魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

46 / 49
第四十四話 正道を往け

 羅濠教主との会談は、ハチャメチャながら一応の終わりを見せた。

 和平の約定を結び、余程の事がない限り彼女と今後敵対することは無いだろう。

 無論、騒動の種にならない、という都合の良いことは無いだろう。

 

 明日菜への誕生会も恙無く執り行われ、騒がしくも平穏な時間は過ぎていった。

 ちなみに悩んだ末は、黄金のホイッスルだった。

 市販で購入した物を、皐月が権能で再構築したものである。

 無論、それは神器と表現するに値するものだった。

 そのまま雪広邸で、クラスメイト全員で盛大な誕生会にお祭り騒ぎとなり。

 身内と関係者はその後、穏やかな祝杯を別荘で行い明日菜の誕生日パーティーは過ぎていった。

 

 そして、行事は次の一大イベントへ日程を進める。

 そう、学生にとって中高生で一度しかない重要行事────修学旅行であった。

 同時に原作に於いて、本格的にバトル漫画への転換を遂げるエピソードであるのだが─────

 

 ネギが所属している男子中等部、そこはネギが今まで知らないほどの活気に満ち溢れていた。

 緊張感というのなら数カ月前のバレンタインデーが一番だが、あれは絶望と希望が両立した戦場の様なモノだった。

 

 実は原作に於いて、バレンタインデーにて惚れ薬を作成するトンチキイベントが存在する。

 勿論惚れ薬の作成と使用は重罪であり、お前は飛び級した癖に魔法学校で何を学んできたのか、と問われるアンチ要素なのだが─────

 原作とは違い、バレンタインデーで贈られる側である男子中等部に所属しているからかそんなイベントは無かった。

 そもそも魔法関係を知っているのが、クラスメートでは一空と皐月のみ。

 皐月が知れば即座に諌め、一空でも「惚れ薬」とかいう明らかに厄ネタな事案、皐月に真っ先に相談するだろう。

 結果としてそんな問題行動は起こらず、無粋な横槍無しに呪いと祝福の阿鼻叫喚で終わった。

 

 それに比べれば、今回は浮かれているという表現が適切だろう。

 そしてバレンタインデーの際とは異なり、今回はネギも直ぐ様理由に行き着く。

 

 ─────修学旅行。

 中等部三年間の中でも、屈指の一大行事であった。

 どこぞの財閥のご令嬢とその学友がホイホイ海外やら南の島やら行っているから麻痺しがちだが、寮生の学生が地方を跨ぐ事は早々無い。

 それが学校行事として行われるのだ。

 お祭り気質な麻帆良学園の学生の、テンションが上がるのは必然。

 況してや、今回は例年との最大の違いがあった。

 

「行き先はイギリス。ネギも久方ぶりの帰郷になるんじゃないかな」

「案内役は任せてください!」

 

 イギリスとなれば、彼の祖国でもある。

 久方ぶりの帰郷となれば、ネギもテンションを上げると言うもの。

 そんな彼に同調する様に、周りのソワソワ組が騒ぎ出す。

 

「自由時間の最中に行けるよな、ネギの故郷!」

「ダンブルドア染みた爺さんとかマ?」

「ダンブルドア染みた爺さん……つまりホモ?」

「ハリポタ世界最強の魔法使いがホモだったのにはたまげたなぁ」

「孫がいるならノンケでは?」

「そんな事よりネカネ姉女史について詳しく」

「馬鹿野郎姉バカが暴走するだろ辞めろ」

「判決! 死刑!! 死刑、執行ッッ!」

「オイ誰か止めろ!」

 

 途端に賑やかになった教室に、一空とネギが苦笑いする。

 

「僕も少し前まで寝たきりだったし、楽しみだよ」

 

 中等部の途中編入という共通点がある二人は、一歩離れた位置にいた。

 双方穏やかな気質であると同時に、その境遇から好奇心旺盛である。

 好相性で、クラスメイト内でもよく一緒に居ることも増えていた。

 そして、クラスの中でも孤立とは違う浮き方をした生徒に、一空は話し掛ける。

 

「君は何が楽しみなのかな、皐月? 関係者なら、ネギ君の故郷は皆とは違う視点で楽しみだと思うけど」

「んー? あぁ、まぁなぁ」

「っ」

 

 中等部の魔王の渾名を持つ、瑞葉皐月。

 悪を喰らう悪となる、と言わんばかりの諸行を行い、個人で中等部だけでなく学園都市全域の抑止力となった少年。

 そして魔術世界に於いて、神殺しの魔王を冠する超越者である。

 

 そんな彼と同じ魔王に自身の無力をこれでもかと見せ付けられたネギは、少し身構えてしまう。

 というより、ネギが無力に苛まれた原因に、皐月は必ず関係していた。

 アカリとは戸籍上とはいえ兄妹で、剣王ドニとは同じ神殺しの魔王という類似性。

 そんな皐月と話がしたいと考えるネギだが、しかしその一歩の勇気が足りなかった。

 如何に天才的であろうとも、彼は両手で足りる程度の子供に過ぎない。

 

 そんなネギを尻目に、皐月は一空の問いにやや歯切れ悪く返事をする。

 

「どうかしたのかい?」

「あー、まぁ言っても大丈夫か。

 ─────俺は今回の修学旅行、行けないんだわ」

 

 ネギが勇気とは別のモノで歩を進めるなら、何かしらの切っ掛けが必要だ。

 例えば「修学旅行中に話せれば」なんて考えていた処に、そんな出鼻を挫かれる事態が起きたとして。

 果たしてネギに皐月との話の場を自ら設けることが出来るだろうか。

 無論、無理である。

 

「あ、そうそう皐月。ネギ君が何か君に話があるみたいだよ」

「そうなん? いいよ。じゃ、この後喫茶店とか寄る?」

「いや、世界樹広場とかの方が良いんじゃないかな。君達の話し合いなら、人払いとかするんだろう? 喫茶店でそれは営業妨害だよ」

「じゃあそれで」

「一空さぁぁアんンンン!?」

 

 まぁこの学園の生徒は何かと躊躇が欠如しがちなのは、在り得たかもしれない未来に於いて電脳生命と化した彼にも該当していたのだが。

 ネギに向かってウインクキメる一空が、確信犯でない訳が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

第四十四話 正道を往け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話がしたい。

 そんなネギの願いを余りにもアッサリ聞き入れた皐月は、彼と共に世界樹広場にて自販機で買った飲み物をネギに渡しつつ、自分のモノで喉を潤した。

 

「少し、意外だった」

「え?」

 

 あからさまに緊張していたネギに、話の切り口を切ったのは皐月だった。

 

「俺はてっきり、君に恐がられていると思っていた」

「そんなっ……!」

 

 咄嗟に否定しようとネギが腰を上げると、しかして言葉が詰まる。

 それほどまでに、タカミチの腕を斬った剣王の光景は、彼のトラウマを刺激した。

 『身内が傷付けられる』という事柄は、故郷を滅ぼされ、その住人を石化された彼の原風景を思い起こさせるのだ。

 そして、原風景が共通しているアカリを義妹としている皐月は、十二分にネギの心情は理解出来る。

 

「……確かに、僕はあの人──剣王が恐いです。あの時は怒りに任せて飛び出しそうでしたが、もし高音さんが止めてくれなければ、僕はきっと……」

 

 自身に挑みかかって来た挑戦者として、間違いなく斬り殺されていただろう。

 魔力暴走で一時的にどれだけ無茶をしても、一撃で死ぬ。

 魔王とは、紛れもなく絶対強者なのだから。

 

 そして、ネギは断言されてしまっている。

 例えアルビレオの元でどれだけ成長しても、剣王を倒すことは不可能であると。

 故に、ネギは同じ魔王である皐月に強烈な関心を寄せてしまう。

 

「どうして、皐月さんは魔王になったんですか?」

「なった、というか『なってた』という表現が適切かな。というか、狙って成れるヤツいねぇと思う」

 

 ネギの質問である、魔王になった動機。

 ソレを答えられる魔王は、恐らく羅濠教主とヴォバン侯爵ぐらいだろう。

 そしてその返答は、己を絶対視する傲慢故に「成るべくして成った」だ。

 

「俺は当時今の君より余程弱かったし、君が見た剣バカも精々剣の才能があった程度だったろう。無論大なり小なりあるだろうが、まつろわぬ神にしてみれば砂利とサッカーボール程度の差しか無い。蹴り飛ばして終わりだ」

 

 神殺しを為す為に必要なもの。

 強いて言うなら、それは『神を殺すのに必要なものを揃える天運』だ。

 ぶっちゃけ、それ以上皐月が語れることが無かった。

 

「さて。俺に話がしたいとのことだが、一体何の話かな?」

 

 魔王云々は本当に不毛なので、話を逸らした皐月は改めてネギを見る。

 無論教室でクラスメイトとしては何度も見てきたが、改めて思う。

 

「(何つーか、やっぱり普通の子供だよなぁ)」

 

 大戦の英雄にして、現代最高の名声を誇る偉人を父に持ち、その腸に恩讐の火種を抱えながら英雄の息子として育った天才少年。

 そんな肩書きを持ちながら、皐月には彼が本当に年相応の少年に見えた。

 

 なまじ覚悟が決まりまくっていたアカリや、キチガイ方面に駆け抜けて行ったアスナ達が比較対象だったのが、殊更彼を普通に見せた。

 無論、その才能は同等のモノを持つアカリで良く理解している。

 アカリとネギ、二人の差は本当にスタートを切る差しかないのだ。

 しかし、実際にアカリとの差は歴然であり、ドニとの遭遇は彼に強烈な無力感を与えた。

 

「アカリは、どうやってあんな風に強くなれたんですか?」

 

 故に、ネギがアカリの強さの秘訣を知りたいと思うのは自然でさえあった。

 

「僕は、今のアカリの事を何も知らない。だけど、前に会った時のアカリの強さは、師匠にだって負けない様に感じました。彼女が強くなる秘訣を、貴方なら知っていると思ったんです」

「ほー」

 

 その発言に客観性を感じたのか、皐月は素直に関心の声を漏らす。

 

 アルビレオ・イマ。

 魔導書の付喪神と形容すべき存在であり、大戦の英雄『紅き翼』の初期メンバーの一人。

 

 即ち、最強クラスの魔法使いである事は疑う余地は無いだろう。

 ネギ目線ではあるものの、そんな彼に師事し何度も鍛錬している彼をして比較して劣っていないというのなら。

 彼女の禍払いの特性も加味すれば、魔法使い相手ならば相当有利に戦況を運べるだろう。

 彼女がその暗殺術と禍払い頼りの戦術しか知らなかった当時を知る皐月からすれば、アカリの成長具合に素直に感心せざるを得ない。

 

 故に、皐月が返せる言葉は一つだけだ。

 

「強さの秘訣というが────ぶっちゃけ君が聞きたいのは、今すぐに強くなれる方法なんだろう? だが、君はそれを既に実践中じゃないのか?」

「え?」

「強く、かつ他者にソレを伝える事の出来る師に師事し、研鑽する。あの変態に弟子入りしてるんでしょ? だったら君は『既に強くなり始めている』」

「…………それは、そうなんですが」

「例えばアカリと君の力の差は、単純にスタートの開始地点とその際のリソース分けが理由だ」

 

 魔法学校中退の英雄ナギが大戦参加初期から『千の雷』といった極大呪文を扱えた理由は、紛れもなくアルビレオの存在故だろう。

 あくまでナギが認める師とは、後にメンバー入りしたゼクトだが、最初の師と呼べる者は紛れもなく彼である。

 

「君は十二分に、常人からすれば凄まじい速度で成長している。後は時間と経験だけだろうな」

「……そう、ですか」

「実際アカリがやってたのも時間をかけて技術と経験を積み立てただけだし」

 

 ネギが強くなる為に必要なもの。

 それは時間と経験だけ。

 彼が憧れるナギをして、英雄と呼ばれる領域に至ったのは大戦に参戦して大量の経験値を積んだからこそ。

 それも十代半ばで、彼が魔法世界で誰もが知る『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になったのは、大戦が終結した更に後である。

 

「君は最近師を得て、急激な速度で成長を遂げている。具体的には、魔法を用いた戦闘技能だな。

 しかし魔法学校だったか? そこでは実戦で役に立つ技術や知識を学べる、戦闘訓練なんてそれこそ数えるほど位だったんじゃないのか?」

 

 事実、ネギは魔法学校の図書館に入り浸り、独学で攻撃呪文を学んでいる。

 それこそ、彼にとって血の滲む程の努力をして。

 しかし無慈悲ながら単純効率で言えば、最近のネギとを比較してしまえば魔法学校時代のネギは非効率過ぎるといっていい。

 独学と、明確な指導者の下での研鑽なら、どちらが効率的かなど問うまでも無い。

 そしてアカリは、当たり前のように血反吐を吐きながらその身を磨き続けたのだ。

 

「この時点で君は数年単位でアカリに出遅れてる訳だ」

「……!」

「それに、アカリと君とじゃ学ぶ分野の多さも随分違う」

 

 魔法詠唱が出来ないアカリは、ネギとは違い始めから呪文関連の鍛錬を行っていない。意味が無いからだ。

 勿論呪文詠唱が出来るネギは、それ相応の手数を持てることを意味するが、逆に言えばアカリより学ぶ事が多い事を意味している。

 その分時間というリソースを、他に注ぎ込むことが出来る。

 であるならば、後はひたすら己を鍛えるだけなのだ。

 これ以上を望むのは、時間以外の明確な『対価』を必要とするだろう。

 皐月は、ソレを知っている。

 

 雪姫──エヴァンジェリンが編み出した戦闘技法『闇の魔法(マギア・エレベア)』。

 原作に於いて、彼が一年未満で最強クラスに至るための(きざはし)

 

「(あの古本野郎は、まぁ教えられなくもないのか?)」

 

 だが、その外法の対価は魔物化という人間の倫理観からすれば大いに問題があるもの。

 少なくとも、ネギに対して責任を取れる立場に無い皐月が提案して良い物ではない。

 そしてその対価を許容するには、今のネギには余りに()()()()()を皐月は感じられなかった。

 

「話をズラしてしまい悪いが、今の君に力は必要か?」

「えっ?」

 

 だからこそ聞いてしまう。

 果たして、今の世界に於いてネギは可及的速やかに力を身に着ける必要があるだろうか? 

 魔法世界の事情は関係が無い。そもそも今の彼はそういった事情は知らないのだから。

 だからこそ、彼が力をすぐにでも求めてしまう原因は────

 

「俺は戸籍上とはいえ、アカリの家族だ。勿論その事情も知っている」

「────!」

「だから言うが、君は復讐を考える必要は無いんだ」

「どうして、ですか」

 

 思わず立ち上がりながら必死で声を抑えるネギに、皐月は容赦をしなかった。

 

「ぶっちゃけ、俺は君の仇が何処の誰かを知っている」

 

 それが、ネギの限界を超えさせた。

 詠唱の伴った魔法の強化ではなく、魔力暴走による純粋な膂力強化。

 上級魔族を短時間とは言え、一方的に殴り続けられる彼の潜在能力。

 それでもって掴み掛り問い詰めようとした彼を、皐月はアッサリと事もなげに捻じ伏せる。

 立ち上がるまでも無く掴み掛ったネギの手首を、その魔王の膂力で彼の身体ごと捻って頭を抑える。

 そのままアグニの権能を行使し、ネギの『熱さ』を鎮火させた。

 

「~~~~~……ッ!?」

「落ち着いたか? つか発散させた方が良いと思ったから敢えて煽ったが……あんま意味なかったな。

 悪い、謝るよ」

 

 激情が強制的に鎮められる不快感。

 そんなに苛まれるネギの頭から手を離した皐月は、謝罪しながら再び対話を促す。

 ネギの暴走など、幼児の癇癪でさえないのだ。

 その感覚に、ネギは覚えがあった。

 ドニに対して感じた、圧倒的な無力感。

 或いは、魔王の強大さを。

 

「話を続けるが、俺は君に君の復讐対象の情報を余り言うつもりが無い」

「……何故ですか!」

「意味が無いからだ」

 

 無意味。

 その言葉の意味を、ネギは理解することが出来ない。

 言葉の意味を呑み込み、逆上する前に続きの言葉が彼に叩き付けられた。

 

「君が連中────言っちゃったけど、まぁ複数いる訳だが。連中を相手取る場合、君が15・6歳程度に鍛錬を重ねなければ真っ向から本懐を遂げる事が困難である為だ。余裕を以て挑むなら、20歳程度まで力を蓄えるのをお勧めする。君ならば、その段階で確実に君のお父さんに匹敵する力を得る時間だろう」

「力が足りないから、今知っても意味が無い……という事でしょうか?」

 

 未熟さ故に、その無謀を嗜める。

 それ故に復讐対象を秘匿する。

 その情報だけでも、ネギとっては有益である。

 彼の聡明な頭脳を以てするならば、ソレだけでも相当に候補を狭められる。

 

 村の魔法使い達をまとめて相手に出来るほどの、大量の魔族を召喚できる術師。

 そんな人物は、そう多く無いのだから。

 だが、そんな思考に意味は無かった。

 

「なら、僕が貴方が認める強さを手に入れられたなら────」

「そして俺は今年中に連中を皆殺しにする予定だ」

「────え?」

 

 先程皐月が述べた言葉の意味。

 それはネギの復讐対象を、彼が以前から殺し尽くす予定だったからに他ならない。

 

 より正確には()()()()()()()()()()()学園祭の後、原作に於いて『魔法世界編』と呼ばれる長期夏季休暇。

 そこで、ネギとアカリの仇であるメセンブリーナ連合の首都、メガロメセンブリア連合の元老院。

 魔法世界最大の軍事力を擁する、超巨大魔法都市国家の最高機関を潰し尽くすつもりの皐月にしてみれば、ネギの復讐のための行動は本当に無為だ。

 

「どうして、ですか……ッ。何故、皐月さんが────!?」

「悪いがこれは変更なしだ。連中が俺の邪魔でね、穏便に行っても強硬策に走ろうが皆殺しは確定事項なんだ。

 つまり君がどんな外法な手段(ショートカット)を用いようが、俺が連中を嬲り殺しにする方が早いんだよ」

 

 思わず絶句するネギを、敢えて無視して言葉を続ける。

 思考の渦に呑まれたネギを一瞥しながら、魔王はその場を去る。

 

「確かに君にとって復讐こそ生きる原動力かも知れないが、君のお父さんへの憧れも決して嘘じゃない筈だ。だったら、以前君自身が教えてくれた目標────『父の様な立派な魔法使い(マギステル・マギ)になりたい』。これを今まで通り目指せばいいんじゃないかな」

 

 即ち正道を。

 復讐の相手も居なければ、世界を救う必要も無い。

 全て他人が横取りしてしまうのだから。

 しかしそれは、彼に彼自身の人生を歩む自由があるという事。

 十歳の少年が背負うには、世界一つも復讐の凄惨さも重すぎるのだから。

 

「その為の手伝いなら、クラスメイトとして喜んでするぞー?」

 

 そういう意味なら、皐月は一貫していた。

 『ただの十歳の、将来有望の少年』。

 彼は終始、ネギに対してそう対応していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうする感じ?」

「どうするも何も……ねぇ?」

 

 ネギとの会合の前日。或いは、十数時間前。

 皐月と裕奈の転生者組は、雪姫の別荘の一室で寛ぎながら修学旅行について話していた。

 この二人の密会となるとアスナ達が盛大に騒ぎ立てるのだが、本当に必要な事なら皐月はゴリ押しに躊躇は無い。

 裕奈にとって、友人であっても身内と表現するのは些か躊躇う男友達。

 しかして世界最強の魔王の、今後の予定を知るのは本当に大事なことであった。

 

「原作色々壊れてるけど、どうなるの? 男子は旅行先はイギリスって聞いたけど。ネギくん不在じゃん」

「原作は描写皆無だから解らんけど、そこは元々決まってたらしい。

 イギリスはネギ君にとってはホームグラウンドだし、帰郷と考えれば悪い様には感じないか。ただ、魔法世界とのゲートが近場にあるのが懸念といえば懸念だ。多分メガロとの直通のだったし」

 

 裕奈の懸念もよく分かる皐月は、口元に手を遣る。

 そもそも所謂『修学旅行編』のエピソードは、関西呪術協会と関東魔法協会との、親書を用いた主人公(ネギ)達を巻き込んだモノだ。

 事実上両者の和平協定とも言える親書でのやり取りを、魔法世界の『本国』であるメセンブリーナ連合へ恨みや不信を持つ呪術師が妨害。

 果てに、このかの膨大な魔力を用いて、鬼神さえ呼び起こした事件。

 そこに鬼神目当てに参戦した組織『完全なる世界(コスモ・エンテレケイヤ)』の一員にして幹部、ネギのライバルとなるフェイト・アーウェルンクスの顔見せ話でもある。

 だが、この話には前提条件の差異が存在しているのは言うまでもない。

 

「親書に関しては、そもそも長役に渡すまでもないからな」

 

 関西呪術協会こと、正式名称『正史編纂委員会』。

 その総帥が皐月である。

 親書云々がネギの功績付けの物だったとしても、そもそも修学旅行中にやる必要などない。

 ネギと同じクラスの皐月に、休み時間に手渡すだけで終わってしまう。

 そもそも本国(メセンブリーナ連合)を上層部だけとはいえ滅ぼすつもり満々な皐月に、親書など渡されても困るのだ。

 第三者としても根本的に侵略者であり、諸々の謝罪や賠償も全く行っていない状態での親書など、内容次第では開戦の切欠にさえなってしまう。

 そんなものを、現時点で皐月は受け取るつもりはない。

 そもそも、親書のやり取りを修学旅行中にやるな、という突っ込みもある。

 なのでネギの所属している男子中等部の修学旅行先がイギリスとなったのは、彼への多大な配慮が窺える。

 

「アーニャ、だっけ。彼の幼馴染の子。彼女と引き合わせるつもりなのかもな。修行先が倫敦らしいし」

「あぁ。原作では特に説明も無い、よくよく考えれば胸糞要素のパートナー選別」

 

 どう考えてもネギのパートナー候補として集められた、才ある少女たち2-Aの女子生徒たち。

 その一員ながら捕らぬ狸の皮算用と化した原作に思いを馳せながら、裕奈は呟く。

 突如ポップした魔王の存在から頓挫せざるを得なかったのだが、となると問題となるのがネギのパートナー候補。

 そこで矢面に立たされたのが、元々ネギと魔法学校に通って同時に卒業した幼馴染(アーニャ)なんじゃね? ────という予想である。

 無論これは要らぬ下衆の勘繰り極まりなく、自然と話は流れていった。

 

 ネギが居ない修学旅行編。

 そうなればこのエピソードの焦点は近衛木乃香に絞られる。

 原作に於いて魔法を知らずに育てられた彼女の莫大な魔力を狙い、京都の術師天ヶ崎千草が彼女を拉致。

 封印されていた飛騨の大鬼神を解放。関東魔法教会への尖兵と画策したのが、一連の事件の概要である。

 

「懸念要素は連合憎しの呪術師と────アーウェルンクスだな」

「京都に派遣されたのが、ていうか動けるのが人を殺す気がないフェイトで、本当に良かったよねこれ。原作からして良く生き残ったよ」

「デュナミスだっけ、褐色イケメン辺りだと死んでたか?」

 

 祐奈がげんなりとした顔でソファにもたれ掛かる。

 そんな彼女にけらけらと笑う皐月ではあるが、大いに同感であった。

 

 フェイト・アーウェルンクス。

 個体名を『三番目(テルティウム)』。

 序盤といえる『修学旅行編』にて「イスタンブールの魔法協会から日本への研修員」として来日。千草の部下として登場し、最終章の『魔法世界編』まで強力な敵として存在し続けてきた白髪銀眼の少年。

 その正体は二十年前の大戦の黒幕にして魔法世界の『神』の眷属。

 造物主(ライフメーカー)が造りし眷属にして四大元素に於いて地を司る、三体目の使徒(アーウェルンクス)である。

 元より神獣や眷属神レベルで、魔法世界に於いては最強クラス下位相当(経験値が足りないだけ)

 挙げ句主人である造物主が健在ならば、人形という特性上何度でも甦れる有り様である。

 ソレと本格的な修行前にかち合ったネギには、本当に御愁傷様としかいえない。

 援軍として、封印を一時的に中和した雪姫(エヴァンジェリン)が居たからこそ撤退に追い込めたのだ。

 逆に言えば、ナギと造物主が封印されている当時では紛れもなく最強の魔法使いである雪姫がいて、漸く安心できるレベルなのがおかしいのだ。

 

「序盤に出て来て良い敵じゃないよね、フェイトって」

「十巻程度で竜魔人(バラン)が出てきたダイ大感がありますあります」

 

 強敵との戦闘経験に、アイデンティティーの確立を成せば───即ち、切っ掛け一つで最強クラス上位と戦えるレベルに成長可能な逸材である。

 これが原作一桁巻数で登場してきたのだから意味不明である。

 

「原作では最後らへんに和解したけど、説得とか……難しいよね」

「川辺で殴り合いの結果みたいなヤツだかんね、アレ。同性かつ同格での決闘の末と来たもんだ」

 

 最終盤で漸く和解し、味方となるフェイト。

 しかしそれは彼の人間性が育まれ、何より襤褸雑巾になるまで戦い抜いた原作主人公(ネギ)だから得られた結果。

 ネギを皐月に置き換えられるだろうか? 

 無論、不可能である。

 単純に、格の違い故に。

 

「眷属神程度と殴り合いしたら、ただの一方的な暴行になるぜ?」

 

 つい先日交戦した羅濠教主と比較してしまえば、余りにも役者不足である。

 皐月がその爆発力によって魔王になったのなら、教主はその武才によって魔王となった存在だ。

 そんな彼女を比較対象にしてしまう皐月にとって、フェイトと言えど有象無象に近い。

 あの女仙は、それほどまでに武に於いて超越していた。

 

 加えて彼の根本にあるのは、自身の製造目的である滅び行く魔法世界の『救済』。

 ネギが和解出来たのも、それを超える腹案があったからこそなのだ。

 

「皐月君は、ぶっちゃけ魔法世界とかどうするつもりなの?」

「───さぁて、前はメガロの上層部潰してガン放置決めるつもりだったんだけどなぁ」

 

 火星平面上に存在する、現実に出力された異界───『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』。

 しかしあと十年やそこらで滅びが予測されている幻想世界である。

 

 原作に於いて、基盤となる火星そのもののテラフォーミングを行い、魔法世界滅亡の根本原因である魔力枯渇の解消。

 そして魔法世界の楔として、黄昏の姫巫女(神楽坂アスナ)を魔法世界の中心部に百年間設置することであった。

 身内を重んじる皐月が、魔法世界を見捨てるには、十二分な理由である。

 

「所が、超曰くメガロの連中は地球(こっち)に来て世紀末の爆発スイッチを押すらしい。これじゃあ放置はイカンと解った以上、具体的な介入が必要らしい」

 

 ではどうするか? 

 一番簡単に終わらせる方法は、既に手に入れている『造物主の掟(グレートグランドマスターキー)』で、無尽蔵に怪物を召喚。

 それら全てを『破滅の枝』に変え、序でに核兵器(アグネア)を搭載してメセンブリーナ連合を消し飛ばした上で、魔法世界の終焉を迎えさせること。

 魔法世界が滅んだ後に地球に侵略してくるというのなら、その前に滅ぼせば良い話である。

 

「それ、本気?」

「正直一番楽な選択だと考える。実際に総人口根絶やしにする訳じゃない。不穏分子潰すだけなら、半分以下になると思うぜ? 

 ま、必要なら根切りにするが」

 

 皐月の返答に、裕奈が顔を強張らせる。

 だが彼女が期待した訂正の言葉は無く。

 まるで顔色を変えない彼に、思わず顔を伏せる。

 勘違いをしてはいけないのだ。

 どれほど友好的で、此方に配慮してくれる存在だとしても。

 目の前に居るのは人類の代表者。神仏妖魔の悉くを利己によって捩じ伏せる絶対者である。

 

「数十億人死ぬか、知らん惑星の別位相に居る数千万の侵略者予備軍を皆殺しにするか。

 どっちを選ぶかなんぞ、迷う余地無いだろうが」

 

 例えそれが人類全体の平和を護ることだとしても、祐奈には選べない。手を下すなど以ての他だ。

 だがその選択で、必要ならば殺す方を選べるのが神殺しの魔王である。

 況してや、未来人から世界(ちきゅう)の害悪となると証言されている連中だ。躊躇は無い。

 そして超本人も平和主義のロマンチストではあるものの、だからこそ大を護るために小を切り捨てる事に躊躇わないだろう。

 何せ、その数十倍の人命が喪われている未来を知っているが故に。

 

 では、楽でない方は? 

 それを無言と視線で問いに来る裕奈に、頬に手を付きながら何でもない様に語る。

 

「後は───────火星の放棄かな」

「……はい?」

 

 火星の魔力が枯渇している? 

 だったら世界ごと別の星に移住すれば良いじゃない。

 合理的であっても、知的とは程遠いゴリ押し。

 ソレを為す手段は、しかし確実に存在していた。

 

 




 という訳で、まーた半年かかってるよコイツとなりました。
 お久しぶりですお待たせしました。
 今回の言い訳は純粋に仕事で執筆する余力が無い+ネギとのお話で詰まりまくったのが原因となります。ごめんなさいでした。

皐月素行不良生徒
 魔法世界編とか消化試合に関わらせるの悪いなぁと、余計なお世話を行う。
 ネギに対しては終始年相応として対応。なので場合によってはメセンブリーナ連合は爆心地にするつもりなテロリスト。

ネギ優等生
 情報の暴力に晒されて、リアクションがワンパターンになってた可哀そうな少年。
 でも魔法世界のゴタゴタに関わらない場合、別に闇の魔法とかいう邪道に走る必要ないよね?というお話。

一空優等生
 実は呆然自失となって寮に帰ってきたネギに、メールでフォローを皐月から頼まれた苦労人。


 原作主人公に説教(というか最早勧告)、これはテンプレオリ主()
 一応助言しつつもデリケートな部分を踏み荒らす、これはテンプレオリ主()
 でも10歳の少年や当時片手で足りそうな年齢のアカリが復讐云々考えるのは不健全ですよね。というスタンスの皐月でした。

 ネギに関しては、最早劇物以外何者でもないオリ主との接触は本当に難しかったところです。
 綺麗事は全部説得力が無いので、取り敢えずネギを正道へ薦める感じに収まりました。
 ぶっちゃけ殴り合い以外にやれること多そうなんで。

 誤字脱字修正点の指摘兄貴姉貴は、いつも本当にありがとうございます。
 という訳で、今年の投稿はこれで終わりに成ります。
 来年も良ければ、御付き合い頂ければ幸いです。

 そして劇場アニメ『魔法使いの夜』製作決定ェエエエエエエエエッッ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。