。
 まだ自分のやってる事を自覚してる分ゴドー君よりマシなのか、開き直ってる分ヤバいのかは判断しかねる。
 教主との対戦ゲームを一生しないことを誓う。
 ちなみに屋外かつ日が昇っていないとアグニの権能(回復)が使えないので、このかのアーティファクトによる呪符を大量に毘沙門天の蔵に入れてる模様(タカミチが使ってたヤツ)。

ツッコミ一般常識人枠千雨
 そんなに目立たなかったけど、神や魔王関連では沸点が低くなる皐月が理知的で居続けられた最大要因。
「この子の前ではちゃんとして居たい」という、ある意味最大の楔。ヒロイン力とも、最大の逆鱗とも言う。
 千雨は特に戦闘能力が無い為、かつてのこのかの様に害された場合、ノータイムで沸点を突破し核を持ち出す模様。
 ただし某禁書目録的なヒロイン力なので、隣に立ちたい場合はあんまり良くなかったり。

プライド青天井羅濠教主
 やせ我慢させたら魔王一の超々負けず嫌い。BUNBUNのキャラデザは本気で好きです(ロード・オブ・レムルズ未読)
 流石にぶっ倒れてたけど、仙術感知で部下が皐月と接触してる事を察して内心キレ散らかしていた。
 表に出さなかったのは、自分の敗北が根本原因な為。それはそれとして自分に完全勝利した皐月を心底認めた。それが宿敵認定になるかヒロイン化の兆しかは決めてません()
 当初は教主にヒロイン要素を出してオリ主を宇宙猫にしようとも思ったけど、実際に描いたら何か違和感を感じ今回カットしました(1000文字程度)。場合によっては次に入れるかもです。

五嶽聖教の皆さん
 基本DOGEZAしてた人たち。陸君を出そうかとも思ったのですが、数年後がカンピ原作を想定しているので「今彼何歳?」と思い、代行として名無しの女幹部にしました。
 ちなみに彼等が受信した電波に関しては、未来の彼等が皐月の手を借りて過去に発信したものです。



お待たせしました。
とうとうこっちの更新も半年過ぎちゃってるじゃん。一カ月一話とは一体(重ねてお詫び申し上げます)
今回更新が遅れたのは、教主に比べ原作描写が著しく少ない五嶽聖教を選んでしまったのが原因です。次からはネギま!サイドに戻るので、今回ほど更新が遅れないと願っています(自分で信用できない)

感想や誤字修正指摘兄貴姉貴には、いつも感謝を。
指摘して頂いた、発見した箇所は随時修正します。
では、出来ればまたお会いしましょう。



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